禁断の探求者達 2
”パンドラ”――禁断の名を持つ、伝説的な旧世界の遺産。
それは旧世界の神の遺産とも呼ばれ、手にした者は何でも願いが叶うとも、神の力を手にすることが出来るとも様々に言われている。いつ頃誰がどのように、その存在を伝えたかは謎である。しかし光のないこのリ・ディールで唯一、誰もがその存在を目にしていないにも関わらず、希望の光として人々が信じ求めて止まないモノ……それが”パンドラ”だ。
どこにあるのかも、どんな形で、そもそも本当に存在するのかもわからないのに、それを探求する者たちが世界には存在する。その者たちを世界は”探求者”と呼んでいた。
そして彼等もその一人。
”禁断の探求者”たちである。
リ・ディール最大の大陸・ボーダ大陸
――アンジェラ王国領内街道
「……ねぇ、街はまだ?」
長い長い、何処までも続きそうな灰色の街道に、うんざりしたような声で少女が言った。小柄で、大きな瞳が印象的な美少女だ。
「地図じゃ後少しらしいから、もうちょっと頑張ってくれマヤ」
「……ちっ。ヘイヘーイ」
マヤと呼ばれたまばゆい金髪の少女は、愛らしい外見とは似つかわないふて腐れた様子で返事を返した。
長いウェーブのかかった金色の髪に、海色の大きな瞳。美少女と言ってもいいほど整った顔立ちをしており、透き通るような白い肌はまるで現実離れさえしていて、とても長く旅をしているとは思えない。
肩には細身の長剣。肌の露出の多い、チアガールを彷彿させる恰好をしていながら、マヤは剣を装備していた。そこからわかることは、これでも少女は剣士だということ。
「つーか……ユーリに地図渡していいの? こいつ道間違えそうでヤダ」
「なんだと!?」
マヤの言葉にユーリと呼ばれた銀髪の男が声を上げる。
何処か遊び人のような風貌の男は、地図を掲げてマヤに抗議した。
「俺がいつ道間違えたんだ!」
「……間違えたってゆーか……あ、人生で?」
冷たいマヤのツッコミにユーリは固まった。
少し長めで外ハネしている銀髪、灰色の瞳は何処か飄々として底知れない雰囲気を漂わせる。袖無しの外套を羽織り、長身なため足は長く一見すればかっこうの良い好青年……それがユーリだ。
ただ今はマヤに図星を指されたようで、石と化している。色々と今までの人生で思い当たることが彼にもあるらしい。
「……ね、アーリィ」
「同感です、マスター。」
マヤは石化したユーリを足で蹴り、にっこりと聖母のように笑って後ろを振り返った。
そこには心の底からつまらなそうに顔を歪めた美しい女性――いや、青年が立っていた。
マヤを”マスター”と呼んだ彼の名はアーリィ。肩口まで伸びた黒髪の左側に、同色の薔薇を飾り付けている。少し小柄で細身の身体を、ワンポイントに大きな黒薔薇をあしらった白い上質な生地の丈の長い上着で包んでいた。
彼の一番の特長は物凄い女顔かつ東方系の美女顔なため、脱がなければ男だとはとても信じられない容貌と外見だ。しかしさらにその性格は常識から外れて、とてもぶっ飛んでいる。
「……うざい。邪魔。不必要」
形の良い血色の唇からは、呪いじみた言葉が滴る。彼の大きな紅玉の瞳は『消えろ』とユーリに訴えていた。
そう、アーリィは外見からは想像出来ないような口調で毒を吐き、他人をドン底へと突き落とす性格破綻した青年だった。唯一マヤだけに心を開き、マスターと呼ぶマヤだけにしか従わないときている。
「アハハハハハっ!」
そんなマヤもマヤで、アーリィの暴言にただ笑っていた。止める気は無いらしい。
「あ……アーリィちゃん……言い過ぎ」
息も絶え絶えな様子で、ユーリがアーリィへと振り返る。石化はとけたが、その顔は満面の哀しみで今にも死にそうだった。
「幸薄い顔でこっち見るな……ゴミめ」
「あははははっ!」
アーリィの毒にユーリは顔面蒼白でその場に倒れた。重々しい音と共に、僅かな土埃が舞う。
実はユーリはこのアーリィに惚れていたりする。いや、そうらしいという方が正しいか。普段の彼の行動から、どうにもそうとしか思えないのだ。
だがその恋心はこのとおり、まったく実っていない。因みにそれ以前の問題だとは誰ひとりつっこまないのは、みんながアーりぃの性別を本気で男だと信じていはいないからだろう。
