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神化論  作者: ユズリ
奇しき呪歌、謡うは
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禍乃宴 2

 レイリスは切れ長の青の瞳をさらに糸のように細め、マヤを見遣る。「あなたを再び絶望の底に落とすことが彼の目的だから」と、レイリスはどこかマヤを試すような口ぶりで言った。


「わかるでしょう? だから焦らなくても大丈夫よ。彼はあなたの到着までは、待ってくれると思うわ」


「……アーリィは」


 怒りや、その他様々な激しい感情を抑えた声で、マヤはレイリスを睨みつける。


「あの子に、あんたたちヴァイゼスは手を出したのね……」


 ウィッチの封印が解かれた事が意味することを、マヤはレイリスに確認していた。

 封印を解くことが出来るのは基本的に封印を行った本人だけだ。封印に使われた以上の魔力を使って無理矢理に封印を破るという反則技はあれど、氷獄という膨大な魔力でもって作られた封印を力技で破る事が出来る存在は無いに等しい。唯一の可能性は、封印者であるマヤの魔力をその内に秘めるアーリィという術者の存在で、ヴァイゼスとウィッチはその可能性に封印を解かせる為にアーリィをさらっていった。


「そうね……封印が解かれたということは、そういうことよね。あたしはよくわからないけど……でも、うちの他のメンバーがウィッチの指導を受けてアンゲリクスのコアの情報を書き換える装置を作ったりしていたから。……残念ねユーリ、やっぱりもうあの子は」


 レイリスのそれ以上の言葉を拒絶するように、ユーリは彼を睨みつけて「黙れ」と低く吠える。レイリスは呆れたような視線をユーリに向け、小さく溜息を吐いた。そして彼は独り言のように、こんなことを呟く。


「あ~あ、やっぱり断ればよかったかしら。こんな損な役回り、引き受けなきゃよかった。仕方ないとはいえ、あたしばっかりあなたたちに責められて……あたしが可哀相」


 レイリスはまたソファーの上で足を組み替え、焦るマヤたちにどこか投げやりに「あと二日でクロストに着くわ。直ぐよ、二日なんて」と言った。





 レイリスを一人にし、ローズたち三人はもう一つの部屋にてこれからのことを話し合う。



「なぁマヤ……あいつの言ってたことって……マジに可能性、あんのか?」


 ユーリのその問いに、マヤは辛そうな面持ちで頷く。ユーリが問うた今の言葉の意味は、つまり今のアーリィが自分たちの知るアーリィではなくなってしまっている可能性という意味だ。


「残念だけど……あっちにはアタシ同様アンゲリクスの産みの親であるウィッチがいるし、実際彼の封印が解かれた今レイリスの言っていたことは……アーリィが、アタシたちの知っているアーリィで無くなっている可能性は高いわ……」


「そんな……」


 絶望した言葉を呟くユーリに、マヤは心の中で『それだけならまだマシではあるけど』と呟く。しかし決してそれを口には出さなかった。これ以上、今の段階でユーリやローズを不安にさせたくはなかったから。


(きっと今のアーリィはもう、あたしたちの事を覚えてはいないでしょうね……)


 アンゲリクスの思いきおくの白紙化――それはマヤ自身、過去のアーリィに対して何度も行ってきたことだった。

 人格の変更に伴い、以前の人格の記憶による混乱で新たな人格が必要以上に不安定にならないよう、アーリィが"忘れてはいけない"と判断しイェソド・コアに登録した記憶情報部分をマヤは消去してきた。正確には本当に消しているわけでは無く、その情報を"消した"とアーリィに認識させているだけなのだが、そうすることでアーリィは過去の自分の思い出を思い出せ無くなり、それは結局は記憶を失ったと同じことになる。

