01 アイアンウンディーネ隊に救援要請を出せ!
「アイアンウンディーネ隊を当てにするな!」
海原を漂う船の甲板。
走り込みの訓練をしている隊員に上官が檄を飛ばす。
「たとえ魔女どもの蒼魔法が化け物に有効だとしても、最後に物を言うのは鍛え上げた筋肉だ!」
応っ、と若々しい返事が響く。
「魂に刻み込め。深淵火山窟からどんな化け物が出現しても、我々海軍の手で撃退するのだ! アイアンウンディーネ隊の手は決して借りない――」
「――敵襲!!」
弁説は一人の部下の叫び声で中断される。
叫んだ若者の顔面は蒼白で言葉を詰まらせていた。
「報告の続きはどうした!」
「じ、自分では判断がっ……これを見て下さい!」
震えた手付きで差し出された双眼鏡を受け取る。
「しっかりしろ! こんなことでは彼女達に出し抜かれ――」
双眼鏡の見口を覗き込んだ。
摩天楼。
視界に映り込んだのは、例えるならばビル群。
雨のような水飛沫を上げ、巨大な触手が何本も突き出ている。
「――巨大蛸級っ! アイアンウンディーネ隊に救援要請を出せ!」
海上。
揺れる水面に直立している少女がいた。
「いまさら救援要請……遅すぎるわね」
水着一枚だった。
セパレート式のウェットスーツ。
弾力のあるみずみずしい肌を露出している。
「アイアンウンディーネ隊は出動済み、とっくに臨戦態勢」
そして水着の上に鋼鉄の塊を羽織っていた。
上着と呼ぶにはあまりにもゴツく、巨大な真紅の装甲。
外骨格だ。全身を覆う金属の骨組み。
巨大なフレームを纏う姿はまるで二人羽織。
角張った無骨な金属片と流線が滑らかなクリアパーツが組み合わさった鎧を着込んだ少女はため息を一つ。
「便乗して湧いた雑魚くらいは海軍が相手しなさいよね」
海にこぼした愚痴。
それを拾う者がいた。
「実に難題。石臼に箸は刺せなんだ」
「ええっと、その心は?」
「適材適所。深藍獣に通用するは我らが蒼魔法のみ。しからば己が責務を果たさん。といったところかな、プル殿」
「なるほど……楓の言葉は参考になる」
プルと呼ばれた少女は隣に立つ楓に会釈。
彼女もまた首のない鉄の巨人をその身に纏っていた。
プルや楓だけではない。
彩り鮮やかな外骨格を水に濡らし、幾人もの女性が水上に整列している。
魔導型水陸両用外骨格。
彼女達の着込む装備の名にして部隊名。
「私達が守る防波堤が抜けると思ってるのかしら」
背後には巨大な拠点がある。
海上に建てられた防衛の要だ。
迫りくるインディゴを阻止し、市民の平和を守ることが責務。
『ん~報告ぅ。まもなく蒼壁内に深藍獣が侵入。雑魚級が500ね。先走り隊かしら♪』
無駄に艶に富んだ声は偵察からの通信。
「射撃準備!」
遊撃隊のエースとしてプルは腹から声を出して周囲に指示。
そして操縦桿を握ったまま両手を背中へ。
プルの動きをトレースした重厚な両腕は、背面装甲のハードポイントから武器を取る。
二丁の短機関銃。外骨格サイズに大型化され内部も改良済み。
色も機体と同じく真紅だ。
両腕を突き出し機関銃を前方へ。
眼前。200メートル程先。
蒼壁の外縁がある。
防波堤の発生装置から出力された半透明のドーム。
あらゆる熱線や砲撃を防ぐが、深藍獣の移動は拒めない。
「蜂の巣よ……そこから少しでも入り込んだら、ね」
雑魚級が蒼壁を潜ろうとしている。
一見すれば濃い紫色の鮫。
しかし既存の生物のどれにも分類できない。
鮫と似た姿ながら水面を泳ぐのがその証拠だ。
泳法はむしろジェットスクーターに近い。
そのまま猛スピードで蒼壁内に侵入。
「氷弾、掃射ぁ!!」
操縦桿を握るプルの人差し指が引かれ、外骨格の短機関銃を掃射。
連続して響き渡る、ダという轟音。
射撃の反動で赤みがかった髪が揺れる。
アイアンウンディーネ隊による機銃掃射。
雑魚級をぶち抜き駆除していく。
――蒼魔法。
少女達が使う特殊な能力。
その実態は【水を凍らせ氷を解かす】能力。
蒼魔法により海水を凍らせて生成した魔力を帯びた氷弾。
それが深藍獣を倒し得る、アイアンウンディーネの攻撃手段だ。
「敵の陣形が乱れた! 遊撃手は散開っ。陽動しつつ各個敵を殲滅!」
プルの指示に幾人もの水着の少女が応え、鋼の機体が海上に散らばる。
「潜航形態っ!」
海中へと身を翻して跳躍。水飛沫を上げて宙を舞う。
その一瞬の間に外骨格に変動が起きた。
外骨格の変形だ。
まずは背面の装甲が割れ、脚部方面へとスライド。
クリアな肩パーツも、そこから飛び出た腕も収縮。
