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1-13.アーヴィン

レオンとアーヴィンは、煙の立ちのぼる北通りを走り抜ける。


北通りを抜けた先にある小さな広場――そこが、鎮圧部隊の進軍路と住民の集結地が交錯する危険地帯だった。


「……煙が出てる。あの家だ」


アーヴィンが指差した先、古びた木造家屋から黒煙が上がっていた。

その先にあったのは、かつて子どもたちの遊び場となっていた広場だった。

だが、今は様相が違う。

焼けた木の匂い。割れたガラス片。

そして、広場の中央に小さな女の子がひとり、泣きながら立ち尽くしている。


「くそっ……!」


レオンが駆け出そうとした刹那、物陰から兵士が姿を現した。

彼の瞳は虚ろで、震える手で銃を構えていた。

動揺している。指が引き金にかかっている――。


「やめろ、撃つなッ!」


レオンの声が響いた瞬間だった。


――銃声。


乾いた音とともに空気が裂けた。


少女に向けられた弾道の前に、ひとつの影が飛び出す。

そして、重たい鈍音。


「……っ!」


レオンが目を見開いたその先で、アーヴィンが少女を庇うように立ちふさがっていた。


そして――ゆっくりと、その身体が崩れ落ちていった。


「アーヴィン――!」


地面に倒れ込んだアーヴィンの胸元から、赤い血が広がってゆく。

レオンは駆け寄り、彼の体を抱き起こした。


彼の体を抱きとめると、温かく濡れた感触が腕を伝った。

胸を打ち抜かれていた。深く、致命的に。


「……あ、あの子……無事、か……?」


「……お前……っ、なんで……なんでだよ……っ!」


レオンの声が震える。彼の掌に、血がどんどん染み込んでくる。


「やめとけって……思ったよ……でもな」


アーヴィンの目が、わずかに笑った。


「どうしても、体が動いちまった……見てられなかった……」


彼の言葉に、レオンは何も言い返せなかった。

喉の奥が焼けるようで、言葉にならない。


「俺さ……この街が好きだった。ただ、それだけだったんだよ。守りたかったんだ」


アーヴィンの手が、レオンの肩に力なく触れる。


「……なあ、レオン……俺さ……ずっと言いたかったことがあるんだ……」


アーヴィンの声はかすれ、震えていた。レオンはその手を握り返しながら、目を逸らさず見つめる。


「俺……お前のこと……ずっと憧れてたんだよ……」


「何を言ってるんだ。今は……」


「いいから、聞いてくれよ……」


アーヴィンの呼吸は浅く、早い。けれど、その目だけはレオンをまっすぐ見ていた。


「覚えてるか? 軍学校の初日……俺、誰とも話せなくて、ただ隅でぼーっとしてた……そしたらお前が来てさ、“あんた、どこか気の抜けた顔してるな”って……変なやつだと思ったよ……でもな」


ふと、アーヴィンの口元に微笑が浮かぶ。


「あれが、俺にとって……あの軍学校での初めての“誰かとのつながり”だったんだ……声をかけてくれたのが、お前でよかったって……ずっと思ってた」


レオンの喉が詰まる。言葉が出ない。


「ロゼルのパンもさ……ただのパンなのに、なんであんなにうまかったんだろうな……あの時、あの場にいた皆がさ……あの瞬間だけ、俺の“家族”だったんだよ……」


レオンは顔を伏せる。熱いものが頬を伝う。


「アーヴィン……」


「なぁ、レオン……最後に、ひとつ頼むよ」

「俺の代わりに……この街を、みんなを守ってくれ……ロゼルも……子どもたちも……パンの匂いも……全部……」


「……約束する。絶対だ。お前の分まで、全部守る」


その言葉を聞いたのか、聞いていないのか――


アーヴィンの瞳が、静かに曇った。

もう二度と、彼の明るい声が響くことはない。


レオンは、ただ、震える肩を抑えながら、固く拳を握った。


この死を、無駄にはしない。

この夜を、ただの悲劇に終わらせてはならない。


風が静かに吹いた。まるでその魂を、どこか優しい場所へと送り出すように。

燃える家々の間を抜けて、その風はどこかへと消えていった。


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