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神化論  作者: ユズリ
白の庭
46/528

届かぬもの、忘却の 5

 ヴェロニカに滞在してから三日目の朝。


「おはようございます、マスター」


「おはよー、アーリィ」


 宿屋のラウンジでローズとマヤ、そしてだいぶ体調の回復したユーリが今日の予定などを確認しあっていると、少し寝坊したアーリィがまだ眠そうに目を擦りながら3人の元へ合流した。


「……すいません、マスター。遅れました」


 壁に掛かった時計が九時を少し回っているのを見て、アーリィはマヤに頭を下げる。そしてマヤの隣の椅子に腰を下ろした。


「別にいいよん。アタシたちもそんな早く起きたわけじゃないしね。疲れてるならゆっくり休んで構わないわよ。あ、寝癖発見」


 マヤはそう言って微笑むと、アーリィの髪に触れて寝癖を直す。

 実は結構急いで身支度をしたようで、アーリィは寝癖を指摘されて恥ずかしそうに「すいません」と呟いた。


「やだなーアーリィちゃん、寝癖くらい気にすんなよ! そんなのあってもアーリィちゃんはいつもかわい……」


「そういえばジェクトはどこに? 姿が見えませんけど……」


 ユーリの言葉など完全無視して、アーリィが辺りを見渡しながらマヤへと問う。無視されてがっくりとユーリが肩を落とすと、彼の隣でローズが「そういえばお前は年中寝癖だな」と、残忍なほど爽やかな笑顔付きでユーリへと天然爆弾を投下した。彼の残酷な勘違いにさらにべこべこにへこみながら、ユーリは「これはこーいうヘアスタイルなんすよ、ローズさん。てか今まで寝癖だと思ってたのかよぉー!」と、突っ伏して泣く。そんな阿呆な男二人は放っておいて、マヤは頬杖をつきながら答えた。


「ジェクトなら朝早く一人で出掛けたよん」


「一人で、ですか?」


「うん。あ、なんでもアーリィに渡したい物があるから、家帰って取ってくるとかなんとか……」


 マヤが考え込みながらそう答えると、正面でユーリが「おい、マヤ」と彼女に声をかける。


「お前フツーにベラベラと喋ってるけど、あの小僧アーリィちゃんには内緒にしてろとかって言ってなかったか?」


「そういえばそんな事も言っていたな」


 ユーリとローズにツッコまれて、マヤは思わず苦笑いを浮かべた。


「あ、あはは、そだっけ? ごめんごめん」


 そう言ってマヤはアーリィへと向き直り「てわけでアーリィ、今のアタシの言葉は忘れちゃいなさい。ジェクトがなんかプレゼント渡してきたらびっくりしたリアクションしちゃってちょうだい」と、アーリィへと真面目に無理注文をする。

 それを聞いて呆れるユーリとローズだったが、なんとアーリィは素直に頷く。


「わかりました。マスターがそう言うなら今の言葉は忘れて、リアクションしちゃいます!」


「そね。あ、じゃあ少し練習しときましょうか。びっくり驚いたときのリアクションの練習よ」


「はい。……わぁ。……こんな感じですか?」


「んー違う。残念、かわいいけど違うわ。もっとこう、大袈裟なカンジよ」


「大袈裟……ふああ! ……こうですか?」


「そうね、少し近づいたかんじね! でもジェクトをだますにはまだまだそれじゃだめだわ!」


 張り切るアーリィに、マヤは笑いながら謎指導を始める。それを見ながらユーリはボソッと呟いた。


「……ローズもアレな性格だけどよぉ……アーリィちゃんもけっこうアレな性格だよな」


「……? アレとはなんだ?」


 首を傾げるローズに、ユーリは「イヤ、気にしないでくれ」と苦笑いをしながら返す。

 アレな性格のローズは素直に「わかった」と頷いた。


「じゃあ今日の予定だが……」


 そうしてどうもずれてしまった話し合いを仕切直そうと、ローズが皆に向かって声をかける。

 すると今度は、アーリィが突然椅子から立ち上がった。


「すいませんマスター。なんかジェクト一人じゃ心配なんで、俺ちょっと行ってきます」


「へ?」


「お、おいアーリィ?」


 マヤとローズが同時に目を丸くする中、アーリィはそれだけ言い残すと朝食も食べずに宿屋を出ていってしまった。


「なんだよーアーリィちゃん。俺よりあの小僧が大切なのかよぅー」


 テーブルに顎を乗せながらぶー垂れるユーリに、「そりゃそうでしょ」とマヤが冷静にツッコミを入れる。そのまま再び撃沈したユーリをやはり放置プレイし、マヤは少しだけ心配そうな表情でアーリィの消えていったドアを見つめた。


「アーリィ、顔隠さずに行っちゃったけど……ううぅーん、大丈夫かな?」


「……俺たちも出掛けるんだ。騒ぎが起きたら、直ぐに迎えに行けばいいんじゃないか?」


 ローズが優しく言葉をかけると、マヤも笑って「それもそうね」と返事をする。そんな二人の様子を、ユーリがにやにやと意味ありげに見つめた。そんなユーリの様子に気づき、マヤが彼に声をかける。