そしてアーリィにボロクソいわれて撃沈するユーリを見るのが楽しいらしく、マヤはこんな二人のやり取りを見てはいつも爆笑していた。繰り返すが唯一アーリィを制御できる彼女に、アーリィを止める気は無い。
「……おい、お前達。仲良いのはいいが、先に進めないぞ?」
前方からの、何処か間の抜けた声にマヤが振り返る。因みにアーリィは氷点下の目でユーリを見下していた。マヤは愛らしくテヘッと小さく舌を出して笑った。
「だってぇローズ、暇なんだもん。ずっと道を歩くだけで、全然街に着かないしぃ」
「だからと言ってユーリをいじめるな。……アーリィも、ユーリを蹴ろうとするな」
ローズと呼ばれた男は、マヤの言葉に眉をひそめがらアーリィへと注意する。
アーリィはそれを完全に無視して、思い切りユーリを蹴りおこしていた。しかしローズも大して心配はしていないらしく、気に留める事なくマヤへと向き直った。
「あと2、3時間も歩けば次の街に着くだろう。あまりモタモタしてたらもっと長引いて夜になるぞ?……野宿はイヤなんだろ?」
「あったり前よぉ!」
ローズの言葉にマヤは表情を一変させ、小さく頬を膨らませた。
そして今だアーリィに蹴りを入れられてのびている男を、力強く指さして叫んだ。
「こいつ『アーリィ、マイスウィートハニー』だか何だか言って寝言うっさいわ、誰かさんと間違えてアタシに夜中抱き着いてくるわで最っ悪なんだからっ!」
「……フム」
ローズは何も考えていなさそうな顔で、とりあえず頷く。
だが、マヤの台詞にアーリィが足を止めた。そしてぼそりと、恐いほどの静かな声で呟いた。
「……マスターに……抱き着いた?」
「あ……ヤバ」
慌ててマヤが口に手をやり、ローズに目で訴えた。その様子にローズも頷き、
「あぁ、やばいかもな」
やはり何も考えていなさそうな顔でそう言った。
大気がざわめく。
ユラリと、アーリィの髪が風もなく揺らいだ。
「あーぁ。アーリィキレるかしらん」
心配などまるでしていない様子でマヤが呟き、二人はアーリィから数歩離れた。
そして……
「……お前、マジ消えろ」
アーリィの静かな死刑宣告に、ローズは溜息をついてマヤに指示した。
「マヤ、止めろ」
「えー」
「ユーリが死ぬから」
「ハイハーイ」
死神のような表情で何語か呟くアーリィに、マヤは近づきにっこりと笑った。
「ハーイアーリィ、面白そうだけど、とりあえずストップねー」
マヤの声に反応し、アーリィは顔を上げた。いつも彼が基本とする、無表情で。
「……それは、命令ですか?」
「んー……まぁそんなものよ。落ち着いてアーリィちゃん。そだ、あとであんまん買ったげる……ローズが」
「俺がか?」
ローズが静かにツッコむが、二人は自然にスルーをした。
「わかりました。……じゃ、今はやめます。後でちゃんとこの男を始末します」
「うんうん。とりあえず今は街へ進もぉ!」
自分がことの発端だということは完全に無視して、マヤは笑った。その間にローズはユーリを助け出すと、ユーリロード中ですは「サンキュー……」とボロボロになりながらもローズに礼を言って笑った。そのユーリの笑顔に、思わずローズは顔をしかめる。
「……お前、何で笑ってんだ?」
「イヤ……アーリィちゃんの足で蹴られて嬉しいというか、何とかいうか」
「そうか……次の街に病院があるといいんだが……」
独り言のようにローズは呟き、ユーリを立たせた。
「……? 怪我はとりあえずないぜ?」
ローズの呟きを聞いていたユーリは首を傾げる。「あぁ」とローズは左右に手を振って答えた。
「お前の頭をな……少し診てもらおうと思ってな。何処か打ち所の悪いトコを蹴られたのかもしれん」
悪意など微塵も感じされない爽やかな笑顔で、ローズは言った。
東方の血を示す黒い髪と黒い瞳、精悍な顔付きながらいつもどこか惚けている表情の男……それがローズだ。さらに微妙に天然が入っている。しかし一応最年長だからか、この4人のリーダー的な存在となっていた。
「……そ、そう」
長年この男の旅の相方をやっていたユーリは、苦笑いしながら返事をする。
