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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
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幸せの四つ葉 1

 ――願い事があったのなら、四つ葉のシャムロックを探してごらん。


 それは妖精との契約の花。願いがあるのならば、その花に願いを託せば妖精が応えてくれるんだ。

 ただし、妖精は恥ずかしがりやだから、誰にも見つからないように独りで探すこと。



 絶対に誰にも見つかってはいけないよ。願いを叶えたいのなら、決して……





 ◆◇◆◇◆◇






 ボーダ大陸・アンジェラ王国

 ――ガルガドの街




 彼らがその街に着いたのは結局まだ日が落ちる4時間ほど前だった。

 ボーダ大陸の北東の半分を占めるアンジェラ王国。その中の街の一つ、ここは鉱山の街・ガルガド。

 どこか冷たい色合いの街並みはとても旅人を歓迎しているようには見えない。

 少し肌寒い風に吹かれて、灰色の砂埃がまう。




「……なんか、さびしい雰囲気の街ね」


 マヤは風に靡いて絡み付く金髪を押さえながら、少し眉根を寄せて呟いた。風で舞い上がった砂が肌に纏わり付く。


「……とりあえず体洗いたいわ。宿捜しましょ」


 マヤの言葉にローズは「そうだな」と頷いて辺りを見渡した。


「オイオイ……こんな所にお宝……もといパンドラあるのか?」


「ってゆーか、一見すると情報すらなさそーよねぇ。人まばらだし……どこかに人いっぱいいるといいんだけどぉ~」


 ローズが宿を捜している間、ユーリとマヤは互いに周囲を見渡し感想を述べる。


「貧相な街ですね、マスター……ユーリみたいで」


 アーリィも僅かに首を動かして言った。


「えっ、俺貧相っ!? ねぇ、アーリィちゃん! どの辺がぁ?」


「……」


 アーリィの言葉に真剣に汗をかいてユーリは問う。アーリィは無関心な表情でそれを無視した。


「ねぇ! どうなんだっ?」


「……うるさい。全体的に貧相だからもう黙ってろ」


「……ハイ」


 アーリィに一喝されてしゅんと黙り込むユーリを横目で笑いながら、マヤはローズへと声をかけた。


「ど? 宿屋見つかった?」


「ん、ああ。おそらくあそこの看板の建物だな」


 ローズの指差す方向、たしかにそこには少し色落ちした赤い屋根の建物が建っていた。入口近くの看板には宿屋と確かに記されている。


「じゃあ、早速行きましょ?」


「そうだな」


 頷くローズを確認するやマヤはスタスタと宿屋へと向かって真っ直ぐに歩きだす。

 どんよりとへこんでいるユーリをほっといて、アーリィも彼女を追い掛けるようにして宿屋へと向かった。


「……ユーリ? どうした、おいていくぞ?」


 一人ジメジメしているユーリにローズが声をかける。ユーリはゆっくりと顔を上げた。


「なぁローズ……俺ってそんなに貧相に見える?」


 ユーリの問いにローズは首を傾げた。


「……? 何だかよくわからないが、貧相でもお前はお前だぞ?」


 きっぱりとローズは答える。とても励ましとは思えないラインの励ましだった。


「……そうか」


 ユーリは苦笑いでそれに応える。数年この天然に付き合っていたユーリには、この言葉に苦笑いを返せる程度に耐性が出来ていた。


「ホラ、さっさとマヤたちを追うぞ」


 ローズはそう言い、ユーリも渋々彼と共に宿へと歩き出した。




「いらっしゃいませ」


 ローズとユーリが宿屋へと入ると、すでにマヤが受付で部屋をとっているようだった。


「うんと……二人部屋二つ空いてない? だめなら四人部屋一つでもまぁ我慢するけど」


「二人部屋をお二部屋ですね……大丈夫です、ご用意出来ますよ」


 マヤの注文に受付の若い娘が記帳をめくり、笑顔で答えた。


「じゃ、そこに一泊するんで宜しくね」


「かしこまりました」


 二人部屋は因みに、ローズとユーリ、マヤとアーリィに分かれる。アーリィは男なのだが、何となく当たり前といえば当たり前な振り分けなので、誰も何も疑問には思っていない。元々アーリィはマヤとずっと行動をともにしていたのだし、二人とも家族という感覚に近くて男女という感覚ではないのだろう。


