あなたと手を繋ぎ、そして 5
「……なんか変じゃねー?」
「お前の顔?」
「うーん、さっすがアーリィちゃん。ナイスボケだね!」
「ぼけ?」
大真面目な顔で返すアーリィの言葉に、思わずユーリは苦笑いしながら「じゃ、なくてローズとマヤだよ。なぁーんかぎくしゃくしてね? あの二人」と、そう言ってアーリィを見る。ユーリのその言葉に、アーリィは心底どうでもよさそうな顔で溜息をついた。
「どうでもいい。マスターはともかく、あの黒いのに興味なんて無い」
きっぱりとそう言い切るアーリィの姿に、ユーリは苦笑したまま「そうっすか」と小さく呟いた。しかし次の瞬間、彼は何かを思い付いたように顔を輝かせる。
「ならアーリィちゃん、俺に興味は?」
「無い」
ユーリの問い掛けにアーリィは、再び間髪入れずに言い切った。途端にもりもり元気と気力が抜けていくユーリ。
「でーすよねー」
僅かに目元に涙を溜めながら、ユーリは再びモゾモゾとシーツを被って小さく丸まった。
儚い僅かな希望を容赦無く打ち砕かれた心のショックはだいぶ大きいらしく、先程まで回復していた顔色は再び死者のような青白いものに戻ってしまっていた。
しょぼくれたユーリに本気で興味を失ったアーリィが視線をそらすと、今までじっと黙って二人を眺めていたジェクトが、控えめにアーリィの服の裾を引っ張る。
「……ねぇ、アーリィ」
「ん?」
ジェクトに呼ばれて、アーリィは視線をジェクトへ向けた。同時にシーツに丸まっていたユーリが、突如物凄い形相でシーツから顔を出してジェクトを睨み付ける。
「ア、アーリィ? 呼び捨てだと?! 俺だって『ちゃん』付けで呼んでるのに、こいつまだ会って二日で……」
「うるさい黙れ」
不機嫌そうな表情のアーリィにロッドで顔面を思い切り殴られ、ユーリは泣きながら「ごめんなさい」と呟いてまた小さくなった。
「で、何だ?」
「あ……う、うん」
ブツブツと何事かを呟きながらシーツに丸まって泣くユーリにちょっぴり怯えながら、しかしアーリィに促されてジェクトは再度口を開いた。
「マヤさんとローズさん、昨日の夜から何か変だったよ?」
「夜……?」
「うん……よくわかんないけど、何となく変だった」
ジェクトは小首を傾げながらそう答える。すると復活したらしいユーリがまたもシーツからひょこっと顔を出して、何故かにやにやと不気味に笑った。
「何? 夜って……アイツら人が気ぃ失ってる間に何かあったなぁ? てかアレだろ絶対、きっといちゃいちゃ……」
「黙れ。マスターを侮辱したら、その容量少ない脳みそ吹き飛ばすぞ」
処刑人のような悪魔の形相で、アーリィは復活したユーリの口にロッドの先端を容赦無く突き刺しそう宣言する。この状態ではアーリィが簡単な呪文詠唱を行った瞬間、ユーリは永遠にこの世とお別れできてしまう。
「ほ、ほへんはは……あーひぃひゃ……ひゃへへ……」
まだこの世に未練たっぷりなユーリは、ロッドを咥えながらもごもごとアーリィに止めてくれと懇願した。やがてアーリィは彼を許したのかロッドを口から引き抜く。何とか殺されずにすみ、ユーリはほっと深く安堵の息を吐いた。
「何かあったのかなぁ……」
壁に寄り掛かりながら少し心配そうにジェクトは小さく呟く。アーリィは横目でそんなジェクトを見遣り、彼へとこう声をかけた。
「別にお前が気にすることじゃないだろう。それに本当にマスターに何かあったなら、俺が直接あの黒いの締め上げて何をしたか吐かせる」
アーリィは先ほどユーリに対して見せた悪魔の形相よりなお恐ろしい魔王の表情で、床にロッドの宝珠をたたき付けてそう宣言する。そんなアーリィの姿にまたおびえながら、ユーリは控えめな声で恐る恐る彼に問い掛けた。
「あのー……で、ローズが何かヘマやらかしてたってわかったら……その、ローズさんはアーリィちゃん的にどうなってしまうのでしょうか?」
ジェクトとユーリが好奇と恐怖の混じった目で見守る中、アーリィは少し考え、やがてぽつりとこう答える。
「こう……細切れ?」
「細切れ!?」
「死んじゃうっ!」
アーリィの真顔の答えに、二人は青ざめて叫んだ。アーリィなら本当にそれをやりかねないと、彼の雰囲気からそれを二人は察しているからだろう。二人は揃って「やめて!」とアーリィを止めた。
するとアーリィは二人の反応に、僅かに眉をひそめてこう返す。
「殺したらマスターがきっと怒るだろうから、殺しはしない。ただ……そう、ちょっとアイツの数を増やすだけだ。十等分ぐらいに切って……それだけ」
明らかに「それだけ」ではすまないような事を答えるアーリィに、やっぱりユーリは「止めてあげて!」と叫んだ。
