63.彼の正体
「陛下、アイリスです」
「入れ」
入室の許可を得て執務室に入ると、そこにはローレンの他に一人の護衛騎士が控えていた。
背筋をピンと伸ばし姿勢良く佇む彼は、少し癖のある赤茶髪に黒い瞳をしていた。初めて見る外見だったが、この魔力には随分と見覚えがある。
「ルーイ!? どうしてここに!?」
「ハハッ! やっぱりお嬢さんに変装は通用しないな」
アイリスが驚いて声を上げると、護衛騎士の彼――ルーイは姿勢を崩し、いつもの胡散臭い笑みを浮かべてそう返した。
状況が掴めず、アイリスは目をパチクリさせてローレンに尋ねる。
「陛下、これはどういう……?」
「お前には、こいつの事を教えておいてもいいかと思ってな」
そう言うローレンは、どこか鬱陶しそうにルーイを見遣っている。
「こいつは、叔父上の元に潜り込ませている諜報員だ。元々は、四年前の俺の暗殺事件に叔父上が関わっていないか調べるために送り込んでいた」
「まあ、あれだお嬢さん。二重スパイってやつだな。この姿のときはルイードって名乗ってるから、そこんとこよろしく」
ルーイはニカッと笑いながらそう言うが、これはかなりの機密事項だ。それをこんな満面の笑顔で言う人物は、彼くらいかもしれない。
そしてその事実を聞いて、アイリスは今までの疑問がスルスルと解けていくようだった。
「じゃあ、アベル殿下に私の正体を明かさないでいてくれたのも……」
「そんなことしたら、陛下に殺されちまうからね」
「ドラゴン誘拐事件の時、あんな早朝に学校にいたのも……」
「ああ。前の晩に、陛下から指示を受けてたからだよ」
相変わらず笑顔でそう答えるルーイに、アイリスはガクリと肩を落とした。この胡散臭い笑顔のせいで、アイリスは随分と振り回された気がする。
「それならそうと言ってくれればよかったのに!」
「ごめんごめん。正体明かしていいか、主に確認とってなかったからね」
抗議の声を上げるアイリスを見て、ルーイはその反応を面白がるようにまた笑っている。そして、彼は目を眇めながらローレンの方を見遣ると、少しすねたような言葉をこぼした。
「でも、こんな素敵な王妃サマのこと、俺にはなーんにも教えてくれないんだもんなあ。俺とあんたの仲なのに、ちょいと冷たくないかい、王様?」
その言葉に、ローレンは面倒くさそうにルーイを見遣った。
「お前とはただの腐れ縁だ」
「えー? 冷たいこと言わんでくださいよ、主〜」
からかうようにルーイが笑いながらそう言うと、ローレンも少しだけ口角を上げていた。傍から見ると、随分と仲が良い友人同士に思える。二人の様子に釣られて、アイリスも思わず笑みをこぼした。
(陛下にも、心を許せる人がいるのね――)
アイリスはそんなことを思いながら、ホッとする安堵の気持ちと、何故かほんのわずかな寂しさを感じていた。
すると、ひとしきり笑い終わったルーイがこちらに向き直り、言葉をかけてくる。
「そういうことで、お嬢さん。俺は優秀な諜報員なんで、もし頼みたいことがあったらいつでも言ってくれ」
ルーイの言葉に、アイリスは思わず苦笑した。自分で「優秀」と言うところが何とも彼らしい。
そしてアイリスは、彼に頼みたいことがないか考えを巡らし、これまでずっと後回しにしていたことをお願いすることにした。
「じゃあ、アトラス王家のことを探ってくれないかしら? もし、私が本物の『黒髪緋眼』だと知られたら、どういう反応になりそうか知りたいの」
「了解。他国だから流石にちょいと時間がかかりそうだけど、まあ気長に待っててよ」
「ありがとう」
いずれ自分の力を明かすその時までに、アトラス王家がどのような対応を取るのか把握しておきたかったのだが、なかなか情報を集める時間が取れていなかった。優秀なルーイに任せておけば大丈夫だろう。