 おそらく自分同様にアンゲリクスの仕組みに詳しいウィッチは、アーリィを"別のアーリィ"に変えた時点で過去のアーリィの思い出部分の情報を消去してしまっただろう。

 それらのことを考えた後、マヤは気落ちした様子で俯くユーリを見遣った。彼にはこの話は残酷過ぎる気がして、マヤも彼同様の表情となる。

 きっとこのままレイリスの案内でウィッチの元へ向かえばアーリィと再会出来るだろうが、その段階で彼はアーリィが記憶を失っていたら、自分たちのことを忘れてしまった事に気付かされるだろう。マヤだってそれは辛いのだから、きっと苦労してアーリィとの絆を深めたユーリは、もし今のアーリィがそういう状態であったらきっと自分以上に彼は悲しみ苦しむだろうと彼女は思った。


「……しかし、落ち込んでいても仕方が無い。これ以上最悪な方向にいかないよう、ウィッチの元へたどり着いたらやるだけのことをやってみないとな」


 アーリィがさらわれても前に進むことを忘れなかったマヤを見習ってか、ローズは二人を励ますようにそう前向きな発言をする。彼のその言葉は気遣う感情も含まれており、マヤは力無い笑みを彼に向けて「そうね」と言葉を返した。


「アーリィも取り返すし、ウィッチも……今度こそ、彼を消すわ」


 はっきりとウィッチを『消す』と発言したマヤに、ローズは驚く視線を向ける。


「消す……」


「そう。……封印なんてしていたからいけなかったのよ。結局アタシは、本当に一人になるのが怖かったから今まで同じ存在の彼を消す勇気がなかったんだわ」


 マヤは淋しげに目を伏せ、「でももう決めたわ。今のアタシは一人じゃないから大丈夫」と言う。ローズが側にいてくれると……この先も共に旅をしてくれると言ってくれた彼がいるから、彼女は『大丈夫』なのだと自分にも言い聞かせた。


「けどマヤ、ウィッチを消すって……どうやって?」


 ユーリの疑問はそのままローズの疑問でもあり、彼も今の質問の答えを求めてユーリと共にマヤを見つめる。マヤは二人の視線を受けながら、「方法は考えてあるから心配しないで」と答えた。


「どんな方法だ?」


 続けてローズが問うと、マヤは一瞬何かを思うような複雑な感情入り混じる碧眼でローズを見返す。が、直ぐにその気になる感情は、マヤの眼差しからは消えた。


 彼女は自信がある表情をローズに向けて、「そういう術をずっと考えていたのよ」と答える。


「魔法か……」


「結局それしか方法思い付かなかったからね……ウィッチ相手にアタシがどこまで出来るかはわからないけど、精一杯頑張ってみるから」


 そう答えて、マヤは自分の心が痛みに悲鳴をあげるのを感じた。


 嘘だった。自分はローズに……彼らに嘘をついている。

 本当は、ウィッチを消滅させる魔法なんて考えてはいなかった。そのかわり、彼を封印ではない別の方法で消滅させる手段を彼女は知っている。


「マヤ……魔法とかは俺、さっぱりわかんねーけど……でも俺もお前に全力で協力するからな。何でも言えよ?」


「ユーリ……」


「そうだな。当然俺もお前の力になれることは何でもするからな。だから、諦めずに行こう」


「ローズも……ありがとう」


 今のマヤには二人の優しさが心強く、そして苦しくもあった。





 ◆◇◆◇◆◇





「頭にフード被って顔隠した少年~?」


「はい……どこかここらへんで見ませんでしたか?」


 一人失踪したレイチェルを捜索中のアゲハは、今はアストレイを離れて、同じティレニア帝国の貿易都市マーレイ近くの宿場街に来ていた。そこの旅人が多く集まる小さな酒場で、彼女はレイチェルの情報を求めて聞き込みを行う。


