61.大きすぎる成果
アイリスは龍王ヘルシングたちを見送ったあと、一旦学校へと戻った。
ルーイがうまく対処してくれたようで、学校には何事もなかったかのようにいつも通りの日常が流れている。
ルーイと合流すると、そこにはマクラレンも一緒にいた。二人はアイリスを見て、ホッとしたような表情を浮かべている。
「お嬢さん、お疲れ様。こっちはもう大丈夫だから、陛下に報告しに行ってあげて。速報は送ったけど、詳細まではまだ伝えられてないんだ」
「わかったわ」
アイリスがドラゴンたちを送り届けるため外に出ていたのは一時間にも満たない時間だったが、そんな短時間でルーイはほとんどの後処理を終えてくれていた。流石はアベルの側近だ。
すると、今度はマクラレンが穏やかな瞳をこちらに向けて、言葉をかけてきた。
「アイビーさん、無事で良かったです」
「今回もお騒がせしました、先生。その……彼の処分は、どうなるでしょうか」
「彼のしたことを考えると……かなり重い罪に問われると思います。彼の凶行を未然に防げなかった、この学校の責任も問われるでしょう。その辺りは、国の決定を待つしかありません」
彼の言う通り、処断が下されるのはドミニクだけではないだろう。学校側、そしてコネリー伯爵にも影響が及ぶはずだ。
しかし、今ここでうだうだと考えても仕方がないので、アイリスは早々に王城に戻りローレンに報告をすることにした。
アイリスは自室に戻ると、大急ぎでドレスに着替え、そっと扉から顔を出した。すると、外に控えてくれていたレオンとサラが同時に振り返る。
「アイリス様! おかえりなさい!」
「アイリス、おつかれ」
「ただいま、二人とも」
二人に会うのは昨夜ぶりなのだが、なんだか久しぶりに二人の顔が見られた気がして、アイリスは思わず顔をほころばせた。
すると、レオンが真面目な表情で口を開く。
「大まかな事情は陛下から聞きました。アイリス様が戻られたら、陛下の執務室に連れて来るよう言われてます」
「わかったわ。行きましょう」
そして、アイリスはレオンとサラを引き連れ、ローレンの執務室へと向かった。
声をかけ執務室に入ると、ローレンがあからさまな安堵の表情を浮かべた。いつもあまり感情を表に出さない人なので、少し珍しいと思ってしまう。
「エドモント、少し席を外せ。レオンとサラはそこにいろ」
「は」
側近のエドモントが退室すると、ローレンはアイリスをじっと見据え、まずは国王としての言葉をかけた。
「まずは、無事で何よりだ。そして、迅速な事件解決に感謝する」
「はい、陛下」
その後、アイリスは事件の顛末について詳細に説明した。
ドラゴンを転移させたのは、おそらく反人族派の魔族であること。ドラゴンを攫った犯人はドミニクで、キメラの研究をしていたこと。彼は魔法師失踪事件の犯人でもあったこと。そして、イオールの街の孤児院から子供を攫ったのも、彼だったこと――。
全てを話し終えると、アイリスは何とも悲惨な事件であることを再認識し、顔を曇らせた。
「大丈夫か? 学友がこんな事件を起こしたんだ。少なからずショックだろう」
「そうですね……複雑な気持ちではあります。父親にあんなに愛されていたのに、どうしてこんなことを……と、どうしても思ってしまいます」
「親の気持ちが、全て子に伝わるとは限らない」
両親から愛されることのなかったアイリスは、どうしてもドミニクのことが理解できなかった。しかし、ローレンの言う通り、親子の関係というのはそう簡単なものではないのかもしれない。
鬱屈とした気持ちでそんな事を考えていると、ローレンが気遣うような視線をこちらに向けてきた。
「残りの処理はこちらで引き取る。お前はもう休め。昨日もあまり休めていないだろう」
「はい、では失礼させていただきま……あっ、お待ちを!」
ローレンに言われた通り退室しようとした時、大事なことを伝え忘れていることに気がついた。事件のことばかりに気を取られ、危うく重要なことを話しそびれるところだった。
「陛下、もう一つご報告が。龍王ヘルシングから、こちらを賜りました」
アイリスはそう言いながら、ヘルシングから受け取った首飾りをローレンに見せた。彼は目を眇めながら、首飾りについた美しい鱗をまじまじと見ている。
「これは?」
「彼曰く、盟友の証だそうです」
「!!」
アイリスの言葉に、ローレンはかなり驚いたように目を見開いていた。そして、後ろに控えていたサラたちからも声が上がる。
「大魔族と友だちになったってこと? アイリス、ほんとに何者なの?」
「しっ! 黙って聞いとけ!」
サラとレオンの会話が耳に入り、アイリスは思わず苦笑を漏らす。自分の師匠が四大魔族であることを伝えたら、どういう反応が返ってくるだろうか。今の立場上、彼らに明かすつもりはないけれど。
そしてアイリスは、真面目な顔に戻してから国王に進言した。
「陛下。『仮面の魔法師』が、大魔族である龍王から盟友の証を賜った、という情報を流すことは出来ませんか? そうすれば、陛下の夢が大きく前進するのではないかと」
「お前は本当に……とんでもないやつだな」
アイリスの提案に、ローレンは目を眇めわずかに笑みを浮かべていた。そして、力強い意思のこもった瞳をこちらに向ける。ローレンの、国王としての瞳だ。
「わかった。此度のお前の活躍を最大限に活かそう。任せておけ」
「……はい!」
アイリスはローレンの役に立てたことが嬉しくて、今にも飛び跳ねそうな気分になる。グッと我慢したものの、表情にはどうしても喜びが溢れてしまった。
「アイリス、改めてご苦労だった。今日はゆっくり休め」
国王から労いの言葉をもらったアイリスは、この日は早々に就寝することにしたのだった。




