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神化論  作者: ユズリ
禁断の探求者達
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禁断の探求者達 3

「ぐぅっ……!」


 ドシャッ……と、長髪の男が地面へと倒れる。もう一人の男に向かって、ローズは大剣を構えながら口を開いた。


「……あぁ、意外とあっさり片付いてしまったな」

 

 挑発するようなローズの言葉に、拳闘術の使い手らしい男はギリッ……と奥歯を噛み締める。事切れた仲間を一瞬確認した後、彼は憎悪のまなざしでローズを鋭く睨み付けた。


「テメェ……よくも仲間を……」


「悪かったな。しかし先に手を出して来たのはお前たちの方だ。俺達は自分の命を守るためならなんでもする。そういう時は命を奪う結果になっても、恨んでほしくないな。死にたくなかったのならば、俺達に手を出さなければよかったのだから」


 いつでもマイペースなこの男のこの態度は、戦いの場合でも勿論変わらない。そしてそれは多くの場合、相手の精神を逆なでする結果となる。本人にその気はまったくなくとも。


「んだとっ……ぶっ殺してやる!」


「むっ」


 逆上した男はローズへと向かって来た。ナックルをはめた右拳がローズの顔を狙う。

 男の刺突を素早く顔を反らして避け、そのまま刀身だけで1.5メートルはありそうな大剣を横なぎに大きく振るった。

 咄嗟に後方へと下がってローズの一撃をかわした男だが、致命傷は避けられたものの右腕が大きく裂け、そこから鮮血が溢れ出す。男がバランスを崩してその場に片膝をついた。


「ぐぁっ……」


「悪いが、終わりだ……」


 体勢を崩した男の隙を見逃すはずもなく、ローズは剣を抱えて突進。

 大きく振り上げた刃は無情に男の頭上目掛けて空を斬ると共に振り下ろされた。

 男の断末魔の声は、共に破壊された地面の音に掻き消された。





 男の刃が自分へと向かってくるのを視線に捉らえるも、アーリィはその場を動くことはしなかった。

 ただ無表情に、こんなはずではなかったと怒りと憤りにリーダーらしき男がこちらへと剣を向けて走り出すのを眺めていた。


「死ねえぇぇっ!」


 頬に傷のあるその男はアーリィに向かってそう叫んだ。だが、それでもアーリィは動かない。

 勿論「死ね」と言われて死ぬ気なんてまったくなかった。彼がこの世界で命令されて動く人物はただ一人だから。だから何も”命令”されていない彼は、何も行動することはなかった。

 男の剣がアーリィの体を貫くまであと2メートル弱とまで迫った時、突如その男の突進は何者かに阻まれて止まった。


「……っぶねぇ……てめぇ、ふざけんなヨ」


 白に近い銀髪が、ふわりとアーリィの目の前で跳ねる。アーリィを救ったのは、自分の戦闘を終えたユーリだった。

 ユーリは2本の短剣で男の剣を挟み込むようにして止めると、素早く体を旋回させる。


「クッ……!」


 一陣の風のような動きで突き出される2本の刃を大きく後ろへと飛び、男は回避する。

 その時、凄まじい振動と破砕音が辺り一帯に響いた。


「……オイオイ、またかよローズ」


 男を警戒しながらも呆れたような口調でユーリはそんなことを口にした。

 横目で確認すると頭を掻きながら、こちらへと近づいてくるローズの姿。


「や、スマン。どうもいつも力の加減が……な」


「ちょ、あんたが地面とか建物とか、その馬鹿力で壊すせいでアタシたちが迷惑すんのよぉ!? わかってんの!?」


 いつの間にかマヤがアーリィの傍らで腕を組み、溜息をついてそうローズを叱るように大声を出す。彼女の隣ではアーリィが、大きく陥没しで隆起した地面を冷ややかな目で見ていた。そうして静かに呟く。

 

「ダメ男」

 

