⑧心の奥底に沈む影
アパートに帰宅したシャルロッテを、ベルンの優しい笑顔が迎えた。
「おかえり、シャル。今日のテストはどうだった?」
「もちろん、満点だよ! ベルンと朝ごはん食べたからね」
彼女は、笑顔でベルンに抱きついた。ベルンの温かい腕の中で、彼女は一瞬、すべての不安を忘れることができた。
「ベルン…大好きだよ」
「僕もだよ、シャル」
二人は、他愛もない会話を交わし、夕食の準備をした。ベルンが人間であるため、彼の作る料理は魔法を使わない。しかし、彼の料理には、魔法にも負けない温かさがあった。
しかし、シャルロッテの心は、どこか満たされない思いを抱えていた。彼女の心が、ベルンとの幸せな時間を楽しむ一方で、彼女の頭の中では、マダム・クレアの言葉が何度も繰り返されていた。
(「愛する人を失った悲しみから、世界を繰り返す魔法をかけた…」)
その言葉が、彼女の心をチクリと刺す。まるで、彼女自身の未来を暗示しているかのようだった。
その夜、シャルロッテは、ベッドの中で一人、目を閉じた。夢の魔術を使おうとすると、彼女の心の奥底に、黒い影が渦巻いているのが見えた。その影は、彼女がベルンと出会う前の、孤独だった自分自身の姿だった。
(…私は、ベルンを失うのが怖い…)
彼女の心に、小さな声が聞こえた。それは、彼女自身の心の声だった。しかし、その声は、彼女が自覚しているよりもずっと深く、そしてずっと悲しそうだった。
翌日、魔法女学院で、シャルロッテはヴィヴィアンに相談を持ちかけた。
「ヴィヴィアン、この写真、見て」
ヴィヴィアンは、シャルロッテから写真を受け取ると、表情を固くした。
「これは…僕にもわかる。街が、歪んでいる」
「やっぱりヴィヴィアンにもわかる? マダムは、原因を突き止めてほしいって言ってたんだけど、何か手がかりはないかな」
ヴィヴィアンは写真を見つめながら、静かに言った。
「これは、君の『夢の魔術』に似ている。現実を、誰かの意思で塗り替えているような…」
「私の魔術?」
「ああ。でも、こんな大きな規模で、無意識に魔法を使える魔女なんて、そうはいない。君か、もしくは…」
ヴィヴィアンは、それ以上言葉を続けなかった。彼の視線は、写真の中心にある、歪んだビルの影に釘付けになっていた。
その時、シャルロッテは気づかなかった。ヴィヴィアンが、彼女の能力を熟知しているからこそ、彼女の中に芽生えた小さな不安が、この世界の歪みと結びついていることに、すでに気づき始めていたことを。