幸せの探し方 2
「あ、そういえばあの人たち、そんなことも言ってたっけ」
腕を組み、難しい顔をするローズに対し、マヤは心底どーでもいいといった表情で言った。どうやら忘れていたらしい。
「まあお前のコトだし、そんなことだろうと思ったけど……忘れるなよ」
呆れたように言うユーリに、マヤは「うるさいなぁ」と彼を睨みながら返す。
「魔物だろうがなんだろうが燃やしてやるわよ。ね、アーリィ!」
フフンッと鼻を鳴らしてマヤは、後ろで突っ立っていたアーリィへと振り返った。
するとアーリィは、困ったように呟く。
「ごめんなさい、マスター……俺、燃やせません」
「……えっと、氷漬けでもいいからそんな哀しそうな顔しないで?」
リ・ディールに今だ僅かに存在する四属性のマナのうち、水のマナである"ミスラ"と相性のよいアーリィ。マヤの話だと大体人は一つ、相性のよいマナがあるのだという。それによりかつて魔法を操っていた人は、相性のよいマナを使って魔法を発動させていたらしい。
彼の場合は水のマナと、あとは類似関係にある風のマナ・"フラ"を多少操ることが出来る。
しかし火と土のマナとの相性は悪く、相性の悪いマナの魔法――火と土から発動する魔法は本人が落ち込んでいるように全く使えないのだ。
その逆に、火のマナ・"アレス"と相性のよいマヤは、同じく"アレス"と属性的に類似する土のマナ・"リノク"の二種類のマナを操る。
「いいのよ、アーリィ。あなたホントは回復とかサポートが得意なんだものね」
「嘘っ!?」
マヤの衝撃的な一言に、ユーリが思わず叫んだ。
「あれ、言ってなかったっけぇ? 基本的に回復魔法ってのは簡単な傷を塞ぐ程度なら、スペルで魔力を相手に送って傷口の細胞を活性化させて塞ぐのよ。だからマナはあまり関係ないの。アタシも簡単な回復なら出来るでしょ? けど大きな怪我だったりして魔力を込めるだけじゃ間に合わない時は、癒しを司る水のマナ"ミスラ"のサポートを受けて回復魔法を使用するの。だから水と相性のいいアーリィは相手を凍らせるのも得意だけど、実は回復も得意なのよ」
日々アーリィにズタボロにはされるが、一方でユーリは傷を回復してもらったのは数えるほどしかない。彼は信じられないといった表情で、物凄いショックを受けていた。
「俺、いつも氷漬けにはされてるけど……あんま治療はしてもらってねぇぜ?」
するとユーリの驚愕に震える言葉に、アーリィは無表情にこう答えた。
「……お前相手だと、攻撃魔法の威力が三割増しになるから練習も兼ねてる」
「わーよかったじゃんユーリ! アーリィ、あんたが特別だって言ってるのよ! だからこれからも魔法の練習台になってあげてね~」
マヤは楽しそうに、凶悪度割増な笑みを浮かべてユーリへと言い放った。
そんな三人を、ローズは我関せずといった顔で眺めていた。ちょっと眠くなってきたようで、大きく欠伸をする。そうしていつまでも続きそうなユーリイジメをそろそろ止めるべく、背の大剣を担ぎ直しながら言った。
「……好い加減行くぞ。魔物がたくさん出るって言うんだからな。気合いを入れないと危険かもしれないぞ?」
「あ、うんー。ごめんねローズ、つい面白くてぇ……」
「あまりユーリをいじめてやるな」
「エヘヘ」
小さく舌を出して笑うマヤ。「アーリィちゃん癒してくれぇ~」と呻きながら、アーリィに蹴りを入れられまくるユーリを多少心配しながらも、まぁ大丈夫だろうと思いローズは「じゃ、入るぞ」と言ってマヤたちに背を向けて歩き出した。慌ててマヤ、そしてそれに気付いたユーリとアーリィも後を追う。
"魔物多発注意"の看板と、"立入禁止"の札を躊躇う事なく避けて、四人は薄暗い鉱山内部洞窟の闇へと入って行った。
◆◇◆◇◆◇
何処までも続きそうな闇。そう錯覚させるような暗い長い洞窟の中を、少年は一人歩いていた。
少年は気休め程度にしかならない、しかしランプはあれど光の灯っていない洞窟の内部では唯一の明かりである左手の松明を強く握る。
ユラユラと揺らめく炎の明かりに照らされる少年の顔色は悪く、見えない不安と恐怖に怯えているのがわかる。しかし少年はその怯えを振り払うように一歩一歩と、暗さでさらに歩きにくい砂利道を慎重に進んで行った。
(……絶対に見つけるんだ)
願うことは、唯一つ。
少年は大切な少女と、そして自身の望みを叶えるために唯ひたすらに歩く。
不安と恐怖ばかりを煽る闇の中で、右手の孤剣をまるでお守りのように抱え直した。
◆◇◆◇◆◇
「うっげぇー、暗ぁー」
鉱山内部は閉鎖されてからは人が全く寄り付いていなかった様子で、火の灯ることのなくなったランプや松明を恨めしそうに見ながらユーリが呟く。先の見えない闇が四人の先には延々と続いていた。
「暗いってレベルじゃないわよコレ……前、見えないっつの」
マヤが「仕方ないなぁ」とぼやきながらも、明かりを確保しようと簡単な発火呪文を近くの松明に向けて唱える。
『fiRe.』
すると、松明が一瞬強い輝きに包まれた。
「うおっ!」
「わわわっ!」
物凄い火力で、松明に炎が宿る。簡単かつ初歩的な魔術呪文のハズなのに、その炎の勢いのよさにユーリは疎か、使用者のマヤまでもが驚きの声を上げた。
「わぁー……ホントにこの鉱山、やっぱ普通よりマナが濃いわぁー……上手く調節しないと。いつもの調子で魔法使うとスゴイことになるわ」
火を燈した松明を手に取りながら、感心したようにマヤが説明する。それを聞いたユーリは、げんなりとした様子で呟いた。
「……オイオイ、マナが薄~い現代でアレかよ。千年前ってどんな化け物じみた力だったんだ、魔法って」
「まぁ、今は便利だからいいだろう」
松明をマヤから受け取りながら、のほほんとローズが言う。何処までもマイペースを貫く男だった。
さらにマヤは自分の剣の柄部分、そこにはめ込まれた青紫色の宝珠に白い炎の光を宿して明かりとする。剣を鞘に納めたまま、マヤは魔法の炎を宿したその剣を掲げて視界を確保した。
二つの炎の明かりに照らされて、暗い洞窟内部の様子が肉眼でもわかるようになる。
「足元に気をつけろ、大分足場が悪い」
足元の凹凸の激しい道を松明で照らしながら、先頭を行くローズが注意を促した。
しかし元々身軽なユーリとマヤはとくに苦も無い様子で、そんな足場の悪い砂利道もひょいひょいと進んで行く。唯一アーリィはそんなに身軽な方ではなく、少し砂利に足をとられてふらついたりと危なっかしい足取りで三人へとついていった。
「……ねぇ、ローズ」
「ん?」
鉱山内部を三十メートル程歩いた所で、不意にマヤがローズの名を呼んだ。




