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B&B 第三章

作者: 因幡素兎

3章/flower the scarred


 /

 

 ああ、またこの夢だ。もう何度も見ている。でも目が覚めると忘れている夢。ここに戻ってくるとまた思い出す・・・。

 季節は、たぶん夏だろう・・・。

 蝉の羽音がミンミンと遠くから聞こえてくる。それとは別に近くからは涼やかなピアノの音色が流れてきていた。俺の耳に届いてくるとき前者はBGM、後者はメロディーだった。

 メロディーは流れる。ゆったりとした戦慄、かと思えば不毛なほどに連打される裏戦慄。お互いにひしめき合う音色。その間で何かが脈打つ間隔が”トクトク”と密かにしかし確かに感じられた。

 夢の中ではよく聴く不思議な曲だった。でもそれはきっとオリジナル。そう思わせるのは曲自体が節々不格好に切られたり繋げられたりしているように思えたからだ。その曲調を例えるなら不器用なモーツァルトといったような雰囲気といえただろう。

 ”タラリラット、タラリラ、タラリ、ラリラ、タラリラ”

 左手で仮面をしたピエロの少女が快活に舞踏を踏み、右手では幼い少年がそれを眺める。少女のピエロは笑った道化師の仮面で宙を舞い、ソレを眺める少年の目は大きく見開かれ遠く何かとてつもなく不毛なものを見つめているようなズシっと重い視線をしていた。そんな映像を思わせる、ピアノの音色が、聞こえてくる。

 後ろを振り返れば眩しすぎるであろう日差しを背に、俺は佇んでいた。

 白い洋館。夏の日差しの熱気を全て冷風に変えてしまうような涼しげな佇まい。白い姿が日差しを反射して健康的で明るかった。遠く見上げる、正面の門越しから見える半円形のテラス、そこに開け放された掃き出し窓が見えた。ソレだけでも充分風通しを思わせる涼しげなテラス。さらにその掃き出し窓の中から白いレースのカーテンがちょこちょことそよぐのが見え、それがいっそう夏の陽気を涼やかに変えていた。それに、今も俺の耳を打つ音色、それもその中から流れてきているようだった。

 夏の日差しの下ひぐらしの鳴き声を背に、額にジワジワと汗をかきながら、俺はその涼しげな洋館の前に立っていた。

 門扉のチャイムを押すべきか押さないべきか迷っているのだ。

 覚えてる。この話は何回か見た。たしか、俺は友達の家に行く途中だ。バスケットボールをつきながらこの道を通っていたんだ。でも誤ってボールを塀の向こうへやってしまった。その塀がこの白い洋館だったんだ。脳裏をそんな記憶が思考する。

 ”タラリラット、タラリラ、タラリ、ラリラ、タラリラ”

 そして不器用なモーツァルトが木霊する。一方ミンミンとうるさい夏の虫の羽音を背に、俺はジワジワと決断を迫られていた。目前にはカメラ付きのインターホンが設置されている。手を伸ばそうか・・・どうしようか・・・。迷っていた。

 その時だった。

 ”タラリラット、タラリラ、タラ・・・”

 突然、音が途切れて止んだ。不器用なモーツァルトが踊るのを止めた。静かだった。ひぐらしの鳴く声が表に戻ってきた。日差しがカンカンと照り注ぎ、誰もいないみたいだった。

 もしかして時も止まってしまったのかもしれない。と何故だろう大袈裟ではなく俺はそう思った。

 すると誰かが白いレースのカーテンからテラスに姿を現した。

 少女だった。日焼け?何ソレ、とか言い出しそうな白肌。水色のワンピース。長い髪の毛。黒点のような瞳。年齢の割に美しいと言える顔立ちの少女だった。

 少女はテラスへ上がる。そしてそこを囲む手すりから身を乗り出し俺の方を見下ろした。

 

 黒い瞳が俺を見つけて、とても嬉しそうにニタリと嗤った。


 

 目を覚ますといつものソファで寝ていた。何か夢を見ていたのは確かだが、その内容は例の如く意識の中に残ってはいなかった。

 ”タラリラット、タラリラ”

 未だ耳鳴りのように耳に残るその音。

 クロトは何所だろう?腰を上げて辺りを見回すとダイニングキッチンの方にその後ろ姿を見つけた。

 良い匂いがする。またチェリーパイでも焼いているのだろうか・・・。

 「起きたの?」

 手ふきで手を拭いながらエプロンをした彼がやってきた。相変わらず優しい笑みを浮かべている。

 「おう、このソファやっぱり寝心地最高だわ。」

 うちにも一つ欲しいくらいだ。姉妹も喜ぶだろうな・・・。というか飛び跳ねてバネを壊しそうだな、セイカらへんが・・・。でも何所に置くのか?

 脳裏に自分ん家の図を思い浮かべながら無理っぽいと思っているとクロトは笑いながらエプロンを脱いで横に立った。

 「もって帰っちゃダメだよ。」

 「うん、どうせ置く場所ない。」

 「今、パイ作ったけど食べるでしょ?」

 パイつくってんのか?と訊こうとしたら先に言われた。どうやらもう完成したらしい。

 「じゃ、味見させてもらおうかね。」

 「いいよ、全部食べて。どうせマコトに作ったようなものだし。」

 「彼女は?」

 「うん、あの人の分は一個残しといてあげてね。」

 よっこいしょういちっと腰を上げるとダイニングキッチンへ向かう。ダインイングテーブルに置かれた一枚の円形のパイは既に八等分に切り分けられていた。

 クロトが横から取り皿とフォークを持ってくると俺達はダイニングテーブルの席に座った。

 チェリーパイは相変わらずうまい出来だった。芳醇な甘みと酸味が素晴らしい作品だ。しかも隠し味にワインを加えているのはクロトの料理の特徴である。時々思うが本当にコイツはこういうところ本物のパティシエレベルである。さすが超夜型引きこもり男である。いくらでも練習する時間があるのだろう。

 俺は、おいこら味わえっという間にパイを五つほど腹の中に入れてしまった。満腹である。

 「あー、腹一杯だわ。」

 「僕も2個食べたよ。お腹いっぱい。なかなか会心の出来かな。」

 満足気にそう言ってニコッと微笑むクロト。

 アルミ色の型皿の上にはぽつんと一切れパイが残っていた。

 「これ、彼女にメール残しといてやらないの?」

 「あ、うん、今からするー。」

 クロトは答えてソファの前の足の短いテーブルの上。充電器に刺さった携帯電話を取りに行った

 相変わらずどこか楽しそうなヤツである。こんな生活して・・・・。クロトは結構いやかなり楽観主義者なやつである。

 そうして俺はダイニングテーブルに座ったまましばらく呆っと残された一切れのパイを眺めていた。がいくらかしても後ろから何も動きが現れないので、なんだろう?と振り返った。

 するとどうだ・・・。クロトはまだ携帯電話を片手にソファの前に立っていた。

 「どうした?」

 横顔でもはっきりと青ざめているのが分かる。暗い貌をしていた。

 なにかあったのだろうか?

 徐に席を立つとクロトは素早くこっちを向いた。

 「うんうん、何でもないよ。ちょっとメールを見てただけだから・・・。」

 歪に笑った。明らかに変だけど何か問いただすのも空気じゃない気がして俺は「あ、そう」とだけ答えた。

 その後、一緒にTVでも見ているときもクロトはゲラゲラ笑っている俺を横にどことなくしんみりしていた。

 「ねぇ、知ってる?」

 「ん?」

 突然、クロトが口火を切った。俺はテレビ画面から彼に視線を向けた。

 「ゴミ箱殺人・・・。また出たんだって。」

 「ああ、先週の。」

 なんだ、そんなの前にも話した話題だ。これで三件目。先週またゴミ箱に死体が遺棄される連続殺人が起こった件。

 死体発見現場は刑堂駅近くの路地裏ゴミ捨て場、気持ち悪いことにその場所を俺は今日ここに来るまでに電車で通っている。被害者はフリーター無職の男。外傷は腹部などを切開され臓器などが流出している状態で発見されたとテレビで報道されていた。やはりこれも発見当初はゴミ袋に入れられて粗大ゴミの山の麓に置かれていたという。まぁ、間違いなく一連の連続殺人と同一のものであるようだ。

 クロトはどうもこの連続殺人事件がちくいち気になってしょうがないらしいのだが・・・。

 「違うよ、四件目。ちょっとチャンネル回してみて・・・。」

 言われてはてな?と小首をかしげる俺。手元のリモコンでTVのチャンネルを回した。

 何回目かチャンネルを回し、ニュース速報のところでクロトは「とめて」と言った。

 ニュースの中で取り上げられていた内容はもう見慣れてきたゴミ箱死体遺棄事件のことだった。が、それはクロトの言ったことと符合するような新情報だった。

 また一人殺されたそうだ。

 二週連続での殺害は初めてだった。殺されたのは今朝の午前2時頃の深夜だそうだが、発見されたのはついさっき少し前だったらしい。テレビではまだ現場を警察が封鎖している生々しい映像を中継していた。中継している女の人が青ざめた顔をしている。相当な惨劇らしく現場のマンション周辺には黒い人だかりが不穏にざわめいていた。

 「四件目かぁ・・・。加速してんのかなぁ。」

 俺がボソッと呟く。するとクロトは答えなかった。そのかわりに何かに怯えるように体育座りをして丸くなりふさぎ込んでしまった。

 俺は何だかなぁと思った。もともと臆病な雰囲気のあるクロトではあるけど、別に自分の目の前に殺人鬼がいるわけでもないのに、少々大袈裟では無いだろうか?だいたいこんなデッカイマンションに一人暮らししてるくせにこんな報道ぐらいで怯えてて大丈夫なのだろうか・・・。

 しかし、それにしてもテレビに移っているその現場。桜ヶ丘駅近くの高層マンション前ゴミ置き場って・・・・。おい、各駅を使えばここから二駅でいけるではないか・・・。

 またずいぶんと近場でその事件は起きたようだった。もしかしてこの殺人鬼はやっぱりここら辺に住んでいるのだろうかと思わせなくもない。だとしたらソイツはいったい何者なのだろう?そしてソイツはいったい何を思ってこんなことをしているのだろうか?などと俺が考えてもしょうがないことなのだが。まぁ、とにもかくにも薄気味悪い事件である。まったく迷惑な話だ。ほんとに、気持ちの悪い話だ。

 隣でふさぎ込んでしまったクロト。彼も一種の被害者だ。こういう話が苦手なのだ。それは俺も同じだ。

 しかし、最近さすがに疑問に思ってきたが・・・どうしてこう俺達はこの事件を無視することが、できないのだろう・・・。

 

/1


 夏休みです。楽しい思い出や達成感のある充実した日々をおくりたいあなた。宿題はお早めに終わらしておくことをおすすめします。

 と、言う前置きはこの話には全然まったく関係がない。

 「つかれたー。ちょっと休憩にしよーぅ」

 と、言ってちゃぶ台の上に俯したのは藤本利香、ツインテールの怠惰なヤツでセイカのクラスメートである。

 「まだ三十分しか経ってないけど」

 とそんなフジモトをキョトンと見据えるのは知っての通り空木青果。

 「だらしねぇなぁ、B組ぃ〜」

 呆れ半分皮肉半分のこのセリフを口にしたのは男勝りの十三歳、灰原浅葱。俯したフジモトをつり目の目線で見下ろした。

 「よし、イリヤわたしにサインとかコサインとか色々教えなさいよ。」

 「うん、具体的に何が分からないの?」

 「すべて。」

 「そっか」

 ニコッと笑ってセイカに受け答えているのは入谷縹。ボブカットのD組才女である。

 そしてテレビの前の指定席で一人ボーっとちゃぶ台の木目を眺めているのは空木黒葉である。口の中で何やらコロコロと転がしているのは最近はまっている市販のあめ玉である。

 コクハはこの日、元気がない。セイカは特に変わらない。ところでマコトは家にいない。

 姉妹は今、学校のクラスメート達と琴乃葉家で勉強会である。

 「兄貴はどうしたの?」

 とアサギが訊くとセイカが

 「友達んとこ寄って帰るときは遅いんだよアイツ。」

 と答えた。

 セイカとしては少々、野放しにし過ぎていると思っているらしいがコクハは正直どうでもいいと思っているらしい。

 「なんだ、腹減ってんのにマコト兄貴いなきゃまともなもん望めないじゃん。」

 専属コックが突発休暇のため空腹を満たせる予感がしない、今日は早めに帰ろうかなぁっというのがアサギの意見だった。

 「おまえは何を目的にうちに来てんだい?」

 というのがセイカの意見だった。

 「ねぇ、なんかして遊ぼうよぅー」

 ちなみにこれがフジモトの意見だった。

 まだ夏休み初めの七月である。宿題を急ぐほどの時期ではない。結局コイツラは適当な理由をつけてまたいつものようにこの家にたむろっているだけなのだ。必然的に宿題モードはすぐに破綻するのは目に見えているのである。