 アーリィの呟きはまた幸いにも、ローズに聞こえることはなかった。



「ッ……な、何なんだテメェら一体……ただの冒険者じゃねぇな!?」


 怒りと畏怖の瞳でこちらを見ながら男は言った。男の言葉にユーリが唇を歪めて笑う。


「……そうだなぁ。たぁだの冒険者……じゃねぇな」


「何っ……」


「アタシたち、”探求者”でーす」


 にぱっと笑い、マヤは右手をヒラヒラと掲げながら答えた。


「探求者だと……? あんなホントにあるかわかんねぇモン探してるってヤツらか……?」


「いいじゃない。たぁだ冒険するよか目的あったほーが」


「そーそー。それに探求者なんて言っても殆どトレジャーハントのほうが多いし」


「ねー! お宝がアタシを呼んでるのよん♪」


 マヤとユーリの一方的なトークに男は一瞬唖然としながらも、すぐにマヤを指差しながら叫ぶ。


「ただの探求者なわけねぇだろ! そこの女ぁっ!」


「あ? アタシ?」


 突然指をさされてマヤは驚きに首を傾げた。


「テメェ一体何者だぁ! さっきの炎は何だ!」


 男の言葉に先程から黙って男の様子を見ていたローズはマヤを見て、


「マヤ……人間相手に魔術を使うなとあれほど言ったのに……ややこしくなるだろう」


 僅かに目を細め、咎めるような口調で言った。マヤは小さく舌をだしてローズに苦笑いを向ける。


「ごめーん! だってつい……」


 愛らしいしぐさと表情でローズをごまかそうとするマヤだが、あいにくローズにはそんな手は通用しない。ローズは頭痛を感じているかのように右手で頭を抱えて瞑目した。

 一方で二人の会話に男は信じられないといった様子で大きく目を見開き、数歩後ずさる。


「な、ま……魔術だと……? バカな……そんなもの、とっくに失われた力のハズだ……」


 異形の生き物を見るような目付きで男がマヤを見ると、ローズが今日何度目かの重いため息を吐く。


「ホラ。話がややこしくなるだろう」


「んーだからごめんってばぁ……」


 肩を竦めて困ったようにマヤは両手の平を合わせローズに謝罪した。しかし次の瞬間には、彼女はまた反省など皆無な笑顔をローズに向けてこんなことを言う。


「てゆーかイイじゃない! どーせ倒しちゃうんだしぃ……そうでしょう? 犯罪者のマーダーは……見逃してもいいけど、でも生かしておく理由もないわ」


 突然に冷静なまなざしを向けて、マヤは男へと剣を向ける。


「そーそー」


 掌で短剣を弄んでいたユーリも、マヤの言葉に同意して腰を低く構える。


「くっ……」


 男は剣を構え直し、小さく呻いた。零下の瞳で笑いながら男と対峙するマヤとユーリ。もうどちらが悪者なのかわからない状態だ。ローズはもうめんどくさくなっているらしく、微妙に上の空でそんな三人を眺めていた。アーリィに至っては近くの岩に座り込んで欠伸をしている。だが彼はやる気満々なマヤを見てか、欠伸をし終えるとマヤへ向かってこう口を開いた。


「マスターの手を煩わせるくらいなら、俺がやります」


 そのアーリィの言葉をきき、マヤは彼へと振り返る。そして少し考える様子を見せた後に、改めて彼の名を呼んだ。


「アーリィ」


「はい、マスター」


 マヤに呼ばれアーリィはすくっと岩から立ち上がると、彼女へと近付いた。その様子を見て、今度はユーリが口を開く。


「何だマヤ。こんなヤツ、俺一人で仕留められるぜ?」


「いえ、でも珍しくアーリィがやる気だし……たまにはアーリィも活躍させてあげたいかもっておもって」


「……?」


 マヤたちの不可解な会話も疑問だったが、男は突然立ち上がった1番やる気のなさそうな人物の登場に戸惑う。

 マヤはニヤリと魔女のような笑みを浮かべ、戸惑う男へとこう声をかけた。


「いいわ、もうどうせ見られちゃったんだからね。アーリィもやる気だし……あなた運がいいかも……さっきの炎なんかより、もっとすごいもの見せてあげる」


「なっ……」


「……マヤ?」


 マヤの言葉に男とローズが同時に声を上げた。暗い笑みをたたえたまま、マヤが言葉を続ける。


「それに個人的にあんたは絶対許せないことをしたからね……生かしてはおけないのよ。あんたはアーリィに手を出そうとしたんだからね……絶対に許さない」

 