「二階の202号室と203号室をどうぞ」


 若い娘はそう言ってマヤに二束鍵を渡す。壁にボーっと寄り掛かって待っていたアーリィをマヤは手招きして呼ぶ。ついでに近づいてきたローズ達に鍵を一つ渡した。


「はい、203号室ね。で、どうすんの? どーせすぐシャワーは浴びれないんでしょ?」


「あぁ……そうだな、まずはアイテムと保存食などの調達だな。それと、いつも通り主にパンドラか何かお宝の情報収集。そんなところだな」


 ローズはそう言って少し考え、再度口を開く。


「ここは確か鉱山の街だったな……人があまりいない所を見ると、昼間はみな鉱物を採掘しにどこかへ行っているのかもしれんな。情報収集のほうはあまり期待出来ないと思うから、俺一人で充分だろう」


 そう言い一同を見渡す。するとマヤが不満そうにローズを見た。


「えー! ねぇ、アタシも情報一緒に集めたいぃ」


「そんなに人数いらないだろう」


「いいじゃない。アタシの経験からいうと、こういう鉱物だとか炭鉱の採掘出来る街って何かいいもの埋まってるのよ。鉱物とかってホラ、マナの力が関係してるからね。それこそ地形の変動で埋もれた旧時代のお宝とか出るのよ……きっと」


 フンッと鼻をならし、マヤはローズに言った。


「だからあなた一人じゃ不安よ」


「そうだローズ、マヤの言うとおりだ! お宝……じゃなくてパンドラが見つかるかもしれねぇぞ!」


 お宝好きなユーリはマヤに賛同を示す。しかし彼にはもう一つ目的があった。

 もしここでマヤがローズと共に情報収集に行くとなると、必然的に残った者が買い物ということで……。


 ローズは数秒「うーん」と唸り、やがて「わかった。じゃあマヤと俺は情報を集めに行こう。ユーリとアーリィはアイテムなどの買い出しをしておいてくれ」と、指示した。


「おけー!」


「おっしゃあぁっ! 任せろっ!」


 マヤは笑顔で頷き、ユーリに至ってはアーリィと二人で買い物という彼にとって最高の展開となり、本気で喜んでいた。一方アーリィは不機嫌な表情でユーリをにらむように見る。


「……この変態と二人でなんて嫌だ」


 アーリィのその一言に、ユーリは一瞬にして暗く落ち込む。


「しかたないだろう。ユーリ一人じゃ大変だからな」


「煩い、嫌だ」


 ローズはやれやれと溜息をつき、マヤへと視線をチラッと送る。マヤは黙って頷いた。


「アーリィ、ユーリと仲良く買い物宜しくね!」


「……わかりました。行ってきます、マスター」


 マヤの言葉にアーリィは渋々といった様子だったが頷く。その聞き分けのよさは、先ほどまでの駄々はどこへやらといった感じだった。


「よし、じゃあ決まりだな。行くぞマヤ。夕方までには宿に戻るようにしよう」


 ローズは言い、ユーリへと資金の入った袋を投げ渡す。

 

「オッケ。じゃ、俺らもそれまでに戻れるように済ますよ……多分なぁ」


 片手でソレを受け取り、ユーリは応えた。そんなユーリにマヤが近付き、そっと耳打ちをする。


「……アーリィとデートさせてやるんだから、アンタ後でアタシに3万ジュレよこしなさいよ」


「んなっ!」


「当たり前でしょ? それくらい。……それと、アタシの大事なアーリィちゃんに何かしたり、何かあったら……燃やすわよ」


「……はい」


 がっくりとうなだれるユーリに、マヤは「よろしい」と威厳たっぷりに言い放って、ローズの元へと戻っていった。

 アーリィがマヤに(何故か)絶対服従なように、ユーリもアーリィのこととなるとマヤには逆らえなかった。マヤに逆らえばそれはつまり、アーリィに近付くコト禁止となるのだ。

