彼女との出会い、日々、別れ 8
「ふふ、なんか彼女見ているとわかる気がする。あの子って『自分を守ってくれるんだ』って部分にだけ目がいっちゃって、他のことは悪い意味じゃなくて深く考えなさそうだよね」
「全くその通りなのだ。おかげで助かっている部分も多々あるが」
わたしとフォカロルは互いに顔を見合わせ、苦笑し合う。
自分や周囲に害がない物事に関しては、自ら深く追求しないというアリアの性格は、わたしはわりと好きだった。ただ単に物事を深く考えないんじゃなくて、様々なことを寛大に受け入れる広い心があるから、彼女はそういう性格なのだろう。
そしてそんな彼女に、後々わたしはたくさん救われることになった。
「アリアに私の存在を明かした後、私が彼女に冒険をする上で必要な道具のアドバイスをしたり、魔物に襲われた時は彼女を守る為かわりに戦ったり……まぁ、そのような感じで私は彼女を助けてきた。途中魔物に襲われそうになったアリアを、私が助けるよりも先に偶然近くを通り掛かった剣士の男が助け、その男とアリアはしばらく旅をすることになったりもした。しかし色々あって再び一人となったアリアは、現在もこうして一人目的の不明な旅を続けている」
「……なるほど、ね」
フォカロルからアリアについての説明が大体終わり、わたしは一息つく彼に「ありがとう」と言葉をかける。
彼の説明で、とりあえずアリアが何故魔法を使えるのかははっきりした。しかし彼女自身は自分に魔力があり、そして特殊な条件が揃ってしまったことで、自分が魔法を使える存在になったという事に自覚がないようだ。そのことについてわたしは、気になるのでフォカロルに問うことにした。
「フォカロル、アリアは自分が魔法が使える存在だって気付いていないみたいだけど、あなた的にそれはそのままでいいの?」
わたしのこの言葉に、フォカロルは難しい表情で押し黙る。このフォカロルの様子を見てわたしは、何となく予想していたことが当たったと確信する。やはり彼は、アリアに自身の持つ力のことを話すべきか迷っていたようだ。
「……お前はどう思う?」
「え、アタシ?」
予想外に問われ、わたしは戸惑いながらも考える。
まだ出会ったばかりの人物についてを考えるのだから少し悩むが、彼女のこれからに関わる大事なことだから、わたしは真剣に考えたいとも思った。何故だかわからないけれどもわたしは、彼女には出会った直後から強い好意の感情を抱いていたから。
「アタシは……やっぱりこのままアリアに何も知らせずにいるのは良くないと思うな。今の段階で色々理解していないなら、全てを話して理解させるのは難しいかもしれないけど、でも最低限魔法の力についてくらいはしっかりアリアに理解させるべきだと思う」
「何故だ?」
間髪入れずに問い掛けるフォカロルの声に、わたしを責めるようなものは感じない。彼はただ純粋に、わたしの考えを問うているようだった。ならばと、わたしも自分の考えを正直に答える。
「アリアが今、無意識だけど魔法を使っているからだよ。"潜在"の魔法はほぼあなたの判断で自動発動するものだし、その魔術をアリアに施したのはあくまで彼女のお父さんだけど、それでもアリアが術者になっているってことにかわりはない。魔法を知らずに使ってるってのはちょっと危険だと思うよ? それにこの魔術のせいで、アリアは著しく体力が低下してる。アリアの為にもここんとこはしっかり説明してあげなきゃ駄目だよ。あとさ、魔法は説明しといて損は無いとも思うんだよね。もしかしたらアリアの為になるかもしれないし。いや、魔法は"力"なんだから、アリアがそれを正しく理解すれば必ず彼女の役に立つよ」
「力、か……アリアにその力を自覚させたあと、お前は彼女がそれを正しい形で使えると思うか?」
フォカロルの眼差しは、無機質なもの。だけど問い掛ける声音には、わたしに答えを求める切実な感情が滲んで見えかくれしていた。
