その1:冒険家レッシュ
まだ客足もそろわない、早朝のオートエーガン。
店内にはいつもどおり、クネスがコーヒー一杯でねばっていた。
それだけならいつもの情景だが、今日は一つ異なる点がある。
切れ長の目にすきとおった鼻、レザーアーマーの上から黒いジージャンを着込み、同じ
色でジーンズもそろえた若い女性の存在だ。
真っ赤に染まった髪をポニーテールにした彼女が無愛想に注文してから、早二時間が経
過しているが、黙々と本を読みながら、時折注文したコーヒーとサンドイッチを食す。
まるでだれかを待っているかのように――。
「ニオ」
裏からシェラに手招きされたニオは、洗い物を中途半端のままキッチンへと入っていく。
「どうしたの?」
「彼女、なんだか怪しいわ」
「怪しいって?」
黙々と読書を続ける女性が怪しいなど、ニオには想像外の忠告だった。
だが、シェラの顔は真剣極まりない。
「きっと腕のいい盗賊よ。遺跡や洞窟の中の宝を掘り起こして、売りさばくような……」
「あら、埋もれた宝を世に戻してるんだから、悪い仕事じゃないと思うけど」
タオルで濡れた手を拭きながら、ニオは笑顔で答える。
「何かをたくらんでるに違いないよ。ああいう奴はひと癖もふた癖もあるようなやつらば
かりなんだ」
「シェラらしくない言い方ね。なにか盗賊に恨みでもあるの?」
純粋なニオの質問に、思わずシェラは目をそらす。
「昔の話よ。思い出したくもないわ」
「昔の話なら今は気にしないの! 食い逃げしたわけじゃあるまいし、相手を不快にさせ
ることいわないの。客商売なんだからね!」
ニオから逆に一喝されて、シェラはあからさまに眉を吊り上げた。
次の瞬間、入り口に備え付けられたベルの音が鳴り響く。お客さんが来たしらせだ。
「さっ、余計なこと考えないの。明日にも他の土地に行っちゃうだろうしね」
キッチンからニオが満面の笑みで出て行くと、来店者の正体はハンターだった。いつも
の迷彩服だが、ポケットに手を入れたままうつむいていて元気がない。
「いらっしゃいハンターさん。今日もAランチの肉抜きでいいのね」
「ああ……」
ハンターの返事にも力がなく、ニオは少し拍子抜けしていた。
ハンターはカウンターに座ると大きく、そしてゆっくりと息を吐いた。
「どうかしたの?」
「なんだか嫌な予感がする」
もう一度ため息。顔の前で組んだ両手は、額を支える支柱と化した。
「嫌な予感って?」
「昔からあるんだよ。虫の知らせっていうか、ろくでもないことが起こる前に発生する胸
の中のわだかまりみたいな……」
「よくわからないけど……」
「背後から忍び寄られて、ギッと首を絞められるような目にあったりしそうなんだよ」
「予感の割にはやけに具体的ね」
苦笑するニオにも顔を伏せたハンターにもわからないうちに、予感の時は刻一刻とせま
っていた。
「それって、こんな感じかしら?」
ハンターの背後から聞こえた冷ややかな声に、ニオが意識を向ける。
先ほどまで離れたテーブルに座っていたはずの女性が、いつの間にかハンターの首を絞めていたのだ。
紫色のマニキュアに白く透き通った両手――まるで死神のようだ。
「うわあっ!」
唐突にそばまで近寄られていたのと、突如殺人現場に変わった自分の店にニオが後退る。
声に反応して出てきたシェラは店内のありさまに慌ててキッチンへと戻ると、包丁を持
って駆けつけてきた。
「ハンターから手を離せ、この薄汚い盗賊め!」
包丁を構えてじりじりとにじり寄るシェラ。
「盗賊って呼ぶな」
声――というよりも言葉に反応して、一滴の汗がハンターの頬をすべり落ちた。
「ちょっとしたジョークよ。力も入れてないし」
パッと手を離し、無抵抗の証に両手を挙げる。
刹那――。
「わりい、Aランチ肉抜きキャンセル!」
「ええっ!?」
ニオが反論するよりも早くハンターは脱兎のごとく逃げ出そうとした。だが――。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
椅子から素早く立ち上がったハンターに慌てもせず、女性は迷彩服の襟首をつかんでい
た。ジタバタ暴れるハンターを元の席へと叩きつける。
「くそっ、嫌な予感はこれか。やっぱり家でおとなしくしとくんだった……」
観念したのか、ハンターはカウンターに突っ伏したまま、大人しくなってしまった。
「ハンターさん、この女性知り合いなの?」
事態を把握できないまま、ニオがハンターへと質問する。
ハンターは顔をそのままで、指だけを女性に向けた。
「ああ、レッシュ=セルフィッシュって言ってな。王都お抱えの敏腕盗賊だ」
「盗賊って呼ぶな」
背後からハンターの後頭部に向けて、レッシュのエルボーがヒットする。
ぐえっといううめき声が、辺りに響き渡った。
「ニオでいいのかしら? 初めまして。冒険家のレッシュよ」
差し出してきた右手を、ニオが握り返す。
ニコッと微笑んでいるレッシュではあるが、手からは力強いオーラがあふれていた。
「ハンター、いまだに肉抜き注文してるわけ? ちゃんと食べないと体に悪いわよ」
再びハンターの後頭部にエルボーをかますと、今度はうめき声ではなく反論が聞こえて
きた。
「ちゃんと食べてるさ。家ではな」
「それは保存用の乾燥肉でしょ」
「長い生活で培われたんでね。乾いてないと肉って気がしないんだよ」
ようやく顔を上げたハンターは、Aランチ肉抜きの代わりにコーヒーを注文した。
レッシュはテーブルの上から自分のコーヒーとサンドイッチを、ハンターの隣へと運ぶ。
「で、なんの用なんだ。あんまり聞きたくないが……」
頭に手をやりながら、入れたてのコーヒーに口をつける。
レッシュは一度咳払いをしてから、ゆっくりと話し出した。




