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『殿下、浮気の告白を拡声魔導具でなさるのですか?』

掲載日:2026/09/26

殿下、浮気の告白を拡声魔導具でなさるのですか?


学園の卒業記念パーティーのため、大広間の天井には春の星座を描いた布が張られていた。シャンデリアの光を受けて星の銀糸がきらめき、磨き上げた床には卒業生たちの靴が映っている。窓際の卓には料理長が焼いた小さな肉の包み焼きが並び、切り分けられるたびに茸の香りが立ち上った。

公爵令嬢セシリアは包み焼きを一つ皿に取り、友人のルイーズの隣へ戻った。午前中に卒業証書を受け取り、午後には三年間でいちばん難しかった試験の話をした。今夜は王妃教育の予定もないので、料理を食べたら庭へ出て、馬車を呼ぶ時間まで話すつもりだった。

楽団の演奏が止まった。第一王子エドワードが広間の中央へ進み、学園長の祝辞に使われた拡声魔導具を手に取る。隣には男爵令嬢マリアが寄り添い、王子の空いている手には、何度も折り直したらしい紙が握られていた。

「セシリア。君との婚約を、今この場で破棄する」

セシリアは包み焼きを切ろうとしていたナイフを皿へ戻した。まだ温かい皮の底へ肉汁が染み、縁が少しずつ柔らかくなる。ルイーズが隣で息をのんだが、セシリアは皿を持ったまま王子を見た。

「理由を伺えますか」

「君には心がない。私がマリアと過ごすたびに、学園での振る舞いを改めろと言ったな。彼女は私を理解し、苦しいときに支えてくれた。私はもう、愛のない婚約に縛られない」

拡声魔導具が王子の声を窓際まで運んだ。給仕が盆を持つ手を止め、卒業証書を見せ合っていた生徒たちも振り向く。王子は集まった視線にうなずき、握っていた紙を広げた。

「昨年の秋から、私の心はマリアと共にあった。彼女を友人だと言ってきたのは、セシリアを傷つけまいとする私の配慮だ。だが今夜、三百人の前で真実を告げる。私たちは愛し合っている!」

広間の後方で、誰かがワインをむせた。昨年の秋には、両家が改めて婚約書へ署名している。セシリアは皿をルイーズへ預け、王子の手元で青く光る魔導具を見た。

「殿下。一つ、確認してもよろしいですか」

「何だ。泣いて引き留めても、私の決意は変わらないぞ」

王子は魔導具を持ったまま、セシリアの方へ歩いてきた。マリアも腕を離さずについてくる。王子は広間の中央で足を止め、セシリアへ話すよう顎を上げた。

「昨年の秋から、マリア様とお付き合いを?」

「何度言わせる。そうだ」

「その間、わたくしとの婚約は続いていましたね」

王子は答える前にマリアを見た。彼女は腕を抱く手に力を込め、うなずいてみせる。王子は再び魔導具を口元へ寄せた。

「続いていた。だが形だけの婚約だ。私とマリアの愛まで偽りにはならない」

セシリアは王子の前へ一歩進んだ。魔導具の上部では、使用中を示す青い灯りがついている。王子は彼女が何を言うのか聞かせようとしたのか、魔導具を少し下げて差し出した。

「殿下、浮気の告白を拡声魔導具でなさるのですか?」

セシリアの声が広間の隅まで届いた。扉のそばにいた給仕も、窓際で話していた卒業生も、そろって王子を見る。王子は初めて手元の道具を見下ろした。

誰かが短く吹き出した。扇の陰へ顔を隠す令嬢が増え、マリアは王子の腕から手を離す。彼女の後ろに立っていた男爵も、娘から二歩ほど距離を取った。

「浮気ではない! 真実の愛だ!」

王子は反射的に魔導具を口元へ戻した。先ほどより声が大きく響き、遠くでまた誰かがむせる。セシリアはその音が収まるのを待った。

「呼び方は殿下にお任せします。昨年の秋から婚約が続いていたことも、マリア様とお付き合いをしていたことも、皆様がお聞きになりました」

「だから何だ。私は君への義務より、愛を選んだのだ」

王子はなおも魔導具を握りしめていた。青い灯りは消えていない。学園長が壁際でこちらを見ていたが、セシリアは王子が言い終わるまで待った。

「王子である私が、好きな相手と結ばれて何が悪い。マリアを妃に迎え、君にも相応の縁談を用意してやる。それで不満はあるまい」

広間から笑い声が消えた。昨年の秋、王子は両家の前で「セシリアの支えなくして、私は王太子の務めを果たせない」と話している。その同じ相手へ、今日は代わりの縁談を用意すると言った。

