1-12.火種
重苦しい空気の中、レオンの声が響いていた。
彼の訴えに、一人の上官が低く唸るように答えた。
「証拠が不十分なら、口を割らせればいい。こちらに刃を向けた者が痛みを知るのは当然のことだ」
別の将校も口を開く。
「民心の動揺など一時のもの。見せしめにはなる」
レオンは唇を噛んだ。
このままでは、ロゼルの命は風前の灯だ。
「それでは逆効果です。リズナは今、非常に繊細な状況にあります。
住民との関係が決定的に悪化すれば、我々が失うのは秩序だけではありません」
「……何を根拠に“繊細”などと?」
問われて、レオンは言葉を詰まらせた。
思い出す、あの街の静けさ、その奥にある張り詰めた空気を。
——パン屋の裏路地では、ひそひそ声で何かをやり取りする若者たちの姿。
——市場では、客足がまばらになったことを誰もが無言で受け入れていた。
——そして、衛兵たちが見回りの頻度を上げるたび、人々の足音はより静かに、速くなっていった。
だが、それを“証拠”と呼べる術を持たない。
「……ですが――」
その時だった。
会議室の扉が乱暴に開かれ、急報を携えた伝令が駆け込んできた。
「報告!市内西部、倉庫街付近で住民の一部が騒擾状態に突入!一部が武装して兵舎を襲撃しています!」
一瞬、室内の空気が止まった。
「何だと……?」
「正規軍では制圧しきれないとの報告も……」
将校たちはざわつき始める。
一部は動揺し、一部は怒りに駆られて立ち上がる。
レオンの脳裏に、あの静かな祠で耳にした囁きがよぎった。
——選べ。剣を捨てるのか、それとも“揺らがぬ意志”として立ち上がるのか。
彼は目を伏せ、そして顔を上げた。
迷いのない声で告げる。
「鎮圧部隊の先導に出ます。民間人の被害を最小限に抑えるため、俺が前線に立ちます」
「……勝手な真似をするな、レオン=ヴァルト!」
「命令を無視するつもりはありません。ですが“秩序”とは、支配ではなく、信頼の上に成り立つものです」
わずかな沈黙ののち、将軍の一人が重々しく頷いた。
「……行け。必要最小限の兵をつけてやる。だが、鎮圧が最優先だ」
「感謝します」
レオンは一礼し、駆け出した。
市街地の北通り。すでに街は混乱の只中にあった。
若者たちが手製の火炎瓶を投げ、兵士たちが防御陣形をとっている。
レオンはすぐにアーヴィンと合流した。
「レオン! お前、無事だったか!」
「そっちこそ!状況は?」
「騒ぎの中心は倉庫街。でも広場にも火が回り始めてる。子どもや老人まで巻き込まれてる!」
「……急ごう」
彼らは駆ける。誰かの命が、また理不尽に奪われる前に。




