表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神化論  作者: ユズリ
白の庭
33/528

あなたと手を繋ぎ、そして 1

 ゲシュの少年・ジェクトと共に、近くの軽飯店で夕食をとった後、ローズたちは体調不良のユーリが一人で留守番していた宿屋へと、真っ直ぐ戻ることになった。

 そうして4人が宿屋に戻る頃には、もうすでに日が落ちかけていて、外気温も少しだけ肌寒いものへと変わっていた。





 満月に近い形の月が、暗い夜空に現れる頃。

 宿屋の裏にある庭先に、マヤは一人でぼんやりと佇みながら空を見上げていた。彼女の瞳は頭上遥か上の、太陽の光の影響を受けて煌々と輝く白銀の月を見つめている。そんな彼女の金色の髪もまた、月明かりを反射させて艶やかに煌めいていた。


「……」


 海色の瞳をそらすことなく、マヤは十六夜の月を無心に眺めていた。




「……何だ、ここにいたのか」


「!」


 不意に声をかけられて、マヤはハッとした様子で振り返る。

 突然彼女に話し掛けたその声の主は、闇夜に同化するような漆黒の色の髪を風に靡かせて立っていた。


「なんだ、ローズか」


 マヤは目を丸くし、そして大きく息を吐いて不満げに目を細めた。


「驚かさないでよ。変質者かと思ったじゃない」


「おい、仲間を変質者と間違えるなよ」


 マヤの言い草に、ローズは苦い顔をして呟く。そんなローズの反応に「うそうそ」とマヤは笑って、そして月を眺めるのを止めて彼へと近づいた。そのまま彼女は、ローズの顔を覗き込みながら問う。


「どしたの?」


 不思議そうにそう言って自分を見上げるマヤに、ローズは「いや、それはこっちが問おうとしてたんだが。宿にいないし、捜したぞ」と、軽く頭を掻きながら困ったようにそんな言葉を返した。


「え、アタシを捜してくれてたの?」


 ローズの返事に、マヤは自らを指差して声を上げる。それを見てローズは軽く頷いた。


「そうなんだ……別にアタシは、ただ月が綺麗だなぁーって見てたの。心配かけたらごめん」


「……そうか。まぁその、別にそれは構わない。しかし風邪をひくといけないし、早めに宿に戻れよ」


「えー? 何、ローズは一緒に月見してくれないの?」


 唇に人差し指をあてながら、マヤはにっこりと笑う。その遠回しな彼女の誘いに、「仕方ないな」とぼやきながらも、ローズは暫く戻る様子の無い彼女に付き合う事にした。

 マヤは嬉しそうに笑いながらローズの腕を引っ張り、先程月を眺めていた場所まで彼を誘導する。ローズは苦笑しながらもマヤに引っ張られるがままに、月明かりが降り注ぐ草地へと足を踏み入れた。


「……綺麗な月だな」


 ローズは月を見上げながら、その白銀の輝きに自然とそんな感想を呟く。隣で同じように月を見上げているマヤも、口元に小さな笑みを浮かべながら頷いた。


「でしょう? 今日は雲が少ないからよく見えるの」


「……満月……ではないな。えっと……」


「十六夜の月よ。日没後すぐに出るんじゃなくって、しばらくして空にあらわれる月なの。そのいざよう姿から、十六夜って言われているのよ」


「いざよう……躊躇うって意味だっけか。なるほどな」


 マヤの説明に、ローズは納得したように頷いた。するとマヤは何かを思い出したように、ローズへと視線を向けて問い掛ける。


「そういやユーリは大丈夫なの? まさか死んでないわよね?」


「生きている。全く動かないが、息はあるし脈も正常だった」


「ふーん……ま、どっちにしろあと2、3日はここに足止めかな?」


 再び月に視線を戻しながら考えるマヤの言葉に、ローズも同じ月を眺めながら「そうだな」と、同意の意を示した。同時に、それまでにジェクトの事もどうにかしなくてはいけないと彼は思考する。

 美しい月を眺めながらも、ローズの心は常にその事に悩まされていた。


 いつまでも自分たちで、ジェクトの面倒を見るわけにはいかない。自分たちはユーリの体調が回復しだい、再び旅を再開するのだ。それはマヤに『いいの?』と問われたあの時から、ローズもわかっていたし覚悟していた事でもあった。だからそれまでに、自分たちはジェクトを何とかしなくてはならない。ジェクトを一度保護した以上責任を持って今後、彼を保護してくれる場所を見つけなくてはならないのだ。


 しかしゲシュである少年を預かってくれる所など無いに等しいだろう。マヤには孤児院か何処かに預けると言ったが、しかしそれを探す事はとても難しいと彼は予想していた。


 魔物やマーダーが横行する世の中、親を無くしてしまった子供で孤児院はいっぱいなのだ。そんな状況下でまさか、魔の血が混ざった子供などを好き好んで引き取る場所など存在しないと言ってもいい。


