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神化論  作者: ユズリ
幸せの在り処
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それぞれが想うこと、願うこと 5

「エル兄、面倒臭いって……」


「あはは~、そういうわけだからさ、ジューザス様にそう言っといてよ」


「え~! なんで僕がぁ……」


 不満げな顔で自分を見上げるレイチェルに、エルミラは「明日出発する時でいいからさ」と手を叩いてお願いするように言った。


「いいじゃん! 今ジューザス様の部屋行ったらなんかエレスティンと話し込んでいてさぁ~。な~んか大事な話してるって雰囲気で話せなかったから……だからお願いっ! 明日、オレは行けなくなったって言っといて!」


「……も~」


 エルミラに頭を下げられ、レイチェルは頬を膨らませながらも結局「わかったよ」と言った。


「マジ!? やった、ありがとレイチェル~」


「もぉ~……エル兄はほんっと、しょうがないんだから……」


 エルミラは呆れるレイチェルの頭を、ポンポンと軽く撫でる。するとレイチェルは「子供扱いしないでよ」と言い、彼の手を払った。


「っていうかエル兄はいっつもそうやって無茶苦茶言ってさぁ……それで困るのはジューザスさんなんだよ!? あんまりジューザスさん困らせることばっかり言っちゃダメだよ!」


 レイチェルは厳しい眼差しをエルミラへ向け、「はいはい、ごめん」と反省皆無なことを言って笑う彼に、不機嫌に言葉を続ける。


「エル兄、全っ然反省してないでしょ! 少しは反省しなよ! ジューザスさんは一生懸命頑張ってるんだから!」


「反省してるってー。明日は行かないけど」


 やはり反省しているようには見えない態度のエルミラに、レイチェルは仕舞いには本気で怒ったような顔をして、「エル兄のバカ」と言い放つ。これには流石のエルミラも苦笑して、少しは反省したように「ごめん、レイチェル」と言った。


「わかってるよ、ジューザス様が頑張ってるってことくらい。……お前の為に、さ」


「……僕だけの為じゃないよ」


 エルミラの手が再びレイチェルの頭を撫でる。しかし今度は、レイチェルはその手を振り払おうとはしなかった。





 ◆◇◆◇◆◇





 わたしが生まれた村は、地方ならばどこにでもあるような小さな村だった。本当にどこにでもあるような、外部からの者に敏感で異端を極端に嫌う、排他的な縄張り意識の強い村。

 わたしはその村で父と母と、そして一人の兄と共に静かに暮らしていた。意図して静かに、目立たないようにひっそりと。


 その村には、わたしの好奇心を満たしてくれるものはほとんどなかった。小さな山奥の村は、大きな事件も驚くような出来事もない。それが退屈でつまらなかったわたしは、あまり村の人と関わるなと両親に言われていたが、それを無視して近くに一人暮しをしていた元旅人という老人の家へ、いつも旅の話を聞きに遊びへ行っていた。


「アサド大陸の大きな砂漠には、巨大な古代の竜が眠っていると言われていてな……」


 老人が昔していた旅の話を聞くのはとても楽しかった。彼の話を聞くたびに、わたしはまだ見ぬ広い世界に希望と興味を抱き、やがてわたしはいつか彼のように世界を見て回る旅をするんだと、そう思うようになっていた。

 そしてある程度成長したわたしは、心配する家族を説得して、一人世界を放浪する旅に出る。旅人だった老人に聞いた話に期待し、わたしは幼い好奇心のままに世界へ向けて歩き出した。


 しかしわたしの旅は、幼い頃に夢見た期待や希望よりも、知りたくない悲しみや理不尽な辛さのほうがよっぽど多くて、結局世界の狭さを知ってしまったわたしは、旅の初めに抱いていた期待と好奇心を忘れて、三年ほどで家族の待つはずの村へと帰って行った。

