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1-15.帝国の影と別離

リズナの街に、ようやく静寂が戻り始めていた。

戦火で焼けた建物の隙間から、朝日がぼんやりと差し込んでいる。まるで、喪失を照らすにはあまりに無力な光のように。


蜂起の混乱を鎮圧した翌日、レオン=アステリアは、臨時指揮所の片隅で、アーヴィンの死亡報告書に目を落としていた。

紙に記された文字列は、彼の最期の叫びや、崩れ落ちる体温を伝えてはくれない。無機質な記録と現実の乖離が、胸を締め付けた。


「――レオン殿。来客です」


呼び止められた先には、軍本部付きの高級士官たちが数名立っていた。

身なりは整っているが、どこかよそよそしい空気。彼らは、任務の報告でも労いでもなかった。


「……最近、君の動向に妙な噂が立っていてね。いくつか、確認しておきたいことがある」


「噂?」


「“青白い光”に包まれたとか、“精霊に呼びかける声を聞いた”とか――ありえない話さ。だが、火のないところに煙は立たない」


にこやかな口調とは裏腹に、その目は探るように光っていた。

つまりこれは“警告”だ。今すぐ連行する気はないが、君はすでに見られている――と。


レオンは静かに頭を下げた。

「お応えできることがあれば、いつでも」


士官たちは、それ以上は何も言わずに去っていった。

だが、レオンにはもう十分だった。


共鳴が“見られていた”と確信した瞬間だった。


その日のうちに、レオンはロゼルを訪ねた。

避難民の手当を続ける彼女は、疲労と悲しみの中で、それでも懸命に人と向き合っていた。


「レオン……よかった、無事で」


「お前も……無理は、してないか?」


「無理くらいしてるよ。アーヴィンのこと……聞いた」

彼女の手が止まる。「私、何もできなかった」


「俺もだ。……あいつを救えなかった」


ふたりの間に、短い沈黙が落ちる。

やがてロゼルは、顔を伏せながらつぶやいた。


「……出ていくんだね?」


レオンは驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。


「帝国が俺に目をつけてる。街にこれ以上とどまれば、いずれこの場所も巻き込まれる」


「逃げるの?」


「……守るために、離れるんだ」


言葉は静かだったが、迷いはなかった。

ロゼルの視線が、彼の胸にある名もなき傷に触れるようだった。


「本当は、もっと傍にいたい。でも……」


彼女は言葉を飲み込んだ。代わりに、小さな包みをレオンに渡した。


「……昨日、焼け跡から拾った小麦で、どうにか焼いたの。焦げてるけど、あんたっていつも腹減ってる顔してるから」


レオンは、しばらくその包みを見つめていた。

やがて笑う。


「ありがとう。……ちゃんと帰ってくるから。パンも、お前も。守るって決めたから」


「……うん。待ってる」


その夜。

街外れの峠道に、レオンの影があった。

誰にも気づかれずに抜け出したつもりだったが、道の先には見慣れぬ青年がひとり腰かけていた。


「お前、帝国人か?」


「帝国“だった”人間さ。……名前はシアン。お前さんの共鳴、ちょっと面白くてね」


「尾行してたのか?」


「興味だよ。なにせ、精霊と話せる軍人なんて初めて見たし、それに……」

「帝国のやり方に嫌気が差してな。お前さんの“光”、見てみたくなったんだよ」


レオンはしばらく無言のまま、彼を見つめていた。

そして一言。


「勝手にしろ」


それだけを告げて、再び歩き出す。

その背を、シアンが追った。


こうして、ふたりの旅が始まった。


それは、精霊の記憶と帝国の欺瞞に迫る旅であり――

過去と、自身の出自に向き合う戦いの始まりだった。

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