真実の導き手 2
「ふふ、そうね……アタシに勝てたら教えてあげてもいいわよん」
「……」
マギの問いに対し、マヤは薄い笑みを浮かべる。
そして彼女は不愉快そうに眉根を寄せるマギに、さらに挑発的な言葉を投げた。
「ま、無理でしょうけど」
「何だと、貴様……!」
マヤの嘲りの言葉に、マギは憤りを隠せない険しい瞳で彼女を睨み付ける。
そうして彼は巨大な鎌を、マヤ目掛けて大きく横薙ぎに振るった。
重さなど無いかのように軽々と扱われる漆黒の鎌の刃は、周囲の長椅子をいくつも巻き込み破砕する。精密な彫り細工が施された長椅子は、長年被っていた埃を撒き散らしながら、瞬時に木屑と化した。
だがマヤは得意の俊敏さと柔軟さで、即座に上体を反らして黒い閃光を上手く避ける。
「チッ、ちょろちょろと動きやがって……」
攻撃を次々避けるマヤの動きに、マギは苛々したように舌打ちを鳴らす。
するとマヤは小さく舌を出し、マギを挑発するように笑った。
「あなた、エディルラードの剣術を知ってるんでしょ? この剣術が教える戦いで最も重要なものは『回避』。この剣術を学ぶ者は重く身体の動きを制限してしまう鎧の類いは身につけず、相手の攻撃の回避をまず第一に考えて動く。そして敵の一瞬の隙をついて、必殺の一撃を放つのがこの剣技」
「……フン、なるほどな」
マヤが言うように確かに彼女の戦い方は、その軽装備などの様子から『回避』に重点を置いて戦っているように感じられる。
実際マヤは、接近戦では力押しや防御などよりも速度ある回避や反応を得意とし、ユーリほどではないにしても彼女は常人よりも秀でた俊敏さを持っている。
そこに持ち合わせた体の柔軟さを合わせ、剣士としてのマヤは細く軽い刺突剣を勇ましく振るう。
「エディルラード流正剣技は、どちらかというと男性よりも女性のほうが向いている剣術なのよね」
女であることを言い訳にはしたくはないが、しかしやはり男性が相手だとどうしても力では負けてしまう。だが純粋な力比べでは敵わなくても、相手の強力な一撃を回避して、そして女性でも簡単に扱えて殺傷力の高い刺突剣を繰り出せば、大概の相手は男でも簡単に勝利することが出来る。
それは全て彼女自身の恵まれた身体能力の高さと、そしてかつてに努力して習得したこの剣術のおかげだ。
マヤはもちろん魔術も使えるのだが、しかし普段は武器である剣のみで戦う。
それは魔法という力が普通ではない現代で、普段はその力を隠すためという理由がある。だが彼女にはそれ以外にも、普段はあえて剣を使う理由があった。
それは、大切な人を忘れないため。
この剣術を自分に教えてくれた人を忘れない為に、彼女は細い体で前線に立ち、勇ましく剣を振り続けていた。
「……なるほど、"避け"か。ならば、避けきれぬほどに全てを斬り刻んでやろう!」
マヤの挑発的な言葉に乗るように、マギは大きく唇を弧に歪めて叫ぶ。
マギは狂気の笑みを浮かべたまま腕を振り上げ、漆黒の残像を残しながら幾度も大鎌を振るった。
やがて黒の斬撃が何十条も荒れ狂い、教会内の長椅子や床を次々と破壊していく。
「くっ……!」
後退しながらマギの猛攻を上手くかわし続けるマヤだが、しかし彼女は先程闘技大会で戦った時、腕や足を何箇所か怪我を負っていた。
そのため簡易的な手当てしかしていなかった怪我の箇所が、マギとの衝突で激しい動きを続けたせいか、今になってまた徐々に痛みだしていた。
とくにさっきの試合でおもいっきり剣を受けた左腕は、巻いた包帯が少しずつ赤い色に染まりだし、無視できない程の痛みをマヤへと訴える。
しかしこのマギという男は、いちいちマヤの怪我のことなど気にかけてはくれないだろう。