 ところで最近フジモトは花の飼育などに凝っているらしい。自由人を気取った専業主婦である母親の影響だそうだ。

 「それが凄いの!」

 「何が凄いの?」

 フジモトとセイカはものの三十分弱で脱線していた。さすがオチこぼれ一歩手前のB組である。

 「肥料。スカーレッドていうんだけど。」

 「ああ、例のネット販売のうさんくさいヤツかぁ・・・。あれって個人販売でしょ?」

 「うん、そうだよ。でも凄いんだよ。あれで育てると見る見るうちに植物が大きくなるんだから。」

 今、フジモトが語っている肥料はある花飼育日記的なブログから広まったものだそうだ。とても栄養価が高く植物の生長を促進させる作用のある肥料である。そのブログの開設者が独自の手法で作って売り出しているいわゆるネット回線上の市場での個人販売であり公的な法人などは関与していないものである。

 「この前なんてねぇ。アジサイにその肥料使ったら青い花が咲くはずが赤い花が咲いたんだよ。」

 「何ソレ?肥料で花の色って変わるの?」

 「アジサイは土壌が酸性かアルカリ性かで色が変わるって言うよね。」

 とイリヤが横から補足を加えた。が、フジモトは意味分かってんのか分かってないのかよくわからないが、ふむふむと頷きながら

 「で、噂だけどその肥料を作ってる人が学校の近くに住んでるんだって聞いたんだぁ。」

 「へー。」

 興味なさ気にセイカが答える。

 「ところで」

 とここでアサギが話を変えた。

 「あのさぁ、ある技を練習したいんだけど。」

 アサギは不適に笑った。セイカは笑止っと鼻息を漏らす。

 二人は無言で見つめ合うとサッと立ち上がった。

 この二人にはよく見られる光景である。格闘技好きのアサギはこうして時たま誰かしらに技をかけたがるが話に乗ってくれるのはセイカだけというのがお決まりなのである。

 「前屈みになって。」

 アサギの要求。セイカは”わたしに技をかけれるとでも?”とほくそ笑みながら従った。

 「ちょっと止めなよぉ。こんなところで」

 と忠告するフジモトなんて無視でアサギは前屈みになっているセイカの垂らされた頭に腕を巻き付けた。

 と、この時、セイカは感づいた。

 コレはまずいなぁ・・・。コイツ、あれをかけるつもりだよ。

 その技の名前はDDT。アメリカのプロレスラー、”ジェイクロバーツ”が考案した投げ技。フロントヘッドロックの体制から後方に倒れ込み相手の頭部を地面に叩き付ける荒技である。

 あんな技を食らったらいくらわたしでも二度と立ち上がれないかも知れない・・・。脳震盪とか経験するにはまだ若すぎる。

 セイカの脳裏をその痛々しいビジョンが覆った。

 刹那、

 アサギは待ったなしと体重を後方に乗せた。しかし、セイカは即座に反応した。

 腰から首にかけて抵抗して足はしっかりと地面を掴んで離さないように・・・。

 それでもアサギの自重と力みに対抗できるほどのポテンシャルは持ち合わしていない。

 結果、技こそ未遂に終わらせられたものの、二人は次の瞬間にはバランスを崩して転倒していた。

 「うわ」「ぎゃ」ドガッと倒れ込んだはいいけど、案外二人とも無事。何所も痛くない。ソレもそのはず二人は運良く地面に倒れたのではなくもっと柔らかいものを下敷きにしたのだから。

 しかし、その倒れた二人の下敷きになってしまったのがコクハであったのは不幸中の幸い中の不幸であった。

 「悪い、コクハ。」

 気まずそうに苦笑いするアサギ。

 「とりあえず、どけ。」

 「あ、ごめん」

 言われてそそくさと身をどかすアサギは正座でコクハの前に控えた。そしてボソボソとセイカが抵抗しなければっと愚痴っていた。

 「おまえ、こんなところで何やってるんだ?」

 俯せに寝ころんだままセイカが言った。アサギがどいてもコクハは未だ寝転がったままだからだ。コクハはさすがにキッと眉を吊り上げた。

 「おまえが・・・どかないからだぁ!」

 ドンっと上に乗っているセイカを蹴り上げてプンスカコクハはムスッと座った。

 「機嫌・・・・悪いなぁ。」

 「いや、そりゃそうでしょ。」

 妹を見つめながら深刻そうに呟いたセイカにフジモトは呆れて言った。しかしセイカは弁解する。

 「いやいや、そうじゃなくて、今日はなんか一日中機嫌が悪いんだよ。」

 「そう?いつもと同じじゃない?」

 「いや、わたしには分かるんだよ。ほら、心なしかいつもより上瞼が低い位置まで下げられてるでしょ。」

 「ま、とりあえずあたしはなんか怒られなかったからいいや。」

 アサギはコクハがそのまままた黙りこくって背中を向けているので安心したように足を崩した。

 「ねぇ、コクハ。気分でも悪いの?」

 イリヤがコクハの背中に近づく。

 「・・・ない・・。」

 「え?」

 よく聞こえなかったと聞き返すイリヤ。コクハは徐に振り返った。

 「チャーリーブラウンが・・・いないんだよ」

 ボソッと呟いたコクハの口から出たその名前は、二ヶ月ほど前から琴乃葉家で飼っている猫の名前だった。


***


  「はぃ、本日の依頼。」

 フジモトが張り切って差し出すその花柄の手紙には女の子の丸文字で猫探しの依頼内容が記されていた。それと送付で三毛猫の写真。

 「ま、ちょうどいいよな。一度に2匹探せるよ。」

 セイカは言って、受け取る。いつものメンバーは道を塞いで歩きながら話した。

 ちなみにこの依頼というのは、実を話せばセイカが最近趣味でやっているプチ探偵のようなもので、学校での悩み相談や人物の身辺調査など多岐にわたる。これはセイカの独断で始められた行為だが、なぜか結局いつもコクハとセットなのはあしからず・・・。あと、補足。フジモトはセイカの助手役として無理矢理付き合わされているのが現状。

 

 なんでも2匹とも昨日の昼前ぐらいから失踪したらしい。

 当初、セイカはまったく気付かなかったがコクハは姿が見えないことにずっと気をもんでいた。

 琴乃葉家の方は、猫のチャーリーブラウン。特徴は眉間の上辺りにあるつむじ。ブラウンの毛並みの体格の小さい猫である。まだ生後数ヶ月という仔猫で鳴き声も未発達で「フニャ」とか、ずいぶんなさけない声で鳴く。

 

 猫探し。

 とりあえずセイカが段取ったとおりにイリヤがチャーリーブラウンの捜索張り紙を作って四十枚ほど刷って持ってきていた。張り紙の内容は猫の写真と特徴などが記載された「行方不明の猫です」といった内容。写真は前に写メで撮ったものをパソコンに入れて画像を貼ったものである。

 チャーリーブラウンは今までに琴乃葉家から外に出ることは少なかった。まだ小さい仔猫であることがそうさせたのだろうが、そのチャーリーブラウンが今回いなくなった。コクハはいつになく似合わない様子で心配していた。

 そんなしおらしい妹を見てセイカが「もしかしたら、車か何かに跳ねられてしまったかもしれないね。見つかった時にはもう何か動かないただの物体Aと化しているかも。」などと言ってちゃかしても別段気色ばむわけでもなく逆に深刻そうに顔を青くするばかりだったので、よっぽでチャーリーブラウンを思っているようだった。

 そんなチャーリーブラウンだがこのところ、ごく最近よく琴乃葉家から外に散歩に出かけることもあった。だんだん成長してきているんだなぁという反面、コクハは「大丈夫かなぁ」などとこれも似合わずよく心配していた。そんな時は必ずセイカが「自由にさせてやれよ。動物は束縛されるのが一番可哀想だ。」などともっともそうに言っていた。

 「おまえが言うとおりにしていたらいつもこうなる。」これがコクハの意見である。セイカは至って責任は感じていないが面白く無さそうな貌をしていた。

 昨日の夜の時点でコクハはセイカを連れて前にチャーリーブラウンを拾った金城の寿司屋裏手の駐車場など見て回ったり、挙げ句の果てには不幸のどん底みたいな緑川家を訪問したりしてみていたが結果は残念ながら何の手がかりも掴めずに終わった。

 まずこの日、五人は手分けして琴乃葉家のある生駒町から坂を登った金城のあたりまで電柱や壁に無断で張り紙を貼り回っていた。

 もしかしたらチャーリーブラウンは昔暮らしていた金城の寿司屋裏手の駐車場に行こうとして迷ってしまったのかもしれないと思ったのだ。

 張り紙を貼り始めて一時間。思ったよりペースが良くなかった。

 「うわーここら辺なんか、貼るところ見あたらないよう。」

 言ったフジモトの目線にある通りに面した塀には所狭しと張り紙が貼ってあった。まるでスーパーなどが乱立している区域で張り紙の競争でもしているかのようで滑稽だった。が、まさかこんな公共の場所にチラシを貼ったり看板を立てたりすれば警察に注意されるのは分かっている業者の類がそんなことはしない。それにその張り紙達の内容は一定して同じタイプのものだったが、それは営利目的の張り紙ではなかった。

 《うちのペットが行方不明になってしまいました。見かけた方はご連絡お願いします》

 見事に全ての張り紙がそういった類の内容だった。ここに来るまでにも電信柱や塀や掲示板などに異常なほどそのような張り紙は見受けられた。そのおかげでコクハ達は張り紙を貼る場所を探し歩いていたような感じで、あまりはかどっていなかったのだ。時には張り紙に迷惑して剥がし回っている近隣住民に注意をくらうこともあった。

 どうやらコクハ達だけではない、ここら辺では飼い犬や飼い猫の失踪が相次いでいるらしい。その範囲がコクハ達が通ってきた生駒町から金城町までなのかソレより広い範囲なのかは知らないが、偶然にしては少しできすぎているようにもこの時コクハは思っていた。

 誰か猫や犬をさらっているような人間でもいるんだろうか?ここら辺の町には元からあまり野良猫や野良犬はいない。生駒町には野良猫ぐらいなら時々見受けられたが、金城ほどの整備された町であるとそんな汚らわしいものは存在しなかった。もし、誰かが猫や犬をさらっているのだとしたら、それはどういった理由だろうか?まずペットでなければいけないのか、野良でも良かったのかさえも予想するには情報資料がたりない。でも、少なくともチャーリーブラウンが誰かにさらわれたのだとすると、まったくもって不愉快な話であることは確かだ。

 コクハはそう思うと、ますますチャーリーブラウンのことが心配で終始押し黙ってそのことばかり考えていた。

 五人は金城の住宅街の一角にある小さな公園で休憩することにした。

 「コクハ・・・。きっと大丈夫だよ。」

 不安そうに俯くコクハにイリヤが優しい声で励ましの言葉をかけた。

 「あんがい今日、帰ったら”何事?”って顔して出迎えたりしてな。」

 アサギもそう言って気楽そうにベンチに寄りかかる。

 「でもさぁ、チャリリン昨日からいないんでしょ?ご飯とか・・・お腹すいてないかなぁ・・・。」

 フジモトがそう言うとコクハは小さく頷いた。

 「うん、私もそれが気になる。」

 アサギがフジモトのケツをビシっと蹴る。

 「おまえ、コクハ不安にさせてどうすんだよ。ばかっ。」

 「えええ、あたしそんなつもりじゃ・・」

 「いや、てゆーか」

 言って、コクハはデニムの半ズボンのポケットから大きなあめ玉を一つ取りだして、ビニールを破いて口の中に放り込んだ。そして続ける。

 「心配というか・・・。チャーリーブラウンはまだ子供だから。自分で餌をとるとか想像できないんだよ。狩りの特訓なんてしてないしね。」

 「なるほど、いや、てゆーかそういう問題かい。」

 アサギが突っ込むとコクハは当然のように「他にどんな問題があるんだ?」と答えてやった。

 コクハは口ではそう言って誤魔化したが、やっぱり内心チャーリーブラウンが心配なことは確かだった。でも、みんなに心配されるのも気を遣われるのもなんだか弱いもの扱いされているようでプライドが傷つくのだ。

