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神化論  作者: ユズリ
追憶の咎
175/528

この世界で、僕らは生まれた 13

 

「……まずいな」


 シアンの薄い唇が、そう無意識に言葉を紡ぐ。それは一体、何に対しての後悔なのか。彼の言葉を聞いた研究員の男は、言い知れぬ恐怖を感じて小さく震えた。


「おいお前たち、実験は中止だ! 早急に被験者を解放し、この場にリリシャリーダーを呼べ!」


 シアンは他の研究員たちに向けて、突然そう指示を飛ばす。彼の言うその指示内容に、研究員の誰もが訝しい眼差しをシアンへ向け、疑問を抱いたように表情を歪めた。すると皆の感じた疑問を、研究員の一人が代表する形でシアンに問う。


「シアンさん、リーダーを呼ぶというのは……?」


「お前たち、死にたくなかったら黙ってわたしの言うとおりにしたほうがいい。……ここに我々を殺そうと死神が迫っているんだ。時間が無いぞ、急げ」


「え……は、はい!」


 感情の読めないシアンの言葉が、研究員たちを恐怖と不安の中に陥らせる。研究員たちは慌ただしく動きだし、実験場は騒然とした雰囲気に包まれた。


「……」


 白衣の研究員たちが数人、透明な部屋の中へ駆け寄り、気を失った少女の体を解放しようと動く。シアンは熱の無い眼差しでそれを見つめながら、深く溜息を吐き出した。


「まずはわたしが……いや、俺があいつに殺されるか?」


 溜息と同時に漏れた小さなその呟きは、誰にも聞こえることなく消える。


 魔術結界が施されている研究所の一部をウィッチが破壊したということが事実ならば、彼は"力"に目覚めてしまった可能性が高い。おそらくはまだ目覚めた直後だろうし、その力は彼がその内に秘めるもののほんの一部であろうが、それでも覚悟をしておかねばとシアンは考えた。


(このタイミングでの"力"の覚醒だと、その要因となったものはおそらく……半身の不在が恐怖となり、彼に力を欲させる結果となった……そんなところか)


 こんな非常事態でも研究者として思考してしまう自分に少々呆れ、シアンは少女から視線を外して苦笑いを浮かべる。その直後、実験場の入口に"彼"の姿が現れた。


「……来たか」


 少女から視線を外したシアンは、次に少年の蒼白な顔を見る。彼は実験場の入口で足を止め、感情の無い表情でどこか一点を見つめていた。


「……ヤ」


 大きく見開かれた橙色の瞳は、透明な牢獄で捕われの身となっていた自分の半身を見つめる。


「マヤ……」


 抑揚の無い静かな呟きが、彼の唇から漏れた。


「ウィッチ君……っ!」


 研究員の誰かが入口に立ち尽くす少年の姿を見つめて、悲鳴にも似た声をあげる。その叫び声を聞き、実験場内は一瞬にして水を打ったように静まり返った。


「……お前ら、マヤに一体何をしたんだよ」


 誰もが言葉を失い動きを止める中、無機質に響く機械の駆動音と共に少年がそう静かに問い掛ける。彼の瞳はまだ、傷ついて目を閉じる少女に固定されたまま。


「おい、答えろよ……お前ら、マヤに何したんだよおぉぉぉぉぉっ!」


「!?」


 絶叫。同時に、少年の体の周りにいくつもの魔法陣が煌めき形を成していく。


『cccOOOwllNlDDDdbLIZZArDSSSsssttNNNtoooRRooRoMwwwMM』


 機械的な動作で、少年は次々呪文を唱えていく。彼の周りに七色に輝く魔法陣がいくつも展開されていくのを見て、シアンは珍しく焦りの表情を浮かべた。


「まずいっ! 二重展開……いや、もしかしたらそれ以上の混合魔法が来るかもしれん! データ収集班は今のあいつのデータを集め、それ以外で手が空いている者はこの場所と全員の命を守れ! ただしあいつに攻撃は加えるな!」