だからここで足を止めたら、あの男が振るい続ける大鎌の刃に巻き込まれて、そしてあっさり斬り刻まれてしまう。
そんなのは冗談じゃないと、マヤは体の痛みに小さく唇を噛みながらも足を動かし続けた。
だがついに、触れるもの全てを刻む男の刃の切っ先に、逃げ遅れたマヤの右足が微かに触れる。土煙と木屑を巻き上げて放たれる無数の刃の軌跡に混じり、鮮やかな鮮血な赤が宙に舞い散った。
「あぁっ!」
苦悶の悲鳴を唇から漏らし、後退しながらマギの攻撃を避けるマヤの動きが鈍る。
さらに体勢を崩した彼女へ、マギの放つ無情な刃が殺到。マヤは右手に握った刺突剣を使い、追撃するマギの鎌の刃を受け流しながらさらに逃げる。
「動きが鈍っているぞ。さっきの威勢はどうした?」
「……うるさ……よけーなお世話よ!」
紅色の唇を舌先でそっと舐め、教会内を次々破壊していきながらマギが迫る。
いつの間にか教会の端まで後退させられていたマヤは、もうこの建物の中には逃げ場が無いということを悟る。
彼女は小さく舌打ちすると、背中に当たった出入口である押し扉を後ろ手に押し開けて、教会の外へと飛び出した。
「フン、外に逃げるか。……まあいい、どっちにしろ室内は少し狭くて鎌を存分に振れんからな」
「……あんだけ室内破壊しといて『存分に振れん』ですって? 呆れた」
マヤが外に飛び出ると同時に、マギも押し扉を蹴破りながら彼女を追って教会の外に出る。
外へと出た二人は一旦手を止め、改めて対峙するように睨み合った。
本格的に血が滲み出てきた左腕を心なし庇いながら、マヤは強気な笑みを口元に刻む。
「ねえ、知ってる? 今ちょうど帝都では闘技大会ってのやっているのよ」
マヤの問い掛けに、マギは大鎌を肩にかけながら「ほう」と愉快そうに目を細めた。
「そういえばそうだったな。だが、命を賭けぬ戦いになど俺は興味無い」
「あらあら、随分と血気盛んなのね。それじゃアタシもあなたのお望み通り……命を賭けなきゃいけないかしらっ!?」
「!?」
青々とした草の生える大地を強く蹴りつけ、マヤは跳ぶように駆けて瞬時にマギとの距離を詰める。そしてスカートの下、左ふとももにバンドで固定して隠し持っていた小型のナイフを手に、マギの喉元を刈っ斬ろうと彼女はマギへ襲い掛かった。
しかし怪我をした左手でナイフを握っていたため、不意をついたつもりだったが少々動きが鈍り、反応したマギにあっさりと防御されてしまう。周囲に甲高い接触音が響き、マギの持つ鎌の柄部分に、マヤのナイフの刃は動きを阻まれていた。
「チッ!」
「始めから命を賭ける約束だったろう?」
強襲を阻止されたマヤは悔しそうな顔で、薄笑いを浮かべるマギを睨み付ける。
マギは底冷えする深い青の瞳を細め、躊躇なくマヤの腹部へと蹴りを放った。
「あぐっ……!」
大きく目を見開き、苦悶の声を発しながら後方へと吹っ飛ぶマヤ。
ナイフを手放しながら激しく咳込み、そして彼女は草地の上を転がる。そこへマギの持つ大鎌の刃が、マヤの胴と頭を引き離そうと直線に振り下ろされる。
マヤは咳込みながらさらに横へ転がり、迫る死の刃を避けた。しかし、まだマギの追撃は止まらない。
「くはははははっ! おい女ぁ、逃げてばかりだな! 貴様が逃げ足だけは早いということはいい加減わかったぞ!」
マヤの頭上から迫り落ちる斬撃を、彼女は回転を止めて剣を握った右手を掲げ、刺突剣でそれを迎撃、白銀の刃が旋回して漆黒の刃を鮮やかに弾く。
「だが貴様はそれだけだ! 貴様は俺に一撃を与えることも出来ん! 俺は貴様に隙など与えんからなぁっ!」
