あなたと手を繋ぎ、そして 6
そのままローズは店の上に吊された獣の干し肉や、小さな木の実の粉で作られた"パストゥ"と呼ばれる固めのパンのような保存食をいくつか手にとった。
「あと、コルコッタ粉はあるか? あれば一袋欲しいんだが……」
ローズの問いにおばさんは「勿論あるから、ちょっと待ちな」と言い、露店の後ろにいくつかあった麻袋を漁りだした。コルコッタ粉とはその名の通り、"コルコッタ"と呼ばれる林檎サイズの茶色い木の実を乾燥させて、細かく粉状にそれをすり潰して作る粉である。この粉は主にボーダ大陸でパンやお菓子など、一般的に様々な料理に利用されている。
「はいよ、コルコッタ粉。他には何かあるかい?」
粉の詰まった麻袋を台の上に置きながらおばさんが問うと、ローズは少し考えて首を横に振った。
「いや、とりあえずはこれくらいでいいと思う。有難う、いくらだ?」
「えっとだねぇ……フィールの干し肉4切れにパストゥを8枚、それにコルコッタ粉一袋で……二千五百ジュレだよ」
東方の古風な演算機の珠を指先で弾きながら女性が答えると、ローズはズボンのポケットから資金袋を取り出して硬貨を3枚を支払った。
「ハイハイお釣りね……まいど」
おばさんからお釣りを受け取りつつ、ローズは「ところで、ちょっと聞きたい事があるんだが」と、そう言って女性に話しかける。
「ん? 何だい? アタシに答えられる事なら構わないよ」
「すまない」
にっこりと気さくな笑顔で応じる店主に、ローズも小さく笑って頭を下げた。
「で、 聞きたい事って?」
「あぁ……この辺りにその、孤児院はあるか?」
「孤児院?」
買った品の詰められた麻袋を受け取りつつ、ローズは心なしか控えめな声で問う。するとおばさんは、ひどく驚いたように目を丸くした。
「あんた旅人さんだろう? あるにはあるが……あんな所にあんた、一体何の用があるんだい」
「まぁ、色々とあって……」
もっともなおばさんの疑問に、ローズは困ったように笑いながら曖昧な返事を返す。そんなローズの様子に、腑に落ちないながらもおばさんは「ま、何か事情があるなら無理には聞かないよ」と、そう言ってローズに微笑みかけた。しかし直ぐにその表情は、何故か険しいものへと変わる。
「孤児院ねぇ……ここの南に一つあるけど、あんまり訪問をお勧めはしないよ」
「え?」
台の上に散らばった麻袋を片付けながら、首を傾げるローズに店主のおばさんは苦い顔で言葉を続けた。
「ホラ、こんなご時世だろう? 一見賑わっているようなこの城下の街でも、実際は皆豊かな訳じゃあないんだよ。普通の家では生活するだけでギリギリさ。それも国の保証があってギリギリだからね。だから、子供を捨てる親も少なからずいるんだよ。……悲しい事だけどね」
「……」
おばさんの悲しげな表情に、ローズはこの町の孤児院の状態がどういうものなのかを漠然と悟った。
しかし彼は彼女の続ける現実に黙って耳を傾け続ける。
「それに、ね……いろんな事情で肉親を亡くした子供が、皆そこに流れ込むからね。正直あそこの子供たちの保護は充分な状態じゃあないんだ。国の保証でも間に合わない、悲惨な場所だよ。旅人さんが近付くような所じゃないとアタシは思うけど……衛生的にも、とてもいいと言える所じゃないしね」
「……そう……ですか」
所々で言葉を濁らせながら、おばさんは厳しい表情で悲しい現実を語る。彼女のその話に、ローズはジェクトを孤児院に預けるという自分の考えは絶望的だということを理解して、目を伏せながら小さく頷いた。
(……だが、ジェクトを一度保護した以上はここで諦めてしまう訳にはいかない)
だがローズは昨晩心に誓った事を思い出し、直ぐに小さく首を横に振って顔を上げる。
「あの……なら、どこか他にそういう施設……教会か何かは?」
どんな些細な希望でも構わないと、そうローズは思いながら再度店主のおばさんに問い掛けた。
「うーん、そうだねぇ……教会なら確か同じ南の、ちょっと外れにあったよ。そういう場所は、ここじゃそれくらいだねぇ」
少し首を傾げ考え込みながら答えるおばさんの言葉に、ローズは「そうか」と呟いた。そして腕の荷物を抱え直す。
「忙しいところに聞いてしまい、すまなかった。有難う」