 「あれ?ところでセイカはどこにいったのかなぁ?」

 フジモトが言うと残りの三人は「さぁ、」「そういえば」「いつの間にかいなくなっちゃってるね。」と答えた。

 と、そこへ

 「おーい、なんだ、こんな所で油売ってたのかぁ」

 とセイカは現れた。

 「ねね、さっき変な屋敷見つけたんだよ。」

 ”休憩か、結構結構”とベンチに腰掛けるとセイカは話し出した。

 「この先をちょっといくとあるんだけど。すげぇ、デカイ家でさ。あ、ほら緑川の邸宅みたいに無駄に庭が広いの。そんで敷地は塀に囲まれてるんだけど門の所から中が見えてさぁ。」

 「で、何が変なんだよ。」

 ここでコクハが話を急かした。よく気が短いと言われるがバカ相手に気長に生きていたら身が持たないのは分かっていただきたい。

 「うん、だからその門が開いてて中が見えてね。」

 セイカはそういう妹の横やりは慣れているから顔色一つ変えず話を続ける。

 「花が咲き乱れてたんだよ。」

 「?」

 皆は小首をかしげた。

 「それってつまり?」

 「お花畑って感じかなぁ。すっごいの。フラワーガーデンってやつだなあれが。門の方からちょこっと見ただけだけど向こうの屋敷の方まで見事にずらーっと全てが花。赤とか青とか白とか色々な色があってさ、空から見下ろしたら絶対何かの絵とか文字になってんじゃないかと思ったよ。」

 「金持ちの娯楽だな。」

 アサギがバカらしいと言い捨てた。コクハも同感である。基本的にアサギはコクハにとって数少ない意見の合う相手だ。否定的なときに限るが。

 「でもステキだねぇ。フラワーアートかぁ。あたしもやりたいなぁ。」

 「やればいい。簡単だぞ。庭に誰かの死体でもおいとけば、じき人型のフラワアートが完成する。」

 コクハは少女趣味みたいなフジモトを冷めた目でからかった。

 「えええ、何その気持ち悪い話。」

 「ねぇ、その屋敷って茜宍っていう人の屋敷じゃないかな?」

 と、ここでイリヤが言った。どうやら何か知っているらしい。セイカが答える。

 「ん、よく分かんないけど表札には茜と宍っていう文字が掘ってあったよ。」

 「やっぱり。私ここらへんに住んでるから知ってるんだ。その屋敷のお婆さん有名なんだよ。」

 「ほう、有名とな?」

 「うん、有名ってゆうか、変人なんだって。」

 「なんで?」

 「うん、さっきセイカちゃんが言ったように庭を広げて異常なほど花とかを植えて育ててるから、」

 「なるほど」

 「それに変な噂もあるんだよ。」

 「ほほう。」

 「あのね。昔、あの屋敷には茜宍の夫妻とその一人息子の障害児の子供が住んでたんだけど。その頃は茜宍のお婆さんも若かったしとっても近所づきあいの良い人だったらしいんだけど・・・。何年か前に茜宍夫婦の夫の方が忽然と姿を消したの。それからすぐに残されたお婆さんの方は敷地を広げて大きな庭を造るようになったの。夫のことを聞くと行方不明、失踪してしまったってお婆さんは言ってたらしいけど、そのわりには捜索願も出さなかったって。急に近所づきあいが悪くなって屋敷に閉じこもって庭の開墾にばかり熱中している茜宍のお婆さんを周囲ではこんな風に囁く人たちがいたの。夫を殺して庭のどこかに埋めたんだって・・。」

 イリヤが言い終わるとセイカは愉しそうにニタリと笑みを浮かべた。

 「ほう、それはおもしろい情報だね。ちょっと調べてみたいなぁ。」

 「おい、チャーリーブラウンのことはどうする!」

 コクハはむっとしてセイカを睨み付けた。

 「うん、ソレについてはコクハ。一つわたしに考えがある。」

 セイカはそう言ってスッと人差し指を上げた。

 「さっきおまえが死体でフラワーアートなんて言うから思いついたんだけど。」

 「・・・・。」

 なんだ、また妙なことを言い出しそうだ。とコクハは思って冷めた目で姉を眺めた。

 「きっとその茜宍ババアは庭のたくさんの植物を維持するために肥料として高タンパク質な動物の死体を使っているんじゃないかとね。腐りやすく腐葉土作りには持ってこいの代物だ。」

 何をバカな話を。そんなことをする必要性がおもいつかんだろう。コクハは思った。

 「動機は?そんなことしなくたって市販の質の良い肥料を使えばいいでしょう。」

 「うん、土地がでかくて花畑の維持費がかかるっていうほどお金に困ってるようには見えないしねぇ。たぶん、趣向だと。とゆーか嗜好かな。」

 嗜好って・・・。そんなこと言えばどんな動機だって説明がつく。コクハはそう思いながら呆れ眼になった。だいたいコイツの言わんとしていることは察しがついたわけである。

 「それで・・・おまえは最近のここらへんのペット失踪事件とその茜宍ババアの変な趣味を関連づけたいと。さらにチャーリーブラウンがその被害にあったと言いたいと?」

 「うん。そうだよ、なんか文句あるか?」

 文句って・・・。

 「ありすぎてどれから説明していいか判断がつかないくらいだよ。」

 言うとセイカは鼻で嗤った。

 「ふっ、じゃあ、こうしよう。隊を分けよう。わたしとフジモトが茜宍ババアの屋敷に侵入する。」

 これ以上話しても無駄という訳か。それもいい。コクハは思ってフジモトの背中をドンっとセイカの方へ押した。

 「ええええ!なんであたしも!?」

 フジモトは驚嘆の声を上げた。

 「いいよ、おまえ付き合ってやれよ。B組なんだから。」

 コクハはもうどうでもいい。だいたい最初からセイカやフジモトは遊び半分な気がして気に入らなかった。やる気の無いヤツにいて欲しくないという話でもあるのだ。

 するとセイカは決まりだなと微笑を称え

 「おまえらはとりあえずこのまま、張り紙を貼るのを続けて。一時間後にまたここで落ち合おう。万が一、わたし達がここに来なかったらその時はコクハ、後のことは頼んだよ。」

 「なんで命がけ風なんだよ。まぁ、いいけど。あんまり迷惑かけるなよ。」

 本当に理論がまったく不十分なまさに妄想をするヤツだと姉を侮蔑してコクハは早く行け、と片手でシッシっと促した。

 「ん、じゃね。」

 「わっわっわ、なんであたしまでぇー。」

 セイカは健康的な笑顔を浮かべて嫌がるフジモトをズルズルと引きずって去っていった。


/2

 

 「ねぇ、セイカちゃん達、遅くない?」

 「だなぁ。」

 金城の待ち合わせの公園。イリヤとアサギは公園の出口に視線を向けながら少し不安そうにしていた。

 セイカ達と分かれてから、かれこれ一時間半以上経っている。しかし、約束の時間が来てもセイカ達は現れなかった。

 「ねぇ、コクハ。ちょっとおかしくない?だってケータイも繋がらなかったし。」

 イリヤがそう言って座っていたベンチから立ち上がった。嫌な予感がするとめずらしく顔色を曇らす。

 「おい、どうすんだ。コクハ。」

 アサギも頭を掻きながら地面を蹴った。

 コクハは二人の言葉には応えず黙って考えた。

 なんでケータイの電波が通じないんだろう?茜宍ババアの屋敷の中では電波が悪くなるのか?それっていったいどういう施設を想像したらいいんだ?

 「なんか意味分かんないけど。じゃあ、とりあえず行ってみようか。」

 コクハはそう言って立ち上がる。アサギは行くって?と小首をかしげた後、隣のイリヤがニコッと頷いて笑い返した。

 こうして三人はイリヤの案内で茜宍ババアの屋敷まで向かうこととなった。

 何か準備をしていくべきか?などという考えはまだこの時、コクハの頭にはなかった。

 これはただ、人の家に勝手に訪ねていく。(もといセイカは侵入すると言っていたので交渉して訪問したかは分からないが。)ソレだけのこと。今頃はなんだかんだで屋敷の中でもてなしでも受けてしまって、長居しているのでは無いだろうか。

 コクハはそう思っていた。アサギもきっとそう思っているだろう。何か悪い予感がすると思っているのはイリヤだけである。彼女の勘はよく当たるが人の勘に左右されるほどコクハは落ちぶれてはいない。だからこれはただ姉を迎えに行くだけのこと、それぐらいにしか思っていなかったのだから何か準備していくようなことはないのである。しいて言えば姉と友人が迷惑をかけたのだから茶菓子ぐらいなら持って行った方がいいのかもしれないが、それはまぁ、大人だけがやってればいい体裁というものである。

 茜宍の屋敷は待ち合わせの公園から幾つかの路地を曲がったところにあった。屋敷の外観はコクハの想像とは裏腹に純和風のものだった。

 低い塀に囲まれた屋敷で大きさも家何軒分もあるようだった。塀の上部には内側から庭を囲む葉の茂った木が顔を出し中の様子を覗くことは出来なかった。武家屋敷とか花道の家元とかを想像させられる感じの屋敷である。おかげで屋敷の外観にたどり着いてからも門の方へ行くまでに公園から今まで来た道のりと同じぐらいの時間がかかった。

 門は開いてはいなかった。なかなか立派な木造りで瓦屋根付きの長屋門風の門扉だったが、その口は固く閉ざされていた。しかし、その代わりに大きな門の隣に小さな人が簡単に出入り出来るような開き戸が一個設けられていた。でも、そっちの方もきっちり施錠された口を閉じている。

 おそらくその扉が実際頻繁に使われる屋敷の出入り口だろう。だからセイカが言ってた開いてた扉というのもそっちの方のことだろう。アイツが見たときはまだ開いてて中が覗けたと言うことは誰かが外に出て閉め忘れていたと言うこと。今閉じていると言うことは誰かが帰ってきたということだろう。というわけでとりあえず、留守では無さそうだった。

 コクハは不安そうに困った貌をするイリヤのレア顔を隣に平然と門扉横のインターホンを鳴らした。

 数秒して、インターホンのマイクから野太い男の声が聞こえた。

 「誰どぁ。」

 ろれつの回ってない上にハッキリしない濁った発音だった。

 「あの、この家に今、女の子が二人ほどお世話になってませんか?」

 「なぁい。それどぁけかぁ?」

 聞くと男は即答した。そしてコクハが他に何か訊こうとする前にプツンと連絡は途絶えた。

 「なぁ、これってどういうことだ?」

 アサギが小首をかしげた。イリヤはため息を漏らす。何か確信めいた思いがあるらしい。

 コクハは怒っていた。インターホンの男の素っ気ない対応に腹を立てたのだ。

 勝手に切りやがって・・・。しかし、これで確かにイリヤの言う悪い予感というのが近づいてきた気がする。でも、アレかな?セイカ達がこの中にいるのはおそらく間違いないとして、今の男との会話からしてまだ中で隠れているのかも?その理由は分かんないけどなんかの事件に巻き込まれていると言うよりセイカが勝手に侵入者きどりして隠れていると考えた方がしっくり来るのは実の姉ながら悲しいことだな。とりあえずどうするか?セイカのことなどの事情を全て話して中に入れてもらうか、それとも黙って侵入するか?前者ならリスクも少ないし正当性もある。でもその代わり悪い点として、もしもイリヤの予感するようなことが的中していた場合墓穴を掘ることになる。後者ならリスクも多いし不法侵入なんてただの犯罪である。でも、もしもイリヤの予感が間違ってなかった場合、正しい選択だったことになる。まぁ、でもそれなら考える必要もない。