自身と同じくらいの大剣を背に担ぎ、戦闘となればその大剣で敵を薙ぎ倒す重剣士のローズだが、日常では常にどこかぬけていた。先程のユーリへの発言も本心の言葉なのだ。しかも親切心から言っていたから怖い。それを知っているからこそのユーリの苦笑いなのだが。
「んじゃ、先に進むか……ん?」
ローズがそう声をかけ、とりあえず先へ進もうと提案した時だった。
前方から伸びる長い黒の影に気付き、影の元へと視線を向けた。ユーリも黙ってそちらへと顔を向ける。
「……どしたのぉ?」
マヤとアーリィもふたりの側へと駆け寄る。
そして彼女達も、その人影に気づいた。
「……ん? 誰?」
マヤは前方へと視線を向けて首を傾げた。
そこにはいかにも悪人といった人相の男が五人。ニヤニヤと不気味な薄ら笑い浮かべて四人の様子を眺めていた。
「……へへへ。悪ぃな、お話の邪魔したか?」
中央に立つ頬に大きな傷のある男が口を開く。一見親切そうなセリフをはきながらも、男の言葉に彼らは皆各々の武器―剣や斧、短剣等を手にし始める。それだけでこの男たちの目的は明白だった。
「……マーダーか」
やる気なさそうにポリポリと頭を掻きながらユーリが呟く。男たちは旅人な街・村を襲って金目の物や、時にはただ単に殺戮を楽しむ”マーダー”と呼ばれる賊だった。
マーダーが行う行為は強盗や略奪、殺人などの犯罪行為だ。一度全てが壊れたこの世界では無秩序も多いためかマーダーは数多く存在し、そんな彼らの行為全て咎めることはできないのが現状だった。国の中には法があり、犯罪はその法の下で厳しく取りしまわれるのが普通ではあるが、犯罪が多かったり法の及ばない場所もあったりと、取り締まりきれない結果にマーダーは数を増やす。それに元々普通に生活するのも苦しい人が多い世界だ、快楽以外の理由でも生きるために犯罪に手を染めるものも多い。彼らと遭遇することは決して珍しいことではなかった。
とくにローズたちのような世界を旅するものにとっては、彼らと遭遇する危険は魔物と同じくらいの認識がなされていた。
「さぁて……まぁ俺らのことわかってるみてぇなら早い。大人しく俺らに殺されちまいな」
下品な笑いと共に、浅黒い肌の男が言った。その言葉にローズが背の大剣の柄に手をかけ、マヤも細身の剣を抜いた。
「親切に挨拶をどうも」
ローズはユーリとは別な、緊張感のなさそうな顔でそう口にした。しかしそんな彼に隙はなく、伺うように五人の男たちを見遣る。マヤも剣を構えてローズの横へと並んで一言。
「……ふん、面倒な雑魚ね」
一方ユーリは何も構える様子もなく、同じくぼけっと突っ立っているアーリィと共に後ろで立ちながら、マヤの言葉に同意して笑っていた。そんな四人の舐めた態度を見て、男たちの様子は一変する。
「余裕じゃねぇか、てめぇら……!」
一気に殺気立ち、中央の男が一般的な長さの片手剣を挑発的に突き出す。
すると今の今まで黙ってコトの様子を傍観していたアーリィが、ひどくうんざりした溜息の後に小さく呟いた。
「……自殺志願ならほかへ行って。いちいち俺達の手を煩わせないで……ブタ面の雑魚の分際でさぁ。自分達で勝手に崖にでも飛び込めばいいのに……そしたら死ねるでしょ? そんなこともわからないの?」
「ッ……ぶっ殺すっ!」
アーリィの恐ろしく挑発的な一言に、頭に血の上ったマーダーたちは一斉にローズたちへと向かってくる。それを見て、ローズはアーリィとはまた別のため息を吐いた。
「……仕方ない。お前たち、やるぞ」
「はぁい」
ローズのやる気のない声に、緊張感のない声でマヤが返事をする。そして可憐な細身の少女は、勇ましく剣を構えて先頭をきり迎撃に飛び出した。
「んじゃ、さっさと終わらせましょうか!」
マヤはそう言うと迎撃体勢をとり、まず自分に向かって来たバンダナ男の斧を低く屈んで受け流した。
「っとぉ……!」
腰を低く屈めた姿勢のまま、そのまま刺突剣の剣先を男の喉元へと向ける。そして掬い上げるようにして、剣を一閃させた。素早い一閃。
女なのだから仕方ないことなのだが、マヤは剣士としての十分な力が足りない。だが、彼女はそれを補う素早い動きと柔軟性で、自分よりも屈強な相手にも怯むことなく剣を向ける。今回も彼女は勇ましく剣振るった。
