真実の導き手 3
そして彼は、ローズにこんなことを告げる。
「お前、次の試合で決勝だぜ?」
「え?」
予想していなかったエッジの一言に、ローズは目を見開きながら「どういうことだ?」と問い掛けた。
するとエッジは軽く頬を掻きながら、ローズにこう説明する。
「準々決勝から試合が一組ずつ行われるようになったから、お前は見てねぇし知らねぇだろうが、お前と準決勝で戦う相手を決める枠で戦ってた奴らが、相討ちで二人共ぶっ倒れたのよ。だからお前の準決勝での対戦相手はいないから、仕方なく準決勝は飛ばして次に決勝ってわけ。お前ラッキーだよな、ホントに」
「……はぁ」
エッジの説明する通り、準々決勝からは闘技フィールドが4つあるにも関わらず、一組ずつ試合をするルールとなっていた。そのためローズは、自分の試合以外は勝敗の行方が全くわからなかった。エッジの言う"相討ち"の試合は、おそらく自分の前に行われた試合の結果だろう。
「で、今から次の試合で残った準決勝試合をやって、そこで勝った奴とお前が決勝で戦うことになる……以上」
エッジはそう一気に説明すると、顔を上げて「で、質問あるか?」と言ってローズを見遣った。
「あ、いや……ええと、ありがとう」
「どーいたしましてぇ」
エッジの説明に、とりあえずローズは礼を述べる。
しかし彼はどうしてこんなにも丁寧に試合状況を教えてくれるのだろうと不思議に思い、ローズは少し眉をひそめた。
「あの、なぜそんなことをわざわざ俺に?」
ローズの正直な問いかけに、エッジは小さく笑みを浮かべる。
「いや、なんとなく。まぁ……あんなにいいパンチ貰ったのは久々だったから、その礼かもな」
「はぁ……」
意味が全くわからないといった表情でポカンと口を開けるローズに、エッジは苦笑いを浮かべながら呆れたような溜息をついた。
「……つまりこのオレに勝ったんだから、お前には意地でも優勝してもらいてぇんだよ!」
エッジはそう言うとローズに近づき、彼の肩をおもいきり叩く。
「いたっ」
「そういうわけで頑張れよ。お前には優勝でもしてもらわなきゃ、一回戦でお前に負けて敗退したオレがただの弱い奴みてぇになっちまうからな」
ローズは肩を摩りながら、そのまま背を向けて立ち去っていくエッジの後ろ姿を見つめた。
見るとエッジは前を向いたまま、こちらへと小さく手を振っている。それに微笑みながら、ローズは「ありがとう」ともう一度礼を述べた。
するとエッジは足を動かしたまま、「そういえば」と言葉を発する。
「ん?」
「今から始まる準決勝、ブローヴィってのとリチェって奴が戦うらしいぜ。二人共どんな奴かはよく見てねぇからわからねぇが、どっちにしても勝ったほうがお前の次の相手だぜ」
「……」
エッジは最後にそれだけ告げると、そのまま足早に立ち去っていく。
ローズはその場にしばらく佇み、最後にエッジが告げた一言に小さく首を傾げた。
「リチェ……どこかで聞いた名前だな」
エッジが消えた廊下の先を見つめたまま、ローズは考え込むように小さく呟いた。
◇◆◇◆◇◆
暗い、光の見えない通路をひた走る。
背中に感じる、冷たい体温。
耳元では今にも消えてしまいそうな、微かな呼吸音。それだけが、彼がまだ生きていると感じられる唯一のもので。
「はぁ、はっ……」
時折呼吸を整える為にユーリは立ち止まり、何度も深呼吸をしては、背中のアーリィはまだ生きているということを確認する。
「ふぅ……」
ほんの数秒だけ休息をとり、ユーリは再び走りだす。
早くこの地下から出る道を探して、レイビィたちを地上へと逃がさなくてはいけない。
うっすらと額に浮かぶ汗に銀髪が絡まり、それを欝陶しく思いながらもかまわず彼は走り続けた。
そうしてユーリは、永遠に続きそうな暗闇の一本道を進み続ける。