 「とりあえず侵入ってみようか。」

 

***


 最初ダメ元で「バドミントンの羽が中に入ってしまいました。」とインターホンの男にもう一度問い合わせてみたが、「ダァメだぁ。」と中へ入ることを許してはもらえなかった。まぁ、予想通りである。最初の一回の会話で友好的ではないのは分かっていたことだ。ゆえにこうして侵入の決行を確信していたのだ。

 まぁ、しょうがないということで、コクハとアサギとイリヤの三人は塀を登って上方の高木を伝って中に下りることにした。幸い屋敷の塀は子供でも肩車をすれば手が届くほどの高さだった。

 「なんか、おもしろいな。」

 アサギがイリヤを肩車しながら言った。

 「どこが・・・。」

 コクハはコイツ最近セイカに侵されているなと思った。イリヤはアサギの肩を足がかりに塀の上へ上がった。

 「でも冒険みたいでたまにはいいのかもね。」

 とイリヤが無難にまとめた。

 イリヤに続いてコクハもアサギの肩に乗り、上からイリヤが差し伸べる手を掴んで塀の上に上がった。その後はアサギが自力で登ってきた。

 三人は近くの高木に捕まって乗り移った。

 「うぉ、すっげぇ。」

 「絶景だね。」

 アサギとイリヤがさぞ感動そうに声を上げた。その目線の先には優美な花いっぱいの庭が築かれていた。多種多様の色彩の織りなすコントラスト、統制の取れたデザイン的な植え方が分かる。しかし、その華奢とも言える派手さは逆に庭の向かいの地味な色合いの平屋の屋敷と組み合わせが悪く、コクハはちぐはぐなインテリアに気持ち悪い感を持った。

 だいたい日本建築と花畑って組み合わせが間違っている。和の庭は砂や砂利それと池と少ない植物と相場が決まってるのだ。派手さとわびさびの組み合わせなんて金ぴかの茶室のようでせっかくの雰囲気が白けるだけだ。

 木を伝って下に下りると、コクハは目の前に広がる花畑を見てこう思った。

 これだけ広い敷地に隙間無く花が植えられてる。丈の長い花の間なら隠れながら屋敷の方へ侵入することもセイカなら充分に可能だ。

 そんな時だった。アサギが妙なことを言ったのは。

 「なぁ、アジサイってあたし青色だけだと思ってたんだけど。」

 前にもそんな話をセイカ達がしていたのに、コイツ全然人の会話聞いてないな、とコクハは思った。

 「あ、本当だね。このアジサイ赤いね。きっと土壌がアルカリ性質なんだよ。」

 イリヤが説明して見せた。

 そこには桃色かやや赤色のアジサイの花がたくさん植えられていた。それを見つめながら二人の後ろでコクハはしばし考えることとなった。

 紫陽花または英名でハイドランジア。アジサイ科アジサイ属の植物を指す日本原産の植物だったはず。

 6月から7月にかけて、新枝の先に直径20センチ前後の花房を形成する。花の形状は多数の花びらで密を取り囲んだ形をしている。

 花の多くが葉の変容した装飾花であり花びらは4、5枚程度。大きな特徴として花の色が何色かに変化することで知られる。

 変色パターンは。青系統色から赤系統色までを数色かに渡って変色する。

 この花の色の変化は土壌が酸性かアルカリ性かに影響されてのもの。基本的には酸性の時は青系統色、アルカリ性の時は赤系統色に変色するらしい。

 原因はアジサイに含まれる色素のデルフィニジンにアルミニュームイオンが付着することにより花色が赤から青にかわることにある。

 しかし、この様に変色する特徴を持ってはいるが、実際は日本の通常土壌は酸性に傾いている為に青いアジサイが主流のはずだ。

 もしも、一般的な日本の土壌で赤いアジサイを育てたいならば土壌に石灰などを流し込みアルカリ性を高めてから植えなければいけないだろう。しかし、そんな必要何所にあるんだ?赤い色を加えたければ赤い花を植えればいいのに。下手をして雨でも降れば、日本のしかも東京の雨の濃度はかなり酸性に傾いているためアジサイは雨水の染みこんだ土壌の土の影響により色がかってに変わってしまって庭のデザインを損なうことになりかねない。こんな不合理なことを・・・まてよ、そうか他に方法があった。その方法なら自然と土壌はアルカリ性質に傾く。そしてそうしている限りアジサイは色を変えない。

 しかし、まさかなぁ。ペット失踪。茜宍ババアの良くない噂。戻ってこないセイカ達。そしてこの庭の赤いアジサイ。

 よもや、あの大うつけのセイカの読みやイリヤの嫌な予感なんかが当たるとは思いたくないが・・・。コレは確かに、臭うな。

 コクハはここに来て、その線が濃くなってきていることに弱っていたそして焦っていた。というのもチャーリーブラウンのことだが、心配だ。

 もしもこの件がそんな変質者達によるペットの盗難事件だったなら、チャーリーブラウンは今頃どうなってしまっているというんだ・・・。

 こんな推理、間違っていて欲しいとコクハは思った。

 しかし、用心に越したことはない。残念なことに何の用意もしてこなかった。何かいざというとき使えるようなものはないだろうか?そう思った時、コクハの目に飛び込んできたのは、大きな花畑に咲く色とりどりの草花たちだった。

 「花・・・か・・。」

 そう呟いたコクハは徐にその花々たちの方へ歩み寄った。ちょうどこの時、コクハはアジサイの生体を思い出すのをきっかけに思考の表層に数ある花々の性質をアップしていた。

 コクハは幾つかの花を物色しながら少し考えにふけった。そんな様子を見ていたアサギやイリヤは何をやっているのか?と小首をかしげているしかなかった。

 「なぁ、コクハどうした?」

 ”花なんか観察して、らしくない。気でも違ったか?”とアサギが言った。コクハは訊かれて数秒返事をしなかったが、しばらくして立ち上がった。

 「使えるかも知れないな。でも、今はいい。」

 そう言うと翻って屋敷の方へ歩き出す。

 アサギもイリヤも顔を見合わせて再び小首をかしげると、一人でさっさと歩き出すコクハについていった。



 その頃、屋敷の中で一対の皺垂れ下がった眼が監視カメラの映像を眺めてみていた。

 「ガキが三匹、忍び込んでるみたいだねぇ。」

 老婆は言った。その後ろには大男が一人のそりとやって来ていた。

 「どうしようかねぇ、トビ。」

 怪訝そうに貌をしかめる老婆。トビと呼ばれた男はろれつの回ってない野太い声で応える。

 「トビ、犬もぉ、猫もぉ、飽きたぁ・・・。」

 「ヒッヒッヒ。ああ、そうかいそうかい。おまえもそう思うかい。」

 老婆は破顔して笑う。

 「最近ちょうど犬や猫じゃあ、飽き飽きしていたんだ。いぃい玩具が手に入った。」

 ”なぁ?そうだろうよ、トビぃ”そう言って大男の頬を撫でてやると老婆は再び、監視カメラの映像を見てニヤリと莞爾を浮かべた。

 監視カメラの映像には色とりどりの花畑と、その中の三人の少女の姿が映っていた。


/3


 「おい、隠れろっ。」

 コクハがそう小声で告げて三人は丈の長い草花の茂みに身を隠した。

 屋敷の玄関先から一人の男が姿を現したのだ。男の姿は遠目からでも体格のがっしりした長身であることが分かる。スキンヘッドで顔の長い男だった。もっともコクハ達の隠れている茂みの隙間からは男の上半身中程しか見えなかった。それ以上見ようとすると頭をすっぽりあちら側から見える位置に晒すことになるのだ。それでも男が巨漢であることは分かる、それぐらい男の身体は明らかに大きかった。

 さすがに年齢の推定は難しかったがこの屋敷の住人であることは確かだろう。イリヤからの情報によるとこの茜宍家には茜宍ババアと呼ばれる老婆ともう一人その息子の鳶という男が二人だけで住んでいるという。おそらくは彼はその一人息子のトビではないかとコクハは思った。

 トビと思われる大男は庭に現れると右を向いたり左を向いたり花々の間を掻き分けたり、何かを探している様子だった。

 「おい、あたし達がいることバレてんじゃ無いか?」

 その様子を見てアサギが少々当惑ぎみに言った。

 「まぁ、その確立は高いだろうな。ほら、アレを見てごらん。」

 コクハは言って徐にトビという男よりもずっと右の方の塀際の木を指さした。ソコには一個の監視カメラが取り付けられていた。

 「あ、あんなところに。」

 「あれだけじゃない。そこら中に結構あるぞ。」

 コクハは驚きぎょっとするアサギに告げて教えて、再び付け加える。

 「別に不思議な事じゃない。ここら辺の家なら常識だろう防犯カメラぐらい。しかもこんなに敷地のデカイ家なら当然数もある。   おまえの家にもあるでしょう。」

 「いや、たしかにウチにもあるけど。玄関だけだぞ・・・。」

 「ねぇ、こっちに来るよ!」

 イリヤが言った。トビと思われる大男はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。

 「やばい、行くぞ。」

 コクハは呼びかける。三人は一列になってしゃがんだまま茂みに隠れながらトビを避けて横に向かった。

 「おい、気付いてたんならどうして?」

 防犯カメラの件をアサギがコクハに文句した。

 「しょうがないだろう。防犯カメラの配置も知らないし、かいくぐって侵入なんて出来なかったんだから。それに相手が留守でもなければ夜でもないし防犯機能も作動しないだろうから、相手が防犯テレビを見てなければ、見つかりっこないってたかをくくってたからな。」

 「なんだ、ソレ。おまえ意外にいいかげんだぁ!」

 「む、おまえ、いい加減ってどういう意味か知ってるのか?」

 コクハは足を止めて振り返る。

 「物事を性格にこなさいないで適当であるって事だ。借りたものは借りっぱなし、借りた金はある時払いの催促無し、人の家で飯を食うわ、この間だって私にのしかかっといてまんまとやり過ごしたじゃないか。おまえと私、どっちのほうがいい加減なヤツに相応しいのかは目に見えてるだろう。」

 「でも最後のはいい加減と言うより、調子がいいって感じだろう。」

 アサギはコクハを睨み返す。一触即発である。

 「ねぇ、こんな状況で言い合いは止めたほうがいいよ。」

 イリヤが止めに入ったが、運悪く二人の騒ぎで茂みが揺れる。するとトビと思われる大男はニタリと笑った。

 「見つけたぞぉ。」

 ヤバイ。

 「おまえのせいでっ」

 「あたしのせいかよっ」

 コクハもアサギも焦った。歩の進みを速める大男。三人はこうなったら走ろうとなりふり構わず立ち上がった。

 すると大男は当然喜び勇み足で三人を追撃する。三人はそんな大男に目もくれずひたすら走った。広い庭を行ったり来たりグルグルグルグル、五人が行った後を大男が追いかける。

 このままじゃらちがあかない。コクハがそう思ったとき目の前に屋敷の縁側が見えた。

 「あそこだっ!」

 平屋の屋敷の庭に開けた縁側に上がり込む五人。

 「まぁてぇぇ。」

 振り返ると大男は追ってくる。妙に愉しそうにゲヘゲヘと薄気味悪い笑いを浮かべている。

 「いそげ!」

 いずれかが叫んで三人は廊下を伝って角を幾つか曲がった。後ろからは大男トビの足音がドスドスと響いてくる。恐怖である。そしてT字になっている角を右手に曲がると次の曲がり角を曲がって三人は停止した。

 大男の足音が自分達のいる方とは逆の方に消えていったのを確認すると三人は息を吐いてその場にへたり込んだ。

 「おいぃ、どうすんだよう。」

 息を切らしながらアサギが嘆きを上げる。

 「しらん。」

 コクハは少々、冠気味に応えた。

 「しらんって、おまえなんか作戦とか無いわけ?」

 「うるさいよ。」

 思ったより早く見つかってしまった。コクハは思い、そして追われたという屈辱感が脳裏を熱くさせた。

 あの野郎。追っかけるのを愉しんでやがったなぁ。頭には少し振り返ったときのトビの愉しそうな貌がよぎっていた。腹が立つ。しかるべき報いを与えてやらねば・・・。コクハはそう固く誓った。