 だけど三年後の村には家族なんて待ってなくて、かわりに待っていたのは旅をして知った理不尽な辛さと、そして絶望するしかない残酷な現実だった。

 村には、わたしの居場所はなくなっていた。





「!? ……まさか、レイリスちゃんかい……?」


「あ、おじさん!」


 旅を終えて村へ戻って来たわたしが最初に顔を合わせたのは、わたしに旅の話をしてくれたあの旅人の老人だった。


「久しぶりです。おじさん、お変わりなく……お元気そうでよかった」


 本当に変わりなく元気そうな彼を見て、わたしは懐かしさと安心から微笑む。しかし老人は暢気に挨拶をするわたしを見て、顔色を青くさせて「何故帰って来たのだ!」と言った。


「え……?」


 老人は焦りの表情を浮かべ、何もわからないわたしの手を掴み、押し殺した声でこう言う。


「早く逃げなさい! ここに居てはいけない、見つかる前に逃げるんだ! ここにはもう……お前の居場所はないんだ!」


「何を……言って……」


 その時、村人の誰かがわたしに向けて叫んだ。


「レイリスだ! ミシャ家の……あの異端の一家の生き残りが帰って来たぞっ!」


「なっ……」


 その叫び声で、わたしは即座に全てを理解する。あぁ、ついにばれてしまったんだ……と。


「いかんっ!」


 気がつくとわたしは老人に手を引かれて、村の外れにある森へと逃げていた。





 老人は元旅人ということもあり、歳を感じさせないしっかりとした走りで、恐怖と不安で上手く走れないわたしを引っ張っていく。


「お、おじさん……わたし……」


「自分のことならば何も言わなくていい。それよりも走るんだ。村の者は、きっとお前を……」


 老人はその先の言葉を言わなかった。だけどわたしには、その先に続く言葉が予測出来てしまった。その言葉を彼が飲み込んだ理由も含めて。

 続けてわたしは、聞きたくないけれども聞かなくてはいけないことを老人に聞いた。


「おじさん……あの、わたしの父と母と……兄は……?」


「……」


 老人はわたしの問いに直ぐには答えなかった。先ほどの村人たちの反応から考えるに、きっと家族は彼らに襲われて……それを考えた時、急にわたしは何もかもがどうでもよくなり、足を止めてしまう。老人はわたしの手を引いて「どうした、走らないと!」と言ったが、しかしわたしは立ち止まったまま力無く首を横に振った。


「だっておじさん、わたしはもう……一人なんですよね……」


 逃げる力も生きる気力も、もう何もかもが空っぽで、わたしは全てを諦めた顔でそう呟く。すると老人は淋しい眼差しでわたしを見つめて、口を開いた。


「……家族は生きているよ。逃げたんだ。今もどこかで、きっと生きている。だから君も逃げるんだよ


 それは彼の優しい嘘なんだと、すぐにわかってしまった。でもその優しさが嬉しくて悲しくて、そして苦しくて、わたしは子供みたいに泣きじゃくりながらもう一度走りだした。






 老人に連れられて森へと逃げたわたしだったが、しかし"異端"を排除しようとする村人たちに追い立てられてわたしたちは道に迷い、最後には断崖絶壁の崖の渕に追い詰められてしまう。