「あの、私より少しまだ背が小さくて……こっちの方面に行ったという情報があったので、見掛けたことはあるかと思いお聞きしているんですが」


「う~ん……どうだろうねぇ」


 アゲハが声をかけていたのは、見た目は少し怖いが中身は全くそんなことは無い巨人族のハーフの旅人二人組。

 若い方の男が、相方の中年男性に「お前見たか、そういう奴」と聞くと、巨大な戦斧を担いだその中年男性は「見た記憶はねぇなぁ」と首を横に振った。


「そ、そうですか……」


 アゲハががっかりした様子で肩を落とすと、二人は互いに顔を見合わせた後、「そんなに気を落とすなよ、お嬢ちゃん」とアゲハを気遣う。若い方の男は大きな体を丸めてアゲハの顔を覗き込み、「そうだ、ジュースでもおごってやるから飲んでいけ」と彼女に言った。それを聞き、アゲハの表情がパッと明るくなる。


「え、いいんですか?」


「いいぜいいぜ。ほら、何味のジュース飲むんだ?」


 アゲハは遠慮なく、旅人二人に「じゃありんごジュースが飲みたいです」と言う。それを聞いて中年の旅人は大きな手で店のカウンターに硬貨を数枚置き、「おいマスター、りんごジュース一杯くれ」と店主にジュースを注文した。


「わぁい、本当にありがとうございます! 喉が渇いていたんで嬉しいです!」


「いいってことよ。それにしてもお嬢ちゃんが一人で人捜しなんて大変なもんだなぁ……」


「そうなんです……。突然いなくなっちゃって、ずっと情報集めながら捜しているんですけど全然見つからなくて……」


 ハァ……と溜息を吐き、アゲハは今だどこにいるかわからないレイチェルのことを心配する。


「ホント、どこいっちゃったんだろう……レイチェル」


 アゲハは旅人から受け取った冷えたリンゴジュースの入ったグラスを両手でしっかり持ちながら、「早く見つけないと」と独り言のように呟いた。





 ◆◇◆◇◆◇





「なんかさー、ジューザス様たちがいなくなってから、ここ静か過ぎる気がしないかー?」


 ジューザスたちが忘却の地へ向かったあとのヴァイゼス施設、そこの医務室でエルミラはビスケットを頬張りつつ、書類整理をするヒスにそう話し掛けていた。


「そうか? 以前から殆どのメンバーが外に出てることは多かったし、その時はいつもこんな感じだっただろう」


 ヒスは書類整理の手は止めず、エルミラの先程の言葉にそう返事を返す。

 エルミラは簡易ベッドに腰掛け、ボリボリとビスケットをだらし無く食べ散らかしながら「い~や、静か過ぎるよ」と言い返した。


「……なんでもいいがエルミラ、ベッドの上にお菓子の食べカスを落とさないでくれ。掃除しなきゃならなくなるだろう」


「んんー?」


 エルミラは「あぁ、ごめん」とあまり悪気無い様子でヒスに謝り、彼はベッドのシーツの上に零れたビスケットのカスを手で払って床に落とす。その全く解決になってしないエルミラの行動に、ヒスは思わず手を止めて呆れた視線をエルミラへ向けた。


「エルミラ……それじゃあ今度は床を掃除しなくちゃならなくなるだろうが。お前は一度リーリエに掃除というものを基礎から教わった方がいいぞ」


「掃除ねぇ……」


 エルミラは興味なさそうな顔で、「気が向いたら教わるよ」と答える。ヒスはそのエルミラの反応に、彼がこの先リーリエに掃除の仕方を教わる機会は絶対にないなと確信した。


「それよりさぁヒス、やっぱり寂しくないか? な~んか、みんないなくなっちゃってさぁ」


 今このヴァイゼスの施設内には、エルミラを含めて三人しかいない。ヒスと、それと自室で休んでいるであろうリーリエと自分の三人しかいないヴァイゼスの巨大な建物は、いつも以上に広く淋しい空間のような気がして、エルミラはビスケットをまた一枚口の中に放り込みながら淋しげに目を伏せた。

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