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神化論  作者: ユズリ
推定楽園
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真実の導き手 1

 ……ずいぶんと無茶をしたみたいだね。


『……別に』


 そんなに怪我をして、それであんな大きな魔法を使ったんだよ? 強がっても体が弱っていることは確かなんだから、少し休んだほうがいいよ。


『……』


 あまりそういう無茶ばかりすると、彼女が心配するから……それだけは忘れないでね。


『それは忘れない。忘れるわけない』


 ……ふふ、そうだね。あなたが彼女の言葉を忘れるわけないよね。


『……うん』


 それにあなたは私と彼女が守るから、だからあなたは死なない。


『……』


 でも、だからといって無茶をしていいわけではないわ。


『わかってる……わかってる、それくらい! でも……っ!』


 うん、私もわかってるよ。今回は仕方なかったんだよね。あなたはあなたが信じた事の為に、その力を使ったんだものね。


『俺は……よくわからない』


 ……いいんだよ。あなたはまだ、それでいい。わからないままでいいよ。


『……それでいいの?』


 うん。だって、いつかきっとわかる日が来るから。あなたには時間がたっぷりあるから、ゆっくり考えればいい。


『この命は永遠ってわけじゃない』


 あなたは私と彼女が守るって言ったはずだよ。


『……でも、命あるものには必ず、限られた時があるってマスターは言ってた』


 あなたは死なないわ。もしもそんな事があっても、彼女がそれを許さない。彼女の言葉は矛盾しているようにも思えるけど、命に限りあるのは世界の理を正しく行く者だけ。あなたは、そう……違う。


『うん……』


 だからゆっくり考えるといいわ。あなたが真に望むこと、あなたが生きる意味を。


『……どうしてマスターは俺に"生きて"と言うのだろう』


 それは、彼女にはあなたが必要だからだよ。


『なぜ必要なんだ?』


 それは彼女に聞くといいよ。私は、その問いには答えられない。


『……俺は、それをマスターに聞くのが怖い』


 どうして?


『だって……だって、もしかしたら俺はあの人の……』


 ……怖いのならまだ聞かなければいい。何事も、全てあなたの意思で行いなさい。私はあなたの意思には干渉しない。あなたと私はとてもよく似ているけど、でもあなたはあなた。あなたの歩む道は、あなたが全部考えて決めるべき。あなたは、私ではないもの。


『……』


 さあ、とりあえずしばらくは休むといいよ。また直ぐに目覚めなきゃいけなくなるけど……でも、それまではまだ眠って体力回復に努めたほうがいいわ。……疲れてるでしょ?


『言われなくてもそうする……てかもう寝てるし』


 ふふ、そっか、ごめんね。……ところであなたは、自分のことを"俺"と言うんだね。


『え? なぜ?』


 ううん、ただちょっと不思議だったから。


『不思議? ……だって、俺は男だから』


 ……うん、そっか、そうだね。あなたがそうだと思うなら、それがあなたの真実だものね。


『……どういう意味?』


 いいんだよ、あなたの世界はあなたの信じることだけで作られていくんだから。だから、今はまだいいの。それで、そのままでいい。


『お前の言葉は曖昧なことが多くてよくわからない』


 私の言葉は曖昧でいいの。あなたは自分で考えて行動するべきだから。あなたはまだ多くを知らないけど、でもまだ時間はたくさんあるからゆっくり知っていけばいいよ。


『なにそれ。……やっぱりよくわからない』


 ふふ、ごめんね。私、ちょっと口下手だから。


『……てゆーか、そもそもあんた一体誰?』




 ……私は、




 ◆◇◆◇◆◇




 この世界に神は存在すると言い出したのは、一体誰だったのか。

 世界は神によって創られたなどという話は、一体いつ生まれたのだろう。


 人々はいつの間にか"神"という存在を知り、そして信仰するようになった。

 神は全知全能、絶対なる善の存在だと人々は信じ、この世界と世界に生きる我々人類を全ての災厄から守ってくださる至高の存在だと皆口を揃えて言った。


 神は愛で、神は善。神とはすなわち、人類を全肯定する者。


 しかし、神は突然世界を裏切った。

 人類を否定し、そしてリ・ディールの大地を壊そうとしたのだ。


『審判の日』――その日、リ・ディールの世界は一度滅びかけた。


 突如なんの前触れもなく神に裏切られた人々は、その日から神を敬い祈ることを止めた。

 人々が神を深く憎むことはあまりなかったが、その代わりに彼らは神を忘れようとした。

 神という存在は、我々が生んだ都合のいい妄想なのだと、人々はそう思い信じる事を止めたのだ。



 その男は始めから、神などというものは信じていなかった。いや、正確には"あの日"からだ。あの忌むべき悲しみの日から。

 無知で強欲な人間を無償で救ってくれる存在なんているわけがない。男はそう思い、人々が言っていたような偽善の塊の神など絶対に信じなかった。

 そして同時に、神はなんでも救ってくれるなどと言った人間共を、男は始め軽蔑した。


 神は人間など救わない。神は何も救わない。神はいないなどと否定はしないが、それが真実。


 だから男は、神は自分たちの都合のよい妄想が生んだ幻想だと、そう人間共が気付いたことは評価した。むしろ頭の悪い人間共も、それに気付くだけの知恵は持ち合わせていたのかと男は関心したくらいだ。


