プロローグ
「ゆ、許してくれよ! 俺は何も知らないんだ本当なんだ」
必死に命乞いをする男を一人の少女が見下ろしていた。年の頃は十五かそこらで、黒い髪と瞳を持つ美しい顔立ちの少女だった。
少女の両手には血まみれの剣があり、その切っ先からはポタポタと鮮血が滴り落ちている。
少女の名はアリシア・試作品一型。
「私はただ任務を遂行するだけ」
そう呟くと、アリシアは男の心臓めがけて剣を突き刺した。
その顔には一切の表情はなく、まるで人形のように冷たく凍てついた瞳をしていた。
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「試作品の調子はどうだね? ロベルトくん」
「良好です。魔道核も安定してますし、魔力供給量にも問題はありません」
薄暗い研究室の中で二人の男が会話を交わしていた。一人は白衣を着た中年の科学者であり、もう一人は黒いスーツに身を包んだ若い男である。
「そうかね、それはよかった。これでようやく実用化の目処がついたわけだ」
「はい。これで我々の悲願も達成されるでしょう」
二人は満足げな笑みを浮かべると、互いに手を取り合った。
「では早速量産体制に入ろうではないか。この試作品は一体あればいいから、残りは不要になる。さっさと廃棄するなりなんなりしてくれたまえ」
「わかりました」
「ああ、それともう一つ頼んでいた件だが…………そちらの方は順調かね?」
「ええ、問題なく進んでいます。こちらもご期待に添える結果をお約束いたします」
「うむ、よろしい。それではよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
男は深々と頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。残された白衣の男はその背中を見送ると、口元に手を当てながらほくそ笑んだ。
「ふっふっふっ、これでようやく私の長年の夢が実現できるぞ。あの憎き奴らに復讐ができるのだ!」
白衣の男は高笑いすると、興奮を抑えきれない様子で部屋の中を行ったり来たりした。そして再び椅子に腰かけると、机の上に広げられた資料を手に取った。
そこには様々な数値やグラフが書かれており、それを目にしながらニヤリと笑う。
「待っていろよ、必ず貴様らの喉笛を引き裂いてやるからな」狂気じみた笑みを浮かべながら、白衣の男は手に持ったペンをクルクル回し始めた。
ここはとある研究所の地下にある秘密の部屋。そこにいる人物たちは、皆ある一つの目的のために動いていた。それはこの世界の人間たちに対する反逆行為であった。
彼らは自分たちが異世界人によって召喚された存在だと知っている。そして自分たちがこの世界にとって異物であることも理解していた。
だからこそ、この世界を自分たちの思い通りにするために立ち上がったのだ。
現代知識を持った彼らがまず取り組んだのがアリシア計画。
人間の心臓を媒体とする、細密型自律式魔法人形の開発である。これは魔導核と呼ばれる動力源を組み込んだもので、使用者の意思に従って動くことができる代物だった。
この技術が完成したことにより、アリシア計画は一気に加速することになる。
完成したアリシア一号はすぐに実戦に投入されることになった。実験は成功裏に終わり、彼女は見事に主人の命令に従うことに成功した。
そしてこれより計画は躍進する。
量産化に成功した後は各地に派遣してゲリラ活動を行う予定になっていた。目的はただ一つ――『勇者』の暗殺である。
勇者とはこの世界に召喚され、魔王討伐のために選ばれた者たちの総称である。
その存在はこの世界で英雄として称えられており、崇拝する者すら存在しているほどだ。
しかし、そんな勇者たちも所詮は人の子に過ぎない。どんなに強くとも、いずれ限界が訪れるだろう。その瞬間こそが彼らの最期なのだ。
そしてそれは、同時にこの世界の終焉を意味することになる。
「待っていてくださいね、陛下。あなた方は必ず私が殺して差し上げます」
白衣の男は机の上の写真立てを掴むと、大事そうに撫で上げた。
そこには一人の男の姿があった。
写真の中に入っているのは若き日の皇帝とその妃である。
「あなたの仇は私が必ず取って見せましょう」
白衣の男は不敵な笑みを浮かべると、そのまま部屋から出ていった。
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