次に無骨なフレームに挟まれた太ももに、上半身パーツが抱きつくように合致。
そして畳まれていた肩部パーツが伸びて脚部全体を荒々しく補強。
プルの足を優しく包み込むように腕部パーツが伸びる。
最後に生身の足裏の更に先。金属の指の隙間からヒレを模したパーツがせり出てフィンガーパドルを形成、掌底が開きスクリューもせり出る。
人魚を思わせる形態だ。
海上形態から潜航形態へ。
アイアンウンディーネは可変機能を持つ。それも0.71秒の僅かな時間で。
「身体を濡らしたかったし、ちょうどいいわ」
人魚のヒレとなった外骨格を纏いながらプルは潜水。
腰から下を大きく揺らし、常人の域を超えた潜行速度で蒼壁の外へ。
見上げれば、弾幕に阻まれ停滞している雑魚級の腹がある。
腰に移動したハードポイントから、生身でも扱える武器を取った。
ブルパップ式の散弾銃。当然氷弾を放つ仕様だ。
雑魚級の合間を縫いつつ、太陽に向かって垂直ターン。
陽の光を反射させながら人魚が浮上。
プルは眼下、水上に屯している雑魚級に向かって引き金を絞る。
「氷散弾!」
落雷にも似た『バババ』という衝撃音。
無数の氷柱が雑魚級らに降り注ぎその魚鱗の装甲を穿つ。
海上に着水。動きは止めない。
胸から下を海水に預けた半身浴状態で戦闘を継続。
プルは散弾銃の持ち手を引き、生成した氷塊を銃身内部に送り続けて絶え間なく射撃。
威力も精度も上がっている。
海中に潜ったのだから当然だ。
少女達は濡れれば濡れるほど強くなる。
水を肌で感じれば。水への理解が高まれば。
蒼魔法は強化されるのだ。
「よし、前線を上げるわよ!」
蒼壁内の味方に向かって雄々しく鼓舞。
しかし、背後に気配を察知。
視線だけで振り返る。
蝦蟹級。見上げるほどの巨大なハサミを持つ甲殻類似の深藍獣。
人魚を砕かんとその大きな刃を振りかざしていた。
だが凶刃は届かない。
飛び込んできた外骨格が有無を言わさずに蝦蟹級を沈めたのだ。
「…………油断、ダメだよ」
水着兼用のスポブラを着用した女性が窘めてくる。
小麦色の肌は引き締まり、程よく筋肉が浮かび上がっていた。
「あなたが来るのわかってたから油断じゃないわよ、パドマ」
パドマの外骨格は鮮やかな鼈甲色でとにかく装甲が分厚い。
武器も蒼魔法の威力に自重を加えた巨大な斧槍型の氷刃だ。
「時に河童も川に流るる。戒めねば」
断続的に足場を凍らせ、新たな外骨格が滑るように接近。
作戦開始時、横にいた楓だ。
「……その心は?」
「油断大敵、いかな達人であれど笑えぬ躓きもある。故に気を引き締めん。といったところだよ、プル殿」
彼女は極限に薄い装甲の外骨格を着込んでいた。
あまりに軽さに、はためく装甲は花弁を思わせる美しさだ。
「相まみえる蝦蟹級の群れは白兵戦に覚えあり。なれば一手、先陣を承る。いざや結ばん、氷刃よ」
楓は腰に携えた柄だけの刀を抜刀。
鮮麗にして尖鋭な氷の刃が形成させる。
氷刃。
氷弾と同じアイアンウンディーネの兵装の一つだ。
「駆け抜ける、吶喊!」
氷刃を構えた仲間を連れて、楓は深藍獣の群れに切り込んでいく。
「あの勢いに乗るわよ、パドマ。重装部隊は前線維持と構築をお願い」
「…………りょ」
小さく頷き、重厚な外骨格の腕から耐衝撃シールドを展開させるパドマ。
外周は氷、円内は水で構成されている重装仕様の外骨格の専用装備。
氷の盾を構えつつ、パドマも部隊を引き連れて邁進。
「私は巨大蛸級に、ちょっかい出しつつ隙を狙う。マオ、援護射撃よろしく」
『はいは~い、イタズラなら任せて♪』
姿が見えないほどの遠距離で狙撃をしている偵察の了承を得て。
プルは飛び上がりながら海中へと潜水。
「海はあんた達のものじゃない。あの人がいなくたって、私達は戦える!」
鉄の巨人。海の人魚。
二つの形態を持つ鋼鉄の鎧、アイアンウンディーネ。
水着の上に外骨格を装備した、水も滴る魔女。
海水湛えた戦場を彩るように彼女達は躍り出る。
「す、すごい。巨大蛸級を相手に引けを取らない。これがアイアンウンディーネ隊の総力……」
遠くで魔女達の戦い振を観て愕然とする部下に対し、双眼鏡を覗き込みつつ上官は首を振る。
「総力ではない。まだとんでもない機体がいたはずだ」
「戦力を温存していると?」
「分からん。久しくその姿を見ていないからな。出し渋っているのか、あるいは――」
双眼鏡から目を外す。
「――機体の後継者が見つからないのか」