 「ねぇ、あそこに扉があるけど。」

 暗い廊下。イリヤは突き当たりにぼんやりと見える一枚のドアを指さしていった。

 「んあ・・・なんのドアだろう・・。」

 アサギが呟く。

 ここまで来るのに障子の扉とかはいくつか見たけどそういうちゃんとしたドアを見たのは初めてだった。

 来るとき木の上の外観から見たこの屋敷は二つの平屋で成り立っていた。庭の大きさの割には小さい屋敷で二つの平屋は一本の渡り廊下で繋がっている。ちなみに今コクハ達のいる方は小さい方の平屋でおそらく母屋は隣の大きな方の平屋だろう。だとすると今いるこっちは離れということになる。離れとは普段使われない方の別棟で何か客が泊まるなどの用で使われる。なら廊下の突き当たりに見えるドアはどこへ続くものなのか?よもや、茜宍ババアがいるような場所には繋がっていないだろう。コクハは意外に隠れるには好都合かも知れないと思った。

 「入ってみようか。」

 そう言って立ち上がる。アサギは”もう行くのかよ”とだるそうに声をあげた。

 そうして三人は廊下の突き当たりにあるドアに向かった。

 

 ドアを開けるとそこは真っ暗闇の階段になっていた。階段は下の階、つまり地下へと繋がっているようだった。

 「おい、なんか怖ぇな。」

 アサギが怪訝そうに言った。たしかに何か地獄のソコにでも続いているような雰囲気である。

 しかし、コクハは平然と階段を下り始めた。イリヤもその後に迷いもなく続く。アサギは”おい、待てよ、しょうがねぇなぁ”といってついてきた。

 階段を下りるとそこは真っ暗だった。何か鼻を突く生臭い匂いが立ちこめている。

 どこかに電気のスイッチはないかとコクハは壁を手探りで探すと、正にスイッチらしきものを見つけた。ソレを押すと辺りをオレンジ色の弱い光りが照らした。壁際に設置されたランプに電気が灯ったのだ。

 そこは冷んやりとしたコンクリートに囲まれた広い倉庫のような場所だった。しかし、そこには異様な光景が広がっていた。

 「おい、なんだよコレぇ。」

 ”気持ち悪りぃなぁ。”とアサギが言った。イリヤも怪訝そうに貌をしかめる。

 そこには多数の小さな何かの肉が背の低い天井からまばらにつり下げられていた。それらは皮を剥がれて切開されてもはや原型を半分とどめてはいなかったが、よくよく見ればそれが生前何だったかは充分に予想は出来た。

 大小様々だが、おそらく中型犬や小型犬、時には大型のものもつり下げられていた。小さいものの多くは生前には猫だったものだろう。ようするにそういうことである。

 「これってあれだろう?」

 「ああ、あれだな。」

 「あれだよね。」

 予想はしていたことだが、実際に目の前にして驚きは隠せない。三人は呆然と言い合ってその異様をしばらく眺めていた。

 しかし、最悪の状況を目の当たりにしてもコクハは意外にも冷静だった。

 「ここで干したものを、砕いて土に混ぜる。ってとこだろうな。」

 言って干からびた肉片を睨め付ける。

 「まったくいい趣味してるよ。」

 「しっかし臭いなぁ。」

 アサギは怪訝そうに鼻をつまんだ。

 と、その時、誰かの手がアサギの肩を叩いた。

 

***


 「うわぁあっっっ!」

 驚いて飛び退くアサギ。ぎょっとして振り返るとそこにはセイカが立っていた。後ろにはフジモトがいる。アサギが驚く様をみてクスクス笑った。

 「お、おまえらなぁ・・・。」

 びっくりして心臓が飛び出すかと思ったとアサギは胸をなで下ろした。

 「フジモト、大丈夫だったのぉ。」

 イリヤがフジモトに駆け寄った。

 「おいわたしも無事なんだよ。」

 「セイカちゃんは大丈夫でしょう。」

 「なんだソレ。」

 「おまえらこんなトコに隠れてたのか?」

 コクハはセイカに歩み寄って少し嬉しそうに笑った。

 「おお、あの後、侵入ったはいいんだけど、すぐ二人とも帰って来ちゃってさ。急いでここに隠れたんだよ。」

 三人と二人は合流して少し緊張した面持ちが緩んだ。

 「ところであのドアは何?」

 コクハがそう言って指さした方向には一枚の鉄板の扉が設備されていた。

 「いや、わからん。カギしまってて中には入れなかったねぇ。」

 セイカが手を横にあげて言った。

 「ふぅん。」

 避難口かなんかだろうか?

 その地下室にはそのドアとコクハ達が下りてきた階段以外は出入り口のようなものはない。四角い、まさにただの倉庫のような場所だった。動物の肉がたくさん吊り下げられているから肉屋の厨房裏とか精肉工場にも見えるかも知れない。

 「しっかしアイツラいったい何考えてんだ。」

 アサギが言うとセイカはニタリと笑ってコクハを見据えた。どことなく勝ち誇った表情である。

 「・・・・・・。」

 コクハはこれにはさすがに降参したようでぐうの音もでずに押し黙った。

 「まぁ、今度からはもっとわたしの言うことを信じるんだな。」

 この野郎・・・・。

 「ねえ、それにね、それにね。」

 フジモトがさらに何かあるように言う。

 「あのさ、あたしが使ってる肥料って話したでしょ?」

 「ああ」

 「あれも、やっぱりここのお婆さんが作ってるんだよう。」

 「うん、なんかコイツがそれを注文してる花の飼育ブログの映像にここの庭にそっくりの風景がてんこもりなんだと。」

 セイカが引き継いで言った。完全にセイカの描いた筋書き通りなのが気に入らなくコクハは貌をしかめた。

 「しっかし、おまえら遅いよう。待ちくたびれたよ。」

 セイカが言って床にべたっと座り込むと、他のみんなもそれに会わせるように座り込んだ。コクハも冷んやりと冷たいコンクリートの床に座った。

 「で?これからどうする。」

 セイカが問う。

 「うん、ハッキリ言ってあのトビ野郎は許せない。たおす。そんでチャーリーブラウンの居場所を吐かせよう」

 コクハは言って頭にあのドSの愉しそうな貌を思い浮かべた。そして再び腹が立った。正直、コクハはいじめるのは嫌いではないがいじめられるのは虫ずが走るほど嫌いなのだ。

 「そうこなくっちゃ。」

 セイカが応えて五人はコクハのもと、作戦を練ることとなった。もちろんあの大男トビをギッタンギッタンのボッコンボッコンのフルボッコにする作戦である。


 とりあえず道具はあり合わせのものを使う。地下室には干し肉のための機材だろうか、一辺の長さが直径四メートルほどの大きな長方形台があり、その上にデカイノコギリとロープが無造作に置かれてあった。台の上は赤黒く染みがついていてかなり生々しかった。台の下の開き戸の中には大工道具一式が入ったケースとポリバケツも一つ入っていた。台の横には台とほぼ互角ぐらいの大きさの大型の粉砕器がズシリと重々しく置いてあった。

 コクハはそれらの中からロープとノコギリとポリバケツと大工道具のツールボックスをチョイスした。

 セイカに長いロープをノコギリで半分に切らせ、一つはイリヤとフジモト。もう一つの方をセイカとアサギに渡した。アサギにはノコギリとバケツとツールボックスも渡した。

 「いいか作戦はこうだ。」

 コクハはそう言って、皆にそれぞれの役割を伝えた。

 まず配置はフジモトとイリヤが二人この地下室に待機。セイカは庭の方へ回って簡単な罠を張る。アサギは庭先に位置する縁側正面の部屋の中で罠を張って待機。

 最初に庭でセイカがトビをおびき出し、次にアサギにバトンタッチ、そしてアサギはこの地下室に誘い込む。それぞれがトビを罠にかける。

 簡単に作戦の概要を教えると、次にコクハは罠の内容を指導して、いよいよ、五人は散開した。

 「幸運を祈る。」

 セイカのいまいちな気取った号令でフジモトとイリヤの二人を地下室に残して他の三人はそこを離れた。


 「ねぇ、こんな方法で本当にやっつけられるのかなぁ。」

 フジモトはため息を吐いた。イリヤは笑顔で友人を励ます。

 「大丈夫だよ。きっとコクハにはいい考えがあるんだから。」

 「でもこんなことして怒らせるだけだよ。」

 フジモトは階段の段の上に輪っかにして備えられたロープを一瞥してから向こう側側面にいる友人を見た。

 「きっと何か考えがあるんだよ。それにコクハはたぶん怒らせるのが目的なんだと思うなぁ。」

 「なんで?」

 「うーん、なんとなく。」

 イリヤの曖昧な言葉に腑に落ちない貌でフジモトは”む〜”と顔をしかめた。


 一方コクハ達の方は屋敷の中を未だ尚うろうろと三人を探し回ってるトビを見つけてた。そしてトビに見つからないように動いて庭の方に出た。コクハはこの時トビの鈍い動きと鈍感な感覚を再認して”やりやすいヤツだなぁ”と思った。

 庭に出る縁側に到達するとコクハはセイカに”おまえの方は適当にやれよ。やれるだろ?”と言って、アサギと二人で縁側正面の障子の部屋に入った。

 畳十畳ほどの和室には端に座布団が重ねられてあり机も壁に立てかけられて広々とした伽藍のようだった。

 コクハはアサギに指示を出して、罠をはらせた。

 「なぁ、うまくいくといいな。」

 アサギは机と座布団を重ねて台にして低い天井に釘を打ち込む。静かにトビに悟られないように心がけてである。

 「うん、アイツとぼけてる感じだから大丈夫だろ。」

 コクハはアサギの足場を支えながら応えた。

 しかし、本当は口ほど楽観してもいなかった。

 まずセイカがしっかりやってもらわなければいけない。そしてこの罠も正確に作動してもらわなければ。そのためにもコクハは釘を打つ位置からロープの張る長さ、バケツを吊り下げる位置まで数ミリも違わず計算して測定して誤りの無いように何度も確認した。

 罠を張り終わると、後は成功を信じるしかないのだった。失敗すればアサギが危険な目に遭うことだろう。

 最後にノコギリの歯を部屋の入り口の柱に突き刺して固定して、アサギにもう一度作戦を打ち合わして自分は庭の方へ去った。


/4


 トビの心はいつも母の元にあった。トビが生まれてそして死ぬまでは母の元を離れないだろう。

 トビは生まれた頃から人と見え方が違った。とっても狭い、まるでアナグマが仄暗い洞穴の中から明るい外の世界を眺めるように、トビにとって世界はあまりにも大きく、そして受け入れがたい存在だった。

 アスペルガー症候群。軽度知能障害自閉症。人はそう呼ぶらしい。

 トビは小さい頃からその障害と共に生きている。それでもその障害を憎いなどとは思っていない。むしろその障害はトビ自身を正当化する一つのカギだった。トビがトビらしく振る舞うことが出来るのはその病名を上げてこそであった。

 トビはいつも独りだった。それが好きだったし、他人のことをどうこう関心するなんて、とてもとても彼には出来ない芸当だった。すくなくとも母以外の人間はトビにとって無いのも同じ存在だった。

 でも母は違った。母だけは何時だってトビにとって欠け替えのない存在だった。それはむしろトビ自身より大切なものだった。何故なら母は世界で唯一自分を理解しそして受け入れてくれる存在だったからだ。いつだってそうだ。トビは一人で深い深い洞窟の底で、その人だけを瞼の裏に焼き付けてきた。変わることのない気持ちというものがあるのなら、トビの母へ対しての愛情は世界の廻る法則の如く、不変であり普遍だった。

 トビは死んだ父のことはよく覚えていない。決して忘れようとした訳じゃない。例えソレが自分自身が手にかけた人であろうと、トビには忘れる必要なんて無かった。むしろ最初から父はトビという一人の人間の所有する世界に存在してはいなかったのだろう。

 父は何故か母を殴って、だから死ぬ必要があった。ただ、それだけのことだろう。母さえ笑ってくれていたらそれでいいのだ。

 トビにとって、母は今でも変わらず絶対だ。むしろ神だ。絶対である神の命令に背くことなど出来ないし、むしろ背きたいなどと思ったことはなかった。

 犬や猫を捕まえて殺すのは楽しかった。母も一緒にやって二人で楽しめた。こんなに幸せなことはない。ずーっとこうしていれたらいい。

 いまだってそうだった。新しい獲物が現れてちょっとした変化に母は笑った。

 「行っておいで、トビ」

 神の号令だ。そう言われたから、トビは三人の少女達を捕まえたいと一心に思った。


 離れの廊下を歩き、幾つかの部屋を探し回ったが三人の子供は見つからなかった。タンスを開けても引き出しを引いても机をひっくり返しても何所の部屋をどう探しても三人が見つからない。トビの単純な脳内構造はそれだけでパンクしそうなほど苛立っていた。

 どぉこぉだぁ・・・・。どぉこぉにぃかくれてぇるぅ・・・。

 速く見つけたい。そして捕まえたら、きっと母は抱きしめてくれる。それが楽しみだった。

 そんな時だった。まわり巡ってまた庭に面した縁側の廊下まで来たとき、ふと誰かがトビを呼んだ。

 「おーい。こっちこっち。」

 声のする方を振り向くと、そこには一人の子供が立っていた。庭の向こう側、花畑の間だを縫う細い道の上。少女だった。

 はてな?