「縁談について、殿下がご心配くださる必要はございません」

「強がりか」

「婚約の解消は、両家で協議しましょう。今夜の殿下のお言葉は、必要な方にも届いたと思います」

セシリアが視線を向けた先では、王宮の儀典官が卓の上の紙に何かを書きつけていた。卒業式へ列席した国王の代理として、王子の祝辞を見届ける役目の人だ。彼は書き終えた紙を折り、従者へ渡した。

王子もようやく儀典官に気づいた。手元の魔導具を見て青い灯りを親指で押したが、灯りは消えない。学園長が歩み寄り、脇の留め具を外した。

「お話は、ここまでにしていただきましょう」

学園長の声だけが、魔導具を通さず広間に響いた。王子は紙を握ったまま立ち尽くしている。マリアは彼から少し離れたところで、父親を探すように辺りを見回した。

セシリアはルイーズのところへ戻った。預けた皿の包み焼きは、すっかり湯気を失っている。ルイーズは申し訳なさそうに皿を差し出したが、セシリアは首を横に振って給仕を呼んだ。

「まだ焼きたてはありますか」

「ございます。厨房からお持ちします」

給仕が下がると、ルイーズはようやく息を吐いた。朝から結い上げていた髪が少し崩れ、額に細い毛束が落ちている。彼女はそれを直そうともせず、広間の中央を見た。

「私、途中から息を止めてた」

「わたくしも、少し」

「いつから?」

「『縁談を用意してやる』とおっしゃったところです」

ルイーズが口元を押さえて笑った。セシリアも持っていた扇を開く。やがて給仕が新しい包み焼きを二つ、温めた皿に載せて運んできた。

ナイフを入れると、薄い皮がぱりっと割れた。中から茸と肉の香りが立ち、熱い汁が白い皿へこぼれる。セシリアは一口分を切り、息を吹いてから食べた。

「おいしい。ルイーズも、冷める前に」

「ええ。今夜のこと、帰りの馬車でも話していい?」

「料理のことなら」

「殿下のことも、少しだけ」

「少しだけですよ」

ルイーズが笑いながら自分の包み焼きを切った。楽団の演奏が戻り、皿と食器が触れ合う音も少しずつ増えていく。卒業生たちは席へ戻り、途中で止まった話の続きを始めた。

翌朝、王宮と公爵家で婚約の解消について協議が開かれた。王子は初め、「言葉を誤解された」と主張した。だが儀典官は、昨夜書き取った発言を最初から読み上げた。

「『昨年の秋から、私の心はマリアと共にあった』。『彼女を友人だと言ってきた』。こちらで相違ございませんか」

王子は最後まで聞いてから、隣に座る父王を見た。父王は発言録へ目を落とし、答えを促すだけだった。マリアの父親も席にいたが、娘に代わって話そうとはしない。

「……私が言った」

婚約の解消は、双方の家が正式な書面を交わして決まった。王子の今後の立場については、王家が別に判断することになった。セシリアは必要な確認を終えると、帰りにルイーズの家へ立ち寄った。

昨夜、卒業証書を入れた筒をルイーズの馬車に置き忘れていたのだ。ルイーズは筒と一緒に、厨房で分けてもらったという焼き菓子を渡してくれた。昨夜の帰り道でも話し足りず、二人は来週また会う約束をした。

「ところでセシリア、あの返しはいつ考えたの?」

「考えていませんでした」

「そうなの?」

「だって、あんなに大きな声でお話しになるとは思いませんもの」

ルイーズは声を上げて笑った。セシリアは証書の筒と焼き菓子を抱え、迎えの馬車へ向かう。帰ったらお茶を淹れて菓子を食べようと考えながら、昨夜の友人との約束を手帳に書き込んだ。



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