「いや、アタシは全然構わないよ。けどねぇ……何だか事情は知らないけど、あまり面倒臭い事には関わらんのが長生きの秘訣だよ。ま、お節介かもしれんがね」
にっこりと笑って語るおばさんに、ローズも再び笑顔をその顔に浮かべた。
「あぁ、そうかもしれないな。覚えておくよ……有難う」
「じゃあまた何か入り用があったら、是非利用しとくれよ」
大きく手を振りそう声をかけるおばさんに、ローズは無言で手を振り返しながら踵を返して再び雑踏の中へと歩み出す。
広い王都の城下街、その地形を頭の中に思い浮かべながら、ローズは僅かに厳しい表情で南へとその足を向けて歩いた。
◇◆◇◆◇◆
色とりどりの美しい鳥の羽根、不思議と内部で淡く輝く鉱物、初めて見る真っ赤なドラゴンの鱗、そして自分の瞳と同じ緑色の原石のかけら――目の前で次々に袋から取り出されていくそれらを、ジェクトは目を輝かせながら興味深そうに見つめていた。
王都の城下街、その少し外れの裏路地に建つ大きな質屋。
アーリィに連れられたジェクトは、その質屋のカウンターの前でアーリィと共に戦利品の換金に立ち会っていた。
「……これで、いくらになる?」
荷物袋から換金する品を全て取り出し、アーリィは目深に被ったクロークの隙間から、質屋の主人である男の様子を伺う。
「うーん……こいつはすげぇな……ドラゴンの鱗、しかも見たところ本物かい。こりゃちょっと待ってくれ。こっちもそれなりの額で買い取らせてもらうから」
中年の店主はそう言うと、早足で店の奥へと去っていってしまう。
店主が店の奥へと消え、彼が戻ってくるのをアーリィが無言で待っていると、不意にジェクトがカウンターテーブルの上に置かれた戦利品の数々を珍しげに眺めながら口を開いた。
「これ……全部アーリィたちが見つけたの?」
「……そうだ」
「すごいね……」
「凄い?」
「うん。だって僕、こんなの初めて見た」
「……」
まじまじと飽きずに戦利品を観察するジェクト。アーリィはむしろそんな彼の様子の方が珍しいらしく、不可解そうな表情でジェクトを見つめた。
「ねぇ、これは何?」
「え……?」
アーリィが彼を観察するように見ていると、ふとジェクトは顔を上げて、子供らしい好奇心に満ちた瞳でアーリィを見返す。そうして問うジェクトの指差す先には、先日戦ったニーズヘッグの真っ赤な鱗があった。
実は先日のあのドラゴンとの戦いの後、ドラゴンの鱗は高く売れると知ってるマヤが、ちゃっかり鱗を剥ぎ取って袋に詰めておいたのだった。そんな鱗を一枚手にとり、ジェクトは小首を傾げつつ自分を見つめる。自分に疑問を投げかけるジェクトを見返しながら、アーリィは突如不思議な感情が自分の中に芽生えるのを感じた。
それは、アーリィ自身がまだ一度も触れたことの無い未知の感覚。昨晩からほんの少しずつ、しかし確実に自分の中に存在し始めたものだった。
それが一体何なのか、今のアーリィにはまだわからない。それはただただ曖昧に、輪郭無く存在だけを主張した。
「それ……は……」
もやもやと形無く存在を始めた知らぬ感情に戸惑いを覚えつつ、アーリィは問いに答えようと口を開きかけた。その時ちょうど奥から戻って来た男が、「待たせたな」と二人に声をかける。アーリィはジェクトへの返事をを中断して、視線を戻ってきた店主へと向けた。ジェクトも男へ視線を移す。
「ニードルバードの羽根にクリスタルストーン各五個、エメラルドの原石二個とドラゴンの鱗六枚で……しめてこれくらいでどうだ?」
そう自信たっぷりに言いながら、男はテーブルの上に硬貨の詰まった袋を置いた。なぜかジェクトがどきどきしながら袋を見ていると、アーリィが無表情にその袋を手にとって中身を確認する。隣でジェクトも背を伸ばし、袋の中を覗き込んだ。そして中身を見た途端、ジェクトは思わず驚きの声をあげる。
「うわぁ……!」
差し出された袋の中には、大陸共通硬貨であるジュレ硬貨が大量に詰め込まれていた。
「……いくらある?」
「十万ジュレだ。……どうだい?」
アーリィの顔色を窺うように、男は僅かにクロークの隙間から覗く彼の口元を見る。金額を確認するアーリィの隣では、十万ジュレという金額にジェクトが驚いて声を上げた。
「すごい! そんなに?!」