だがしかし、相手のバンダナ男はマヤの疾風の一撃を、ほぼ反射的に顎を引くことで致命傷は避けた。その変わり顎をしたたかに切り裂かれ、男は意味不明な呻き声を上げる。
「ぅごノヤロうぅぅっ!」
鮮血を撒き散らしながらバンダナの男は、マヤの頭上高くに斧を振り上げて、彼女の頭を真っ二つにしようと斧を振り下ろす。マヤの艶やかな金の髪に真っ赤な液体が飛び散った。
が、それは生憎とマヤの血ではなかった。
「う゛っ……がぁっ……」
男は口から意味を為さない叫びを漏らす。
「……ったく、サイテー! 髪が汚れちゃったじゃない!」
男の斧をバックステップで回避し、そのまま男の眉間目指して剣を剥き出したマヤ。自分へと飛び散った男の血液に、忌ま忌ましそうにそう吐き捨てた。
剣が刺さったまま男は血ヘドを撒き散らし、それでも最後のあがきをする。ほとんど濁った音の羅列としか捉らえられない呻き声をあげながら、血に濡れた斧を横なぎに振るおうと構えた。
「しつこいわねぇ……! 言っとくけど、アタシはあんたらマーダーには容赦しないわよ!」
苛々したようにマヤは叫び、そして男の斧が自分へと迫る瞬間、短く何事かを口ずさんだ。
『fiRe.』
瞬間マヤの髪が大きく揺らめき、そして彼女の剣の刀身が淡く光ったかと思うと、剣は一瞬にして赤黒い炎に包まれた。少女の大きな瞳に一瞬、冷酷な光が宿る。
バンダナの男はそのまま剣からの炎に内部から爆ぜられ絶命した。
マヤの足元に転がるのは赤黒い炎の塊。
「……馬鹿には容赦しないのよ、アタシ」
それを見下ろしながら、マヤは静かに呟いた。
「な、何だ……一体」
マヤの戦いを目撃していたリーダーらしき傷の男が唖然として呟く。少女が男の聞いたことのない言葉を呟いたかと思うと、彼女の剣から突如炎が発生し、その火炎がバンダナの男へと襲い掛かったのだった。
まったくもって何が起きたのか理解できない。男は不可思議な力を行使した少女を、畏怖のまなざしで見つめた。
「……ハハッ! んなもん当たんねぇよ!」
「クソッ……ちょろちょろと動きやがって!」
褐色の肌の男が繰り出す短剣を紙一重に、しかし正確にかわすユーリ。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ユーリは男を挑発する。
「……当たればいいのに。ていうか当たれ」
幸いにも近くで傍観していたアーリィの呟きはユーリには聞こえることはなかった。
「ユーリ、余裕なのはいいが余りアーリィの近くで戦うな」
短剣と剣の男二人を相手にしながら遠くでローズが叫ぶ。二人を相手にしながらどうやらこっちも余裕のようだった。ローズの声にユーリが叫んだ。
「わかってるっつの !我が姫に敵なんて寄せ付けませんよ!」
チラッと横目でアーリィの位置を確認しながら、ユーリはようやく両手をポケットから出した。そして腰の後ろ辺りから吊っていた二刀の短剣を取り出す。鈍色の銀に輝く刃を翳しながら、ユーリは薄く笑った。
灰色の瞳の奥で、残酷な色が光る。
「!」
ユーリの気配の変化に、男が一瞬たじろいだ。先程までのふざけた態度とは一変し、その瞳に獰猛な影がさす。
唇の端を歪め、ユーリは男へと銀の刃を向けた。
「がっ……!」
一瞬。男は自分の身におきたことを理解する間もなく、首筋から血飛沫をあげて崩れ落ちた。ユーリはその男のわきで短剣についた血脂を適当に払う。
「……つまんねー」
暗殺術。それはユーリの得意とする戦闘術だ。
その素早い身のこなしで、一瞬にしと相手の死角をとり急所を狙う。普段はおちゃらけた雰囲気のユーリだが、戦闘となると一匹の血に飢えた獣となり、二本の短剣で相手となる敵を瞬時に切り刻む。
ユーリはローズと出会う前は大きな組織の中で暗殺者として生きていたらしいが、しかし本人がその時のことを語ろうとはしないため、最初に彼と出会ったローズを含めた仲間の誰もがその過去を詳しくは知らない。
しなやかな身のこなしで、一瞬で男の後ろへと回り込み短剣を首筋へと一閃させたユーリは、すぐさま次のターゲットへ向かって駆け出した。