彼は今までずっと、アリアに魔法の力を自覚させるべきか否かについても迷っていたのだろう。魔法は強力な力だけど、現在ではそれは一般的なものではなくなっている。そんな力を自分が使えるのだとアリアに自覚させることは、つまりアリアに"自分は普通の存在ではない"ということを自覚させるという意味だ。それを知った後、はたしてアリアは異端である自分の存在を受け入れ、そして自分の中に秘められた強大な力を正しい意味で使うことが出来るのか……フォカロルはそれを今までずっと、悩み考えていたのだ。
「アリアは心優しい少女だし、間違ったことはしないと思っている。異端のものも広く受け入れる寛大な心を持っていることも、私はしっかり理解しているつもりだ。だが、そう理解していても……していても、はたして魔法が彼女の為になるのかがわからない。彼女がその力を恐れず、自分の力として使っていけるのか……私にはそれがとても不安なのだ」
フォカロルは辛そうな表情で視線を落とし、硬い声で「そういうのを見極める力と、そして勇気が私には足りない」と呟く。
魔人といっても、物事を悩み考える姿は人間となんら変わらない。わたしは沈黙してしまったフォカロルに、何か親近感のようなものを感じながら、彼の問いに答える為に口を開いた。
「大丈夫よ、彼女なら。あなたを受け入れることが出来たアリアなら、きっと自分のこともちゃんと向き合って受け入れることが出来るよ」
微笑み、わたしはそう答えた。先日出会ったばかりの彼女のことではあるけれども、でもなんとなく彼女なら大丈夫だと、わたしは心からそう思ったからだ。
わたしの答えにフォカロルは一瞬表情を漂白し、固まる。しかし直ぐに彼は我に返り、弱々しく微笑んで「そうか」と言った。
「そうだな。私を信じてくれた彼女を、私も信じるべきだな……」
フォカロルは微苦笑を表情とし、そう静かに呟く。しかし彼はそう言いながらも、アリアのことをちゃんと信じているようだった。彼はアリアを信じる確信の言葉が欲しかったわけじゃなく、ただ彼は誰かに後押しをしてもらいたかっただけなのだろう。
「アリアに自身の出生について、詳しくはまだ説明していない。いずれは説明しなくてはいけないと思いつつも、これも魔法のこと同様後回しにしてしまっていた」
「全てを一気に説明するのは、少し性急すぎるかもね。彼女の負担にならないよう、ゆっくりと一つずつ説明していけばいいと思うよ。アタシもさ、彼女に魔法の使い方説明したり、出来ることは手伝うし」
「そうか……すまないな」
礼を述べなから、フォカロルは微笑む。笑うということが苦手そうな、少し不自然な笑顔だったが、それが彼なりの精一杯の感謝を込めた表情なのだろう。
わたしは彼に、無言で笑顔を返した。
フォカロルとの話し合い後、わたしはアリアにいくつかのことを説明してあげることとなった。
いくつか、とは魔法に関すること。なるべくアリアを混乱させぬよう、説明が苦手なフォカロルの代わりに、わたしの口から自身の正体等を彼女に話すこととなったのだ。
「え? ま、ほう……?」
ある日の野宿、簡単な食事を終えた後わたしは、思い切ってアリアに話しを切り出した。
「そう、魔法。単刀直入に言うけど、あなたは魔法が使えるの。いえ、自覚はないだろうけど、もう使ってる」
「え……」
パチパチと音を立てて燃える焚火の炎が、困惑したアリアの表情を薄闇の中浮かび上がらせる。
アリアは動揺を隠せない様子で、「どういうことなのか……」と弱々しい声で言葉を呟いた。
「わ、私にそんな力……ないよ。それにどうしてマヤがそんなことわかるの?」
予想していたアリアの疑問に、わたしは真剣な表情を彼女に向けて素早く答える。
「わかるの、アタシも同じだから。……あなたと同じで、アタシも魔法が使えるの」
「え……えぇっ!?」
予想どおり……いや、それ以上に驚いた顔をするアリアに、わたしはなるべく混乱させぬよう、優しく微笑んで話を続けることにした。
「あのね、あなたと初めて出会った時、アタシ『もしかして』って思ったの。あなたから強い魔力を感じたから……」
