この世界で生きるということは 3
慣れきった男たちの反応を、アーリィは無感情な眼差しで見つめる。だが先ほどまで俯いて死者のような目をしていた少年が、はっきりと意思を宿した目で自分を見つめた事は少し意外だった。
「こいつ"聖女"……アリアにそっくりじゃねぇか」
「チッ、煩い……」
残った男の一人がアーリィを指差して、彼がもっとも嫌う名を口にする。それを聞き、アーリィは不機嫌そうに舌打ちを鳴らした。
「俺の前でその女の名前を出すな……むかつくんだよ」
ロッドを残りの男たちに向けて、アーリィは吐き捨てる。やがて男たちは「殺れ」だの「バケモノ」だの言葉を発して、アーリィへとそれぞれ武器を向けて迫ってきた。
普段はあまり行動をおこさないアーリィだが、周りに仲間がいないとなると彼も素早く反応する。自分一人で敵を相手にしなくてはならないからだ。
アーリィの武器はマヤとは違い、純粋に魔術しかない。その魔術には、呪文を詠唱してから発動というタイムラグがある。そのため強力な魔術程、詠唱する呪文が長いので、アーリィは単純かつ効果的な魔術呪文を脳内で検索した。だがしかし、それより先に拳を振り上げて迫ってくる、男の一人の方が速い。
それでも多少は接近戦にも対応出来るよう、マヤに指導を受けていたアーリィは、顔面目掛けて迫り来る拳をギリギリのタイミングだが、首を横に反らして避けた。
アーリィの頬の横で、彼の背後に存在していた煉瓦の壁が一部破砕される。パラパラと不吉な音をたてて、煉瓦が地面に落ちた。
壁に拳をめり込ませたまま、男がニヤリと笑った。おそらく避けられたのは運がよかっただけで、次は確実に仕留めると男の目は語っていた。
しかしそんな男よりもっと、アーリィは唇を歪めて嘲笑を浮かべた。
「死ね」
アーリィは一言そう男に呟くと、再びロッドを男の顔面へと近づけた。
今度は余裕の笑みを浮かべる男の口元へ、ロッドの先端を向けた。
『coLd.』
「っ……!」
アーリィが言葉に殺意を込めると、男の口内に突如巨大な氷塊が発生した。
氷は男の口の中で大膨張し、やがて一瞬のうちに男を口の内部から破壊した。
破裂する、男の顔。耳障りな水音を立てて、男の血液がアーリィの額に僅かにかかる。
「……なんだよ、こいつ……本当の化け物じゃねぇか……」
残酷な死。それを目撃した残りの男たちは、恐怖一色の瞳となる。
しかし蒼白な顔で固まる男達とは違い、相変わらず少年は一人真剣な瞳でアーリィを見つめ続けていた。
「う……うぁああーっ!」
「ひいぃっ!」
一人の男が恐怖に耐え切れず叫んで、一目散に駆け出す。それにつられるように、残りの男もまた気絶した男と死んだ男の死体をその場に置いて、逃げ出していった。
アーリィは血に汚れた額を服の裾で拭い、足元に落ちたクロークを拾い上げる。幸いクロークは少し土に汚れただけで、血などはついていなかった。大事な”マスター”からの贈り物が無事だったことを確認して、アーリィはほっと胸を撫で下ろす。
うしてクロークを被り直していると、今まで座り込んでじっと傍観していた少年がおもむろに立ち上がった。
『どうやって帰ろう』とアーリィが考えていると、男たちに襲われていた少年は彼に少しだけ近づいて、俯き加減に彼へとこう告げる。
「……あの、ありがと」
とても小さな掠れた声だったが、しかし少年はそう礼を述べると、足早に男たちが逃げた方向とは別の道を駆けて行ってしまった。
流れるような白金の髪が遠ざかって、やがて角を曲がって見えなくなる。
「……」
ぼんやりとそれを眺めながらアーリィは、本格的にどうやって帰ろうか悩み始めていた。
◆◇◆◇◆◇
「……あれ? ローズじゃん」
「ん? あぁ、マヤか。どうした?」
ぼんやりとしながら露店が並ぶ大通りを目的なく歩いていたマヤは、前方から同じくぼーっと――これはおそらく彼の性格のせいだろう――しながら歩いてくる人物を見掛けて声をかけた。彼女に声をかけられたローズも、マヤに気付くと右手を軽く上げて返事する。
「別にどうもしてないけど……あ、ユーリの薬買ったの?」
ローズと合流しながら、マヤは彼が左手に持っている紙袋を見て問い掛けた。するとローズは「あぁ」と頷いて答える。
