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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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真実の導き手 4

「ヴァイゼスがアーリィちゃんを狙ってるってわかってて、それでヴァイゼスのお前にこの子を預けるなんて出来るかよ」


「……」


「それに、ヴァイゼスは信用ならねぇ」


 無感情に言い放ったユーリの一言に、エレスティンは一瞬肩を震わせる。

 そして彼女は淋しげに目を伏せ、「そうね」と小さく肯定の言葉を漏らした。彼女の呟きを耳にし、思わずユーリも苦い表情で沈黙する。彼の発した拒絶の一言は今の彼女と、そして過去の彼自身を否定する一言。

 過去のヴァイゼスを知る彼と彼女は、今の言葉の意味を正しく理解する。そして正しく理解したからこそ、二人はそれぞれ苦渋の反応を漏らしたのだった。


「……あなたがヴァイゼスを警戒……いえ、憎む理由は理解してるつもり。それに私たちはその子を狙ってる、だから素直に私へとその子を預けられないという気持ちはわかるわ。でも……」


 エレスティンは一旦言葉を止め、ゆっくりと視線を持ち上げる。

 真摯な深緑の眼差しを受け、ユーリは一瞬たじろぎをみせた。


「ねぇユーリ、あなたはその子を死なせたいの?」


「っ……」


「死なせたくないでしょ? だったら私に任せてちょうだい。……なんなら私の全てを賭けてあなたに誓うわ。『その子に対して手荒な事や不審な行動は一切行わない』って」


 エレスティンは決然とした態度で、今だ強く警戒するユーリへとそう告げる。

 ユーリはどうすべきか一瞬迷うような表情を見せ、小さな声で「なんで……」と問い掛けた。すると彼女は、態度を変えずにきっぱりとした口調でこう返す。


「冷たいことを言うかもしれないけど、私たちにはその子が必要なの。だから私にしても、死なせるわけにはいかない」


「……ハッ、やっぱりそういう理由か」


「……それだけでは無いって言いたいけど、でもあなたは信じてくれないでしょう?」


 皮肉げに口元を歪めるユーリに、エレスティンは淋しげな微笑みを浮かべた。


「それに……私は今回、別の任務を受けてここに来たの。その子を連れてこいなんて命令、今の私は受けていないわ。……私はジューザス様から受けた命令を最優先し、その任務が終わるまでなるべく他のことは行わない主義よ」


「ああ、そういやそうだったな」


 かつてユーリがヴァイゼスに所属していた頃から、エレスティンはジューザスを深く慕っていた。それも尊敬という慕い方ではなくもっと自然なもの、多分異性に惹かれるという感情からの慕う気持ちなのだろう。彼女がジューザスに恋愛感情を抱いているということは、傍から見ているだけだったユーリにも気付かれるほどすごくわかりやすいものだった。


「だから絶対、私はその子をさらうような事はしないわ。……今回は、ね」


「……わかったよ。じゃあ……頼む」


 エレスティンの強い説得に折れたユーリは、深くため息をつきながら小さく頷いた。

 ユーリの返答にエレスティンは「そう」と言って、安心したように微笑む。


「それじゃあちょっとこっちに来て。……ここはその、空気が悪くてあまり長くはいたくないわ。向こうの扉の奥に研究室のような部屋があるから、そこで手当てしましょう。ここにはそのうち警備兵が来るかもしれないし……」


「わかった」


 エレスティンの指示に従い、ユーリは背を向けて歩きだす彼女に大人しくついていく。自分には時間がないことはわかっていたが、しかし彼女の言う通りアーリィの怪我は一刻も早く、しっかりとした手当てを施したほうがいい。

 部屋の隅にあった小さな扉を、エレスティンは迷うそぶりもなく開け、そして先に続く細い通路を彼女は足早に進んでいった。


「……ああ、やっぱりここが博士個人の研究室ね」


 埃にまみれた通路の先を進むと、もう一つ鉄製の小さな扉が現れる。その扉をエレスティンは押し開けると、振り返って「入って」とユーリに声をかけた。


「……ここは?」


 エレスティンに続き室内へと入り、ユーリは短く問い掛ける。

 室内はわりと広い。周囲を見渡すといくつかのランプ照明に照らされて、大きな薬品棚がいくつも並び、正面や奥には用途不明の金属器具や診察台などが見える。


「ここはロウディーの研究施設の一つ。といっても本格的なものはここよりもっと地下にあるらしいから、ここは簡単な実験を行ったり資料や薬品を保管しておく場所かしらね」


 エレスティンの簡潔な説明に対し、ユーリはどこかで聞いたことのある単語を聞き取り反応する。


「ロウディー?」


「あら、知ってるの? ここら辺では有名な、マッドな博士のことなんだけど」


 エレスティンはユーリの言葉に返事をしつつも、診察台を移動させたりタオルを用意したりと手早く準備を始める。


「それじゃ、この台にその子を寝かせてちょうだい。私は包帯とか薬はないか、ちょっと棚見てみるから」


「……ん」


 ユーリはエレスティンの指示に従い、背負っていたアーリィを埃っぽい診察台の上へと寝かせる。

 エレスティンはいくつかの薬品棚の間を何度も忙しなく行き来し、時折棚の扉を開けては中の薬品を確認する様子を見せる。そんな彼女の後ろ姿を見つめたまま、ユーリは「ロウディーってのはどこにいるんだ?」と、何となく問い掛けた。

