1-14.救出
握りしめた拳に、血がにじむ。悔しさと無力さ、そして喪失感。こみ上げる感情が胸を突き上げる。
(守れなかった……)
そのときだった。風が吹き抜けた。
どこからともなく吹いたその風は、熱を帯びていた。だが、焼けるような痛みではなかった。懐かしい、胸の奥に触れるような、やさしさ。
(――あのときと、同じ……)
頭の奥に響く、誰かの“声”。
《選べ。今、誰を救うのか。何を守るのか》
視界が開けた。空を飛ぶような感覚とともに、街の俯瞰図が脳裏に映し出される。火の手が上がり、逃げ惑う市民たちの姿。戦闘に巻き込まれ倒れる兵士。崩れかけた建物。そのすべての中に、ぽつんと、冷たい石の部屋に閉じ込められた少女がいた。
ロゼルだった。
肩を抱え、ひざを抱え、誰も来ない暗闇の中で、じっと息を潜めている。
「……ロゼル」
レオンは目を見開き、立ち上がった。アーヴィンの亡骸にそっと視線を落とす。
「……ごめん。俺……行かないといけない」
腕の中で泣きじゃくる少女に、部下が駆け寄る。
「隊長、どうされますか――」
「この子を頼む。それと……アーヴィンのことも」
短く、けれどもはっきりと命じる。誰も言葉を返さなかった。ただ、一人の兵が深くうなずいた。
レオンは振り返らない。光の残滓を背に、彼は走り出す。心が導く方向へ。精霊の囁きとともに。
――
地下通路の扉は、すでに鍵が壊されていた。混乱の中で放棄されたのか、それとも暴徒が押し入ったのかはわからない。
錆びた金属臭と湿った石の匂い。人の気配はない。
牢の一室。そこに、彼女はいた。
「……っ」
レオンは音を立てないよう、ゆっくりと鉄格子の前に立つ。扉を押すと、ぎい、と鈍い音を立てて開いた。
中で、膝を抱えてうずくまっていたロゼルが顔を上げる。ぼんやりと光の差す方を見て、呆然としたように目を見開いた。
「レオン……?」
「来たよ。遅くなって、ごめん」
ロゼルはしばらく言葉を失い、ただじっとレオンを見ていた。その目には、警戒でも恐怖でもない、ただ、信じられないというような感情が浮かんでいた。
やがて、震える声で呟いた。
「来てくれたんだね……」
レオンはうなずき、そっと手を差し伸べる。ロゼルの手が、その手に重なる。細く、冷たく、けれど、確かに生きている手だった。
「行こう。ここは、もう危ない」
「うん……」
二人は、崩れかけた石の廊下を、ゆっくりと歩き始める。
背後に、囁くような風が吹いた。
共鳴者の力が、またひとつ、目を覚まそうとしていた。