 しかしトビは一瞬、直感的にそれが前に見た子供達と違ったことに気がついたが、次の瞬間にはそんなことはどうでも良くなっていた。

 誰がどう変わっていても良い。だいたい前に見た子供達の姿だってもうほとんど覚えてはいない。それに最初からトビにとって母以外の人間に区別など無いのだ。用は捕まえる。ただそれだけ、彼の単純な思考は、単純故に困惑する必要など無かった。

 「みぃつけぇたぞぉっっ!」

 大声を上げてトビは庭を飛び降りた。とその時、脳裏に母の怒った顔が思い浮かんだ。裸足で外に出てはいけない。トビはいそいそと縁側に戻り、靴を履くと再び庭の地面に足を下ろした。

 綺麗なブラウンの髪をした短い髪の少女。もみ上げの部分から細長い髪が垂れている。彼女はのろのろと靴を履いていたトビを待っていたらしくトビが靴を履き終えると再び声を上げた。

 「おーい。こっちだってぇ。」

 「まぁってろぉよぉぉ。」

 トビはハッとして自分が彼女を追いかけていることを思い出す。そして目の前の獲物を逃すものかよ。と怒声を振りまいて駆けだした。

 しかし、トビが走り出すと少女は反転して一目散に逃げる。トビは追いかけた。幸い足の速さはこちらの方に分があるようだった。

 広い庭の中、草花の間にある道を走る途中、しかし、トビは突然前のめりに視界が傾いていくのを見ていた・・・。

                              

 ドスン。

 足が何かに取られてそのまま倒れたのだ。鈍感なトビは反射が遅れて顔面が地面に激突してビリビリと痛みが走った。どじをしたと起きあがって足下を見ると、束ねられ丸く結ばれた輪っか状の草が足に引っかかっていた。

 トビでない人間ならば、ここでこんな罠を見て、してやられたと油断していた自分自信を引き締めたかも知れない。しかし、トビはそうでも無かった。

 引っかかったことはどうでもいいこととして、まるで運でも悪くつまづいたかのように気にしない。よもやそれがトラップであったか否かさえ問わない様子で、再び立ち上がる。そして辺りを見回した。

 少女は?

 しかし、その姿は何所にも見あたらない。逃げられてしまった。とても残念だ。逃げられたらどうする?脳裏に母の叱る貌が思い浮かぶ。嫌なことだった。

 トビはどうにかしたいと思った。

 刹那、

 トビが何気なく振り向いた先に一人の黒髪のショートカットの少女を見つけた。さっきとはまた違った少女だ。コイツは見たことがあるかも知れない。

 少女は縁側から庭に向かって立っている。しかもこっちを見つめて、仄かに笑った。片口を吊り上げてクスッと一笑したのだ。

 トビはこれでもプライドぐらいある。決して笑われるのが平気なわけではない。しかも相手は追われてる方だ、追っている自分が何故、笑われなければいけない。

 トビは急いで起きあがり、黒髪の少女に向かって走り出した。しかし、またも少女はトビが走り出すとゆっくりと踵を返して障子の向こうの部屋に入っていった。

 でもそこは行き止まりだ。トビは知っていた。その部屋は出入り口が一つしかない。

 トビはその部屋の前まで辿り着くと、靴を脱いで縁側に上がった。

 ゆっくり、今度は妙な罠は無いか、気をつけているのかも知れない。トビは意外にスローな動きで障子を開けた。すると薄暗い部屋の奥には、黒髪の少女が立っていた。勝ち気な笑みを浮かべている。

 バカなヤツだとトビは思う。これから自分がどんな目に遭うか分かっているのだろうか?と。

 トビはニィッと笑った。

 「おぉいぃつめぇたぞぉぉ。」

 ちょうどいいことに障子を開けたところにノコギリが一本刺さっていた。今すぐ料理しろという誰かしらのお告げかも知れない。

 トビはノコギリを徐に抜き取ると、その使い慣れた肌触りを手に、その錆びて鈍い光りもほとんど発さない刃を少女に向けた。

 「ぶぅっ殺ぉしてぇやぁるぞぉぉ。」

 ノコギリを振り上げる。

 刹那、

 何かがノコギリに触れる感触が、伝わってきた。なんだろう?と振り下ろすと今度はそれに引っかかる。

 それは少女達が張っていたロープだった。しかしそんなことはトビは知らない。ロープには切れ目が入っていた。そんなこともトビは知らない。

 必然、ロープがトビの振り下ろす腕の重さで切れる音が、微かにすると、次の瞬間にはトビの上に大量の水が被さり、最後にバケツが一個、闇へ案内した。

 「うわ、ホントに引っかかったよ。バッカだなぁ。」

 子供の溌剌とした声が聞こえて、足音が素早く後ろをすり抜けて去っていくと、トビは暗闇を脱ぎ捨てて、バケツをぶん投げた。

 ガコンッ。

 バケツが壁に当たって落ちた。

 さすがのトビもこればかりはしてやられたことに気付かないではなかった。もちろん腹が立った。冷静さなど最初から持ち合わせていないが、このままではすまさないとトビは頭に血を上らせた。

 すぐ、追わなければ・・・とトビは思った。水がかかって風邪を引くかも知れない。母が心配してくれるかも知れない。だけど今は速くアイツラを捕まえなければいけない。そうしないと母はきっと抱きしめてはくれないだろうから。

 少女の駆けていく足音ははっきりとしていた。それほどのスピードは出していない。そのおかげで少しロスタイムしたがすぐに追いかけることが出来た。

 しかも道をたぐっていくと、またも少女は行き止まりへと入っていったのだ。

 今度はどんな罠が待っていても気をつける。さすがのトビもこう何度もはめられればそれぐらいの覚悟はした。

 廊下の突き当たり。地下室へ向かうためのドアを開けると、トビは真っ暗な階段を下りた。見下ろすと下の地下室も真っ暗なのがわかる。

 「どぉこぉだぁ。」

 一段一段、ゆっくり、ゆっくりと下っていく。ギシ、ギシっとトビの重みで階段はきしむ。

 一段、二段、三段、四段、五段目・・・

 刹那、

 「いっせーのーせっ!」

 誰か達が声を上げた。耳の良いトビにはその重なった声が二人の掛け合わせだと分かった。さらにそれは左右から同時に発せられていた。

 きっとそれはトビの歩く階段の左右に控えていた二人の少女が仕掛けていたロープの左右を引っ張るかけ声。でもそんなこと、トビが知っているはずもなかった。

 暗闇の中、三半規管だけが、捉えた。自分の身が中を舞うような感覚、何かが足をギュッと縛って掴み離さない。中心にまとめられた両足はバランスを失い。上半身は前のめりに宙を舞ったのだ。

 暗闇の中の一瞬の絶叫。ふぅわっっと浮いて、そしてスーーっと落ちる。

                              

 ドスゥゥン

 何かが瞼の裏で激しく発火した。意識が遠のく中、トビは何故か、気持ちよかった。まるで母に抱きしめられているような暖かい何かが意識をどこか遠くへ誘って、消灯していくのだった・・・。


***


 「なぁ、何してんだよ。」

 「ん、何って・・・見ての通りだろう。」

 コクハは大きめの平たい石に花の球根、種、花や根を乗せて小さめの石で砕いたりすりつぶしたりしている。その横にはセイカが不思議そうな貌をして立っている。

 庭の一角、花畑の一部小さく開けた場所で二人は残りの三人が打ち合わせ通りに合流するのを待っていた。

 コクハの横にはセイカが目印として立っている。お花畑の中にちょこんと立って、他の三人がやってくる目印である。もはやアサギのところでうまくいったのなら先に縁側から出てくるのは仲間の三人であるのは分かっているのだ。三人が戻ってくる、そしてしばらくして気がついたトビがやってくる。そういう算段である。

 コクハはすりつぶした球根、砕いた花の種、それと花と根をすりつぶしたものを三カ所に分けて、平たい石の上に置く。それから徐にタイトなデニムのパンツのポケットからあめ玉を3つ取りだした。

 袋を破る。手の平に乗せられたあめ玉は新円形で、まぶされたパウダーで少し白っぽかった。

 それを口に一度に放り込むコクハ。少し口の中で転がした後すぐに平たい石の上に吐き出すとあめ玉は表面のパウダーが取れて湿ってベタベタになっていた。怪しい光沢も放っている。

 コクハはそのあめ玉に先ほど用意した材料をくっつけていった。一つのあめ玉につき一組の材料である。「花と根をすり潰したものをくっつけたあめ玉」「球根を砕いてすり潰したものをくっつけたあめ玉」「花の種を砕いたものをまぶしたあめ玉」計3種類のあめ玉ができあがった。

 その間、セイカは暇そうにしていた。

 「なぁ、わたしちょっと気になることがあるから、あっち行ってて良い?」

 コクハがあめ玉を作り終えるとセイカはそう言った。ベタベタの手を怪訝そうに垂らしながらコクハは「勝手にしろ」と応えた。本当は今すぐ手を洗いに行きたいのだが、ちょっとした強がりである。

 「じゃ、行ってくるわ。」

 セイカは去っていった。コクハは立ち上がる。向こう、縁側から残りの三人が戻ってくるのを待とうとした時、ちょうどよく三人は戻ってきた。

 「おーい。」

 縁側に顔を出して数秒キョロキョロしていた三人はコクハの姿に気がつくと手を振って走ってきた。

 「うまくいったぜ。」

 親指を立ててアサギが言った。フジモトもイリヤも無事みたいだ。

 「ちょっと手を洗ってくる。」

 コクハは今のうちにと、庭の端の方にあるホースが繋がれていた水道を使って、ベタベタになった手を洗った。

 「なぁこれ、なんだよ。」

 戻ってくるとアサギに訊かれた。コクハは眠そうな目で彼女の指さす方を見た。それは石の上に乗せてある3つのあめ玉だった。

 「これ?・・・これは丸薬だ。」

 「がんやく?」

 思わず聞き返すアサギ、コクハはもう一度「丸薬だ。」と頷いた。

 「何の丸薬なの?」

 すかさずイリヤが質問した。コクハは口をポカンと開けてほんの一瞬放心した。そう、気付いたのだ。

 あ、そうか・・・コイツラにはそれぞれの役割と行動の手順してか教えてなかったんだ。

 コクハはそうと分かったのでさっそく説明することにした。

 「これは、丸薬です。」

 「いや、それはもう分かってるから。」

 「いいから・・・聞け」

 アサギの突っ込み、コクハはマイペースに捌き話を進めた。

 「ユリ科の多くの植物は有毒性で知られているけど」

 コクハは言いながら石の上に置いてある3つのあめ玉を手に取る。それから近くにある三種類の花の前に立った。

 「私達の知ってる多くの植物、実は人体に有毒な成分を持っていると言うことは珍しいことではない。

 ある者は球根や根に、ある者は茎や葉に、ある者は種子にそれぞれ有毒性のある物質を含んでいることが多々ある。大半のものは人間が体内に吸収すれば腹痛、吐き気、しびれ、痙攣、心臓麻痺、時には心停止を引き起こし死に至るケースもある。そんなものが実はこの花畑にもうじゃうじゃある。」

