番外編3ー5.諦めの微笑
時系列的には「92.裏切り」より少し前くらいのお話です。
レオンとサラが休暇日のある日のこと。
中庭に続く王城の外廊下で、サラはひとり佇んでいた。
「あれ? サラ嬢、こんなところで何してんの?」
そう声をかけてきたのは、文官姿のルーイだ。サラが彼の正体を見破って以降、この神出鬼没の男とはこうして城で見かけては話す仲になった。
「レオンの告白され待ち」
そう言って、サラは視線だけでレオンがいる方を示す。そこにはレオンとともに、顔を赤らめたひとりの侍女の姿があった。その光景を見て、ルーイは納得したような声を上げる。
「あ〜。闘技大会で大活躍だったもんねえ、レオン君」
「今日で三人目」
「わお。流石モテ男」
レオンは基本的にアイリスの専属護衛として忙しい日々を送っているので、たまの休暇日を狙って侍女たちが一斉に自らの想いを伝えにやってくる。
今までにもレオンが告白される場面に遭遇したことは何度かあったものの、闘技大会後にそれが顕著に増えた。休暇日は決まってレオンが手合わせをしようと誘ってくるのだが、二人で中庭に向かうまでにこうして何度も呼び止められるのだ。
「でも、サラ嬢も妬まれそうだね。いつもレオン君の隣にいると」
「この前、見ず知らずの女に水を吹っ掛けられたときは流石にキレそうになったよ」
レオンとは休暇日も何かと一緒にいることが多いので、二人の関係を誤解した侍女やメイドから言いがかりをつけられたことが何度もあった。面倒事に発展しそうなのでレオンには伝えていないが。
すると、疲れた顔のサラに、ルーイが苦笑しながら同情の言葉をかけてくれた。
「それは……随分と災難だったね」
「誰か手を出さなかった私を褒めてほしい」
「サラ嬢が手を出したら、相手死んじゃうから。でも偉かった、偉かった」
ルーイは変わらず苦笑しながらそう言った後、サラにこう尋ねてきた。
「そんなにたくさん告白されてるのに、レオン君は誰とも恋仲になったりしないのかい?」
「しばらくはないんじゃないかな。今はアイリスや王様に仕えることしか考えられないからって、全員断ってるみたいだし」
それでもいいからと言い寄る女ももちろんいたが、惚れた男に『そんな不誠実なことはできない。君を傷つけたくないから』と言われれば、みな何も言い返せなくなるものだ。フッてもなお株が下がらないとは、相変わらず罪な男である。
「そういうサラ嬢は、最近ようやく告白されなくなったみたいだね」
「おかげさまで」
「聞いたよ、必殺の断り文句。『自分より強い相手が良い』なんて言われたら、誰も言い寄れなくなっちゃうよなあ」
サラはこの城に来てからというもの、毎日毎日誰かしらに告白されていた。自分の見た目が多少良いことは自覚していたが、こうも毎日、しかもほとんど絡んだこともない相手から言い寄られると、流石に面倒になってくるものだ。だから、絶対に誰とも付き合う気がないという意思を示すために、無理難題を突きつけたのだ。
「どうせみんな私の見た目に寄ってきてるだけだからね。話したこともない相手にばかり言い寄られて、いい加減うんざりして」
「なるほどね。確かに中身を見てくれないのは寂しいよね」
そこまで言うと、ルーイはいつものように胡散臭い笑みを浮かべてこう言った。
「そんなサラ嬢には、レオン君なんかどうかなと思ってるんだけど――」
しかし彼は、突然そこで言葉を止めた。レオンが近づいてくるのを察知したのだろう。そして、ニヤリと口角を上げたのだ。
とてつもなく嫌な予感がする。この顔のときの彼は、ろくなことをしない。
サラはルーイを牽制しようとしたが、先にレオンから声をかけられてしまった。