「俺はよくわからないが、色々と売っている店で主人が勧めてくれてな。何でも蛇だか蜥蜴だかの日干しを使ってて、とても腹痛に効くとか……」
「へ……へぇ。それ、詳細はユーリには言わないで、飲ませたほうがいいかも。……彼のために」
「?」
マヤが何故か苦笑いを浮かべながら、そんなアドバイスをローズに述べる。しかしローズはよく意味がわからずに、とりあえず首を傾げながら頷いておいた。
暫く二人は他愛もない会話をしながら、何と無く大通りの露店を見てまわる。
珍しい薬草や鉱物、可愛い小物や日用品などが節操なくならぶ大通りの露店街。そんな様々な商品を一通り見終わると、やがてローズは「そろそろ戻って、ユーリに薬を渡さなきゃな」と、そう言ってマヤに宿へ戻ることを提案した。マヤも「そうね」と、特にこの後の予定もないので賛同する。というか、今までローズが暢気に自分と一緒になって、露店巡りをしていた事の方がマヤには不思議だった。さっさとユーリに、薬を届けたほうがいいだろう、彼のためにも。
「えっと……宿は確かあっち……」
マヤが宿屋のあった方向を確認しようと、首を後方へ向けた時だった。なにやら彼女が視線を向けた方向が、急に騒がしくなる。
「……なんだ?」
遠目から見てもわかる人だかりと喧騒に、ローズがそう言ってマヤを見た。
「わかんない……とりあえず行ってみよう」
マヤはローズにそう言うと、足早に人だかりの方へと向かう。ローズも彼女を追って、騒がしい人の波へと近づいて行った。
人々がざわめく目抜き通りの一角へと、ローズたちは近づいていく。騒がしい人だかりの真ん中は、そこだけぽっかりと穴があいている。マヤとローズは人だかりの中心を見ようと、たくさんの人を掻き分けて、何とか人込みの前列へとたどり着く。小柄なために直ぐに人込みに流されそうなマヤの手を引きながら、ローズは人込みが出来た原因を目の当たりにした。
「……あれは」
驚いたように呟くローズの声に、マヤもそれを目撃して険しい表情を浮かべた。
「子供?」
二人の視線の先、人々の中央にはまだ幼い少年と、対峙するように立つ男の姿があった。
「このガキ、好い加減にしろっ! 毎回毎回うちの食い物盗みやがってっ!」
頭に緑のターバンを巻いた、果物屋の店主らしき男が、少年を睨み付けながら怒鳴り散らす。
少年は俯き、右手で自分の頬を押さえて立っていた。長い白金の前髪のせいで、少年の表情は見えない。彼の足元には、店主が言う少年の盗んだらしい林檎が、二個転がっていた。
「……」
少年はただひたすら黙って俯いている。
右手で押さえている頬は、赤く腫れ上がっていた。おそらく店主に殴られた痕だろう。
『いやね……またあの子よ……』
『また盗んだんだって……ほら、あの男の子』
黙って様子を見ていたローズとマヤだが、二人の耳元に周りの人間の、なにやら話す声が聞こえてきた。ローズとマヤは黙って顔を見合わせる。
『だってあの子……アレじゃない。しょうがないわよ』
周りの人々は、こそこそと囁き合う。どうやら少年が盗みをするのは毎度のことらしく、誰ひとり少年を庇おうというそぶりは見せなかった。
確かに泥棒をした少年は悪いだろうが、しかし皆で囁きながら、少年を取り巻くように見物するのはどうなのだろう。
ローズは眉根を寄せて、その事実に不快な感じを覚える。それはマヤも同じらしく、彼女も少し怒ったような表情をして、ローズを見ていた。
だが次の瞬間耳に入ってきた単語に、二人は同時に大きく目を見開いて反応した。
『あの子……"ゲシュ"だから。これだから、禁忌の子供は困るわ』
「! ゲシュ……!?」
マヤが驚いて呟き、そして少年へと再び、視線を戻した時だった。店主の男が大きく拳を振り上げて、少年を殴ろうとしたのだ。
「やめっ……」
思わずローズが止めようと飛び出そうとした時、それよりも早く自分の横から駆け抜けるものがあった。
ローズの頬を、細い煌めく金髪が掠める。その金色は残像を残しながら、男と少年へと向かっていく。
出遅れたローズは、その金髪へと手を伸ばしてその名を呼んだ。
「マヤ……!」
「やめなさいっ!」