 コクハがそう言うと、聞いていた三人は辺りの花々を見回した。自分達の周りにあるその綺麗な者達がよもやそんな恐ろしい能力を備えているとは知らなかったのだろう。それぞれ怪訝そうな色を浮かべている。

 「そこで今回、」

 コクハは続けた。

 「私は以下の3つを使うことにした。」

 言ってコクハは花に向かって順に指を指していく。

 「アサガオの種子。アマリリスの球根。そしてスズランの花と根だ。それぞれ一個ずつ丸薬を用意した。」

 コクハは手を引くと次にもう一度アサガオの花を見据えた。

 「アサガオの種子というものは結構恐ろしいもので、実は種子内に幻覚作用のあるリゼルグ酸アミドを含み、幻覚剤として実際にメキシコなどでは使われていたらしいんだ。

 体内に吸収された場合の主な症状は嘔吐、吐き気、下痢、などの神経性の毒。まぁ摂取量によるだろうけど、命に別状はないだろうな。それでもけっこう辛い思いをするから喰わないことをおすすめするよ。」

 アサガオの説明を終えると次にコクハはアマリリスを指さした。

 「アマリリスは原産地南アメリカ。初夏の植物、春植え草として知られているな。ユリに似た形状で彼岸花の仲間だ。

 こいつの球根には毒性の強い成分が含まれているから、体内に吸収すれば嘔吐、下痢、よだれ、肝障害を引き起こし、まぁ無事では済まない。後遺症は残るだろうな。」

 アマリリスの説明を終えると最後にコクハはスズランを指さした。

 「こいつはユリ科でも随一のたちの悪い猛毒だ。

 スズランはアマリリスと同じく春終わりから初夏にかけて花をつける多年草でね。花や根っこには強心配糖体であるコンバラトキシン、コンバラマリン、コンバロシドなどの有毒物質を含んでいる。症状はピンキリだけど、嘔吐、頭痛、目眩に始まって心不全、血圧低下、心臓麻痺などの中毒症状を引き起こすらしい。そして運が悪ければ死ぬ。

 スズランをいけただけの水を飲んだだけで赤ん坊が死亡するような事故は多くはないが無くはない。非常に危険な花だけど、それゆえに美しいとも思えるな。」

 正直、コクハは3つの丸薬の中でこのスズランだけは使う気はない。使ったら間違いなく致死量を飲ませてしまうことだろう・・・。

 そう、コクハの作戦はこうだった。

 「まず、おまえらのおかげであの男をずいぶんと沸き立たすことが出来たはずだ。数あるトラップで怒髪天を突くか逆に冷静になるかは、この際どちらでも構わない。ようするに・・・」

 「な、コクハ、」

 そこへセイカが戻ってきた。

 「なんだよ。」

 話の腰を折るなと睨み付けるコクハ。セイカは片手に何やら白い棒のようなものを持っていた。

 「お、おまえ、それ?」

 コクハはその棒を見てそれが何だか即座に気がつき大きめの声を上げた。

 「うん、あっちのアジサイの下が何か気になったから、掘ってみたんだ。」

 そう言うセイカの手に掴まれている棒は、間違いなく骨といえるものだった。

 長さ四十センチ大の大骨。おそらく大きさと形からして大腿骨、太ももの骨だがしかも人間の成人した大人のものと推測できる。

 「おまえ、それ掘り当て・・・・・他にもあったのか?」

 コクハは姉のまた妙な勘があたったことに正直、面食らった反面こいつだから信じられるという長年共に暮らした経験が冷静にさせた。セイカは昔から物を見つけること探し出すことには天性の性能を備えているのだ。

 「これ以外にけっこうあったけど、コレが一番、デカイし手頃な形してたから、持ってきた。」

 良い判断だ。コクハは頷いた。そしてどうやら例の噂は本当なのかも知れない、と思った。

 とその時、フジモトが声を上げた。

 「あ!あいつっ!」

 続いてアサギも振り返った。

 「もう、起きてきたのかよ!タフだなぁ。」

 そして全員が縁側の方を見る。そこにはキョロキョロと探し回るトビの姿が立っていた。そしてしばらくしてやっとこっちに気がつくと、トビは火がついたような真っ赤な顔をして、

 「みぃつぅけぇたぁぞぉぉぉぉぉ」

 と叫んだ。

 

/5


 「振り返って真っ直ぐ走れっ。」

 その時、アサギもイリヤもフジモトも、そのコクハの命令に疑問を浮かべてる余裕はなかった。トビの憤激とする赤面が迫ってくるのを見て、その巨体にビリビリという電撃のような威圧感と恐怖を感じていたのだから当然だ。それにセイカが最初に迷うことなく踵を返したのだ。

 何故、逃げるのか?をれを問う必要はなかった。アサギもイリヤもフジモトもセイカに促されるように後ろに振り返って走り出した。しいて問うことがあるならば、何故、コクハはその場に残ったのか?フジモトは途中振り返らずにはいれなかった。

 「コクハっ?」

 その長い黒髪の友人の背を振り返る。友人は迫り来る大男の巨体に何かを振りかぶっていた。

 何か投げるのだろうか?

 フジモトはそう思った頃にはピタリと走るのを止めて止まっていた。

 「まぁてぇぇぇぇ!」

 目の前に何故か立ち止まるコクハを一瞥してから逃げる四人を見て、大男トビは大口を開けて叫んだ。

 刹那、

 コクハは振りかぶった手を振り下ろした。何かが・・・・飛んだ。

 「フジモトっ、何やってるの!」

 フジモトの後ろからイリヤの声が聞こえた。

 でもフジモトはその光景から目を離さなかった。

 コクハの手からトビの口へ、何かが飛んだのを見ていた。何が飛んだのかは確認できなかった。でもトビはソレを、次の瞬間飲み込んで・・・・。


 コクハは計算していた。そしてチャンスを計っていた。それだけでなくチャンスを自分の手で創り出すことにも余念はなかった。

 要はアイツの口をできるかぎり大きく開けさせられればいい。怒っていれば大声を上げさせる。冷静ならばこちらが怯んだ振りをして笑わせる。大袈裟な心理状態に追い込めればいいんだ。口の中にさえ入れられればあめ玉の甘味料もあるし勢いで飲み込むのは必須。

 そうした計算を元に、今、目の前にいる大男トビにあの丸薬を飲ますことができた。

 ここまで想定の範囲内で何よりだと、コクハは内心胸をなで下ろした。

 「お、おまぁえ、なにをぉしたぁ?」

 トビは自分が勢い余ってソレを飲み込んでしまったことに気付いて立ち止まった。

 何かが自分に投げられた。自分はソレを飲んでしまった?体内に入れてしまった?それは、何だ?

 トビは高鳴る鼓動と共に押し寄せる不安にかられた。

 コクハは嗤った。

 「おまえが」

 ゆっくり口を開いた。後ろを駆けていく四人はまずフジモトが止まりソレを見てイリヤが止まり次第に全員停まり、そのトビの様子に気がついて振り返った。

 「今、飲み込んだ物は毒薬だ。」

 「・・・・!?」

 トビは一瞬遅れて驚愕の貌をした。

 毒薬?それは害のある物。痛いモノ。辛いこと。し・・・死ぬ?

 トビの頭には嫌な思いが駆けめぐった。

 突然立場が逆転して、トビはあまりにもおびえのないその少女の圧倒的な自信に満ちた顔に自分自身が窮地にいることを教えられた。

 コクハは告げる。

 「スズラン、ユリ科スズラン属に属する有毒草を使って作った丸薬だ。強心配糖体が含まれている。強心配糖体とは矢の鏃などにも塗られることのある毒物だ。効果は絶大でね。心収縮力の増強で閉塞が強くなるため、肥大型閉塞性心筋症やファロー四徴症になる。他にも房室ブロックや心房細動発作時のWPW症候群と言われる症状を引き起こす可能性もある。

 おまえはやがて吐き気をもよおし激しい頭痛に頭をかかえる。そして突然目眩に襲われ動機が激しくなり、やがて心臓が音を消して・・・・」

 聞きながら、トビはだんだん吐き気がしてくるような気がしてきた。腹も少し痛む気がする。それになんだろう体中がムズムズする。目の前の長い黒髪の少女の声が妙に遠くに聞こえて、その半開きの瞳がジーっとこっちを見つめている様が・・・まるで死に神のように思えた。

 「    死ぬ。」

 その言葉にトビはじんましんが沸くような悪寒を感じて、次の瞬間、地べたに胃の中の物を吐き出してしまった。そのまま地に四つんばいに伏す。

 嘔吐・・・・。まず一つめの症状。

 トビは恐怖した。しかも何か頭痛がしているような気がする。

 これは二つめの症状・・・・。

 「どうやら追いつめられたのはおまえのようだな。」

 コクハは窮地に陥るトビを目の前に愉しそうに微笑んだ。ゆっくりとトビへ歩み寄る。

 「取引をしよう。」

 そしてそう言った。

 トビは息苦しい不快感を頭にかかえながら、その言葉にしがみつくように頷いた。

 コクハは満足そうに頷く。

 「ここに、解毒薬の丸薬がある。」

 そう言ってトビの前にしゃがむとコクハは一個の丸い玉をティッシュで包んだ中から取りだした。

 「これを飲めばおまえは助かる。飲まなければ死ぬ。いいか?」

 「わ、わぁかぁったぁ・・・。」

 トビは細かく揺らすように頷く。

 早くして欲しい。早くしなければどんどん症状が進んでしまう。だんだん動悸も激しくなってきたような気がする。頭痛だって確かに感じる。じんましんが全身を覆っている。吐き気が止まらない。もう吐き出す物など無いのに・・・。焦燥感にトビは脂汗を額に滲ませた。大量の汗が顔面を覆う。これは異常な量である。

 「イリヤ、携帯を動画モードで撮ってて。」

 コクハがそう言うとイリヤは「うん」と真剣に頷いて言われたとおりにした。

 「はぁやくぅぅ。」

 苦しい。トビは取引を急かした。

 「まぁ待て。

 おい、セイカ、余ったロープでこいつの手と足を縛って。」

 イリヤが動画撮影の準備を整える、セイカとフジモトとアサギはトビの両手両足を縛った。

 中学一年生の女の子達五人が大きな大人の男を縛り上げて一人はそれを動画に撮っているというシュール過ぎる様子はマコトがいたら滑稽すぎて爆笑してるとこだなと、セイカは思ってプっと微かに笑った。

 そしてコクハはしゃべり出す。

 「まず今から、私の言うことに応えろ。全て本当のことをな。」

 トビは頷く。もはや声を出すのも辛い状況だ。全身の汗腺が開かれ、そして動悸が激しく嘔吐感が脳裏を浸食する。激しい腹痛が便意を急激に引き起こす。

 「おまえの名前は茜宍鳶だな?」

 「そぉだぁ・・・。」

 「最近のペット失踪事件。おまえも知っているだろう?」

 一瞬、止まったがトビはゆっくり頷いた。

 「あれをやっているのはおまえと母親だな?」

 トビは応えない。

 「早く応えろ。どんどん危険になっていくぞ。死にたいのか?」

 「わぁわかったぁ・・・、」

 焦って言ってトビはうぐっと息を飲み込んだ。

 「おれぁ、やったぁ、いぬぅ、ねこぉ、こぉろぉしぃてぇ、はぁなぁのひりょうぅをぉつくぅったぁ・・・。でもぉ、ママァ、やぁってなぁいぃ・・・しらぁなぁいぃ・・。」

 「・・・・捕まえたペットたちはどこにいる?すぐに殺している訳じゃないだろう?」

 「・・・ちかぁ・・・。」

 そう言われてコクハはぴんと来た。地下室の、あの干し肉場の中に一つ開かない扉があったのを思い出したのだ。

 「あそこか・・・。カギは?」

 「かぁぎぃ・・・・。」

 トビはカギと聞くと突然黙りこくった。

 「実はね、うちで飼ってる猫が行方不明でね。探しているウチにこの家にたどり着いて今回こういうことになっているんだよ。

 その猫はね。私にとって大切な存在なんだ。返して欲しいんだよ。」

 そう話してもトビは口を開かない。しかたがないからコクハは質問を変えた。

 「おまえの母親はどこにいる?」

 「・・・・いぃえぇなぁい。」

 トビは黙秘を告げた。母親のことは絶対に語る気はないようだ。ペット失踪事件も自分が一人でやったと言い張るあたり筋金入りだ。コクハは少々かんに障った。

 バカのくせに親を守ろうなんて考えるのが腹立ったし。母親、それと共に暮らしながらこういう状況で母親をかばうようなその態度が気にくわなかった。てゆーか空木黒葉の事情的に許せなかった。