 だが、神が人々にとって救いを求める信仰対象だったことは事実。そしてそれは今現在でも、それに対する信仰が全くのゼロになったわけではない。


 だから男は神を憎んでいた。

 神という人々の信仰対象を、男は何よりも深く憎み、そして男は同じように"聖女"という存在も憎悪していた。

 それはそれらが、人々が救いを求めて祈る信仰の対象だから。


 一度神に裏切られた人間共は、それでも何かに救いを求めて生きる事しか出来なかった。

 だから今でも人間は懲りずに、"何か"に救いを求めて、そして祈りを捧げる。その"何か"とは時に神であり、そしてあるいは聖女である。

 その事実が、男には許しがたいことだった。


 男は思った。人間は弱く愚かだ。

 だから、いくら何を言っても"何か"に救いを求めることを止めないだろう。それはもう仕方のないことなのだ。

 人間になんて何かを期待するほうが間違っているのだから。


 だから男は代わりに神を、そして聖女を嫌った。

 そんなものがあるから、人間はいつまでも救いを求める事を止めないのだと、男は思ったのだ。そしてそれは、多分事実だ。元を絶たなくては、救いを求める連鎖は止まない。


『人々を無償で救う神』などというのは人々の妄想かもしれないが、しかし『審判の日を起こした神』はいるかもしれない。だから人々は神を完全否定出来ない。

 その為「もしかしたら」と、一部の淡い望みを持った者が神を信じて信仰する。

 聖女もそうだ。いや、聖女は神と違って確実に人々の前へ姿を現していたのだから、神よりもだいぶタチが悪い。

 確かに聖女は生前に不思議な力で、人々を何かしら救ったのかもしれないが、しかしもう彼女は過去の人間だ。

 死者はなにも出来ない。だから、何も救えない。

 そうだ、神も聖女も何一つ救えない。

 救いなど与えないくせに、人間共に崇められるその存在が、男には許せなかった。




 轟音が鳴り響く。同時に、木屑となり石屑と成り果てる廃教会の祭壇周辺。


 教会を破壊しながら振り下ろされた大鎌の一撃を、マヤは後方飛翔で飛びのき回避し、仕掛けてきたマギと僅かに距離をとる。

 だが直ぐに木屑と土煙を纏いながら、大鎌を振り上げたマギが迫り、マヤへ向けて漆黒の刃を振りかざす。即座に剣先を閃かせ、マヤは襲い来る刃を受け流して避けた。


「ほう……ふざけた恰好で剣を握っていると思ったが、しかし意外にまともな剣術を身につけているようだな」


 マヤによって受け流された漆黒の刃が、鋭い音をたてて空を斬り裂く。

 意外にもしっかりした彼女の剣技に少々驚いたマギは、僅かばかり関心したように小さく目を細めた。


「それにその柄の部分の握り方、それと先の剣の構え方……確か、そうだ。それは旧大帝国ディアブロの軍兵士が主に学んで会得したという剣術に似ている」


 マヤの剣の構え方などからマギは、自身の記憶の中から遥か昔に廃れて途絶えた、とある剣術の名を思い出す。それは『審判の日』以前の世界・旧世界時代に、世界のほとんどを支配し牛耳っていた最大帝国ディアブロ、そこの帝国軍隊に所属する精鋭兵士たちが学んで使った帝国式剣闘術・エディルラード流正剣技。


「……だがあの剣術は『審判の日』の大災厄後ディアブロ崩壊と共に徐々に廃れ、今ではそんな剣術があったことさえ知らぬ者が多いはず……」


 マギは訝しげに眉をひそめながらも、下方からの掬い上げる一撃を放ったマヤの剣先を軽く弾き返す。


「あら、あなた見かけによらず博識なのね」


「フン……それよりも女、そんな古い剣技一体どこで覚えたのだ?」


 二人は睨み合いながら言葉を交わし、そして一瞬の隙も与えず各々の武器を繰り出す。互いに自分を狩ろうと迫る刃を回避しては弾き返し、礼拝堂中央の狭い通路上を二人は激しく移動する。

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