 強い威圧を持った言葉が少女の口から吐き出される。そんなマヤの傍らに立ちながら、アーリィは男へと宝珠のような瞳を向けた。

 それはどこか人間らしくない、造り物のような真紅の瞳。


 漆黒の髪とバラの髪飾りが風もなく小さく揺れた。


「――……ッ」


 マヤの放つ尋常ではない威圧感と、アーリィというどこか人間らしくない異質な存在の虚ろな眼差しに、男は無意識のうちに体中汗をかいていることに気付いた。


「……マヤのヤツ、怒ってるみたいだな」


「あぁ」


 ユーリは小さな声でローズにそう耳打ちすると、手早く短剣を腰の鞘へと戻した。ローズも無言で後ろへと下がる。


「な、何を……」


「アーリィ、いいわよ、アタシが許可する。派手にやっちゃいなさい」


 彼が唯一従う少女の言葉。それにアーリィは僅かに頷いて応えた。


「はいマスター。ハデにやっちゃいます」

 

 静かに微笑を浮かべて、青年の唇が僅かに動く。



『IceFreEzeFallBrEakcRueleDgE.』



 それは先程男が聞いた、共通語とはまるで違う耳にしたことのない発音の言葉。

 マヤと、そして今アーリィが口にしたその言葉は古代呪語アンセントスペルと呼ばれる言葉だった。

 古代呪語は失われた旧世界の技術の一つ、”魔術”を用いるために必要な呪文だ。

スペルによってマナを体内に取り込み、体内の魔力と結び付けることによって魔術は発動する。この古代呪語には、そのマナと魔力を結び付けるという役割を持つのだ。

 だが魔術を忘れた人間にこの言葉を知る者は殆どいない。ましてそれを発音することなど、魔力を失い魔術を使えなくなった人間には不必要であり、無意味である。

 しかしそれはこの場合は無意味ではない。アーリィの言葉にまるで呼応するかのように、彼の周りに淡い青白い光が煌めいた。


「なっ……!?」


 その光景に男はただ唖然とするばかりだった。

 青白い光は不可思議な魔法陣を宙で描く。男がかつて見たこともない文字、理解の出来ない図がそこには浮かび上がっていた。そしてそれは突如なんの前触れもなく無数の光の粒へと霧散した。

 霧散した光は物凄い早さでなにかを形作り、男の周りへと集まる。急激な早さで光は鋭い無数の巨大な氷の塊となった。あわせて発生した冷気が男の足元へと纏わり付き、足が地面と共に凍り付く。


「ぐっ……くそっ、一体何なん……」


 驚愕に目を見開いた男から吐き出された恐怖の言葉は、しかし最後まで紡がれることはなかった。



「貫け、冷徹なる刃」


 氷塊はまるで意思でもあるかのような正確さで男へと向かって落下する。無情な刃は男に悲鳴をあげることさえ許さずに、その体を正確に貫いた。







「……終わったな。みんな、怪我はないな」


 一同を見渡しローズが声をかけた。アーリィ以外の各々が頷き応える。


「しっかしアーリィちゃん、今回も派手にやったなぁ」


 先程の戦闘の残骸、砕けた氷の塊その他を見ながらユーリが呟いた。


「マスターの命令だから」


 いつの間にかマヤの側に立ちアーリィがそっけなく答える。その言葉にマヤはニヤリと満足そうに笑った。


「うーん、さすが私のアーリィね。可愛いヤツぅ」


「だがマヤ。今回あの程度の賊ならばアーリィの魔術はいらなかったぞ?」


「そんなことわかってるわよぉ!」


 ローズの問いにマヤは僅かに眉根を寄せて声を上げる。


「言ったでしょ、あいつはアーリィに手を出そうとしたのよ! 許せるわけないわ! ねぇそうでしょう、アーリィ?」


「ですね、マスター」


 無表情だがマヤの問いにはしっかりと頷いてアーリィは応えた。ローズは軽く溜息をはく。


「まぁいいが……だが何度も言うようだが、あまり人前で魔法を使うなよ、二人とも」


「はいはい、わかってますよ~」


「剣振り回すしか脳無いクセに俺に指図するな、むかつく」


 ローズの言葉に素直に反省らしい色を見せたのはマヤだけだった。

 しかしいつものことだからか性格かはわからないが、ローズも気に留めることもなかった。もっともマヤもその後小声で「お前は母親か」とぼやいていたが。





 ”魔法”――それは1000年もの昔に失われた、人間のかつて持っていた力のことだ。

 そして今では魔力を持たない人間が使えるはずのない力である。


 しかし、マヤとアーリィは違った。


 元々マヤとアーリィは、ローズがユーリと旅をしていた途中にいろいろとあって出会い、その時にローズを気に入ったマヤがローズたちの旅についていくと言い出したために、今行動を共にしているという訳だった。その際マヤと共にいたアーリィも一緒に仲間となったわけだが、この二人にはとんでもない秘密があったのだ。


