83.闘技大会
そして、闘技大会当日。
城下にある闘技場にて、アイリスは王妃としてローレンの隣に座っていた。午前の剣術大会の間は、王家の観覧席から大会を見学することになっている。
剣術大会にはレオンも出場するようだ。どうやら彼は現在二連覇中で、今年優勝すれば殿堂入りらしい。彼の活躍が見られるのも、今日の楽しみの一つだった。
「サラは出場しなくてよかったの?」
後ろに控えてくれているサラにアイリスがそう声をかけると、彼女は苦笑しながらこう返した。
「私、こういう場で目立つの苦手なんだ。それに、レオンの三連覇を邪魔しちゃ悪いでしょ? あいつには出ろ出ろ言われて断るのに苦労したけど」
「そっか。それは大変だったね」
サラに迫るレオンの姿が容易に想像でき、アイリスも思わず苦笑を漏らした。
正式な試合で二人の戦いを見てみたい気もしたが、剣速が速すぎて観客がついてこれないのが容易に想像できる。そこは普段の手合わせで満足することにして、アイリスはサラに午後の魔法闘技大会のことを謝罪した。
「でもごめんね、午後のこと。私の都合に巻き込んじゃって」
「良いよ、別に。思いっきり暴れてきなよ」
申し訳無さそうに謝るアイリスに、サラは微笑みながらそう返してくれた。魔法闘技大会の際は、サラがアイリスに変装して王妃役をしてくれることになっているのだ。
「ありがとね、サラ」
アイリスが改めて礼を言ったところで、剣術大会の開始を告げる鐘が鳴った。
***
その後、剣術大会は順調に進み、ついに決勝戦の時がやってきた。そこにはもちろん、レオンの姿がある。
彼の相手は随分と大柄な男だった。レオンよりも一回りはありそうだ。
選手二人が闘技場の中央に集い、もう少しで決勝戦が始まろうとしていた時、レオンが突然こちらに向かって大きく手を振ってきた。
「アイリス様〜! 見ててくださいね〜!!」
大声でそう叫ぶレオンは、満面の笑みを浮かべている。そんな彼の姿に、会場からはところどころ笑い声や声援が飛び交っていた。
そしてローレンとサラは、やれやれというように溜息をついている。
「全く、あいつは……」
「仕方ないよ、王様。あいつはああいう奴だ」
アイリスは二人の会話に苦笑しつつ、元気よく手を振り続けているレオンに小さく手を振り返した。
その後ついに決勝戦が開始されたが、勝負は一瞬で決着がついた。試合開始の鐘が鳴ったと同時に、レオンが瞬く間に相手のみぞおちに一突き入れると、大柄の男はそのまま倒れてしまったのだ。
「勝者! レオン・トラヴァー!!」
審判がそう告げると、観客から盛大な拍手と声援が送られた。レオンはその声に笑顔で手を振りながら応えている。
すると、レオンの見事な剣技に、ローレンは満足げな笑みをこぼしていた。
「腕を上げたな。サラ、お前との手合わせのおかげか?」
「そうかもね。初めて剣を交えたときより、確実に強くなってるよ、あいつ」
そんな二人の会話を聞いて、アイリスもレオンのことがとても誇らしく思えた。
(あとでたくさん褒めてあげなくちゃ!)
褒められてにこやかに喜ぶ彼の顔を想像し、アイリスは思わず笑みをこぼすのだった。
その後アイリスは、表彰式のため、ローレンと共に闘技場へと降り立った。優勝者のレオンには、国王と王妃から記念品が贈呈されるのだ。
「優勝者、レオン・トラヴァー、前へ!」
「は!」
進行役の男に促されたレオンは、ローレンとアイリスの前まで進む。そして、彼は恭しく跪くと、ローレンからは美しく鍛えられた剣を、アイリスからは記念のトロフィーを受け取った。
「おめでとう、レオン。これで殿堂入りね。流石だわ」
「ヘヘッ。三連覇、余裕でした!」
アイリスの称賛の言葉に、彼は満面の笑みでそう答えた。そうして、午前の剣術闘技大会は幕を下ろしたのだった。
そして午後。今度はアイリスの番がやってきた。
仮面を身に着け会場に向かって行ったアイリスの代わりに、王家の観覧席にはアイリスに扮したサラが座っている。レオンはというと、彼も彼で変装し、護衛としてアイリスのそばについているのでこの場にはいなかった。
すると、サラが隣りにいるローレンに徐に話しかける。
「王様も苦労するね。あの子のわがままに振り回されて」
「いや、そうでもない」
サラの言葉に、ローレンはわずかな笑みを漏らしながらそう返した。そんな様子の彼にサラも少し微笑むと、とんでもない質問を国王に投げかけた。
「前々から聞きたかったんだけど、王様はあの子のこと、どう思ってるの? すごく大事そうにしてる割に、妙に距離を置いているようにも見える」
サラは頬杖をつきながらローレンを見遣るが、彼は全く動揺することなく無表情で一言だけ返してくる。
「さあな」
「ま、そう言うよね」
サラが会場に視線を戻すと、ちょうどアイリスの初戦が始まるところだった。会場には凄まじい声援が響き渡っており、仮面の魔法師の人気の高さが伺える。