 手に猟銃や剣や斧を持った村人たちが何人も、わたしとわたしを庇って前に出た老人を追い詰める。

 わたしの後ろは崖。遥か下には木々の茂りが見えたが、落ちたらきっと助からない。だけど前からは殺意を隠す事なく向ける村人たち。逃げ場はどこにもなかった。


「お……じ、さっ……」


 唐突すぎる事態にわたしの頭の中は真っ白になり、ただ怖くてわたしは老人の背で震えることしか出来なかった。

 かつては顔を合わせる度に笑顔で挨拶を交わし合った人が、今は憎しみさえ感じる眼差しで自分を睨むように見つめて、そして武器を突き付けてくる恐怖。

 なぜ自分がこんな目に合わなくてはいけないのか。


「どうして、こんなっ……わ、わたしが何をしたって言うんですかっ!」


「……何もしていない。だから何かをする前に、"異端"は排除しなくてはいけない」


 わたしの叫びに、村長が一歩前に出て非情な答えを返す。その手には、銃口がこちらへと向けられた猟銃が握られていた。


「そんな……」


「マイネヒ、お前はその後ろの化け物を庇うのか?」


 村長の冷たい眼差しが、わたしを庇う老人へと向けられる。


「そいつは我々人間の……いや、この世界の敵だ。今ここで早急に始末すべき存在」


「……それは違う。私は彼が幼い頃から、彼を見てきた。この子は世界の敵などではない。この子は世界を見る勇気と好奇心を持った、普通の子供だ……それなのになぜ、私たちと違うというだけで武器を向けるんだ!」


「我々と違うから武器を向けるのだ……それが理由だ。勘違いをするな、マイネヒ」


 村長の持つ猟銃の銃口が僅かに動く。それはわたしではなく、彼を……わたしを唯一庇ってくれた、老人へと向けられた。


「異端は世界の敵。それを庇うのならば、お前も敵だ。……死ね」


「やっ……」



 わたしの叫びは、辺り一帯に鳴り響いた発砲音に消される。


「あ……」


 わたしの頬を微かに汚す赤色。目の前で崩れ落ちるようにして倒れた、わたしが憧れた人。


「おじさん……?」


 そして白い煙りが細く立ち上る銃口は、今度こそわたしに向けられた。


「さて次はお前だ、レイリス」


「いやっ、だっ……!」


 村長がまた一歩とわたしに近づく。

 悪夢ならば早く覚めてほしいと願いながら、わたしは自然と後ろへ後ずさった。


「死ね、忌まわしい禁忌の存在め」


 畏怖と嫌悪を宿した村長の言葉が、わたしの心を絶望に貫く。もはや自分には何も残されていなかったが、だけど死ぬのは……ううん、殺されることは怖かった。


「!?」


 銃口が火を吹く直前、わたしの視界が激しくぶれる。崖っぷち、脆くなっていた足場が突然崩れ、わたしは何が起きたのかを理解する間もなく、悲鳴と共に崖の下の森へと落ちていった。





 ◆◇◆◇◆◇





 自室で明日出掛ける準備をしていたリーリエは、部屋のドアを叩くノックの音に気付いて手を止めた。


「はい……誰でしょう?」


 言いながらリーリエはドアをそっと開ける。ドアの向こうにいたのは、いつもの微笑を口元に湛えたレイリスだった。


「あ、レイリス」


「ごめんなさい、いきなりお邪魔しちゃって」


 申し訳なさそうにそう言うレイリスに、リーリエは柔らかく微笑んで「いえ、いいですよ」と返す。するとレイリスは「これ、返そうと思って」と言って、彼女に一冊の本を手渡した。それは今朝リーリエが彼に貸した、クールークの都で流行りの推理小説の本。


「あれ……もしかしてレイリス、もう全部読んでしまったんですか……?」


 驚きながら本を受け取るリーリエに、レイリスは「暇だったからね」と言って笑う。


「あ、あとこれは本を貸してくれた御礼に」


「クッキーですか……? ありがとうございます」


 レイリスからクッキーの入った袋を受け取り、リーリエは嬉しそうに笑顔を零す。そして彼女は「また何か面白い本を見つけましたら、レイリスにお貸ししますね」とレイリスに言った。それを聞き、レイリスもにっこりと微笑む。


「あら、嬉しい。じゃあお願い」


「はい、是非……ところでレイリス、この本のラストはとてもドキドキしませんでした……?」


「え?」


 リーリエはパラパラと本をめくりながら、「この最後に主人公が犯人を追い詰めていくとこです」と言う。


「ほら、ここです……この崖っぷちに犯人を追い詰めて、主人公が次々に推理を披露していくところです!」


 リーリエは珍しく興奮した様子で本の内容を語り、感想を述べていく。


「完璧な推理で犯人を完全に追い詰め、最後ショックで崖の下の海に身を投げようとした犯人を体を張って止める主人公! ……わたし、もうすっごく興奮してしまいました~……」

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