02 草生える。てか水凍る
深淵火山窟。
突如出現した海底火山は、地殻変動と津波を起こし世界に大打撃を与える。
同時に火山内部の未知の物質が人々に超能力を授けた。
発現者曰く、
「え待って。雨水から不純物を取り除けたわ、動画あげよ」
「願っただけで水凍ったし、氷も解けた。草生える。てか水凍る」
「JKだけど手を濡らせばバーベル60Kg片手で余裕。リアルチートww」
蒼魔法。
女性にのみ発現するこの超常現象をそう呼んだ。
水不足を解消させ津波すら凍らせる魔法に人々は希望を見出した。
しかし試練は再び訪れる。
深藍獣。
深淵火山窟から現れる化け物は地上へ侵攻、街を破壊し人々を蹂躙。
その皮膚は従来の銃火器を無力化。深淵火山窟から噴き出る火山灰の影響でレーダーも妨害され、軍事兵器は役に立たない。
「深藍獣になす術なし」
誰もが死を覚悟したその時。
見たことのない装備の女性達が次々と深藍獣を撃退、侵攻から救う。
『ネレイス機関』と名乗った彼女達は、
「我々の蒼魔法を原動力とした装備は深藍獣に有効だ。以後、我々が対処する」
そう宣言し、海上拠点『防波堤』が各地に設立。防備体制を整えた。
それから数十年。
魔導型水陸両用外骨格隊のお陰で人々は平穏を取り戻しつつあった。
ただ、依然として深藍獣の脅威は残ったままだ。
故にネレイス機関は今なお蒼魔法の才能ある少女を募っている。
水流ユウもまた、ネレイス機関に志願した一人だ。
アイアンウンディーネ隊に所属する、唯一の肉親である姉に並ぶために。
だが。
「落ちちゃった……」
海浜公園を照らす強い陽射しの下。
ベンチに座るユウは肩を落とす。
小柄な全身がベンチからずり落ちそうなほどの落胆ぶり。
その手にはネレイス機関からの不合格通知書。
「進路どうしよう。スポーツ推薦も蹴っちゃったし……」
顧問のヒステリックな幻聴が聞こえてくる。
(日本の女子陸上を背負う人材が俺の生徒から生まれる筈だったのに! お前は堂々と走っていればよかったんだ!)
ブンブンと頭を振り教師を掻き消す。
「いいもん、ボクはどのみち陸上を辞めてたし」
あーあ……と仰げば青空。
「走っていれば振り切れると思ったんだけどなぁ……」
しかしどれだけ速く走っても。
姉の死は、最後まで振り切れなかった。
だから進路を変えた。姉のいた場所へ。
「お姉ちゃんってすごかったんだね」
不合格通知書の他に様々な書類を入れたファイルの中。
ネレイス機関のパンフレットがある。
その表紙を飾るは、姉の勇姿だ。
大海竜級から日本を救った女神。
ネレイス機関の有史以来、最強の蒼魔法使いと謳われた女傑。
水流ヤエ。
表紙になるのも納得だ。
正面に突き出されている姉の手に自らの手を重ねる。
「ボクはすごくなかったよ。似てたのは外見だけ……」
ヤエとユウの容姿は、まるで一卵性双生児のように瓜二つ。
表紙のヤエは制服を着込み、こちらは緩いパーカーにスカート。
ロングヘアの姉に対して、ユウはボブヘア。
残る差は身長くらいだ。最期まで姉のつむじは見られなかった。
「魔法の才能が似てたら、書類選考くらいは通ったのかな」
パンフレットと通知を手に取る。
自分そっくりの顔と、何度見ても嫌でも目に付く不合格の三文字。
「実技試験で落としまくるから、書類選考はほぼ通るって聞いてたけど」
現に同級生の殆どは通過している。
選考基準は明かされないが、心当たりはある。
「蒼魔法は使えないし、それに――」
他の原因を思い浮かべようとした瞬間。
ボンッと重低音が響き渡り、業務用扇風機の前を通ったような風圧。
顔を上げたユウの視線の奥。
海浜公園なだけあり海が望めるが。
「海軍の船……? 燃えてる……?」
灰色に塗りつぶした比較的小さな軍艦。
赤と橙が混ざりあった炎が燃え上がり、黒煙が舞い上がる。
「深藍獣!?」
紫色の巨大なザリガニが、艦首に巨大なハサミを突き立てていた。
軍艦は制御を失っているようで一切速度を緩めない。
「やばい、やばいっ……!」
急いで逃げるユウをあざ笑うように軍艦は海沿いの道に激突。
瞼を閉じた自覚もないままに、ユウの意識が途絶えた。
真紅の外骨格は潜航形態。
プルは猛スピードで伊豆大島付近の海を跳ねる。
「巨大蛸級に乗じて海軍が窃盗なんてね! 何が手違いよ、ガラスの靴が後継者を見つけるまで待つ約束でしょうが!」
「こそこそ暗躍だなんて悪い子ねぇ。海自の頃は可愛げがあったのにぃ」
蛸に似た多腕の外骨格が人魚の横を並泳。
装着者は偵察のマオ。艶のある声と肌の露出が極めて高い水着が特徴的だ。
「マオ殿。某、浅学菲才ゆえ分からなんだ。あの機体を盗み一体何を?」
海中でも海上でも濡れていれば会話は可能。
泳ぐ二人に対し、疾走だけで並ぶのは楓。
「リバースエンジニアリング……バラバラにして研究材料ね。その前にOSが初期化されちゃうけど」
「それだけは阻止するわ、ヤエさんの機体は男には渡せない! 急いで輸送艇を探すわよ!」
「…………ん、待って」
後方、海上形態で移動しているパドマから静止の声。
「……その輸送艇。深藍獣の襲撃で……沈んだって」
「はぁっ!?」