 「じゃあ、おまえは死ぬしかない。死ねばいい。」

 激しく言う

 「・・・・・。」

 トビは応えず、荒い息をハァハァと押し黙った。

 「嘘をついてんだろ。おまえは母親に言われてしか、何も出来ない。違うか?」

 「・・・・・・。」

 しかしトビは応えない。動悸はどんどん激しくなっているようだ。顔色が青ざめていく。

 「そんなおまえがどうやって母親に内緒でそんなことを出来る?」

 「・・・・・・。」

 もはや事切れる寸前のように目がうつろになっていくトビ。それでも彼は口を開かない。

 「おまえの母親は変態だ。動物を虐待して殺して花の肥料にする気違いだ。」

 「・・・・違う。」

 トビは小さな声で否定した。母親を変態呼ばわりされて少し目に闘志のような物が戻った。

 「違わない。

 否定を否定で返すコクハ。

 「違う・・・違う違う違う。」

 トビはヒステリックに叫んだ。涙と汗を混じらせながらコクハを睨み付ける。そしてしばらくすると、がくりと首を垂れて気を失った。体力の限界だったのだろう。彼はその場にバサっと倒れた。

 「くっさ。」

 アサギが言って鼻をつまんだ。

 そのなんというか臭い匂いが鼻を突いた。トビのヤツ、気を失う間際に脱糞しやがったのだ・・・。



 「トォビィィィ!」

 と、しばらくして、庭の向こうから誰かが叫んだ。そして駆けてくる。

 「茜宍お婆さん!」

 イリヤがそれを見て言った。

 茜宍ババアは駆けてくる。

 コクハはどうやら来てくれたようだとホッと一息ついた。そのためにわざわざ監視カメラによく見える位置を選んだのだから。

 「とびぃぃいっ」

 茜宍ババアは感嘆の叫びを上げて縄で縛られ倒れている息子を抱き起こす。そしておいおいと泣いた。

 「状況はカメラで見てたんだろ?」

 コクハは平然と話しかけた。茜宍ババアはそんなコクハを黙って睨み付けた。その貌は昔話の山姥のようにしわがれた鬼みたいな顔をしていた。

 「見ての通りの状況だ。息子の命を助けたければ取引をしろ。」

 コクハは言う。

 「悪ガキ共、こんなことをしてただですむと思っているのかえっ!?」

 茜宍ババアは怒声を荒げた。

 「バカか、おまえ。警察沙汰にでもなれば不利なのはおまえの方だろう?この国には動物愛護法ってのがあるんだよ。それにおまえ、殺したのは動物だけじゃないだろう?」

 「・・・!?」

 コクハがそう言うと茜宍ババアは顔色を変えた。

 「セイカっ」

 「あいよっ」

 コクハはセイカに合図する。セイカは徐に右手に持った白い骨を茜宍ババアに突きつけた。

 「これ、何の骨だかわかるか?」

 言ってコクハは嗤う。

 「ここの庭に埋められているのを見つけた。まぁ、DNA鑑定をすればすぐに身元まで割り出せるだろうなぁ」

 「お、おまえたち・・・どうしてそれを・・・。」

 茜宍ババアは動揺を隠せなかった。セイカが持っているその骨はどう考えてもその骨では無いかと。茜宍ババアは声も出せずに怯んだ。

 「昔話をしようか。」

 コクハは呟くように切り出した。

 「昔、おまえには夫がいた。理由は知らないが夫をおまえは殺すことになった。死体は庭に埋めた。しかしそこに赤いアジサイが咲いてしまった。アジサイの七変化は有名。死体の腐食でアルカリ性質を高くした土壌は赤いアジサイを育ててしまったのだ。

 どんなに小さな事でも犯行の発覚を恐れるのが犯罪者の心理。おまえは赤いアジサイから犯行の発覚を恐れた、そしてアジサイをどうにかするのに、それを処分するのではなく花畑を作ってそこにアルカリ性の強い土壌を築くことにした。木を隠すのなら森の中というわけだ。

 それも少し不可思議だったが、今のおまえやその息子の異常性を見ていれば分かった。おまえはいつからか動物を殺すこと自体が愉しくなってしまったんだ。違うか?」

 「・・・・・なるほどね。」

 聞いて茜宍ババアは笑った。それは何かがおかしいと言うより、少し諦観めいた雰囲気だった。

 茜宍ババアの脳裏には夫のことが思い出された。夫はDVだった。家族を殴った。妻である自分を殴った。来る日も来る日も殴られた日々を、そしてそれが終わった瞬間を思い出した。そうすると茜宍ババアはどうしても守らないといけないと腕の中の息子の貌を見て涙をこぼした。

 「・・・おまえらの勝ちだよ。全てお見通しというわけかい。そこまで知られちゃ、どうしようもないね。

 猫だったね?返すよ。」

 茜宍ババアは案外あっさり降伏した。それも仕方ない。彼女の腕の中には瀕死の息子が抱き抱えられているのだから。抵抗する余地もないのだ。それにむしろこの状況でそんな内情まで見抜かれたら誰だって、もはやどうこうあらがう気力も持てないだろう。

 もちろん、全てはコクハの計算通りである。

 「物わかりが早くて助かるよ、お婆さん。」

 言ってコクハは茜宍ババアに歩み寄った。

 「でも取引だよ。息子の毒を治しとくれよ。それにこのことは内緒にする。そしたら猫を返してやる、いいね?」

 確認を求める茜宍ババア。コクハはしっかりと頷いた。

 「当然だ。取引だからな。それともう一つ。」

 「・・・・なんだい?」

 「警察には通報しない代わりに、もう二度とペットをさらって殺したりしないと誓ってもらう。」

 「・・・わかったよ。」

 茜宍ババアは抗することもなく頷いた。

 「これは地下室のカギだ。」

 そして腰からカギを取りだしてコクハに差し出す。コクハはそれを受け取り

 「OK、先に地下に行って猫をとってくる役。セイカ頼む。」

 セイカにカギを投げ渡した。

 「まかして。」

 返事をしてセイカは屋敷の方へ駆けていった。

 「ねぇ、お婆さん、聞かせて欲しい。」

 最後にコクハは茜宍ババアに気になっていたことを聞いた。

 「・・・なんだい?」

 「本当は、夫さんを殺したのはおまえじゃないんだろう?」

 「・・・・。」

 「考えてみたんだ。何故、夫さんを殺して自首しないのか。そりゃあ、だれだって警察には捕まりたくないだろうけど・・・でも私は違うと思った。他に理由があると・・・」

 「・・・言わなくていいよ。」

 そこまで言うと茜宍ババアは遮った。

 「あんたの思ってるとおりさね。・・・。」

 言って仄かに笑った。

 「・・・・・・・。」

 母親というものには、自分より大切なものがある。コクハは知っている。でもこうして確かめたのはやはり半信半疑だったからかも知れない。複雑な気分だ。少なくとも空木黒葉の事情としては母親の愛というのは、世界中の全てのものから自分を守ってくれるような、そんな保護膜みたいな存在ではなかったのだから。正直、コクハにとっての母親は普通とは少しかけ離れた位置に存在し続けているのだから。


***


 「じゃあ、これ飲ませて、しばらくすれば目が覚めるから。」

 コクハ達はセイカがチャーリーブラウンとついでに依頼者のデブ猫を連れてくると、一個のあめ玉のような解毒薬を気を失ったトビに飲ませるように、茜宍ババアに渡した。そしてそのまま屋敷を去った。

 屋敷の門を出たところでセイカが言った。

 「おまえ、嘘ついただろう?」

 「うん。」

 コクハは頷く。

 「なになに、どうしたの?」

 フジモトが話に食いついた。セイカは説明する。

 「ほら、最後にあげた解毒薬。アレ、どうみてもただのあめ玉でしょう。」

 「え!?それじゃあ、」

 「あー・・・とゆーか解毒薬なんて最初から持ってない。」

 コクハは平然とそう告げた。

 「でも安心しろ。あのトビのヤツが飲んだ丸薬は実はスズランじゃない。フェイクだ。」

 「・・・・!?」

 これには一同仰天した。

 「あれはアサガオだ。幻覚作用もあって良い感じに活躍してくれた。下痢や腹痛を催したら後は勝手に体内に排泄して終わる程度の毒薬だ。」

 「ペテン師だなぁ。」

 アサギが感心したように言った。コクハはそのペテン師というニュアンスにぴくりと眉を反応させながらも、さらに続ける。

 「他の二つ。アマリリスだったらもう少しヤバイ。後遺症も残るしな。スズランだと死ぬ可能性があるからアイツがすんなりはまってくれて殺めずにすんだ、幸運なことだよ。」

 「もしもすんなり行かなかったら殺す気だったの?」

 フジモトが質問した。

 「最初はね。マジでムカツイてたから。」

 「なんという・・・。」

 「でも途中で我に返ってね。嘘をつきました。でも、ペテン師とか・・・おまえ、誰に向かって口きいてんだ?」

 コクハは切っ先のような眼差しでアサギを睨み付ける。すると

 「いや、逆に言わせてもらえばおまえは何様だよ。」

 セイカが突っ込む。

 「コクハは嬢王様だよね。」

 フジモトのコクハ像は嬢王様らしい。

 「ぶっっっ・・・嬢王様・・・。合ってる。」

 アサギも同感だ。

 「ドSの嬢王様だな。」

 「やめい。下郎共、誰に向かって口をきいてる、かっ。」

 コクハがセイカとフジモトとアサギにコラっと手を挙げると、ちょうどイリヤが空を見上げて口を開いた。

 「あー見て、空、綺麗だよ」

 「おおう茜色、滲んでるねぇ。」

 セイカが応えて空を仰ぐ。

 夕空の向こうには、茜色の黄昏の日光が広がっていた。五人はそれを見上げた。空の端にはお月様がうっすらと顔を出していた。それは少し長い一日が終わった証。

 「ニャーオ。」

 猫のチャーリーブラウンが、コクハの腕の中でそんな茜色の空に向かって鳴いた。その鳴き声は少し、か弱く響き、泣いているような声だった。

 コクハはそんなチャーリーブラウンを一瞥して、再び夕焼けの空を眺めて、少し悲しく思った。

 何故なら肥料にされて無残にも死んでいった彼等のことを思い出したからだ。彼等の飼い主の思いも、ただひたすら生きることに純然であった動物達の無二の魂も、どこに消えどこに浮かばれるのだろうか?その出口もそのやり場のない思いもコクハの目に悲しいものに映って見えた。

 そう、茜色の空はまるで、傷ついて滲んだ血のように殺伐としていて、でもどこかもの悲しい黄昏れた色をしていた。それは茜宍の屋敷の庭の土の中で今も眠る、動物達の悲壮な叫びのようにもコクハには思えてならなかったのだ。

 僕達は、ここにいるよぉ・・・。

 どこからか動物達のメッセージのような空耳をそよ風が運んできた。コクハの黒く長く垂らされた髪がかすかにそよぐ。

 そしてその風に乗って茜宍の屋敷から一片の花びらが飛ばされて来た。その花びらがチャーリーブラウンの頭上にそっと舞い降りて、それをコクハは見下ろし見つめた。

 赤色とはいえ、ほとんどがピンクがかったものが多いアジサイだが、その花びらは珍しいと思うほど、もの悲しい色をしていた。

 それはアジサイの花びらだった。それは傷ましい夕日と同じ色をしていた。

 そしてコクハは気が変わった。ふと貌をあ上げると言った。

 「やはりアイツ等は許せん。みんな、警察に通報しようか。」

 なんという・・・。


 この突然な心変わりには後に話を聞いたマコトも爆笑するしかなかったという。さすが一刻一情のコクハ嬢といったところである。


 flower the scarred/END


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