「ごめん、サラ。お待たせ……って、悪い、取り込み中?」
「いや、何でも――」
ルーイが余計なことを喋らないうちにさっさとこの場を離れようしたものの、彼はサラの言葉に被せる形ですぐに返事をした。
「はい。サラさんとは、私的な話がありまして……できれば席を外していただけるとありがたいのですが」
ルーイは先程とは打って変わって非常にかしこまった態度でそう言った。さっきまでと声音もだいぶ違う。それに、こちらとの距離がだいぶ近くなっている。絶対にわざとだ。
「………………」
サラが内心頭を抱えこの場をどうしようかと考えている間、レオンは黙って二人の様子をまじまじと見つめていた。
すると、突然レオンがルーイに向かってこう言い放つ。
「俺ら、これから手合わせするんで、また今度にしてください。それじゃ」
サラはその言葉に驚きパッとレオンの方を見ると、彼はほんの少しだけ機嫌が悪そうだった。
そしてあろうことか、レオンはサラの手首を掴み、ぐいっと身を引き寄せたのだ。
「行くぞ、サラ」
「ちょっと、レオン!?」
レオンはサラの手首を掴んだまま、ずんずんと外廊下を進んでいく。そのまま有無を言わさず中庭へと連れて行かれ、ようやくそこでレオンの手が離れた。そして彼は、バツが悪そうに目を泳がせながら口を開く。
「あー、なんていうか、その……」
流石に先ほどの態度を弁明しないと、この場が収まらないと思ったのだろう。彼は必死に言葉を探している様子だったが、なかなか出てこないようだった。
すると、彼は頭をくしゃくしゃと掻きながら勢いに任せてこう言った。
「あいつは……なんかだめだ! 胡散臭え! 男の勘!」
まさかの言葉に、サラは思わず目を丸くした。これまで何人もの男たちに告白されてきたが、レオンが何か言ってきたことなど一度もなかったからだ。
ルーイにまんまと遊ばれたレオンは、眉根を寄せたなんとも言えない表情をしている。普段見ない気まずそうな様子の彼に、サラは思わず吹き出してしまった。
「フッ。アハハッ! 違う違う、あいつとはそういうんじゃないから!」
笑いながらそう言うと、レオンは少し安心したように表情を緩めていた。
「でも珍しいね。いつもは私が誰に絡まれてようが何も言わないのに」
「悪かったよ。相棒には幸せになって欲しくてさ」
レオンは気まずそうにそう言った後、何やらしばらく悩んでいる様子だった。そして悩んだ末に、彼はこんなことを言ってきた。
「すっっっげえ、お節介なこと言っていいか?」
「なに?」
「お前の相手は、自分のことを好きだと思わせてくれる奴がいいと思う」
いつになく真面目な顔でそう言われ、サラは面を食らってしまった。しかし、「自分のことを好きだと思わせてくれる奴」とは一体どういうことだろうか。そんな疑問に答えるように、レオンは言葉を続けた。
「前に言ってただろ? 暗殺業してたから、自分のことが大嫌いだって。お前が暗殺者として人を殺してきた事実は変えられないし、それをなかったことにするってのも違うと思う。でも、ずっと自分のことを嫌って生きるのは、少し悲しい……というか……寂しいと思うんだ」
レオンのその言葉に、不覚にも胸を打たれた。今まで自分の過去を明かしたのは、レオンとアイリスだけだ。だからそんなことを言われたことももちろんなくて、ついグラリと心が揺らいでしまった。
「だからさ、ようやく仇討ちが終わって前に進めるようになったから、次は、お前が自分のことを好きだと思えるようになったらいいなって、思ってるんだよ」
レオンはそう言いながら微笑みかけてくる。彼のその笑顔に、しばらく返す言葉が見つからなかった。
