その10:ハンターの推理
「おおっ、さすがはシェラ」
「腕が立つとは感じていたけど、まさかこれほどとは……」
肩で息をしているシェラの後ろからハンターとレッシュが歩み寄ってきていた。
「ちょっ、終わってたんなら手伝ってくれても!」
「いやいや、おれたちも今終わったんだって。なぁ?」
「ええ。やっかいな敵だったけど、これで安心ね。じゃあわたしは出口を探すから」
言いながらナップサックからタオルを取り出すと、シェラに向かって軽く放り投げる。
「とりあえず拭いたほうがいいわ。匂いは家に帰ってお風呂にでも入ってね」
「あ、ありがと……」
返事の変わりにレッシュは微笑むと、サイクロプスの影へと消えていった。
「こいつらが行方不明者の原因だったのかな?」
体にこびりついた血液をタオルで拭きながら、シェラがハンターに尋ねる。
ハンターはあごに手をやりながら小さく首を振った。
「直接的にはこいつらだろうが、間接的には違うな」
「それって……」
シェラが聞き返そうとしたとき、空中から一つの人影が舞い降りてきた。オシェイマス
である。
「みなさん素晴らしい強さですね! サイクロプス三体を相手に怪我一つないなんて!」
「へへへ、まかせてよ」
得意げにVサインを送るシェラだったが、オシェイマスは顔をしかめていた。
「なんかすごい匂いですね……」
「サイクロプスの血がいっぱいついちゃったから。早くお風呂に入りたいわ」
「だったら匂いだけでも消してあげますよ。そういう魔法がありますから」
「本当に!?じゃあお願いね!」
ペコリと頭を下げるシェラの傍で、オシェイマスが口早に魔法を唱えだす。
「おいっ、ちょっと待て!」
ハンターが止めるまもなく、オシェイマスの詠唱は終了していた。
ふんわりとした空気につつまれて、シェラは心地よさげだ。
「うわぁ、石鹸のいいにおい。あれ? なんだか眠くなって……」
そのまま地面に倒れそうになったシェラを、オシェイマスが受け止める。
「動くな! シェラに触るんじゃない!」
懐からデザートイーグルを取り出し、オシェイマスへと向ける。
「フ、フフ、動くなですと? それはこっちのセリフです」
明らかに今までの猫なで声とは違う、威厳のある声。オシェイマスの手は、気を失っている
シェラの首元へと当てられている。
「この小娘の首を掻っ切られたくなければ、動かないでくださいね」
「ようやく本性を現したか、ユーワーキー。天使の姿をした悪魔め」
ユーワーキーと呼ばれたオシェイマスは一瞬だけ動揺し目を見開いていたが、すぐに不
気味な笑みを漏らすようになっていた。
「どこで気づいていたのか、教えてほしいものです。今後の参考にしますので」
「最初から予感があった。この洞窟に入ってからは、確信に変わったがね」
「………」
ハンターとオシェイマスはお互いにらみ合ったまま、一歩もひるんでいない。
「まずこんな辺鄙な洞窟のそばで、行方不明者が多発すること自体おかしかった。モンス
ターの多発地域でもなし、この洞窟は存在すら朧。つまり、近辺に冒険者を死へと扇動す
る輩がいたはずだ。ユニコーンの話もその一環だな。正義感の強い連中は仲間を助けよう
とするアンタの手助けのため、あくどい連中はユニコーンの角を横取りするため、あんた
と一緒に洞窟内へと入っていくわけだ」
「ククク、いい読みです。サイクロプスの餌になった連中とは違うようですね」
オシェイマスは楽しそうに、ハンターの話に聞き入っていた。ハンターは続ける。
「次に祭壇でみつかった壷の破片だ。破片を一つ見ただけだとわかりにくいが、シミにみ
えたのは悪魔封じの魔方陣だろう? おそらくアンタはあの壷に封印されていたはずだ。
たまたまこの洞窟を見つけてしまっただれかが、気がつかずに封印を解いちまったんだろ
う。だからお前は小さな破片でも、自分の体に触れるのを嫌がったんだ」
オシェイマスはなにも言わず、口元をさらにゆるませる。
「最後にここにいたサイクロプスだ。どう考えても入り口から入ることはできん。それに
本来なら巨人族は単体で行動することが多い。こんな洞窟の奥で三体ものサイクロプスが、
おとなしくしているはずがない。アンタは魔法でサイクロプスを生け捕り、小さくしてこ
こへと連れてきた。そして人間を攻撃するよう操っていたんだ。もっとも、サイクロプス
にとって唯一の食料元が足を踏み入れる人間なのだから、自分を襲わないようにする操り
方だったかもしれんがな」
ハンターの持論がすべて終わると、オシェイマスは無邪気に拍手を繰り返した。
「すばらしい、すばらしいですよハンター君。きみの予想は百パーセント的中です!」
と、慌ててわれに返り、オシェイマスはシェラの首元へと手を戻す。
「おっとと、危うく撃たれてしまうところでした。千載一遇のチャンスを逃すとは、ハン
ター君らしくありませんでしたね」
クククと怪しく笑うオシェイマスに銃口を向けたまま、ハンターはつばを吐き捨てた。
「胸糞悪いぜ、ユーワーキー。サイクロプスにやられてのた打ち回る人間の姿が、そんな
に楽しいか?」
「ええ、楽しいですとも。本来ならやられてわたしに助けを請う連中を、あざ笑いながら
見下ろすはずだったのですが。まさかサイクロプス三体がやられるとは……今度はもっと
強いモンスターを連れてこなくてはいけませんね」
「今度があると思ってるのか?」
「ありますとも、ハンター君はこの小娘を見殺しにしてまで撃つことはできない。もちろ
んわたしは銃撃などで簡単には死にません。銀の弾でもない限りね」
「この拳銃の弾が銀の弾でないとどうして分かる?」
「銀の弾であれば、もう撃っているはずですからね。といっても痛いのに変わりはありま
せんから、そろそろ捨ててくれませんかね?」
シェラの首元に、鋭く伸びきったつめを押し込む。小さく傷のついたシェラの首から、
赤い血がわずかに流れはじめた。
「わかったよ。おれの負けだ」
ハンターは持っていた拳銃を、おもいっきり後方へと投げた。遠くのほうで地面に落ち
た拳銃の、ガシャンという音が響き渡る。
オシェイマスはシェラを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「ではさっそく、ハンター君から死んでもらいましょうか。もちろんこの小娘は助けて差
し上げますよ」
「嘘はいいから、早く殺してくれ。もう覚悟はできてんだ」
「賢い判断です。では……」
大きく振りかざした右手が、無常にもハンターの心臓へと狙いを定められていた。