03 魔導型水陸両用外骨格『ガラテイア』起動
「凍って!」
ユウが意識を取り戻した足場の殆どは海に面していた。
船の衝突で海沿いの街道は消失したようだ。
軍艦の残骸が重なってできた空洞にたまたま入り込めたらしい。
目立った外傷もないが安堵とも程遠かった。
「はやく逃げないと!」
勢いよく燃え上がる左右の炎。
濛々と立ち込める煙。
「凍ってってば!」
何度も手を翳し、ユウは足元の海水を凍らせようとする。
しかし海上に変化はなく激しく波打つだけ。
「あそこに行くだけなのに!」
海水満ちる瓦礫のトンネル。
その向こうに一筋の陽の光が見える。
蒼魔法の才能があれば。
氷の上を走って脱出できるのに。
「それが無理ならっ!」
ユウは身を屈め、
「やぁっ!」
海へと飛び込んだ。
水面を走れないのなら。
水中を泳げばいい。
しかし――
「ごぼっ、げふっ、がぼぼぼ」
――秒で溺れた。
足は届かず、腕も動かない。
口に鼻に海水が流れ込みパニックを起こす。
ただの海水でもユウにとっては底なしの闇。
すぐさま元いた場所へと這い上がる。
「ばっばぶびぃ……はぁ、はぁ」
ユウはカナヅチだった。
「……は、ははっ、ネレイス機関も落とすよね……蒼魔法も使えないし、泳げないんだもん。それに――」
ずぶ濡れなのに乾いた笑い。自嘲だ。
「り、陸上なら得意なのに。溺れないし……」
煙を吸ったことで意識が朦朧とし始め、譫言も出る。
トドメとばかりにそれも襲来。
「嘘でしょ……」
蝦蟹級。甲殻類を思わせるフィルムに軍艦を引き裂いた巨大な鋏。
「ボ、ボクが目当てじゃあるまいし!」
その場しのぎでも逃げるしかない。
濡れたスカートがへばり付き、水浸しのパーカーが重く伸し掛かる。
それでも走る。火元を突っ切って奥へ。
しかし、数歩進んだだけで。
「痛っ!?」
額を強くぶつけた。
「い、行き止まり?」
手触りで確認してもよくわからない。
鉄製の何かが道を塞いでいるようだ。
振り向けば蝦蟹級が巨大な鋏を振り上げる。
(し、死にたくないよ……お姉ちゃんっ!)
鋏が振り下ろされた。
「……?」
ユウは無事だった。
「何、これ……?」
背後から生えた巨大な鉄塊が、鋏を食い止めていた。
[選定機能ガラスの靴。候補者の保護のため、自律形態で起動します]
外骨格から電子音声が聞こえ、蝦蟹級を突き飛ばした。
衝撃で火の粉が舞い、周囲が照らされる。
「魔導型水陸両用外骨格!? どうしてここに……?」
見上げるほど巨大な鎧がそこにあった。
[声紋の一致を確認。選定を続行。動かないで下さい]
目の前の外骨格が動き出す。
蝦蟹級を突き飛ばした腕部をユウの背に回し、その小さな体を抱き寄せた。
「は、離してっ!」
くるっと反転されるユウ。
その足元にフットペダルが挟み込まれ、固定ベルトが太ももに巻きつく。
(装着しちゃった……?)
疑問符を浮かべるが外骨格はお構いなしだ。
[脳脊髄液コードの完全一致を確認。装着者の承認を以て後継者と認定。どうぞ手を]
膝下に収まっていたディスプレイ型のコンソールが差し出される。
水面を模した画面にはReady?の文字。
ご丁寧に掌のシルエットもある。
「こ、これを押せばいいの? って前! 前見て!」
前方の蝦蟹級が起き上がり、再びこちらに狙いを付ている。
その場から逃げようとしても外骨格は微動だにしない。
パニック状態のユウ。
だが、
「ユウ!!」
「っ!?」
自分を呼ぶ懐かしい声。
「お――」
二度と聞けないと思っていた声が聞こえる。
目尻に雫が浮かんだ。
「――お姉ちゃん!?」
「それを押して、ユウ!」
声を聞きユウの判断は一瞬。
涙を振り切る勢いでコンソールに手を叩きつけた。
[指紋、蒼魔法波長、脳脊髄液コードの登録完了。
魔導型水陸両用外骨格『ガラテイア』起動]
バゥンっ! と外骨格全体が震え出す。
双肩にクリアパーツが挟み込まれ、全身に重みを感じる。
(今のは確かにお姉ちゃんの声……)
[簡易接続完了。全機関に水の浸透を確認。行けます]
すでに外骨格から聞こえる声は淡々とした電子音に戻っている。
「でも今は深藍獣をなんとかしなきゃ」
[掴まって下さい。首の骨を折らないように対ショック姿勢を]
「え?」
直後。
背面スラスターが爆風を生み、外骨格が瞬間的に加速。
進行上の蝦蟹級を巻き込んでの全速前進。
足部。前後が反り返った鉄の足蹠は水面を瞬時に凍らせる。
ユウが凍らせられず、溺れた海中を滑るように突っ切った。
「くぅっ……!」
凄まじいGのせいで周囲を確認できない。
バランスを保つのに精一杯だ。
掴んだ蝦蟹級を盾に、何枚もの瓦礫のバリケードを突き破る。
そして。
「脱出っ!」
船の残骸を突破。
陽の光を浴び、澄んだ空気を吸うユウ。
「で、でも、深藍獣はどうするのっ?」
蝦蟹級は軍艦の残骸をぶち破っても傷一つ付いていない。
[残存魔力低下。モーショントレースに切り替えます]
淡々と告げると外骨格の両腕が放れ、蝦蟹級が海中に逃げる。
「は、放しちゃだめっ……!」
[アクセス権はあなたにあります。意のままに動くはずです]
蝦蟹級が水中から顔を出し、水面に立つ外骨格に狙いを付た。
「攻撃を加えて下さい」
「どうすれば……」
嫌味なほど淡々とした電子音声。
その冷静さに不安を覚える。
[脚部を強化しています。フットパーツを衝突させて下さい]
「それって、つまり?」
[蹴って下さい]
鋏を振り上げ、飛びかかる蝦蟹級を。
「うわああああ!」
全力で蹴り上げた。
ユウの右足とリンクしたフットパーツは胸部にめり込み。
文字通り頭部を吹き飛ばした。
「…………」
しばしの静寂。
かなり遠く、拉げた頭部が水飛沫を上げて落ち。
V字に割られた胴体が浮かび上がってきた。
[対象沈黙。フットパーツを強化済みとはいえ素晴らしい脚力です]
その言葉に窮地を脱した実感が湧いてくる。
「り、陸上は得意だったから……」
気が抜けたユウは外骨格ごと海の上に寝転んだ。
脳脊髄液(CSF=Cerebro Spinal Fluid)