「まりょ……く……」
魔法という力を全く知らないアリアに、その力についてを一から説明するのは、想像していたよりも大変なことだった。けれどもアリアは戸惑いながらもわたしの話を真剣に聞いてくれて、そのおかげで彼女はわたしが伝えたかったことをある程度は理解してくれた。ただ自分に魔法が使える使えるということはどうも実感がわかないらしく、アリアはわたしの説明が終わった後、仕切に首を傾げて「どうして私なんかに、そんな凄い力が使えるのかしら?」と言葉を漏らしていた。
「それは……」
「マヤも使えるんだよね? あの、何か知らないかな? 私にどうして、そんな力があるのか……」
「うん、えっと……」
ここまで彼女に説明をしておきながら、しかしわたしはアリアに彼女自身の決定的な秘密を説明すべきか少し迷っていた。
一応フォカロルとの相談で、アリアに自身がゲシュであることを伝えると決めていたのだが、いざとなるとわたしの口はそれを言うのを躊躇ってしまう。
その理由は二つ。一つは自分がゲシュだと彼女が知ったら、彼女は自分の両親のどちらかが魔族であったことを知ってしまうからだ。
フォカロルが言うには、アリアは幼い頃の記憶が曖昧で、ただ母親と二人で暮らしていたことがあったくらいしか、両親のことは知らないらしい。フォカロルもアリアに余計な心配をかけないようにと、両親のことは詳しく話していない。
それにアリアに自分の出生を話してしまったら、彼女が無意識に忘れようとしていた母親からの虐待という辛い記憶も、もしかしたら思い出してしまうかもしれない。折角彼女自身が忘れようと封印した辛い記憶を、再び思い出させてしまうのは些か気が引ける。
もう一つは、ゲシュの迫害問題。審判の日後のリ・ディールでは、ゲシュや魔族の差別がとても激しくなっていた。とくにゲシュの迫害は目に見えて酷い。審判の日以前でもゲシュや魔族は、人とは一線を置かれた存在に見られていたが、しかしそれほど酷い差別や迫害は存在していなかった。
魔族の差別、そしてゲシュの迫害が酷くなったのは審判の日後の時代だ。いや、正確に言えば、人の多くが魔法の力を失ってしまった時から、魔族やゲシュは人々から存在を忌み嫌われるようになった。その理由はわたしの憶測でしかないが、多分力を失った人間が、魔の存在である彼らを恐れるようになったからだろう。
魔族は今だその存在に、多くの謎を秘めている。それに彼らはその特異な体質から、マナの少なくなったこの世界でも、かわらず魔法を使うことが出来る。彼らは審判の日後から、力を失った人間よりも遥かに強い存在となったのだ。だから人は自分たちよりも強い存在を恐れ、彼らを本格的に排除しようと差別を始めた。
ゲシュも同様だ。ゲシュは魔族ほど力は無いし、むしろほとんど人と同じ程度の力しかない存在だ。けれども人は彼らがいつ魔の存在として強い力に目覚めるかを恐れ、力に目覚める前に魔族と同じように、このリ・ディールの世界から排除しようと考えたのだ。全ては自分たち人間の安全の為に、人間は力ある異種族を排除しようと動いた。それが審判の日後、活発化した魔族とゲシュ差別の正体だとわたしは考えている。
自分が差別される存在だと言われたら、はたしてアリアはどんな気持ちになるだろうか。
わたしが不安とした理由二つは、フォカロルと二人で話し合った時、アリアを信じて全てを自身の真実と受け止めてもらおうと、そう二人で結論を出した問題だった。だけどいざとなるとやはり、アリアが残酷な真実を受け止められるかという不安が胸中で大きくなる。
「マヤ……ど、どうしたの?」
「あっ……」
思わず黙り込んでしまったわたしの顔を、アリアが心配そうな表情で覗き込んでくる。アリアの瞳が不安げに揺れ、彼女はわたしを心配そうに見つめたまま「顔色悪いよ? 具合、悪いの?」と言った。その言葉を聞き、わたしは直ぐに首を横に振る。そしてわたしは決意し、アリアに自身がゲシュであることを伝えることにした。




