幸せの探し方 5
全力でドラゴンの尾をぶった切ろうとしていたローズは、怒ったら誰よりも怖いマヤの叫びに思わず突進と手の力を緩めた。そこに後ろからのローズの気配を感じたニーズヘッグが振り返り、そのまま視野に入ったローズに迷わず長い尾を振りかざす。
「ぐぁっ……!」
「あっ……ローズ!」
これまた硬い鱗でしっかりと覆われた丸太程の太い尾の横なぎを真正面から受けて、ローズは後方へと吹っ飛ばされる。咄嗟に剣の刃で尾を胸の前で受け止めたものの、思わず瞬間を目撃してしまったマヤが叫ぶほどにローズは大地に強くたたき付けられた。
土煙をあげてさらに地面を滑るローズに、マヤは必死に弁明する。
「ローズごめんっ! だってローズのマジの一撃って、このドラゴンといい勝負な馬鹿力なんだもんー! そんなことしたらこの洞窟潰れちゃうのぉー!」
「マヤ……お前、あれは流石にローズも痛ぇと思うぜ」
真正面から攻撃を受けたとはいえローズは直前でしっかり防御したので、命にかかわるような怪我はしていないだろう。だがそれでも彼が心配だという表情で、ユーリは横で必死に謝罪するマヤに苦い言葉を呟く。
「だ、だってー! ……っと」
再び襲い掛かる巨大質量と鋭い爪の凶器を慌てて右後方へ回避しながら、マヤは急いで回復呪文を口ずさんだ。勿論ローズに向けて、だ。
またも大地がドラゴンの足型に窪み、ユーリはマヤが言うようにこのままだとこんな洞窟崩れるんじゃ…と、不安になった。ボロボロと落下する小石がまた、不安を煽る。
「つーかなんでこんな暗い洞穴に、こんなんがいるんだよぉー!」
続く右前足の横なぎをバックステップで軽やかに避けながら、ユーリが絶叫する。
完璧に避けるも同時に発生した風に、地面に着地後煽られてユーリは僅かによろめく。さらに風で土埃が密閉された空間に舞い上がって彼を襲った。
「クソっ……目ぇいてぇ……」
「ちょ……ユーリッ! 逃げて!」
ユーリが目を擦っていると、近くでマヤの焦った声が聞こえた。
「え……?」
イヤな予感がしてユーリが慌てて目を開けると、彼の視界には血相を変えて後退するマヤの姿。それと物凄く嫌な動作をするニーズヘッグの姿も見えた。
「うわぉ……ついにアレが、来ちゃいますかぁ?」
さすがのユーリも冷や汗が頬を伝う。ニーズヘッグは上体を反らして、大きく息を吸い込んでいた。この動作が何を意味するかは、この場の誰もが常識として知っていた。
「息は吸ったら……吐くんだよねー?」
「みんな、逃げろ!! ブレスだ!」
灼熱の吐息を吐こうと準備するニーズヘッグの後ろで、立ち上がったローズが叫ぶ。その叫びに「わかってるわよー!」とマヤが逃げながら返事をした。
「アーリィも逃げ……」
マヤがアーリィに注意を呼びかけようとしたその時、どこか場違いにも思えるほど落ち着いた声が辺りに響いた。
『guArDreFlectIonWatER.』
「!」
四人の体が心地よいくらいの冷気と淡い水色の光に包まれて、そして光がシャボン玉のように弾ける。それは一瞬の出来事。続けてさらに、アーリィの呪文が唱えられた。
『ReFlEctioN.』
それはほぼ同時だった。ニーズヘッグが巨体をさらに膨らませ、そして思い切り息を吐き出す。その息は紅蓮の炎となってマヤとユーリ、そしてその後ろで魔術を発動させるために構えていたアーリィへと容赦なく襲い掛かった。彼等を、焼き殺す為に。
「マヤ! ユーリ! アーリィ!」
暗い洞窟内が赤黒い炎の色に染まる。