歓喜と狂気に満ちた瞳を見開き、マギは高らかに笑い声をあげながら鎌を連続して振るい続ける。
立ち上がったマヤは、漆黒の残像を残しながら空を斬る鎌の刃を、再び刺突剣を駆使して受け流す。
だが今までの戦闘の疲労とダメージが重なり、回避を続けるマヤの足が不意に縺れた。
「あっ!」
体勢を崩し、マヤは後方へと大きく倒れ込む。倒れた直後マヤは「早く立たなきゃ」と頭では思うも、しかし万全では無い体は、咄嗟に受け身をとることだけで反応が精一杯だ。
慌てて立ち上がろうとするマヤだったが、立とうと顔を上げた彼女が次の瞬間見たのは、頭上高くに巨大な鎌を振りかぶって立つマギの姿。
彼は壊れたような笑みを浮かべ、心から愉快そうな表情でマヤへ最後の一撃を与えようと迫る。
「っ……」
「残念だな、女」
マギは短い別れの言葉を告げ、呪われた刃を彼女へ振り下ろした。
◇◆◇◆◇◆
「死ねあぁぁぁあっ!」
男の咆哮に似た雄叫びと共に、彼の持つ大槌がローズを潰そうと振り下ろされる。
「いや、俺が死んだらお前も失格だぞ?」
自分の倍ほどの背丈を持つ半巨人族の青年を前に、自身を押し潰そうと迫る大槌を避けながら、ローズは真面目な表情で冷静に突っ込みを入れた。
しかし彼は突っ込みをしつつも、しっかりと相手の懐へと潜り込む。相手が大柄なことを利用して相手の死角から飛び込み、ローズは青年の鳩尾へと肘での一撃をおもいきり放った。
「ぐあぁっ!」
半巨人族の青年は衝撃に目を見開き、おもわず武器の大槌を手放す。それを大剣で素早く遠方へと弾き飛ばし、そしてとどめと言わんばかりに、ローズは青年の胴へと大剣の柄を使った一撃を叩き込んだ。
右足を一歩前に出して踏み込み、ローズは容赦無く青年の胴へと剣の柄先をめり込ませる。
爆音のような音をたてて、超重量を誇る半巨人族の巨体が後方へと倒れた。
「そこまで! 勝者ローズ・ネリネ!」
「……ふぅ」
大剣の刃先を地に下ろし、ローズは大きく息を吐きながら額の汗を拭う。
初戦から今まで何回か戦ってきたが、意外にもローズはここまで順調に勝ち進んでおり、そして今回も半巨人族という巨漢を相手にしながらも見事彼は勝利を収める。
「それじゃあ勝者は再び控室で待機するように。そこで次の指示を待て」
「ああ、わかりました」
審判の男の言葉にローズは頷き、そのまま彼は大剣を肩に担いで舞台を下りる。
「……さっきのが準々決勝だったから、次が準決勝か。もしそれで勝利出来たら、いよいよ決勝……」
控室に続く長い廊下を一人で歩きながら、ローズは今まで戦った回数を指折り数えながら独り言を呟く。
すると不意に「よお!」という呼び掛ける声が前方から聞こえてきて、ローズは驚いたような表情で足を止めながら顔を上げた。
「あ、ええと……」
ローズの視線の先、そこには第一回戦で戦った褐色肌の大男の姿が。
「ロ、ロッジさん?」
「エッジだよ! ったく、一回手合わせした相手の名前くれぇちゃんと覚えてほしいぜ」
エッジは廊下の壁に背を預けながら、がっかりしたように肩を落とす。
ローズは「いや、すまん」と呟き、苦笑いを浮かべた。
「えっと、それでなんの用だ? あ、怪我は大丈夫か?」
些かズレたローズの問いに、エッジは呆れたように目を細める。
「おかげさまでお前にぶん殴られたとこ、少し休んだら回復したよ」
「そ、それはよかった。体に痕でも残ったら大変だからな」
ローズのその言葉に、エッジは思わず「オレは嫁入り前の女か!」と突っ込む。
しかし直ぐに彼は首を横に振り、「ちげぇ、こんなこと話す為にテメェを待っていたんじゃねぇ」と言って、改めてローズに向き合った。