通路には簡単な記号と数字が時折壁に刻まれていたりしたが、それが現在地を意味する記号だとしても、この地下通路の全体図を知らないユーリにはあまり意味を成さない。
その為彼はいくつかの数字と記号を目にしながらも、それらを無視してただ先へと続く道をひたすら駆けた。
「……ぁ」
それは、あまりに唐突な出現だった。
小さな燃料ランプの炎が、弱々しく"それ"の存在を照らし出す。
「階段だ……」
迫るような傾斜の階段が、今までずっと平坦だった通路に突如として現れる。
正面に見えた上へと続くその階段を、ユーリはしばらく呆然とした表情で見上げた。
しかしすぐに彼は階段へと向かい、階段を一段一段駆け上がり始める。
下へと向かう階段は途中に何度か見たが、しかし上へと続く階段はこれが初めてだ。ここは地下だし、上へと続くということは当たり前だが、地上へと向かっているということになる。
「はぁ、はぁ……」
もしかしたらこの階段で、地上へと出れるかもしれない……焦る気持ちを抑えるように深く呼吸を繰り返しながら、ユーリはゆっくりと慎重に階段を駆け上がる。壁に設置された燃料ランプの炎が階段の狭い範囲を等間隔で照らすが、それだけしかこの暗闇の階段を照らす照明具が存在しない。その為うっかり足を滑らせたりしないように気をつけながら、ユーリは地上への道を求めて上へ上へと足を進めて行った。
やがて長い階段は終わり、ユーリの前に今度はどこか埃っぽい雰囲気の灰色の扉が出現する。
「……」
揺らめく赤の炎に照らされて、そして現れた不気味な扉。
ユーリは扉の前で一旦足を止め、今だ眠り続ける背中のアーリィを背負い直す。そして灰色の扉を警戒するように、息を殺しながらその扉に耳を当てて中の音を探る。
しかし元々分厚そうな扉だからか、数秒耳を当てて音を探ったユーリだったが、結局なんの物音も聞き取ることは出来なかった。
やがてユーリは物音を聞き取ることを諦めて、扉から耳を離す。代わりに彼は冷たい灰色の扉の表面に右手を当てて、しばし俯き加減になにかを考え込むそぶりをみせた。
だがすぐに彼は顔を上げ、険しい決意の瞳で扉を見つめる。
自分にはあまり時間がない。警戒することも勿論大切だが、しかしそれ以上に先へと早く進まなくていけない。
「……よし」
小さく気合いを呟くと、彼は扉に触れた右手で、その冷たい扉をゆっくりと押し開けていった。
金属が軋むような、耳障りな音が周囲に低く響き渡る。
「誰っ!?」
「!?」
扉を半分も開けないうちに、暗い室内から女の厳しい詰問の声が投げ掛けられる。
驚いたユーリは思わず手を止めるも、しかしアーリィを背負った今の状態では階段を駆け降りて逃げることなんて無理だろう。聞こえてきた声が女だったということもあり、ユーリは思い切って一気に扉を押し開けた。
そして薄闇の中にいた人物の姿を見て、ユーリは驚愕に目を見開く。
「あ……あんたは……」
「……え? うそ……ユー、リ?」
漆黒のドレスを身に纏い、微かに全身の至る所を血と埃で汚しながら立つ美しい女性。
彼女はユーリ同様深緑の瞳を丸くし、唖然とした表情をユーリに向けていた。
「……そうか、あの時見た女の後ろ姿はテメェだったのか、エレ」
「よく意味がわからないのだけれど……とりあえず『お久しぶり』とでも言えばいいかしら?」
二人は顔を合わせた途端、互いを警戒するように睨み合う。
しかしエレスティンはすぐに視線を僅かに下方へと落とし、ユーリに対しての警戒を早々に解いた。
エレスティンは口元に微苦笑を浮かべると、何故か疲れたような深いため息をつく。
「驚かせないでよ、警備兵が来たのかと思ってびっくりしたわ」
彼女のその言葉に反応し、ユーリは彼女の足元へと視線を落とす。
淡い暗闇の室内に一人佇んでいた彼女の足元には、俯せに倒れる二つの死体が転がっていた。
一つは大柄な獣に似た死体。おそらくは魔物の一種だろう。