「な、なによユーリ。いつも以上に気持ち悪い顔して……」


「気持ち悪いってお前……いや、ちゃんとお前ら仲直りしたんだなと思ってよ」


 マヤの本気で言ってそうなひどい言葉に対してユーリは少々心外だという表情をしながらも、彼はにやにやとした笑みはそのままに二人の様子を窺う。するとローズは困ったように苦笑し、一方マヤは「当たり前でしょう」と、何故か勝ち気な笑みを見せた。


「アタシとローズは元から仲良しさんなんだしね。つーわけで今日はその仲良しローズと二人でちょい出掛けてくるから、アンタはせいぜい宿にでも引きこもってなさい!」


「なっ!?」


 マヤをからかってやろうとしたユーリだったが、しかしマヤの方が一枚も二枚も上手なことはいまさらな事実。残念なことにユーリの目論みは失敗に終わった。むしろ逆に彼女に嫌がらせをされる結果になってしまった。


「やだー! 俺だっていーかげん外出てぇよ!」


「うっさい病弱! 大人しくすっこんでろ!」


 好い加減宿のベッド生活に飽きてきたユーリが必死に訴えるも、マヤは迷惑そうにユーリを睨みつけて辛辣に吐き捨てた。マヤに訴えてもどうにもならないと悟ったユーリは、今度は顔を真右に向ける。そうして彼は唯一の希望であるローズへと泣き付いた。


「なぁローズ、もー俺サマ元気だし! ね、俺もう外出ていいよね!」


「あぁ、元気なことは元気なようだな。しかし風邪は治りかけが一番肝心だと言う。今日も一日、無理はせずに引きこもっていろ」


 本日二度目の爽やか笑顔の一撃に、ユーリはまや机に突っ伏して小さく泣き始める。それをマヤはうざそうに眺めつつ、善意で『引きこもっていろ』とか言う男はローズだけだなと、そんなことを思った。


「じゃあそういう訳だから……そろそろ行こっか、ローズ」


「そうだな」


 テーブルに突っ伏して泣くいい大人を放置して、二人はそう言葉をかわすと立ち上がる。


「それじゃユーリ、行ってくる。おみやげを買ってくるからそう泣くな。じゃあちゃんと休んでいろよ」


 最後にローズがユーリへとそう声をかけると、二人は早々に立ち去って行ってしまった。

 そうして今日も宿でお留守番となるこの男。


「……どーせアップルパイなんだろ、みやげって……」


 別に甘党じゃないから嬉しくないユーリは、そう静かに呟いて恨めしそうに出掛ける二人を見送った。




 ◇◆◇◆◇◆




 相変わらずヴェロニカは騒がしい。

 朝日が昇ると同時にここの人々は動きだすようで、まだ九時過ぎだというのに街中は露店商と旅人、住人で早速賑わいを見せていた。


「……」


 ジェクトを探しに来たはいいが、ジェクトの家を知らないことにアーリィは今更ながら気がついて途方にくれていた。同時に時たま声をかけてくる男たちにじわじわと苛立ちが募る。


(……マスターに貰ったクローク、置いてきちゃったし)


 やはり一旦宿に戻って、顔を隠せる長外套を持ってきてから再度探しに行くべきかとアーリィが悩んでいると、ふとどこからかとても甘くていい香りが暖かなそよ風と共に流れてきた。


「?」


 朝ごはんを食べ忘れたアーリィは、思わず漂ってきた甘くていい匂いに思わず周囲を見渡す。

 空腹の為か甘い香りに誘われるがまま、彼はフラフラと匂いの元へと歩き出した。



「……ん?」


「あら、いらっしゃい」


 甘い香りの元へとたどり着く。だが食べ物かなにかを想像していたアーリィの期待に反して、そこは美しい色とりどりの花が咲く花屋だった。


(……お菓子かなんかの匂いだと思ったのに)


 にこにこと微笑みながらアーリィを迎える店のおばさんと溢れんばかりの花を見ながら、アーリィはなんとも言えない落胆の表情で自分のお腹をそっと押さえた。花の匂いとお菓子の匂いは大きく違うものなはずだが、しかしあいにくアーリィはそこらへんの違いはあまりよくわかっていなかった。


 空腹のお腹を押さえ、少々気落ちしながらもアーリィは改めて花を見る。

 別に花は嫌いではない。それにこんなにも甘くていい香りの花が沢山、そして一度にこんな多種類の花を見たのは初めてだ。じっくりと花を見てみると、お腹はすいているが、これはこれでいい出会いに思えた。そういうわけで少し花に興味が湧いて、アーリィは少しだけ花を見学していくことにした。


「……」


 人々が多く集まる王都に店を構えるだけあって、アーリィの知らない花が数多く売られている。

 アーリィはその内の一つ、白く大きな花びらを持った花に目が止まり、興味深げにその花の前でしゃがみ込んだ。


(……マジカ、じゃないな……なんていう花だろ?)


 小さな拳程もありそうな大きさの花びらにそっと触れつつ、アーリィは首を傾げる。

 するとそんなアーリィの様子を見て、店主のおばさんが優しい笑みを浮かべながら彼に近づいてきた。

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