 それは、”魔力”を有し、”魔法”が使えるということ。


 何故二人が魔法を使えるのかということは、いくらローズたちがマヤに問うても詳しくは答えてくれないので二人が知るよしも無いが、どうやら二人は生れつき魔力があり、さらに体内でマナを増幅させることが出来るらしい。

 いくら魔力があっても薄れた世界のマナでは魔法発動に必要なだけのマナを一度に集めることは出来ない。しかし二人は少しのマナを体内に一度取り込んで、体内で増やすことによって魔法発動に必要な分のマナを確保することが出来る体質なのだそうだ。

 だかそれだけでは”審判の日”に破壊されたりして消失、或いは1000年の年月で忘れ去られた魔術の知識や、魔法発動に不可欠な古代呪語を知っているのかという事の説明にはならない。

マヤいわく「乙女の秘密」 、アーリィに至っては聞いても睨まれるだけで教えてはくれないのだ。


 とにかく二人は失われたはずの魔術を使うことができる。魔術は非常に強力な力で、火種もないのに炎を発生させたり、水や風をおこしたり、時には先程のように戦闘では武器にもなる。

 マヤは普段は肩にベルトで吊った細身の剣を使い、抜群の瞬発力と俊敏さで剣士として戦うが、必要とあらば剣技に魔術をミックスさせて戦う。定義としては魔法剣士というところだ。

 一方同じく魔法が使えるアーリィは、見た目通り体力もなく力もないため純粋に魔術を駆使して戦う魔術師だ。ただ彼はマヤの指示がなければ滅多に魔術を発動させることはない。魔法を知らないこの時代の人間にむやみに魔法を見せて、混乱がおきるという心配は余りないが、たまにさっきのようにマヤの暴走でローズは苦い顔をするのだった。



「いいかマヤ。俺達の旅の目的は……」


「”パンドラの探求”。わかってる。それを見つけるまで、余り目立つことはしません。……もっとも”パンドラ”を見つけて何するかまでは知らないケド」


 ローズの言葉を遮りマヤは言った。旅についてきた身であるマヤとしては目立つと面倒臭いと言うローズの言い分に従わなくてはならない。ただマヤが言うように、マヤとアーリィはローズが何故パンドラを探しているかは知らなかった。


 パンドラの探求者の多くは旧世界の財宝などを捜すトレジャーハンターがそのほとんどだ。ユーリはほぼそっちに興味がある様子なので、おそらくローズもそんなものだろうとマヤは考えていたが。


「マスター、そんな男ほっといて早く次の街目指しましょう」


「ん? あぁ、ハイハイ」


 アーリィの声にマヤは微笑みながら振り返り、ひらひらと手を振って応えた。このパーティーのリーダーはローズの筈なのだが、アーリィにそんな事実は無関係だった。勿論アーリィと同様に、マイペースで事を進めるローズも気にせず


「そうだな。そろそろ出発再開するか」


 そう言い、大きく伸びをする。


「あと一時間ちょいくらいで街に着くぜ?」


「ホントでしょうね……?」


「本当だっつの!? ……多分」


 微妙に自信なさ気なユーリの見立てに、マヤは小さく溜息をついた。


「どっちにしろ歩かなくては次には進めないな」


「そぉね」


 ローズの台詞にマヤは同意して頷く。そして元気よく声をあげた。


「じゃあ新しいお宝目指して出発! とりあえず街へ向かうわよ!」


「……パンドラな」


「そーそぉ。ついでにソレも」


「メインはこっち。お宝がついでだ」


「もー細かいなぁ」


 頬を膨らますマヤに、ローズは僅かに呆れた様子で首を振った。


「じゃあ行くか」


 ローズはそう呼び掛けると、皆それぞれに頷く。それを確認して、彼は再び歩き出した。





 目指すは、伝説の神の遺産。

 

【プロローグ・了】

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