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神化論  作者: ユズリ
妖精寓話
18/528

幸せの定義 2

 その瞬間、一瞬だけアーリィの瞳が感情に揺らぐ。それは、負の感情。少しの嫉妬と敵意だった。

 そのアーリィの様子に、ローズは困ったように「そうか?……自分ではマヤに気に入られているとは、思っていないんだが」と、弁解する。さっきだって何故か、軽くとはいえ剣で刺されたくらいだ。

 確かにマヤが自分についてくる理由は「ローズを気に入ったから」と、出会った当初は言っていたが……ぼんやりとローズは考える。

 だがしかし、その後旅をする中でのマヤの態度に、これといって自分が特別扱いをされている様子はない。むしろローズが見るかぎり、いつでも彼女はアーリィの心配ばかりしていた。


「……考え過ぎではないか? 俺の知るかぎり、マヤはいつもお前の心配をしているぞ」


 ローズは軽く笑いかけながら、大きな掌をポンッとアーリィの頭上へと置いた。だがアーリィの表情は不機嫌なまま変わらない。


「……違う。わからないなら、いい」


 優しく笑うローズに、アーリィは憮然とした表情で小さく呟く。


「?」


 アーリィが何を言わんとしているのか全く見当がつかず、ローズは眉をひそめた。けれどもアーリィはそれ以上会話を拒否するように、また前を向き直し歩き出す。

 しばらくアーリィの物言いの意味に悩んで止まっていたローズだが、直ぐに気付いて彼はアーリィを追った。もう既にアーリィは、ローズの持つ松明が照らす、明るいギリギリの範囲まで先を進んでいる。


「おいアーリィ、だから暗いから……」


 階段の終着まで辿り着いたアーリィに、ローズは二度目の注意めいた言葉をかけようとした。

 しかし、そこでアーリィが何故か立ち止まっていることに気がつく。

 ローズは注意の続きの台詞より、何故彼が止まっているのか疑問が先にたって「どうした?」と、彼の後ろ姿に問うた。アーリィは立ち止まったまま、微動だにしない。

 自分の声にすら反応しないアーリィを不審に思い、ローズは慌てて駆け寄った。

 横からアーリィの顔を覗く。彼の横顔は、やはりいつもと変わらず無を形作っていた。


「?」


 ローズはアーリィが見つめる視線の先、前方を見遣る。

 たが明かり一つない洞窟内は、当たり前だが何も見えない。


「……進まないのか?」


 マヤとは違い突然暴走することはないが、どうもアーリィは行動や思考が不可解だ。ローズは問いながらも進む様子を見せない彼に、やれやれと溜息をついた。

 その時、ついにアーリィは言葉を発した。


「……何かいる」


「え?」


 短い一言に、ローズは反射的に大剣の柄へと右手を滑らせて闇を凝視した。

 ドラゴンとの遭遇の時もそうだったように、マヤとアーリィは微かに漂うマナの波動で、目に見えない何かを感覚で察知することが出来る。ローズやユーリも長年魔物等と戦ってきたカンで、ある程度の気配などは察知出来るが二人程早く、そして正確ではない。

 ローズはアーリィの言葉を信用し、彼の言う"何か"に警戒しながら先行してゆっくりと歩みを進めた。アーリィはまだ停止していたが、振り返ったローズの「来ないのか?」な視線に、多少不満そうな表情を作りながら彼に続く。

 マヤから託された深紅の焔、その明かりが照らす洞窟の先を注意深く見渡しながら、ローズは慎重に進んでいった。



 二人が警戒しながら闇を突き進むと、遥か遠くの前方から小さな音が聞こえてきた。よく聞き取れないが、何かが大地を這うような音にも聞こえる。或いは、大地を振動させるような突進音。

 どちらにしても余り好ましくない音の出現に、ローズとアーリィは同時に歩みを止めた。


「……魔物か?」


 ローズが問い掛けるように言った。アーリィは何も反応を返さない。

 しかし目を細め、音の原因をマナの波動と流れで察知しようとしている様子だった。

 音はまだ遥か奥から聞こえた。ここまで音が聞こえるとなると、魔物ならば大型のものが動いている可能性が高い。

「まずいな…」と、最悪の可能性を考えて、ローズは口の中で呟いた。

 先のドラゴン並の魔物と遭遇してしまった場合、自分とアーリィの二人で相手出来るか…??という不安が、さすがのローズにも脳裏によぎる。

 たとえローズ自身の筋力が、本気を出せばドラゴンにも匹敵する怪力を発揮するものだとしても、狭い洞窟内部では行動が制限される。たいしてスピードのないローズは課題として、攻撃を喰らわないよう狭い中で回避をしなくてはいけない。

 何より怪力が仇となり、洞窟を破壊しないように大振りの大剣で攻撃するため、尚更ローズは行動に制限がかかった。

 そんな自身の不利な部分に、さらに魔術という強力な力が使えるアーリィにも弱点がある。

 魔術には属性の制限があったり、何よりアーリィ自身が後衛ということもあり、あまり魔物の攻撃に耐えられるような頑健な身体ではない。しかも自分の傷を治癒することは、治癒魔術の原理上不可能だ。なので、いくらアーリィが傷を治せても、彼自身が怪我をしてはどうしようもない。

 普段はこれらの個々の弱点を四人でそれぞれカバーし補い合うのだが、果たして二人の抜けた状況で何処まで出来るか……


「……人間?」


「ん?」


 ローズの思考は、驚きの交じったアーリィの言葉に中断された。

 刹那、砂利を蹴るような音が急速にこちらへと迫ってくる。

 ローズ、そしてアーリィも目を丸くして驚く中、突然漆黒の中から身体中傷だらけの少年が飛び出してきた。


「え?」


「助けてっ!」


 悲鳴と絶叫の交じった叫び。

 びっくりして声を上げるローズに、突然現れた茶髪の少年は第一声そう叫ぶ。そして少年は自分の手には不似合いなサイズの孤剣を抱えながら、ローズに駆け寄ってしがみついた。