 シアンの吠えるような指示の声を聞き、凍り付いたかのように動きを止めていた研究員たちは、再び慌ただしく動き出した。


『FRozeniittYYPPCCHHooooeeNN and Select "ALES"』


 少年の凶器が吹き荒れるマナの暴走となって、実験場を殺意と共に吹き荒れる。

 シアンが厳しい表情で巨大な魔術結界を展開しようとした時、それを見た少年は壊れた笑顔を浮かべてシアンを嘲笑った。


「馬鹿だな……無駄だよ」


「!」


 シアンの展開した防御結界を、少年の憎悪と悪意が浸食していく。

 血のような赤に発光する古代呪語の渦が荒れ狂う。それは最高位の強力な魔術防御結界をも易々ととおり抜け、シアンの体に呪いとなって絡み付いた。


「あがっ……!」


「お前は僕と、そして彼女が味わった苦しみを受けて死ね!」


 脳みそを揺さ振る激痛の中、シアンは狂ったように高笑う少年の声を聞く。

 いくつもの複合魔術を展開させ、そのうえシアンを精神攻撃魔術で発狂死させようとする少年の笑い声が、騒然とした実験場に恐怖として響き渡る。


「あはっ! 死ね、死ね死ね死ね死ねっ! お前ら全員死ねよ! 彼女を……マヤを苦しめるクソ共はみーんな死ね! いらないんだよ、そんな人間……あはっ、あはははははははっ!」


 悪意の絶叫と同時に放たれるいくつもの攻撃魔術は、シアン同様高位の魔術防御結界を展開させる研究員たちに襲い掛かる。

 水のマナ・ミスラ、風のマナ・フラ、土のマナ・リノク、火のマナ・アレス――全てのマナを少年は支配し操り、その圧倒的な力でもって防御する研究員たちを嘲笑した。


「なんだいその薄っぺらい結界は……僕をなめてるの? ねぇ、僕は"神様"なんだよね? お前らは神様を怒らせたんだよ。だからもっと、死ぬ気で抵抗してこいよっ!」


 ゲシュ基盤である少年の肉体が、魔族の力で取り込んだマナの力を何十倍もの力に増幅させ、魔力と共に解放させる。

 狂気に笑う橙色の瞳が、前衛にいた数人の研究員たちを見据える。彼らの展開する結界を破って、自分の増幅された悪意が彼らを襲う様を、少年は心底愉快そうに眺めた。


 首が跳び、腕が切り裂かれ、鮮血が内臓と共に床へと赤く散る。


「あははっ、綺麗な赤だね! 君達素敵だよ……最高に綺麗。ねぇ、もっとその赤を僕に見せて?」


「くそっ、バケモノめっ!」


「!」


 うっとりとした眼差しで、変わり果てた研究員たちの残骸を眺めていた少年は、自分へと向けられた殺意を感じて顔を上げる。

 今まで防御に徹していた研究員たちの一部は、目の前で繰り広げられる少年の暴走を恐れて、シアンの指示を無視して彼に攻撃魔術を放った。

 しかし少年は冷めた笑みを浮かべ、自分へと降り懸かるマナの凶器を冷静に見つめる。


「無駄……っていうか、お前ら生意気」


 少年は笑顔のまま右腕を掲げ、自分へと襲い掛かる紅蓮の炎を、瞬時に無害なマナの状態へ変換させてしまう。


「神様に攻撃? 違うだろ……お前らは僕の前にひざまづくんだよっ!」


「ぐああぁぁぁっ!」


 少年は少女にも見える愛らしいその容姿を、残忍な殺戮者の表情に変えて笑い、自分へ牙を向けた研究者の男に氷の刃を幾重も放った。


「あはっ、あははははははっ! たのしい……すっごいたのしい! ゴミみたいな人間共を消すのって、こ~んなにも楽しいことだったんだねっ! ふふっ……あっはははははは!」


「狂ってる……あの子、狂ってるわよ!」


「本物の化け物だっ……やっぱりあんなの、ただの気味悪ぃ化け物だったんだよ! 失敗作だ、あんなもの!」


「いやあぁっ! わたしまだ、死にたくないですっ!」


 暴風となり実験場を吹き荒れる少年の暴走と、そして彼の発する狂気の哄笑。研究員たちは収拾のつかないこの事態に、混乱を深めて恐怖を口々に叫んだ。


「そうだ、叫べよお前ら。……もっと叫んで、馬鹿みたいに喚いて泣いて、そして僕に『助けてください』って命乞いしろよ! そうしたら、気が向いたら助けてやるからさぁっ!」