 するとエレスティンはユーリに背を向けたまま、何気ない口調でこう返事を返す。


「あら、さっき見たはずよ?」


「え?」


「さっきの向こうの部屋にあった死体……あの老人がロウディー博士よ。……私が殺したから」


 相変わらずユーリに背を向けたままで、エレスティンは静かな口調で呟く。ユーリも彼女の答えに別段驚いた様子を見せず、彼は近くの石壁に背を預けながらただ「ふぅん」と頷いた。


「……それが今回お前に与えられた任務か?」


「正確にはちょっと違うわ。詳しくは説明出来ないけどね」


 エレスティンは薬品の瓶をいくつか棚から選び出し、さらに包帯やガーゼを手にして振り返る。

 弱々しい炎の照明下照らされたのは、どこか淋しげなエレスティンの影ある笑顔。


「……」


「じゃあ早く手当てしちゃうわね」


 エレスティンは素早く笑みを消し、そう言って診察台に寝かされたアーリィへと近づいていった。


「……それで、あなたは……いえ、あなたたちは一体なにしてたの?」


「あぁ?」


 ユーリによる応急処置の布を解き、アーリィへの処置をしながらエレスティンはユーリへと問い掛ける。


「私は事情を話したのだから、あなたも話してもらわなきゃ不公平よ」


「んだよそりゃ」


「ふふ、どうせ私が手当てをしてる間は暇でしょ? 話でもしてあげようと思って。……それとも、昔話でもする?」


「チッ……」


 エレスティンが小さく笑うと、ユーリは不機嫌そうに眉根を寄せる。

 しかし確かにこのままずっと沈黙というのも気まずい。だからと言って昔話などしたくは無いユーリは、今までの経緯をエレスティンへと簡単に説明した。




「……そう。あなたたち、ロウディーに捕まった奴隷を解放しようとして……」


 ユーリから事情を聞き終え、エレスティンは理解したように頷く。


「簡単にいやぁそういう事だ。それにまだ完全に逃がしたわけじゃねえ。だから早く出口見つけて、そんであいつらのとこに戻ってやんねぇといけねぇんだよ」


「そういう事だったのね」


 体中傷だらけになり気を失うアーリィの腕に包帯を巻いていく。そうしながらエレスティンは、「ありがとう」と一言呟きを漏らした。彼女のその呟きにユーリは一瞬目を丸くして、困惑したような顔で「あぁ?」と驚きの声を発する。


「奴隷たちのこと。……私も解放してあげなきゃって思ってたから……だから、ありがとう」


「……」


 ユーリに背を向けたまま、エレスティンはもう一度礼を述べる。そして彼女は随分と血で汚れてしまったアーリィの頬に、指先でそっと触れた。

 彼女は泣きそうに揺れる瞳を伏せて、自分の指先に触れる冷たい頬を優しく撫でる。


「……ごめん、なさい」


 彼女のその謝罪の言葉は、一体何に対してのものなのだろう。

 しかし問い掛ける言葉も意味もわからないユーリは、疑問の瞳でエレスティンの後ろ姿を見つめるも、結局彼女の謝罪の意味について聞く事が出来なかった。


「……あー……それでエレ、アーリィちゃんは大丈夫なんだよな?」


 かわりにユーリの口からついて出た質問。ユーリは少し気まずそうに頭を掻きながら、もう一度壁に背を預け直す。エレスティンはすぐに先程と同じ落ち着いた声で、ユーリの問いに「えぇ」と頷いた。


「見た目の出血はひどいけど、でも呼吸も落ち着いてきてるし……大丈夫だと思うわ」


「……そっか。よかった……」


 エレスティンの返答に、ユーリは心から安堵したように息を吐く。するとエレスティンは治療を続けながら、彼の問い掛けに対してさらにこうも付け足した。


「……というか、私さっきあなたに嘘をついたわ」


「は?」


 続くエレスティンの予想外の言葉を耳にして、ユーリは安心していた表情を一変させる。ユーリは思わず、彼女を訝しげな眼差しで凝視した。


「どういう意味だ?」


「この子死ぬかもしれないみたいなこと、さっき私言ったでしょ? ……あれ、嘘よ」


 低く、声のトーンを落としてエレスティンは呟く。眠り続けるアーリィの顔や指先へ丁寧にテープを貼りながら、意味がわからずにただ眉をひそめるユーリに彼女はこう言葉を向けた。


「この子は多分、死なないわ。いえ、正確にはこんなことで死ぬことはない」


「……え?」


 エレスティンは治療の手は止めず、ただ淡々とした口調でユーリへとそう告げる。


「……なに言ってんだ、お前」


「やっぱりあなた、一緒にいるだけでこの子のことは何も知らないのね」

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