幸せの探し方 3
ローズは立ち止まることなく、首だけを僅かに後ろのマヤへと向けて返事をする。
気をぬくとすっ転びそうな足取りのアーリィを気にかけながらマヤも、ローズへ視線を向けて「何かさぁ、変じゃない?」と、眉をひそめて語りかけた。少し興味を持ったようで、ローズは振り返る。
「何がだ? まだ魔物が出ないことか?」
「ううん、そうじゃなくて……魔物なんてどうせそのうち、いくらでも出てくるからどーでもいいわ」
そう言ってマヤは立ち止まり、柄の先の明かりをスッ……と地面へと寄せた。
反射的にローズと、そしてユーリとアーリィもその光の先へと視線を向ける。
デコボコとした赤茶色の土でできた大地を、指しながらマヤが言った。
「これって……人の足跡じゃない?」
「何だって?」
ローズが少し驚いたようにマヤの示す地面の部分を見る。ユーリとアーリィも気になるようで、覗き込んだ。そこにはいくつかの、まだ真新しい靴跡のような窪みが確かに存在している。
「……たしかに、そう見えなくもないな」
「魔物の足跡じゃねぇのー?」
マヤほどのまだ小さめな靴跡のようなものが点々と、しかし明らかに鉱山内部の奥へと続いている。
ローズは少し考えながら思ったことを呟くと、隣でユーリが頭の後ろで両手を組みながら「気のせいだって」と言いマヤを見た。マヤは明かりを掲げながら首を傾げる。
「うん、アタシもこの跡を見るかぎり、もし人間の足跡だったらこのサイズだと……子供とか女の子でしょ? だからそんなハズはないと思うんだけど……」
「……魔物の足跡ではない、か?」
ローズの指摘に、マヤは「そうなの」と大きく頷いて答えた。
「魔物ではないのよ、コレ。ユーリが言うように魔物だったら、こんなに地面が荒らされてない綺麗な足跡ヘン……魔物ってどっちかっていうと、獣に近い足跡を残すハズよ?」
「たしかに魔物はもっと乱暴に歩くな」
「でしょ? 綺麗過ぎるのよ、コレ。……小さいし」
「そーかぁ? 足跡なんてみんな同じじゃねぇかー?」
揺らめく炎の明かりの下で、思考しながら意見しあうマヤとローズ。ユーリはどうにも、こんな所に人間の足跡だなんて信じられずに二人へと否定の言葉を向けた。
「だっていきなり入口に"魔物多発注意"ーの看板だぜ? んな危ない鉱山に、一体誰が入るんだよ」
自分たちのことをおもいっきり棚に置いてユーリはそう言う。
すると今までユーリの隣で黙って見ていたアーリィが冷めた瞳を彼に向けて、「マスターが魔物じゃないって言ったら違うんだよ、でしゃばるな無能」とユーリを窘める。途端に「ス、スイマセン」と、ユーリはかなりへこんで大人しくなった。
「人間じゃないとしたら、或いは……魔族とか」
泣きそうな顔でしょんぼりしているユーリを完全無視して、マヤは考え込むようにそうぽつりと呟いた。その言葉にローズが顔を上げて彼女を見る。
「魔族……か。しかし、こんな所に魔族が?」
「こんな所だからよ。マナの溜まる場所……魔族が好みそうだわ」
半信半疑で問うローズに、マヤはどこか大人びた視線を彼に送る。
海のように深い蒼の瞳が細められた。
「アトラメノク・ドウェラ……闇の住人」
魔族とはこのリ・ディールとは別の異世界、仮に人間が"魔界"と呼んでいる世界に住む異種族のことだ。人に近い、或いは見分けのつかない外見をしている場合が多いが、しかしその能力は人間のソレを遥かに優越する生き物。
ただし人間と魔族にはあまり直接的に、さらに友好的な交流はない。
さらにはふたつの異世界同士は、普段はけして交わりあうことはない次元に存在しあう。そのため魔族についての情報や知識は、一般にはあまり知られておらず、研究資料などもやはり"審判の日"に消失してしまったりして多くは今だ謎に包まれた種族である。唯一わかっていることは、魔族もかつての人と同じように魔力を持ち、マナを操ることで魔術を使うことが出来る。そして二つの異世界は、人間は足元にも及ばない膨大な量の魔力を所持する強力な魔族によってのみ開かれる、召喚の門でのみ行き来が可能になるということだ。
さらにもう一つ。このリ・ディールに存在する魔物は元は魔界の生き物で、何千年もの遥か昔に魔族によってこの世界に放たれたのだという。