 混乱しながら、ローズは少年に問い掛ける。


「おい、一体どうした? こんな所でまさか一人か?」


 手や腕、そして破れたズボンの所々から出血し、恐怖に顔が蒼白となっている少年。ローズは土と血で汚れた少年の頬を見て、指先で優しくそれらを拭ってやる。


「たすけて、お願い! 一人だけど、その……襲われてるんだ!」


 ガタガタと震えながら訴える少年へ「何に?」とローズが問うより先に、今まで気配を察知していたアーリィが厳しい声で言った。


「ローズ、敵だ。さっきより近い……そろそろ来る」


 闇の中でも、煌めく炎に照らされ目立つ紅の瞳は、油断無く迫り来る恐怖を監視していた。

 確かに先程より近くから聞こえるようになった"音"と、アーリィの声にローズは「わかった」と頷く。そして今だ震える傷だらけの少年に、優しく微笑んだ。


「とりあえず俺達に任せろ。もう、大丈夫だ」


 今にも泣き出しそうな少年の頭に大きな手を置いて、ローズは力強く少年に言った。

 そして後方を振り返り、「アーリィ」と後ろで警戒をしていた彼の名を呼ぶ。


「この少年の怪我を治してやってくれ」


「……いいんだな?」


 ローズの頼みに、アーリィは頷く変わりに彼へと問う。彼の何か咎めるような瞳はローズに、人前で魔術を使ってもいいのかということを確認していた。

 一応ローズに従えと命令されているアーリィだが、彼自身も人前で魔術を使うと混乱が起きるということを理解はしている。そのため、一瞬思考するローズが「あぁ」と頷くのを見て、ようやく了承した。

 ローズが怯えて困惑する少年を、アーリィへと預ける。そうして自分は大剣をゆっくりと迫り背の鞘から抜いて構えた。

 ローズから預かった少年を、アーリィは膝立ちに屈んで見遣る。


「あ……」


「……お前」


 少年の瞳と目が合った瞬間、二人は同時に声を上げた。


「お姉さん、リナさんのお店に昨日いた……」


 間近にある人間離れした美貌に、少年は少し赤面しながら先より小さな声でアーリィに告げる。『お姉さん』の一言にアーリィは不愉快そうに眉をひそめるも、こんな時に一々訂正するのも面倒な様子で無視した。


「アーリィ、知ってるのか?」


 少年の台詞と様子に、ローズは驚いたようにアーリィへ問う。アーリィは無言で頷き、面倒くさそうに付け足す。


「昨日アホと道具屋行った時に見たんだ」


 ローズを見ることなく、そうアーリィは答える。そしてアーリィの説明に続けるように、少年は何故かはっとした様子で「ク、クゥです!」と、自身の名を名乗った。こんな状況での自己紹介も変な気がしたが、「そうか。俺はローズ、そっちはアーリィだ。見ての通りの…冒険者だ」と、ローズも極力少年を安心させようと、笑みを浮かべながら自身の名を告げた。"探求者"とはあえて告げず、"冒険者"と説明したのは、いつものなんとなくの癖だ。

 そしてローズの自己紹介に「あ、ハイ」と小さく頷くクゥに向けて、アーリィはおもむろに手をかざした。


「……少しじっとしていろ」


 冷静なアーリィの注意に、少年は不思議そうな顔をしながらも大人しく従う。

 アーリィは瞳を閉じて、少年に向けて治癒の呪文を唱えた。


『HeEILiNG.』


「!?」


 少年の身体がアーリィの魔力と、そしてミスラのマナに包まれて青く発光した。

 クゥは何が起きているのかわからず、ただ目を丸くする。その間にも彼の身体中にあった切り傷や擦り傷は、瞬く間に癒えていった。

 フゥ…と軽く息を吐いて、アーリィは目を開ける。今だ目を丸くして唖然とする少年に、アーリィは立ち上がりながら冷めた声で言った。

「今のはただの手品だ。一秒で忘れろ。でなきゃ頭吹っ飛ばして忘れさせるからな」

 子供だろうと容赦無いアーリィのマジ宣告。クゥは再び青ざめ、ガクガクと壊れた人形のように首を上下に振って応じた。


「……来る、な。悪いがクゥ、松明を持っててくれ」


 少年と、そしてアーリィを背後に庇いながらローズが言った。ローズは剣とは別の手に持っていた松明を、振り返ってクゥへと手渡す。クゥは松明を受け取り、怯えながらもそれを隠すように気丈な表情を作った。そんな少年の顔を横目で見たローズは、男らしい我慢を見せる少年の姿に僅かに笑みを浮かべた。しかし足元の違和感に、ローズは直ぐに笑みを消して険しい表情を前方へと向けた。


「アーリィ、少年を頼む……これは結構、マズイかもしれん」


 再び振動を感じさせる大地。そして近づく破壊の足音。ローズは眉をひそめて、もう一度大剣の柄を握り直した。

 少年は泣きそうに、しかし必死に涙を堪えた様子で立ち尽くす。アーリィはローズの言葉に従い、そんな様子の少年を自分の後ろへと位置させた。

 アーリィの右手に押されながら、クゥは大きな瞳をさらに見開く。

 手にした孤剣と松明を持つ手が震えている。それはけして、洞窟の揺れではない。

 ローズ、そしてアーリィすら険しい表情で前方の闇を凝視する中、クゥは震える唇を動かして掠れた声を発した。


「来た、アイツだ……闇の亡者……」


 それは黒い、殺戮の使者の来訪を告げる声だった。

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