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48.震える手で


 その後、程なくしてローレンが伯爵邸の客室に戻ってきた。


 ローレンを待ちわびていたアイリスは、思わず彼に駆け寄った。部屋でひとり待っていたアイリスは、先程までの戦闘を思い出し、強い恐怖に駆られていたのだ。


「陛下、ご無事で何よりです」


 何かが違えば、眼の前にいる青年は命を落としていたかもしれない。そう考えると、震えが止まらなかった。自由に力を使えないことが、酷くもどかしくてならない。


「よかった……本当に……」


 アイリスはそう言葉をこぼすと、無意識にローレンの頬に手を添えていた。彼の温もりを手のひらに感じたアイリスは、ようやく少し安心することができた。


「不安にさせてすまなかった」


 ローレンは、アイリスの頭を優しく撫でながらそう言った。


「もしかして、襲撃があることを予期して私と一緒に寝てくださったのですか?」

「まあ、それもある。襲撃があるとすれば、今夜が絶好の機会だったからな」


 ローレンはいつも自分のことは後回しで、アイリスの身の安全を優先する。どうせ離婚する相手なのだから、こちらのことは気にせず、もっと自分のことを大切にして欲しいのに。

 アイリスは、どうにも彼をうまく守れない自分が、情けなくて仕方がなかった。強大な魔法の力を持っていても、これでは意味がない。この際、さっさと力のことを公にしてしまおうかとすら思ってしまう。


「怖い思いをさせてすまなかった。やはり王城に残していくべきだったな」

「私が怖かったのは、自分が殺されそうになったからではなく、陛下が殺されるかもしれないと思ったからです」


 変わらずこちらを気遣うローレンに、アイリスは眉根を寄せながらそう訴えた。


 先程までの激しい戦闘が脳裏によぎり、また不安に駆られて思わず泣きそうになってしまう。怒りたいのに、涙をこらえるのに必死だった。


「そんな簡単に、ご自分を危険に晒すようなこと……なさらないでください……」

「……すまなかった。わかったから、そんな顔をするな」


 ローレンはアイリスの頭を撫でながら、優しい声でそう言った。ようやく涙が奥に引っ込んだアイリスは、怒っていることが伝わるようにローレンをキッと睨みつけながら、彼に懇願した。


「お一人で全てを背負わないでください。離婚するまでの間とはいえ、私はあなたの妻なんですから。少しくらい分けてください」

「…………」


 アイリスの言葉に、ローレンは驚いたように目を見開いていた。そして、わずかに苦しそうに顔を歪めた後、(おもむろ)にアイリスを抱きしめた。


「へ、陛下?」

「…………少しだけ、少しだけこうさせてくれ」


 いつも気高く威厳に満ち溢れたローレンが、こんなに弱っているところは今まで見たことがなかった。やはり今日のローレンは、何か様子がおかしい気がする。


「何か、ありましたか……?」

「…………いや、何でもないんだ。何でも」


 抱きしめられているため、ローレンがどんな表情をしているかはわからない。だが、何かつらいことや悲しいことがあったのは明らかだった。しかし、それが今夜の襲撃事件のことだとは思えない。


 ローレンに何か出来ることは無いかと考え、アイリスは彼の背中をトントンと優しく叩くことにした。まるで幼子をあやすように。


「大丈夫ですよ。陛下が政権を取り戻すまでは、何があっても私がそばにいますから」

「…………ああ」


 そう答えたローレンの声は、いつもより低くかすれていた。


 しばらくそうして落ち着いたのか、ローレンはアイリスを離し寝台へと手を引いた。


 そして、二人で寝台に入ると、ローレンが天井を見つめながら言葉をかけてきた。


「すまない。情けないところを見せた」

「もっと見せてくれてもいいのに」


 ふふっと微笑みながらそう言うアイリスに、ローレンは苦笑して答える。

 

「勘弁してくれ。この国の王なのに、格好がつかないだろう」

「私にとっては、国王様である前に旦那様ですから」


 アイリスがそう言うと、ローレンはまた驚いたように目を見開いた。そして、その瞳がわずかに熱を帯びる。彼は再びアイリスを抱きしめると、その唇にキスを落とした。

 

「……へ、陛下!?」


 アイリスは突然の出来事に驚き、思わず声を上げていた。


「嫌だったら突き放してくれて構わない」


 ローレンはそう言うが、困ったことに嫌ではないのだ。彼に対して、嫌悪感を抱いたことなど一度もなかった。


 アイリスが何も答えられずにいると、ローレンはひとつ、またひとつとキスを落としていく。触れるだけの、とても優しいキスだった。こんなに何度もキスをするのは初めてで、アイリスは頭が沸騰しそうになるくらい熱くなった。


「陛下、あの……」


 このままでは自分の心臓が保たないと思いストップをかけようと口を開くも、またローレンの唇によって塞がれてしまう。


「ひゃむっ」


 口を封じられたアイリスは、最終手段としてポコポコとローレンの胸を叩いた。そうしてようやく、キスの雨が止んだ。


 アイリスがローレンを見上げながら物言いたげな視線を送ると、彼はクスクスと笑っていた。


「……面白がっていらっしゃいませんか?」

「いや、可愛がっているだけだ」


 そう言いながら、ローレンが愛おしそうな視線を向けてくるものだから、アイリスは恥ずかしさのあまり何も言えなくなってしまった。


「お前は……俺の孤独を癒やすただ一人の人間だな」


 アイリスの頭を撫でながら、ローレンがポツリと小さくそう呟いた。


「……陛下も、ずっと独りだったんですか?」

「そうだな。十年前、両親と弟を失ってからは」


 不意に告げられたその言葉に、アイリスは胸が締め付けられる思いがした。


 ローレンが八歳のときに、彼の父である先王が亡くなったということは聞いていた。しかしまさか、母親と弟も一緒に亡くしていたとは――。

 彼から家族の話が出るのは、これが初めてのことだった。


 言葉に詰まったアイリスに、ローレンはゆっくりと自分の過去を話してくれた。


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