ゴオォ…と耳障りな音をたてて吐き出される地獄の火炎に向かって、ローズは死の赤に掻き消えた3人の名前を叫んだ。
◇◆◇◆◇◆
「ハァ……ハァ……ハァ……」
足が痛い。胸が苦しい。酸素を吸っているハズなのに、どうしてこんなにも息が苦しいんだろう……
何処までも続く闇を、少年は息を切らしながらひたすらに走っていた。後ろは振り返らない。ただ、先の見えない闇だけを少年は目指して走った。
そこに、助けを信じて。
少年の後ろから何かが迫る。それは闇の中に潜んで、姿は見えなかった。
聞こえるのはただ、音。
「はっ……うぁっ!」
少年は暗闇で見えず、でこぼことした地面に足が縺れる。
両膝、胸、両腕と顔面をしたたかに地面へと打ち付ける。硬い岩肌の地面に擦れて、少年の肌から出血する。いくつもの擦り傷と打ち付けた打撲の痛みに、少年は顔を歪めた。
慌てて起き上がり、少年は傷を確かめようとした。が、しかし手にしていたハズの松明を、いつの間にか手放していたことに気付く。
一メートル程先に赤々とした炎を見つけて少年は、はいずるように松明へと手を伸ばす。
ガサガサ……
「!?」
先程よりも近くなった何かの音に、少年は青い顔で背後を振り返る。先は本当の闇で何も見えない。松明を手繰りよせて、少年は決して手放すことのなかった剣と共に立ち上がる。
「はぁっ……はっ……」
乱れ切った息を整える暇も、流れ出る汗を拭うことさえも惜しんで少年はまた一歩足を進める。ギチギチギチ…と、まるで昆虫が歯を鳴らすような音までもが、耳に迫ってきた。
迫り来る恐怖から逃れるために、少年は再び闇の鉱道を駆け抜けた。
◇◆◇◆◇◆
カツン……と、階段を下る音に、薬品棚を整理していたリナは顔を上げて店の奥の階段へと視線を向けた。視線の先、階段の上段にパジャマ姿のフィーナが立っているのを見て、リナは不思議そうに彼女に声をかける。
「……フィーナ、どうしたの?」
青白い顔でフィーナは姉の姿を見つめる。彼女は小さく咳をしながら「今日は…クゥ君仕事お休み……だよね?」と、心配そうに眉をよせてリナに問うた。
「そう……そのハズなんだけど……」
「まだ……遊びに来てくれない……の?」
フィーナはフラフラと覚束ない足取りで、一歩一歩階段を下り始める。
慌ててリナが駆け寄り、細く病弱な妹の体を支えた。
「ちょっ……フィーナ! だめよ、お部屋に戻ってなさい」
今日はどうやらあまり体調が優れないらしく、フィーナはまた咳をして肩を揺らす。
「でも……クゥ君が……」
「……クゥ君はそのうち来てくれるわよ?」
リナの言葉にフィーナはまだ不安そうに首を傾げる。
「本当? 私と遊ぶの、もう嫌に……なったんじゃない……?」
小さく消えそうなフィーナの問いに、「なぜ?」とは問わずにリナは迷うことなく大きく頷いた。
「大丈夫よ。クゥ君はいつでもフィーナのこと、裏切ったりしないでしょ?」
「……うん」
「わかったらホラ……もう部屋に戻りなさい。もしクゥ君が来てもそんな顔色じゃあ彼が驚くわよ」
リナは肩を押してフィーナを反転させる。
「わかった」と呟いて、フィーナは大人しく階段を上がって部屋へと戻っていった。
ちゃんとフィーナが戻っていくのを見つめながら、リナはぽつりと呟く。
「……ホントにクゥ君……今日はどうしちゃったのかしら……?」
今朝からいつまでも続く不安と嫌な予感を振り払うように、リナは首を振る。そして、薬品棚の整理を再開しようと階段を下りた。