 赤黒い炎と化した少年の殺意が、また一人二人と研究員の体を包み込んで灰に変えていく。

 巨大な炎の渦に浮かび上がるシルエットが、身を焼き尽くす灼熱に激しく暴れて、やがて動かなくなり崩れ落ちていく様を見て、少年はさらに大きな声で笑った。


「あははははははははっ! すごいな、人ってあんな簡単に燃えちゃうんだ! あはははははははっ!」


 無邪気な笑い声は少年がもう止まらないということを示し、研究員たちは混乱と恐怖の中で絶望をも感じる。


 もう誰も彼を止めることは出来ないんじゃないか。

 強大な力を得て、その力を抑えることを知らずに解放させてしまった彼は、自分で自分を抑えることも出来ない。


 純粋な憎悪と悪意は止まることを知らない、何よりも恐ろしい凶器なのだ。


「あはははははっ、死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!」



「……誰か、たすけて……」


 目の前で崩れ落ちる大きな研究機材を見つめ、一人の女性研究員が双眸から涙を流しながら、そう静かに助けを求めて呟く。


 もう彼の暴走は始まってしまった。こうなってしまったら、彼を止められる者など……




「ウィッチ、止めなさいっ!」


「!?」


 狂乱の宴と化していた実験場内に、その叱咤の声ははっきりとした音で響き渡る。その声の主は実験場の入口に、幼い黒髪の少女と共に立って、壮絶な色の眼差しを少年へと向けていた。


「……かあ、さん……?」


 少年――ウィッチが後方を振り返り、感情の無い声で呟く。

 茫然とした表情で振り返った彼の瞳と、眼鏡のレンズ奥に隠れた異形のオッドアイが直線で混じり合った時、ウィッチの周りで煌めき続けていたいくつもの魔法陣が瞬時に霧散し弾け消えた。


「かあさん……」


 実験場の入口には、厳しい眼差しを自分へと向けるリリシャの姿。彼女の後ろでは、マアサが声を押し殺して泣いていた。


「あっ……」


 何でかあさんは、僕をそんな悲しそうな目で見つめるのか。どうしてマアサは、僕を見て泣くのか。


「……どうして?」


 殺戮の暴走は収まるも、今度は静かに混乱するウィッチ。彼は怯えた眼差しで、自分を真っ直ぐに見つめるリリシャに語りかけた。


「どうして、かあさん……なんで、そんな目で僕を見るの?」


「っ……」


「ねぇ、かあさん……僕が悪いの? 僕が……僕が全部いけないの?」


 ウィッチが魔術の発動を止めた為に、シアンを苦しめていた精神攻撃の呪縛も消える。彼は何度も咳込みながら立ち上がり、リリシャとウィッチの会話する言葉に、苦しげな表情をしつつも耳を傾けた。


 リリシャは今にも絶望を感じてしまいそうな少年の眼差しに、一瞬その表情を苦しげに歪める。しかし彼女は、気を抜けば少年が向ける苦しみに押し潰されてしまいそうな心を強く持ち、彼と真正面から向き合う決意をした。

 リリシャはゆっくりとウィッチに近づき、彼の前で足を止める。リリシャは膝を付いて、力無く立ち尽くす少年の体を強く抱きしめた。


「っ……」


「あなたが悪いわけじゃないわ。大丈夫よ、ウィッチ。もう大丈夫……ごめんね」


「あっ……かあさん……」


 リリシャに抱きしめられたウィッチの体が、小刻みに震える。リリシャは唇を噛み、一層強く彼の体を抱きしめた。


「大丈夫、あなたは悪くない。あなたはただ、"大切な人"を守ろうとしただけなのよね?」


「っ……だって、だってあいつら……あいつら、マヤにひどいこと……っ!」


「うん。……ごめんね。ママ、あなたとの約束を守れなかった。マヤに苦しい思いさせないって、ママあなたと約束したはずなのに……本当にごめんね」


 リリシャは目を閉じ、泣きそうに震える声で小さく謝罪を呟く。

 いつの間にかウィッチの口からは、激しい鳴咽の声が漏れ出していた。


「ごめんね、ウィッチ……辛かったんだね、あなたも」


「ひっく……かあっ、さっ……うあっ……あ、ああぁぁあぁあああっ!」


 リリシャの白衣に顔を埋め、ウィッチは彼女に抱き着きながら、大きく声を上げて泣いた。


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