その7:進入、忘却の遺跡
たいまつを持ったハンターが、後ろから洞窟を照らす。
幅四メートルほどの洞窟が、まっすぐ前方へと伸びていた。
洞窟内には大きな黒い影が三つと、たいまつの光を反射する水たまり。時折たいまつの
炎に直接落ちた水滴が、ジュッという音をたてて蒸発していく。
まだ十字路も見えていない地点で、突如レッシュが立ち止まった。そのまま進もうとし
ていたシェラを手で制す。
「どうしたの?」
尋ねるとレッシュは無言で地面を指した。その先には、あばらや腕、頭などの骨が今ま
でよりも明らかに多く転がっている。
「ここでモンスターにでも襲われたのかしら……」
「違うわね。死にたくないなら動かないで」
「でも先に進むにはここを通るしかないんでしょ?」
シェラが尋ねる前に、レッシュは自分の荷物から未使用のたいまつを取り出すと、目の
前に軽く投げた。
たいまつが地面に落ちると同時に床から無数の槍が飛び出し、シェラの鼻先をかすめる。
「うわっ!」
のけぞりしりもちをついたシェラの目の前で、飛び出した槍はゆっくりと地面へと納ま
っていった。背後からハンターの苦笑いが聞こえてくる。
「言ったろ? 死にたくなかったらレッシュのそばから離れるなって」
「そんなこと言ったって、こんなのわかるわけないじゃない!」
プゥーッと頬を膨らませるシェラの横で、かがんだレッシュが地面を念入りにチェック
し始めた。
「よく見ると穴がいくつも開いている。これはここから槍が飛び出すための通り道ってわ
けね」
「じゃあどうやって先に進むのよ?」
当然の疑問を投げかけるシェラを背に、レッシュはさらに調査を進める。
「ところどころに穴が開いてない床がある。ちょうど両足がつけるぐらいのね。目印に白
いチョークで×印がついてるから、きっとわたしたち以前にここを通った人たちがつけた
印だと思うわ」
「すばらしい! レッシュさんは凄腕の盗賊ですね!」
「盗賊って呼ぶな」
褒めたつもりのオシェイマスはレッシュの逆鱗に触れてしまい、いっきにしぼんでしま
っていた。
「じゃあ一人ずつ渡りましょう。間違っても印のついてない地面を踏まないように。串刺
しになって死にたいなら別だけどね」
ハンターからたいまつを受け取ったレッシュは一歩一歩確実に印のついた地面を飛んで
いく。そのまま五メートルほど進んだところで、レッシュは立ち止まった。
「この辺りまでくれば大丈夫みたい。それじゃあどんどん来て」
明かりのついたたいまつを、ちょうどレッシュとシェラの間の辺に投げた。
たいまつはあっという間に槍全身を串刺しにされたが、明かりという役目はきちんと全
うしていた。
「どう? ランタンじゃできない使い方でしょ?」
「ランタンだったら、難なくここら一帯を照らしてるよ」
ハンターは反論しながら、とっとと×印だけを踏んで進んでいく。
「わたしは飛んでいきますので、シェラさんどうぞ」
言うが早いか、オシェイマスは背中の羽をはばたかせた。天井ぎりぎりの高さを歩く程
度のスピードで飛んでいくと、難なくレッシュのそばへと降りたっていた。
「踏み外すなよ、シェラ」
「わ、わかってるわよ!」
最後にシェラが慎重に、×印のついた場所だけを進んでいく。
ハンターはレッシュと変わらない程度のスピードでわたり終えていたが、シェラは一人
だけ五分以上かかってしまっていた。
「ハア、ハア……ちょっと、休ませて」
「だらしないなぁ、シェラ」
新しいたいまつをレッシュに受け取りながら、ハンター。シェラは言い返すこともでき
ない。
「ずっとウエイトレスやってたから体が鈍ってんのかな……」
「どっちかっていうと洞窟特有の重苦しい空気だと思うけど。この雰囲気に慣れるには期
間が必要だから」