 しかし切り替えの早い男はパッと満面の笑みを浮かべると「んじゃ行こうぜ、アーリィちゃん!」とアーリィに言った。


「俺に指図するな」


 ユーリの笑顔を鋭い睨みで返し、アーリィが吐き捨てる。しかしユーリはまったく気にせず、ご機嫌でアーリィの手をとり宿屋を出ていった。

「触るな変態!」というアーリィの悪態が段々と遠ざかっていく。それを微妙な笑顔で見送りながら、マヤはローズに言った。


「さて……行く?」


「そうだな」


 大剣を担ぎ直し、ローズは返す。

 そして二人で宿を出ようとした時だった。


「あっ」


「?」


 突如受付の少女が小さく声を上げ、二人は思わず振り返った。

 二人の反応に気付き、娘は慌てた様子で「すいません」と小声で謝罪する。


「どうしたの?」


 マヤは首を傾げて、僅かに赤面する少女に問い掛けた。


「イ、イエ……たいしたことじゃないんですが……あの、先程の女性の方が」


「……女性?」


「アーリィのコトでしょ」


 ローズの疑問にマヤが素早くツッコミをいれた。「あぁ」とローズもすぐに納得する。

 少女は気にせず言葉を続けた。


「誰かに似てらっしゃるなと思ったんですよ。それで、”聖女様”に似ていらっしゃると思いまして……」


「……聖女?」


「ええ。ほら、あそこに肖像画を飾っているんです」


 少女の指差した方向へと二人は視線を向ける。その先、階段に近い柱に女性の油絵らしき肖像画が飾ってあった。


「……聖女アリア、ね」


 マヤが目を細めて呟いた。

 割と大きめの枠の中には、美しい黒髪の女性が描かれていた。長いウェーブのかかった黒髪に、アクセントのように左側に大きな白い薔薇飾りをして、同色のドレスのようなものを着飾っている。

 神秘的な紅の眼差しは、優しげにこちらへと向けられていた。

 それは世界を旅しているあいだ、何度か目にする機会の多かった一人の女性の肖像画だった。


 聖女と呼ばれ、衰退したこの世界に光を与えた女性。それがこの絵に描かれた人物、アリア。

 そしてそれは、少女のいうとおりまるっきりアーリィとうりふたつの容姿をしていた。

 ただひとつ、性別の違いを除けば。


「アンジェラ王国は信仰する宗教がとくに決まっていないんです。だから多くの者はみな、神よりも聖女様を崇めているんですよ。もちろん私もあのように……」


 少女はそう説明すると、にっこりと微笑んだ。

 少女がそうであるように、この世界で神よりもこの聖女を信仰する人間は多い。

 それは”審判の日”を起こしたのが神だと信じられていることと、その後の世界で人々に希望を与えたのが彼女であるということが要因だ。そして彼女が実在した人物だということも。


 600年程前の昔に、彼女は不思議な力で人々の傷を治したり、様々な奇跡をおこしたと言われている。故に彼女は”聖女”と呼ばれ、混沌としていた世界に光を与えた人物として今も伝説となっていた。


「……お姉さん、そのことあの子には言わないでおいてあげてね」


「え……?」


 マヤは静かに苦笑いを浮かべながら言った。少女は首を傾げる。

 付け足すようにマヤは言葉を繋げた。


「あの子……アーリィ、聖女と比べられるのキライだから」


 どこか真剣なマヤの声音に気付き、少女は黙って頷いた。

 ローズは黙って聖女の肖像画を見つめる。しかし漆黒の瞳は数秒でそらされた。


「……行くか」


 短くそうマヤに言うと、足早に宿屋を後にした。


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