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1-11.精霊の声

ロゼルが連行されてから、リズナの街は沈黙に包まれていた。

パン屋の扉は閉ざされたまま、広場から子どもたちの笑い声も消えた。市の人々は目を合わせようとせず、互いの存在を確認しながらも、まるで一言が命取りになるかのように口をつぐんでいた。


レオンもまた、苛立ちと後悔の入り混じる沈黙に押しつぶされそうになっていた。

あのとき、引き止められなかったのは自分の弱さだ。

せめて帝国の軍人という立場を捨てる覚悟さえあれば、ロゼルは今も笑ってパンを焼いていたかもしれない。


兵舎を抜け出し、レオンは宛てもなく足を運ばせていた。

辿り着いたのは、街の北のはずれにある古い祠の跡だった。

アーヴィンと共にこの地の歴史を探っていた頃、一度だけ立ち寄った場所だ。

半ば崩れかけた石碑と、周囲を囲む野草の香りだけが、そこに何かがかつて在ったことを静かに物語っている。


「……あの時、何を守りたかったんだ、俺は」


声は誰に向けたわけでもなかった。ただ、胸の奥からこぼれた問い。

レオンは、草に埋もれかけた石段に腰を下ろした。


その瞬間だった。


胸の奥に、再び微かな囁きが流れ込んできた。


(……まだ迷っているのか)


明確な言葉ではない。だが、確かに“何か”が彼に語りかけている。


「……精霊なのか?」


風が吹く。木々がざわめく。その合間を縫うように、音ではない“感覚”が心に触れる。


(君は見たはずだ。傷ついた街、閉ざされた心、囚われた魂……それでも、君は“誰か”を守ろうとした)


「それでも俺は……何もできなかった」


(ならば、選べ。剣を捨てるのか、それとも“揺らがぬ意志”として立ち上がるのか)


問いかけのようでいて、背中を押す声だった。


レオンの視界に、街の風景が広がる。

ロゼルがパンを焼き、子どもたちが駆け回り、アーヴィンが隣で笑っていた、あの短くも尊い日々が脳裏に去来する。


「……俺は……守りたいんだ。あの日々を、あの命を」


その瞬間、風が強く吹き抜け、野草が一斉に身を揺らした。

石碑に刻まれたかすれた文字が、一瞬だけ淡く輝いたように見えた。


レオンはゆっくりと立ち上がる。

もはや彼の中には、かつての迷いだけが満ちているわけではなかった。


次の朝、彼は自ら司令部に出向き、毅然とした態度で言った。


「ロゼル=フェーンの取り調べについて、再検証を求めます。彼女が罪に関わった確証はなく、処分を急げば市民感情を大きく損なう恐れがあります」


周囲が沈黙に包まれる中、レオンの声だけが真っ直ぐに響いた。

それは帝国軍の一士官としての進言であり、同時に――

精霊と共鳴した、ひとりの人間の覚悟でもあった。

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