 教会はこのご時世では珍しく神を崇め、そして孤児院と同じく身寄りのいない子供を引き取って育てたりしている所だ。しかし彼らは神を絶対的な存在として盲目的に信仰し、そして逆に魔物や魔族は神を汚す悪魔の化身だと敵視している。そんな所がゲシュの少年を引き取ってくれるはずがない。


(……どうするか)


 ジェクトの保護を一時的だが引き受けると決めた時から、ローズは自分自身に答えの出ない問題をひたすら問い掛けていた。


「……そうだ、ジェクトはどうした?」


 そういえば自分はマヤの他にも、その姿の見えなかったジェクトを捜していたんだとローズは思い出す。そうしてその疑問を彼がマヤに問うと、マヤは「あぁ」と声を上げてこう答えた。


「ジェクトならアーリィと一緒にいるはずよ。なんかあの子、妙にアーリィに懐いてるの。気に入ったのかな?」


「……夕食の時もそういえば、アーリィにひっついていたな」


 夕食を食べに軽飯店へ行った時の事を思い出し、ローズは言った。

 アーリィの話によると、ジェクトはマーダーに絡まれていた所を彼に助けられたのだ。アーリィに助ける意思があったかは別だか、きっとジェクトはその時助けられた恩で彼に懐いているんだろう。二人は何となくそう考えていた。


「……アーリィも、意外にジェクトの面倒を見ていたしな」


 夕食の時のアーリィとジェクトの様子を思い出しながら、ローズが笑った。マヤも思い出したらしく、小さく吹き出す。


「ねー。ジェクトが御飯零したら、ちゃんと拭いてあげてたし! 実は仲良くしてくれるか心配だったけど、あの様子なら大丈夫かな?」


 そのときの光景を思い出してか小さく笑いながら、マヤは首を傾げてそう言った。そしてローズも「そうだな」と相槌をうつ。同時に彼は夕食の時、ほんの少しだったが楽しげに笑みを見せた少年の姿を思い出した。


 今後について何の宛もなく、成り行きのようなもので少年を保護してしまった。しかしあの少年の笑顔を思い出すかぎり、自分の行動は決して間違っていなかったとローズは信じたかった。


(……何とかなるか……いや、しなくてはいけない)


 頭の中でエンドレスに繰り返される問い掛け。ローズはやはり答えの出ないそれに、せめてもとその言葉を心に誓った。



「……ねぇ、ローズ」


「ん?」


 その時、ふとマヤが声のトーンを落としてローズの名を呼んだ。ローズは月から視線を外して、マヤを見遣る。

 月明かりを受けて、青白く輝く彼女の瞳と視線が合う。その瞳はたまに彼女が見せる、不思議と大人びたものとなっていた。


「?」


 不思議に思いローズが『どうした?』と口を開きかけた矢先、マヤが先にその口を開いた。


「……あのさ、あの時、アタシ……」


「あの時?」


「あの……広場でジェクトを庇った時……」


 僅かに瞳を伏せ、少しだけ迷いがちに語り出すマヤ。何か先程と様子の違う彼女の姿に、不思議に思いながらもローズは黙って彼女の話に耳を傾けた。


「あの時ね、私何だかカッとなってあんな事しちゃったの。……だって小さい子供に向かって、手を上げようとしてたから。それに……"ゲシュ"ってだけで……」


 それはいつも元気な彼女らしくない静かな語りだった。


「ううん、違う。ホントはそれが1番の原因。"ゲシュ"ってだけで、差別して嫌悪するあいつら皆許せなかったの。許せなくなって……自分の感情が抑制出来なくなった」


「……」


「それで、あんな風に怒鳴って……あはは、ゴメンね! 何か変だったでしょ、アタシ」


 そう言って困ったように笑うマヤに、真面目な顔でローズは小さく首を横に振った。


「そんな事無い。先程も言ったが、意外ではあったがお前をすごいと思った。……偉いな」


 ローズはそう答えると、不思議そうに目を丸くするマヤに優しく微笑みかけた。彼のその笑みに対して、マヤは反応に困ってか「あ、うん……」と曖昧に俯く。何故だかはわからないが、ほんの少し頬が熱くなるのを感じで、彼女はそれを俯き隠した。


「……どうした?」


 俯くマヤに、ローズが彼女の顔を覗き込もうと屈む。マヤは慌てて顔を上げ、そして大きな声で「何でもないわよ」と言った。


「?」


 不思議そうに首を傾げるローズをごまかすように、マヤは更に早口に続ける。


「それよりさぁ、ローズって珍しいよね。ホントにゲシュに偏見とかないんだぁ」


 彼女の言葉にローズはしばし考え込み、そしてこう口を開く。


「そうだな……別に無いな。俺の場合は母親がそういう考えの人間で、子供の頃から『偏見を持ってはいけない』と教えられていたからだと思う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