その2:盗賊って呼ぶな
「忘却の遺跡って知ってるわよね」
「ああ、マスカーレイドから半日ぐらいにある遺跡だろ? 中には何にもないから調査が
終わった後ほったらかしにされてるわりに、王都の一部しか知らない辺鄙な場所だ」
「じゃあ、忘却の遺跡の近辺で、最近行方不明者が多発してるっていうのは?」
「さあ、聞いたことないけどな」
少しミルクをコーヒーに足しながら、ハンター。
レッシュは懐から数枚の紙を取り出すと、ハンターの前へとちらつかせる。
「この紙に書いてあるのが、あの近辺で行方不明になったと思われる人物よ。ざっと見て
も百人は超えてる。放っておいたら増える一方よ」
「そりゃ、そうだろうな」
「なんとも思わないわけ?」
「早急に手を打ったほうがいい。それぐらいだ」
コーヒーに口をつけかけ、ハンターはハッと閃いたかのように目を見開いていた。
カップを皿へと戻し、体ごとレッシュのほうへ向ける。
「まさか、おれに手伝えって言うんじゃないだろうな?」
「まさかもなにも、そのつもりだけど」
平然と返答するレッシュへの反論か、ハンターはカウンターをおもいきり叩きつけた。
「あのな、それは王都の仕事なんだろ!?おれはもう……」
言いかけてハンターは周りを見やる。ニオにシェラ、クネスもがみな珍しく声を荒げる
ハンターへと注目していた。レッシュだけは見向きもせず、サンドイッチをほおばっている。
「とにかくだ。引き受ける気はないね。どうしてもって言うなら報酬を準備してもらおう
か。おれは賞金稼ぎなんでね」
まるで確認するかのように、職業の部分を強調させる。
レッシュは懐から札束を取り出すと、ハンターの前へと乱暴に叩きつけた。
「百万バッツあるわ。単なる遺跡の調査にしては破格の金額だと思うけど?」
「おまえ、こんな大金どこで……」
「わたしの全財産よ。行方不明の中に友人がいてね、どうしても解決しないと気がすまな
いんだ」
「だからってなぁ……」
「金額に不満があるの?」
真摯に見つめてくるレッシュに、とうとうハンターが折れた。
「わーったよ。まったく、いつまでたっても強引なところは変わらないな……」
「恩に着るわ。ハンター」
ぺこりと頭を下げるレッシュに、ハンターは鼻をフンと鳴らす。
「んじゃ、出発は明日だ。というわけでシェラ。お前も準備しとけよ」
「はっ? わ、わたしが?」
突然の指名にあたふたしながら、シェラが自分を指差す。
「おれたちは二人とも銃撃が専門なんだ。前衛がいないと戦いづらいだろ?」
ハンターが述べる横で、レッシュが懐から銃を取り出して構えてみせた。ハンターと同
じ型のデザートイーグルだが、グリップにはRの文字が刻まれている。
「でも、わたし仕事があるし。それに……」
チラッとレッシュに目線をやる。レッシュは空になった皿とカップを重ね、ニオへと渡
していた。
「ハンター。違う人を探しましょ。どうもシェラさんはわたしが気に入らないらしい」
「そうなのか?」
ハンターがシェラに尋ねる。シェラが返答する前に、レッシュが答えた。
「盗賊に恨みがあるんだってさ。まっ、わたしは盗賊じゃなくて冒険家だけどね」
「あなた、盗み聞きしてたの!?」
シェラが警戒と嫌悪の表情で身構える。レッシュはさして慌てる様子もなく、淡々と述
べた。
「人聞きの悪いこと言わないで。聞こえただけよ」
「嘘だ! 裏でこっそり話してた声が聞こえるはずないわ!」
「聞こえるのよ。いわゆる職業病でね」
横でハンターがプッと噴き出す。
「凄腕の盗賊だからな。聞き耳なんてお手の物なのさ」
「盗賊って呼ぶな」
ハンターが顔をしかめて立ち上がる。どうやらレッシュがカウンターの下ですねを蹴り
上げたらしい。
「だいたい、盗賊って呼び方がすでにおかしいのよ。わたしたちは民家に入って泥棒をす
るわけじゃない。洞窟の中に入れば聞き耳や鍵開けの技術は当然必要になる。旅をするも
のにとってはあって当たり前の技術だ……そう言ってたのは誰でしたっけね」
「さあな、もう忘れたよ」