その理由は詳しくはわからないが、おそらくはこのリ・ディールを魔族が支配するための下準備だとも、魔族の気まぐれのお遊びだとも噂されている。しかし真実は今だ魔族同様わかっていない。
「アトラ……? 何だ?」
マヤの呟きに、ローズは首を傾げて問う。聞き慣れない単語だったため問うたのだか、マヤはそんなローズに「あ、ううん……なぁんでもない!」と、いつもどおりの笑顔に戻り返事した。
「独り言よ」
「?」
不思議そうにこちらを見遣るローズに、マヤはウィンクする。ますます不可解そうな顔をローズは彼女に向けるが、やはりマヤは笑うだけだった。
「………マスター」
「ん?」
ふとアーリィがマヤの名を呼ぶ。マヤはローズから目を離して、後方に立っていたアーリィへと視線を向けた。
そこには、どこかいつもの無表情とは違う、何かを察したように険しい表情をしたアーリィ。しかしどうやらマヤも、アーリィに声をかけられる前に何かを感じていたらしい。彼の顔を見ながら、彼女は何故か楽しそうに笑った。気にせずアーリィは言葉を続ける。
「………マナの流れが変わりました」
「さすがね、アーリィ。気がついた?」
不敵な笑みを浮かべるマヤに、アーリィが無言で頷く。
「? ……何二人で謎会話してるんだ?」
全く会話の内容が理解出来ないようで、ユーリがそんな二人の会話に割って入った。
ローズも同様だったが、しかし次の瞬間眉根を寄せて「…そういうことか」と、低く呟く。
ユーリも二人の謎会話はわからなかったが、この洞窟内部の変化には長年の経験で気付いたようで、おもむろに腰の短剣へと手を滑らせた。
そして彼もまたマヤと同じ種類の笑みを、薄く口元へと浮かべた。
「……敵が来たってコトかぁ?」
数秒の間を待たずに洞窟内部、前方の闇の奥から重々しい足音が僅かに響いてくる。四人はそれぞれの面持ちで、見えない闇を注視した。
「……さっきとは違う流れで……火のマナを感じます……」
「じゃ、火属性の魔物かしら?」
「……おそらく」
マヤの問い掛けに、アーリィはそう答えて頷いた。彼の赤の瞳は見えない何かを感じとるように細められ、さらに続ける。
「……マスター、気をつけて下さい。……それ以外はどうなってもいいけど」
「ありがと、アーリィ」
アーリィのコメントに、マヤは彼へと笑顔で手をふる。それ以外にひとくくりされた残りの男たちは、
「アーリィちゃんーひでぇー! 俺も応援してよー!!」
「……どうかなったら困るんだがな…」
と、それぞれの反応を返す。しかし一様に皆、確実に迫り来る敵へと警戒は怠らない。
一歩一歩と大きくなる足音は、段々と地響きをも伴いながら近づいて来た。
ローズは素早く近くの壁に掲げてある松明へと火を移し、闇の中視界を確保する。
そして手にした松明を大地へ無造作に放って、背の大剣をゆっくりと構えて先頭に立つ。
マヤも彼と同じように、明かりとしていた剣を武器として構えて、ローズの隣ヘと並んだ。その後ろには普段とは違う、獰猛な笑みを湛えたユーリが二対の短剣を構え立ち、最後一番後ろにはただ鋭い視線だけを闇に向けて立つアーリィと続く。
「視界が悪すぎる…気をつけろよ」
「えぇ…わかってる」
ローズの注意にマヤが頷くと、同時に「そろそろおいでなすったようだぜぇ?」と、ユーリが灰色の目を細めて言った。その瞳はぼんやりと闇を照らす明かりの中、そこに浮かび上がるいびつな塊を捉らえた。
人間の拳大程はある、不吉な赤銅色に鈍く輝く獣の爪が4つ、何かの生き物のソレが並ぶ。
その凶大かつ凶悪な爪は、その爪と同色の鱗が覆う塊と連結していた。小さな岩程の大きさのその塊は爪がある等の形状から、その生き物の右足だとわかった。それが一歩二歩と前進し、その生き物の全貌が徐々に狭い明かりの中に現れていく。
狭い洞窟内いっぱいに存在を主張するような、赤の巨体がそこにはあった。
「ニーズヘッグ……火竜か…」
見た者全てを呪うような、瞳孔の細い爬虫類の黒い瞳。それが壁の松明の光りが照らすぎりぎりの範囲で確認出来る。それは無機質に、しかし確実に獲物を見つけたように四人の姿を捉らえていた。
ニーズヘッグ―――火のマナ"アレス"の恩恵を最大に受けるドラゴン系の魔物。
魔物の中でもドラゴン系はその大きさ、ブレスや爪による攻撃力、硬質な鱗による防御力などは、一般の魔物の戦闘能力の遥かに上をいく厄介な部類の魔物だ。




