その5:天使オシェイマス
木々の隙間を吹き抜ける風、大きくざわめく草花。
自然の網の目を抜けるように三人は半日ほど歩き続けた。
幸運にもモンスターに襲われたりはしていない。天気がくずれることもなく、途中でとった食
事休憩では、保存食とは思えないニオの料理に舌鼓を打つ。
順調に歩みを進めた三人は、昼過ぎごろには目的地『忘却の遺跡』にたどりついていた。
「遺跡って言っても、なにもないわね」
シェラの率直な感想どおり、辺りには遺跡らしき古びた建物など見当たらない。あるの
は木々に隠された二メートルほどの小さな穴だけだ。
「遺跡って言うより洞窟ね。入り口は王都の人間しか知らない。他の冒険者たちに
は無縁の洞窟よ。中も狭いし」
「狭いの?」
「十字に伸びる道と三つの部屋。それが忘却の遺跡の全貌なの。王都に残された地図を見
れば一目瞭然ね」
レッシュが懐から出した紙に、シェラは軽く目を通す。入り口から入ってすぐに十字路
があり、それぞれの道の先に部屋が一つずつあるだけだ。他にはなにも見当たらない。
「この地図って、間違いないの?」
「昔の王都の関係者が調べたらしいから、間違いはないと思うけど。なんせ五十年以上前
の調査だからね」
「んじゃ、ここで昼食をとってから入るとするか」
ハンターが日に当たる一帯を指差し提案すると、レッシュはナップサックから大きな布
を取り出した。朝食のときも活躍した紅葉模様の敷物だ。
2番と番号の振られた食事の包みを取り出し、ハンターは敷物の中央に広げた。昼食は肉
や野菜などをふんだんに活用したサンドイッチらしい。
ハンターは肉の入ったサンドイッチを避け、野菜の入ったものばかりを食べている。二
人はそれぞれ適当につかんだサンドイッチを食べ、食事も終わろうかという頃――。
ガサッ!
洞窟入り口の脇から草を踏みしめる音と、確かな生き物の気配。
ハンターとレッシュはそれぞれデザートイーグルを抜くと、物音の根源へと向けた。シ
ェラは口にサンドイッチをくわえたまま、剣の柄に手をそえている。
「シェラ、様子見てきてくれ」
「ふぁ、ふぁふぁひ?」
「言ったろ? おれたちは銃が専門だから接近戦には弱いんだ」
くわえていたサンドイッチをほおばり、飲み込んでからシェラは剣を抜いた。
「損な役回りみたいね、わたし」
「仕事だからな」
レッシュにするどいツッコミを入れられ、仏頂面になりつつシェラは進んだ。
ガサッ、ガサガサッ!
物音は止むどころか、ちゃくちゃくと近づいてきている。
三人の間に緊張が走り、レッシュとハンターがデザートイーグルを構えなおした。
「ちょっと、間違ってわたしを撃たないでしょうね?」
剣を草むらに構えたまま、目線だけを背後にシェラ。
「安心しろ。九十九.九パーセント当たらん」
「嘘でも百パーセントって言ってほしかったわ……」
背中で泣いていると、レッシュがさらに追い討ちをかける。
「わたしは九十八パーセントぐらいだ」
「ハンターのほうが射撃うまいんだ――って、そういう問題じゃないでしょ!」
振り向いて文句を言った瞬間、シェラの背後に人影が姿を現していた。
「シェラ! 伏せろ!」
声と同時にシェラは横に飛んでいた。ハンターとレッシュが引き金に手をやる。
と、人影は慌てて両手を挙げた。白いローブを身にまとっていた。短い金髪に聡明さを
うかがわせる顔立ち。
「ま、待ってください! 怪しいものじゃないんです!」
挙げていた両手を今度は前でバタバタと左右に振る。
「お、おまえ、なにもんだ?」
ハンターが銃を構えたまま一歩一歩と両手を出した人物へと近づいていく。レッシュに
いたっては、銃をおろして口をあんぐりと開けていた。
シェラも横で出てきた人物を指差していた。正確には人物の後方をだ。
三人の視線の交わったのは、謎の人物の背中だった。彼は羽毛でできた白い羽を
生やしており、ピクピクと小さく動いているのだ。
「これ、本物か?」
「いたっ、ちょっと、やめてください!」
無造作に羽を引っ張ると、謎の人物は顔をしかめてハンターの手を振り払った。
「本物に決まってるでしょう! 大道芸人じゃあるまいし!」
「あなたが大道芸人じゃないとしたら、いったいなんなのかしら? 出会ったばかりのわ
たしたちが勘違いしても不思議じゃないと思うけど」
ようやく気持ちを落ち着かせたレッシュが、するどいつっこみを入れる。
「そ、それはそうですね、失礼しました。わたくしはオシェイマスというものです」
「ほう、で、ここになんのようだ?」
「説明しますから、拳銃おろしてもらえませんかね? 怪しいものではないんで」
オシェイマスの眉間へと向いていた銃口をそらすと、オシェイマスは胸に手を当て十字を
きった。
「わたくしは遠い天使の国からやってきた、天使なのです」
顔の前で手を組むと、空に向かって頭をあげた。