クククと歯の隙間から、笑いをこぼすハンターをにらみつける。
「とにかく、盗賊って呼ばれ方をするから変な嫌悪感を抱かれるんだ」
「でも盗賊ギルドには所属してるんでしょ?」
ニオの問いに、レッシュはデザートイーグルを懐に戻しながら答える。
「そりゃあね、ギルドに加盟せずに鍵開けなんてしたら、一生追われちゃうし。だから盗
賊ギルドも名前を変えればいいのよ。冒険家ギルドとかさ。そう思うでしょ?」
ハンターに同意を求めるも、軽く相槌を打っただけだ。
「なるほどね。大体わかりました。シェラ、一緒に行ってあげなよ」
「ニオ!?」
「仕事は一日や二日ぐらいなら、わたし一人でも大丈夫だからさ。シェラが手伝ってくれ
る前はずっと一人でやってたんだし。いざとなったら飲んだくれの母さんもいるし」
キッチンからやたら大きなくしゃみが聞こえてくる。ニオは苦笑しながら話を続けた。
「盗賊に対する偏見や誤解を解くいいチャンスじゃない」
「盗賊って呼ぶな」
「あ、ごめんなさい!」
すかさずレッシュから指摘を受け、あわててニオは頭を下げる。
「と、とにかく、いつも休憩時間に柔軟体操とかしてさ。体なまってるんじゃないの?」
「そりゃあ……」
「剣の腕も鈍らせたくないし、機会があれば傭兵業にも戻りたいんでしょ?」
「まあ、ね」
頭をかきながらバツが悪そうに、シェラがそっぽを向く。
気にせずニオは手を打つと、一人で盛り上がっていた。
「んじゃ決まり! 明日までにシェラより腕のいい傭兵なんてみつかるわけないんだから。
人助けだと思ってさ、行ってあげなよ」
「ニオがそう言うなら……行ってもいいよ。ただし、まだアンタを信用したわけじゃない
からね」
レッシュに鋭い視線を送りながら、ビシッと指差す。だが、レッシュは大して気にした
ようすもなく、
「別に信用してくれなくてもいいわ。あなたは腕が立ちそうだし、お願いします」
ハンターの時と同じように、頭を深々と下げた。口論は必至と身構えていたシェラも慌
ててお辞儀を返す。
「じゃあこれで決定だな。出発は明日の早朝。ニオ、悪いけど保存の利く食料を二日分ぐ
らい用意しといてくれないか? 日の出ぐらいまでに」
「オッケー。毎度ありがとうございます!」
ニオの営業スマイルが炸裂する。苦笑いしながらハンターが、ふと気づいた。
「レッシュは今日どこで泊まるんだ? まさか、俺の家とか言わないよな」
「そのつもりだけど……ダメかしら?」
さも当たり前のように答えたレッシュに、慌ててハンターが拒否した。
「ダメだダメだ! お前も王都お抱えのとう……冒険家なら経費ってもんがあるだろ!
それで宿屋にでも泊まれ!」
「経費なんてすずめの涙よ。安く上がればそれに越したことはないしね」
口論でたやすく説得できる相手ではないと悟っているのか、ハンターはそれ以上反論し
なかった。
「まったく……百万なんて報酬用意するぐらいなら、宿賃ぐらい用意しとけっての」
うなだれたままコーヒー代をカウンターに置き、とぼとぼとハンターは出口へと向かっ
ていく。
「じゃあ、これがわたしのコーヒーとサンドイッチ代ね。領収書もらえるかしら?」
「領収書? ああ、必要経費の計算に必要なのね」
「いや、家計簿つけるのに」
「家計簿!?」
一瞬目を見開いたニオに、すかさずレッシュが反応する。
「おかしい?」
レジの下から領収書の束を取り出し、日付と金額を入れてから判を押す。
それを渡しながらニオがぼそりと呟く。
「盗賊って、もっと大雑把な人だと思ってたから……」
「盗賊って呼ぶな」
再び指摘されてしまい、ニオは慌てふためいた。
「ご、ごめんなさい! 悪気はないんだけど……」
顔をくしゃくしゃにしながら何度も頭を下げるニオに、レッシュは軽く微笑みながら、
「サンドイッチ美味しかったから許してあげる。今度から気をつけてね」
ポンとニオの頭をたたく。ニオの表情は満面の笑みへと即座に変わっていた。
「はい! またのご来店、お待ちしてます!」
最後に大きく礼をするニオを背に、ハンターとレッシュはオートエーガンを後にした。