そしてもう一つは彼女のすぐ側に倒れている、ひどく小柄な人型の死体。薄闇が邪魔をして、それが一体何者なのかユーリの位置からは詳しく確認出来なかったが、しかし頭髪の白さや小柄な体格から老人のように思えた。
おそらくこれらは、彼女が殺したのだろう。しかし今のユーリには特に興味が無い事だったので、それについて彼がこの場で問うことは無かった。
「最後に会ったのは何年前かしら? ……懐かしいわね、本当に」
「ああ。だがあいにく俺は、昔話なんてしてる暇ねぇんだ」
エレスティンが小さく微笑みを向けるが、しかしユーリは反対に冷めた眼差しを彼女に向けて、素っ気ない言葉を返す。
すると彼女は目を意味ありげに細め、「それは奇遇ね。私もなの」と言って、近くに落ちていたヴァイゼスの制服である黒の長外套を拾いあげた。
「どういう意味だ?」
「あなたこそこんな所で一体なにをしているの?」
質問を質問で返し、エレスティンは僅かに眉をひそめてユーリを見据える。
すると彼女は何かに気付いたように「あら?」と声をあげた。
「ちょっと、どうしたの? その、背中の子……血まみれよ?」
「!?」
忘れてた。
エレスティンの心配そうな声に、ユーリはハッとして一歩後ずさった。
そうだ、彼女は"ヴァイゼス"の一員だ。そして彼らは、何故かアーリィを狙っているのだ。
背中に背負った人物がアーリィだとはまだ気付いていないようだが、しかしエレスティンは蒼白な顔色でぐったりとするアーリィを心配したようにどんどんとこちらへ近づいてくる。
「く、来るな!」
「え?」
ユーリは思わず拒絶の声を発する。
それを不思議に思った彼女は一瞬足を止めるも、しかし元々心配性で基本的にお節介な性格の彼女だ。「なに言ってるの? 怪我人なら見せてみなさい!」と、彼女は厳しい声でユーリを睨み付けた。
「ち、ちげぇ……こいつは」
冷や汗を額に浮かべてさらに一歩後ずさるユーリだったが、しかしそれよりも先にエレスティンは彼の肩を掴んで、気を失い続けるアーリィの顔を覗き込んだ。途端に彼女の顔色が変わる。
「え……」
エレスティンは驚愕の瞳で、血の気を失い固く目を閉じるアーリィを凝視する。
彼女は震える唇で「どういうこと?」と呟き、顔を上げた。
「ちょっとユーリ、一体どこでこの子を……!?」
「っ……離せ!」
深緑の瞳が疑問と驚きの入り交じった、複雑な視線をユーリへと向ける。
ユーリは肩を引き、エレスティンを拒むように睨み付けた。
「ユーリ?」
「近づくな。テメェらヴァイゼスがこいつを狙ってんのは知ってんだ」
「なっ……」
「……ちょっと前にレイリスらに会って、レイリスの野郎が言ってたんだよ。テメェらがこの子をさらって、それでなんか企んでるってな……」
ユーリがそう呟くと、エレスティンは目を見開いたまま、「レイリスが?」と少し上擦った声を発する。
「……そう、レイリスに会ったのね。というか、あなたはその……その子と知り合いなの?」
「だったらなんだってんだよ」
ユーリは唸るような低い声で、エレスティンへ吐き捨てるように言葉を返す。
今だに状況が把握しきれないエレスティンは、動揺したように眉根を寄せて「いえ……」と言葉を濁した。
しかしすぐに彼女は真剣な表情へと顔付きを変えて、強く警戒をするユーリに対して諭すような口調でこう語りかけた。
「そんなことよりも、早くその子の手当てをしなくてはいけないわよ」
「んなこたわかってるよ!」
「だったら早く私に見せて。あなた知ってるでしょ? 私は少しだけど医術の心得があるわ。簡単な治療しか出来ないけれど、でもなにもしないよりはいいはずよ」
「だけどテメェには頼らねぇ」
「……私が、"ヴァイゼス"だから?」
僅かに目を細め、エレスティンは静かに問い掛ける。
ユーリは平淡な声で、「そうだ」と即答した。