「アーリィちゃん、それ明らかにローズがローズでなくなりますよ! だめゼッタイ!」
「駄目だよアーリィ! ローズさんも人間だから、それってやっぱり死んじゃうよ!」
大事な友人が細かくされそうな危機に、ユーリは自分の体調の悪さも忘れて必死に彼を止める。ジェクトも自分の余計な一言でローズの生死が左右されかけている状況に、ユーリと一緒になって慌ててアーリィを説得した。
するとアーリィは二人のあまりに必死な姿――特にジェクトの半泣きな姿を見て――少し困ったような顔をする。そして再度大きな溜息をつきながら、珍しく呆れたような口調で彼は静かに呟いた。
「……別にあいつがマスターに何もしていなければ俺だって何もしない」
「じゃ、アーリィちゃん。何があったとわかったら?」
「細切れ」
即答するアーリィに、ユーリはもう苦笑いするしかなかった。
「あの……所でアーリィはこの後どうするの?」
ユーリが友人の今後を案じて何かに祈っていると、常に遠慮気味なジェクトの声が再度アーリィに問い掛ける。声をかけられ、アーリィは再び意識をジェクトへと向けた。
「俺は……マスターにお前の面倒を見ろと言われているから、今日はお前と共に行動する。とりあえず手持ちの戦利品とかを売って旅の資金を作った後の用事は無いから、その後はお前の行きたいとこに行ってやる。……行って、一緒にいるだけだけど」
「え、本当!? 一緒にいてくれるの?」
「……命令だから……」
アーリィの言葉に、嬉しそうに顔を輝かせるジェクト。一方アーリィは彼のその表情にどう反応すべきが戸惑い、ジェクトから目を逸らして素っ気なく呟いた。すると二人のこの様子を見ていたこの男が、不満げな様子でその会話に割ってはいる。
「えー何だよアーリィちゃん、どっか行っちゃうのー? ヤダヤダつまんなーい! アーリィちゃんまで行っちゃったら俺一人だよー? 寂しくて泣いちゃうー!」
病人の癖して元気にかまってもらいたいユーリが、丸まったシーツから恨めしそうな顔だけ出した状態でそう騒ぎ出した。そんな彼の姿をみて、一瞬にしてアーリィの瞳が零下の眼差しへ変わる。
「ねぇーアーリィちゃーん! ねーねーねー、一緒にいてよー」
「……あぁ、そういえばマスターからもう一つ命令されていたな」
「へ?」
うるさく騒ぐユーリをさめた眼差しで見つめながら、静かな声音でアーリィはそう呟く。そんなアーリィの様子にユーリは何だか嫌な予感がして、思わず口を閉ざして彼の様子を窺った。
するとアーリィはおもむろにロッドを掲げ、その先端の宝珠をユーリへと向けて微笑みを浮かべる。
滅多に表情を変えない彼のその微笑みは、しかしユーリの知る笑顔とは大きく意味合いが異なるものだった。
「ちょっ、アーリィちゃんごめんなさい! 俺が悪かった……!」
不吉な予感と恐怖を感じたユーリが蒼白な顔色で謝るが、しかしアーリィは変わらず静かに微笑む。そうして彼はロッドを構えたまま言った。
「お前を大人しくさせとけと……マスターの命令だからな」
「ひっ……!」
今から自分の身に起きることを予感したユーリは、引き攣った笑みを浮かべて何度目かの謝罪を口にする。
「ごめんアーリィちゃん! 大人しくしてるからそれだけは……っ」
「お前が騒がなきゃ"眠りの呪文"ですまそうと思ってたんだけど……それだけ元気だと"眠りの呪文"は効かなそうだから、多少危険でも仕方ない……気絶でもして静かにしてろ馬鹿」
最後の一言を吐き捨てた直後、アーリィは風のマナに精神を集中させながら呪文詠唱を行う。
『ThuNdErEleCTriCsHOcKFAiNT.』
「や……やめっ……!」
ユーリの必死の謝罪もむなしく、アーリィが呪文詠唱を行ったその数秒後、小さな宿屋の一室からは何故か雷鳴と共に男の悲鳴がこだました。
◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃーい! 隣町から仕入れたばかりの新鮮野菜はいかがー?」
城下街の目抜き通りは昨日と変わらず、相変わらず多くの人々で賑わっている。多種多様な人種が溢れるその中を、ローズは人込みを掻き分けながら、食料を扱う露店へと近づいて行った。
「あらいらっしゃい、お兄さん! 見たところ旅人さんだね。どうだい、うちは日持ちする保存食も扱っているよ」
ローズが店を覗くと、大柄な店主の女性がそう声をかけながら愛想のよい笑顔を彼へと向ける。そんな彼女にローズも同じく微笑みを返しながら、店に並ぶ商品へと目を向けた。
「あぁ、じゃあ少し保存食を見せてもらっていいか?」