そして皆の予想通り、アイリスは余裕で勝利を収めた。
サラはアイリスに拍手を送りながら、何かを思い出したように突然笑い出すと、そのままローレンに愚痴をこぼした。
「『仮面の魔法師』様がランス親子に色々言われた日、珍しくあの子がブチギレててさ。その話を聞いたレオンもブチギレて、二人をなだめるのが大変だったんだよ」
「俺もあんなに怒っているあいつは初めて見たな」
「愛されてるね」
サラがふざけたようにそう言うと、ローレンは機嫌が悪そうに顔を顰めていた。サラは少しからかいすぎたかと思い、お詫びにあることを伝えることにした。
「ごめんごめん。お詫びに良いこと教えといてあげる。王様の話をするとき、あの子はいつも幸せそうな顔をしているよ」
「……フッ。そうか」
突然のサラの言葉にローレンは驚いた様子を見せたが、すぐに穏やかな笑みを漏らしていた。
一方のアイリスは、その後、決勝戦まで順調にコマを進めていた。ちなみに、ここまでは一切本気を出していない。見せ場をすべて、決勝戦に取っておくためだ。
魔法闘技大会のルールは、相手の陣地にある三箇所の的を先に全て射抜いた方の勝利となる。自陣から出ることはできないので、防御魔法の効率的な使用と攻撃魔法の精密さが問われる競技だ。
決勝戦に向かうため、アイリスが闘技場に続く薄暗い通路を歩いていると、その途中にルーイが佇んでいた。ルーイとは決勝戦の前にここで落ち合う約束をしていたので、影で護衛をしてくれているレオンには少し席を外してもらっている。
「お嬢さん」
アイリスを見つけてそう呼ぶ彼は、相変わらずの胡散臭い笑顔を浮かべながら、こちらに手を振っていた。
アイリスはルーイの前まで駆け寄ると、以前彼からもらった緋色のリボンを手渡した。先日登校した際、仮面の魔法師が大会に出場すると聞きつけたルーイから『当日にリボンを持って来て』と言われていたのだ。
「ルーイ。言われた通り持ってきたけど、一体何に使うの?」
「それはもちろん、良いことだよ、お嬢さん。ちょっと髪、触るね」
ルーイはにこやかにそう言うと、アイリスの後ろに立ち、器用に髪を結い始めた。変装が得意なこともあって、髪の扱いにも慣れているらしい。
「……何してるの?」
ルーイの意図が全く読めないアイリスは訝しげにそう尋ねたが、彼はその問いには答えず、代わりによくわからないことを言ってきた。
「お嬢さん。旦那様の事を想像してみてよ」
「……? どうして?」
「ほら、エリー様が言ってただろ? 恋をすると、その人のことを考えただけで胸がドキドキするって」
「ああ、あのこと? 今それ関係あるの?」
「あるある。大あり」
そう言うルーイは、随分と楽しそうな声をしている。
(ルーイのことだし、どうせまた私のことをからかおうとしているのね?)
アイリスがやれやれと溜息をついた矢先、ルーイが後ろからとんでもないことをささやいてきた。
「例えばほら、キスした時のこととか」
「なっ……!!」
彼の言葉で、アイリスは嫌でもローレンの柔らかい唇の感触を思い出してしまい、一気に顔に熱が広がってしまった。そして同時に、心臓もバクバクとうるさく音を立てている。
(確かにドキドキしたけど、キスシーンを思い返せば誰でもドキドキするでしょう!?)
アイリスがそんなことを思いながら唇の感触を懸命に忘れようとしていると、ルーイが満足そうに声を上げた。
「よし、できた!」
髪を結い終わったルーイはそう言うと、再びアイリスの眼の前に戻ってきた。そしてこちらを見て、とても優しく笑ったのだ。
「ハハッ! 顔、真っ赤だね、お嬢さん!」
ルーイにそう言われ、アイリスは思わず両手で頬を抑えた。一向にルーイの意図が読めず、彼をじとりと見遣る。
「で、この髪はどういうこと?」
ルーイに結われた髪は後ろできれいに一つにまとめられており、結び目にはリボンが付けられていた。
アイリスの問いにルーイはニヤリを笑い、またよくわからないことを言い出す。
「旦那様に嫉妬させよう大作戦」
「は? 何よそれ」
「さ、時間だお嬢さん! 行って来い!」
「え、ちょっと!?」
アイリスは結局ルーイの意図がわからないまま、彼に背を押され無理やり会場の入口まで連れて行かれてしまった。直に決勝戦が始まるので、アイリスもこれ以上ルーイと話している余裕はない。
「じゃ、頑張ってね、お嬢さん!」
にこやかに手を振って見送るルーイを横目に、アイリスは仕方なく会場へと向かっていった。
***
会場の中央へと向かうアイリスを見つめながら、ルーイはポツリと言葉をこぼす。
「主は、もう少し自分の気持ちに素直になってもいいと思うんだよねえ。でもお嬢さんは無自覚みたいだし、あれは時間かかるだろうなあ」
そして彼は、頭の後ろで手を組みながら、くるりと踵を返して歩き出す。
「は〜、俺ってなんて良い臣下なんだろ」
そう言うルーイは、友人の幸せを願って、穏やかな笑みを浮かべるのだった。