母と姉が殺されてから、里が滅んでから、ずっとひとりで生きてきた。ひとりでいる間、不思議と孤独を感じたことは一度もなかった。
でも、多分もうだめだ。
こんなにも自分のことを考えてくれる人がいる環境に身を置いてしまっては、もう、ひとりに戻ることはできない。きっと寂しくて、虚しくて、孤独に耐えられないだろう。自分でも、随分と弱くなってしまったなと思う。
サラは言葉に迷って、どうでもいいことを口に出していた。
「……私が言ったこと、よくそんな事細かに覚えてるね」
「自分から聞いといて忘れる奴がいるかよ」
そう言うレオンはどこか不満げだ。あの時はしつこく過去を聞かれ少し面倒だとも思ったが、今の言葉で彼はそれなりの覚悟を持って聞いてくれたのだとわかった。
「……女がこぞってお前に惚れるのも納得だな」
「ん? なんか言ったか?」
「別になんにも。でもありがとね」
サラはそう言いながら、自然と笑みをこぼした。自分でも無意識のうちに出た、穏やかな笑みだった。
そんなサラに、レオンは少し照れた様子で短く返事をした。
「……おう」
その後二人は、いつものように手合わせをした後、中庭で休憩がてら雑談をしていた。
「ねえ、レオン。今度一回、本気で試合しない?」
サラの何気ない提案に、レオンは目を輝かせて食いついた。
「お! やるやる! 何なら今からでも!」
「今はもう魔力切れで無理」
レオンの相変わらずの体力馬鹿っぷりに、サラは思わず苦笑を漏らす。
一方の彼は、残念そうな表情を浮かべた後、すぐにパッと目を見開いた。何か良いことでも思いついたようだ。
「せっかくだし、なんか賭けようぜ! 勝ったほうが負けた方の望みを聞く、的な!」
ワクワクした顔で目を輝かせながらそう言うレオンは、まるで尻尾を振る子犬のようだ。その様子に、サラは思わず微笑をこぼす。
「いいね。じゃあ私が勝ったら、今度お酒でも奢って」
「オッケー。俺が勝ったら……どうしようかな……あっ、デート一回」
「グッ、ゲホッ」
レオンから出てきたまさかの単語に、サラは飲んでいた水を危うく吹き出すところだった。まあ、盛大にむせたのだが。
「大丈夫か?」
「デートって意味、わかってる?」
じとりとレオンを見ながらそう言うと、彼は怪訝そうな表情になる。馬鹿にしてるのかとでも言いたげな顔だ。
「男と女が二人で出かけることだろ?」
「……別にそこまで間違ってないのが逆に腹立つな」
レオン本人にそういう意図がないことはわかりきっている。こいつのこういうところに引っかかって泣かされた女たちが今まで何人いただろうか。サラは心のなかで彼女たちに深く同情する。
そして小さく溜息をついてから、こう尋ねた。
「どっか行きたいところでもあるの?」
「この前、城下街でめちゃくちゃ美味い飯屋見つけてさ! お前にもあそこの料理食わせてやりたくて!」
興奮気味に語るレオンに、サラは思わず笑い出す。
「ふふっ。レオン。それ、私のご褒美になってない?」
「あ? え? 確かに……」
レオンは自分が提案した内容がおかしいことに気づいたようだったが、すぐにニッと笑った。
「まあ、細かいことは気にすんなよ」
「じゃあ、私が勝っても負けてもそこ行こうよ。まあ、私が負けることはないだろうから、レオンの奢りで」
「言ったな? 絶対負けねえ!」
そうして二人は、またしばらく笑い合いながら雑談を続けた。
そんな中で、サラはふと思う。
(困ったことに、こいつの隣にいるのが妙に心地いいんだよな。それで――)
レオンの横顔を見ると、彼はいつものように人懐っこい笑顔を浮かべていた。
(それで、こいつの隣りにいると、自分のこと、不思議とそんなに嫌いじゃなくなるんだ)
そう思うと、サラは諦めたように微笑をこぼした。