「おれなら洞窟探検よりも、ウエイターのほうがずっと疲れそうだ……」
三人の談笑にオシェイマスが微笑みながら、ゆっくりと進んでいく。ほどなくして地図
のとおりに、十字路が姿をあらわしていた。前方への道は今までと同じ程度の広さなのに
対し、左右の道は見るからに細く狭まっている。
「とりあえず十字路に罠はなさそうね。あとはどこから調べるかだけど」
「んじゃ、左手の法則だな」
「意味は?」
「特にない」
納得もしていないが反論もしないといった苦笑を漏らし、レッシュは言われたとおり右
に進んだ。三人もそれに続く。
いままでよりもお互いの身を近づけ、注意しながら細い道を進んでいく。
数メートルほど進むと、こじんまりした空間が姿を現していた。
「どうやら祭壇だったようね」
辺りを一瞥して、レッシュがぼそりとつぶやく。
正面の壁には十字架が、前方に啓示をを送るように掲げられており、腰ぐらいの高さの
汚れたテーブルには、古ぼけた燭台が一本無造作に転がっている。
地面にはテーブルから落ちたと思われるもう一本の燭台があり、シミのようなものがつ
いた壺が、たくさんの破片となって地面へと飛び散っている。
他には数個のシャレコウベが転がっているが、入り口の罠よりは断然少ない。
「なにかを祭ってたのかしら?」
「さあな」
シェラの疑問に空返事を返し、ハンターが後ろから祭壇へと入ってくる。
落ちていた大き目の破片を一つ拾うと、
「なあ、オシェイマス。これなんだと思う?」
ひょいと背後にいたオシェイマスに投げ渡した。
「うわっ、ちょっと!」
慌ててオシェイマスが避けると、地面に落ちた破片は小さく粉々になってしまった。
「い、いきなり変なもの投げないでください!」
「ただの破片だぜ? 当たったってたいした怪我にはなりゃしない」
「そりゃ、そうですけど……」
明らかに顔をしかめているオシェイマスを尻目に、ハンターはさっさと祭壇を出た。
「ここにはなにもないらしい。次にいくぞ」
ずんずんと進んでいくハンターに三人は慌ててついていった。
「左手の法則なら、次は入り口から正面の部屋?」
「一番大きな部屋ってのはなんかありそうだから、次は右だ」
隊列を元に戻し、レッシュが再び罠に注意しながら進んでいく。
右の道もさほどいかないうちに小さな空間があった。ただ左とは違い、ここにはなにも
見当たらない。シャレコウベ一つすら落ちていなかった。
「やっぱり正面が本命ってとこか」
もと来た道を戻り、最後の道を進んでいく。
突き当りにはこれまでと違い、木製の扉が広い部屋の前に立ちふさがっていた。
「相当広い部屋みたいだし、なにがあってもおかしくなさそうね」
扉に耳をつけてレッシュが聞き耳をする。目を閉じて集中していたレッシュは、しばら
くして首を横に振った。
「なんか嫌な感じ。いびきみたいのが聞こえてる」
「ドラゴン……とか言わないよな?」
「うーん、どっちかっていうとジャイアントとかトロールとか、そういった巨人系のモン
スターだと思う。それも三体ぐらい」
オシェイマスとシェラが二人して目を見開く。
「ど、どうして三体とか分かるんですか?」
オシェイマスが質問すると、横でシェラがうんうんと頷く。どうやら同じ質問をしたか
ったらしい。
「いびきの聞こえ方が三通りあるから。起きてるやつもいるかもしれないし、最低でも三
体ってところかしら」
「三体か。まあトロールぐらいなら一人一体でなんとかなるか」
懐から二丁の拳銃を取り出して、扉の脇で身構える。
レッシュもデザートイーグル、シェラもバスタードソードをそれぞれ抜いた。
オシェイマスは構える武器もなく、ただ広がっていく緊張に身をひそめるだけだ。
「いくぞ!」
ハンターが先頭で扉を開けると、四人は一気に中へと飛び込んでいった。