するとルーイは再び笑顔を浮かべ、思い出したようにこう言った。
「でも、ドラゴン誘拐事件では見事だったね、お嬢さん。『黒髪緋眼』の本気、かっこよすぎて惚れちゃったよ」
アイリスは、彼の言葉を訂正せずにそのままスルーするかほんの一瞬迷ったが、あれが本気だと思われるのはなんとも癪だった。そして結局、むぅ、と唇を尖らせて抗議する。
「馬鹿言わないで。あんなの、実力の半分も出してないわよ」
「え……まじ?」
アイリスの言葉に、ルーイは若干引いたような反応をしていた。
そしてアイリスは、ちょうどドラゴン誘拐事件の話題が出たので、ローレンにも少し抗議をすることにした。
「そう言えば陛下……新聞の記事、ちょっと盛りすぎじゃありませんか?」
「嘘は一つも書かれていない。全て間違いなくお前の功績だ」
アイリスの言葉に、ローレンは淡々とそう答えた。そして彼は、目を眇めてこちらを見遣ると、随分と楽しそうな表情を浮かべた。
「あの記事を受けて、国民の『仮面の魔法師』への支持がかなり集まっている。宮廷魔法師団からも、手合わせや指導の申し出が来ているぞ」
「ええっ!?」
『仮面の魔法師』の評判が上がるのは願ってもないことだが、思った以上に大事になっている気がしてならない。
(でもまあ、宮廷魔法師団との関わりができれば、陛下派閥を増やせる機会もあるかもしれないわ)
宮廷魔法師団は、師団長のギデオン・ランスを筆頭に、アベル派閥である人物に偏っている。ローレン派閥である仮面の魔法師がそこに関わることで、テコ入れができるかもしれない。
アイリスは前向きにそう考えると、もう一つ気になっていたことをローレンに尋ねた。
「捕らえた野盗や暗殺者からは、何か有力な情報は得られましたか?」
「いや、奴らからは何も出て来なかった」
アイリスの問いに、ローレンは何の感情もこもっていない声でそう答えた。そして彼は、ニヤリと笑いながらこう続けたのだ。
「――だが、他に十分な収穫があった」
彼のその笑みは、野盗の襲撃があった夜に見た、背筋が凍るような、ゾクリとするような笑みだった。
***
アイリスが退室した後、ルーイはローレンのことをジトリと見遣り、文句を垂れた。
「でも、主。あの子と結婚した理由くらい、教えてくれても良いんじゃないかい? 俺、何も知らされてなくて結構ショックなんだけど」
ルーイの言葉に、ローレンは小さく溜息をついてから答えた。
「……そのうちな」
「理由知ってる奴、いるの?」
「知っているのは、エドモントくらいだ」
「わー。まじで隠してるやつだ、これ。んじゃあ、まあ仕方ないか」
ローレンが絶対に口を割らないと悟ったのか、ルーイは潔く諦めたようだった。
そして、ローレンはルーイの双眸を見据え、自らの臣下に命令を下す。
「ルーイ。引き続き奴の動向を探れ」
するとルーイは、主君の言葉にニヤリと口角を上げて答えた。
「了解、主。さっさと終わらせちまおうぜ」
「ああ。長年の戦いに、ようやく決着をつける時が来たようだ」
そう言うローレンの瞳には、鋭い光が宿っていた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
楽しんでいただけてましたら幸いです。
さて、第二章はここまでとなります。
黒幕がわからずじまいでモヤモヤさせてしまっていたらすみません。
散りばめた伏線は最終章(4章)ですべて回収しますので、犯人はこいつか?いやあいつ?と予想しながら読み進めていただければ幸いです。
この後は、番外編が三話続いたあと、すぐに第三章に突入していきます。
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