その3:ウォルガレンの滝の前で
「こんなことだろうとは思ってたけど……」
「嫌なら宿屋に泊まれ。宿賃は貸しにしてやる」
ハンターの家――というか、アパートの一室だ――に案内されたレッシュは、部屋の有
様を目のあたりにして、全身から力が抜けていた。
カーテンが閉まった室内は、裸電球一つの明かりではまかなえないらしく全体的に暗い。
四畳半一部屋のハンターの部屋のうち、三分の一はベッドで埋まっている。残りの三分
の二はというと、脱いだ服や食事の形跡、タバコの吸殻がパンパンに詰まった空き缶など
が散乱しており、足の踏み場もない状態だ。
「こんな生活してたら病気になるわよ」
数々の残骸をできるだけ避けながら、レッシュは奥にあるカーテンを全開にした。
裸電球の明かりを相殺して余りある太陽の光が、室内へと差し込んでくる。
「部屋を片付けるわよ。寝るスペース確保しないとねって、ハンター!」
レッシュが部屋の片づけを提案しているにもかかわらず、ハンターは一人ベッドの上に
転がってしまった。
「任せる」
「自分の部屋でしょ? 整理整頓しようとは思わないわけ?」
「おれは別にこのままでもかまわん。好きにしてくれ」
早くも寝息を立てだすハンターにあきれながら、レッシュは一人黙々と片づけを始めた。
ハンターが次に目を覚ますと、部屋は見違えるほどきれいになっていた。
脱ぎ捨てられた服はすべてたたまれて、部屋の隅へと一まとめにされている。食いカス
やたばこのすいがらなどは、部屋の中央に置かれたゴミ袋へとすべてまとめられているら
しい。
「さすがレッシュ。盗賊のくせに几帳面」
わざと盗賊という言葉を使い、サッと身構えるハンター。
だが、どこからも人の気配は感じられない。もちろん『盗賊って呼ぶな』の声もだ。
「レッシュのやつ、どこいったんだ?」
部屋を出ると、すでにあたりは暗くなっていた。遠くのほうでウォルガレンの滝が、淡
い光を発しているのがわかる。
とりあえずハンターはオートエーガンを尋ねてみようと家を出た。ハンターの住む住宅
街とオートエーガンは滝をはさんで反対側にあり、行くためには必ず滝の前の橋を渡らな
ければならない。
暗いとはいえまだ遅くない時間帯なので、道の人通りも少なくはない。
ハンターが橋を渡ろうとすると行き来する人の中に一人、立ち止まって呆然と滝を眺め
ている人物がいた。近づいていけばそれがレッシュだと分かる。
「なんだ、こんなところにいたのか」
ハンターが声をかけると、レッシュは一瞬だけハンターに視線をやり、すぐに滝へと戻
した。
「せっかくマスカーレイドに来たんだから、この滝を見て帰らないと損じゃない」
「まあ、そうかもな……」
ハンターも改めて近くから滝を見上げた。岩石の中に含まれる光を発する組織が、水の
中から淡い発光を放っている。まるで第二の星空のように大小まばらに光る光景は今も昔
もマスカーレイドの人々の支えだ。
「いままで何度も旅をして、いろんなところに行って、すごい財宝をいくつも発見してき
たけど、この滝に勝るものはなかったわ」
「当たり前さ。でなきゃこの滝のために、こんなに人が集まったりしないさ」
ハンターは滝の前から見渡せる景色を眺める。オートエーガンをはじめ、マスカーレイ
ドに昔から住んでいる人たちは滝が見える位置に家を構えていた。ただ一人、ハンターを
除いて――。
自嘲気味に微笑んだハンターは、そっとレッシュを盗み見た。相も変わらずハンターの
ほうへは向かず、滝の観光にいそしんでいるようだ。
「滝を見るなとは言わんが明日は朝早いんだ。そろそろ帰って寝たらどうだ?」
「わかってる。もともとわたしの任務なんだ。度を越えた夜更かしなんてしない」
「それを聞いて安心した。盗賊が寝ぼけてたら調査なんてできやしな……」
「盗賊って呼ぶな」
すかさず指摘されたハンターは、威圧感よりも安心感がわいてくるのを感じていた。
「ちゃんと聞いてるなら、人の顔を見て話をしろよ」
「それは命令? それとも忠告?」
「好きにとってくれればいい。もう命令なんてできる立場じゃないからな」
後ろ手を振りながら、ハンターは滝の前から立ち去ろうとしていた。後ろからレッシュ
が慌てて声をかける。
「ハンター、一つ聞きたいことがある」
「んっ、なんだ?」
「どうして王都を去った?」
ハンターは顔を一瞬だけこわばらせるも、すぐさまもとの表情へと戻した。
手を腰にやりつつ、軽くにやけながら答える。
「過去は振り返らない主義でね。もう忘れたさ」
「……ハンターは変わったな」
うつむき加減で、レッシュは吐き捨てるようにぼやいた。
「そうか?」
「昔なら、真剣な質問にふざけ半分で答えたりしなかった」
ハンターは小さく鼻を鳴らすと、滝の上方を見上げて言った。
「だとしたら、それもウォルガレンの滝のおかげかもしれないな」
満足げに二、三度うなずいてから、ハンターは自宅へと戻っていく。
レッシュはその姿を、唇をかみながらも優しい視線で見送る。
「滝のおかげか……」
レッシュは空へと向かってデザートイーグルの引き金を引いた。
こだまするはずの銃声は、とめどなく流れる滝の音ときれいに重なり合い、風にさらわ
れ消えていく。
「少なくとも現状に満足してるってわけね」
つぶやきつつ懐にデザートイーグルをしまうと、レッシュはハンターの後を追って帰路
へとついた。