1−8 第34回マジクルアスカ開催
蠍の月の第4太陽曜。
リリスヴェール魔法学校の第1食堂は異様な賑わいを見せていた。
普段でも太陽曜では混み合う第1食堂だが、今日はそれ以上。
何も知らずに訪れた生徒はその混み具合に思わず驚きを口にした。
「な、なんだ!? なんで今日はこんなに混んでるんだ!?」
そんな声を拾ったのは、近くの椅子に腰掛けていた男子生徒。
「おいおい、兄ちゃん。知らねぇのかい?」
「し、知らないって何をだ?」
「みんな、あれを楽しみにしてるんだよ」
そうやって男子生徒の視線を追うと、辿り着くのは食堂に備えられた巨大な投影水晶。
そこでは昨今の魔法界の出来事が放送されている。
ちょうど今はどっかの魔法大学で風船鼠の品種改良に成功したとかなんとか、そんな感じの出来事が流れていた。
「あれを楽しみに? 僕の知らないところでネズミブームでもやってきたのか……?」
「ちげぇよ。まあ、俺が説明するより見た方が早いか」
「早い? 何がだ?」
その問いを答える前に、投影水晶の映像魔法がバチッと乱れ――
食堂に集まる大勢が待ち望んだその声が、光の効果と共に響き渡った。
『ミスティイイイ〜〜ッ! チャンネルゥウウウウ〜〜ッ!!』
***
わたしたちは暗い部屋の中で、転送魔法陣の上にいた。
ちら、と時計を確認すれば時刻は9時56分。
これが10時になったら魔法陣が発動して、わたしたちの身体はフィールドのどこかへとランダムに飛ばされる。
わたしは魔晶レンズの最終調整をしているリンファに声をかけた。
「なあ、リンファ。その魔晶レンズってずっとお前が持ってるのか? 片手がずっと塞がっちゃうことになるけど」
「その点はご安心を。付与師の知り合いに追尾魔法を付与していただいたので、この魔晶レンズは自動的に私たちの姿を追ってくれます」
そう言ってリンファが魔晶レンズを手放すと、それはハチドリみたいにわたしたちの周りを飛び回ってレンズをこちらに向けてきた。
へぇー、便利な世の中になったもんだ。
「ミスティ様。特訓は順調でしたか?」
「順調ではあったけど、お前の指示が意味わかんなくて頭が疲れたぞ。まあ一応、言われたことは全部できるようになってきたけど」
「ミスティ様ってイメージの割に根は真面目ですよね」
それって褒めてる?
お前の言うわたしのイメージってどんな感じなの?
そんな疑問を込めた視線を向けてみたけど、鉄壁の無表情は少しも揺らぐことなく次の話題を振ってきた。
「私の方も首尾は順調です。いくつかの商会と話を付けて、色良い返事をいただいてきました。私たちと広報契約を結んでも構わないと」
「お、やるな、リンファ」
「もちろん、私たちが相応の価値を示したらという前提付きですけどね。宣伝力としての魅力……つまり、このマジアスで人気者になったらという仮定の話です」
「わかりやすくていいよ。つまり勝てばいいんだろ?」
「目立ちながら勝つ……と言いたいところですが、ミスティ様なら何も気にせずガムシャラに優勝を目指せば勝手に目立ってくれるでしょう。身体はちっちゃいですけど存在感は人一倍ですからね」
身体関係なくない?
別にちっちゃくたっていいだろ。
「具体的なお金の話は終わった後にしようと思いますが、私の想定通りならばそれなりの収益が見込めるはずです」
「本当か? それってだいたい――」
「ご安心を。グリテフ様のお世話をするのには問題ないくらいは稼げるかと思いますよ」
「……お前、なんでそんなにわたしの事情に詳しいの? わたしのこと好きなの?」
「私はずっとミスティ様のこと大好きですよ?」
何を今更、みたいな顔で言われて少しだけわたしの顔が赤くなる。
な、なんだよ。
そんなに真っ直ぐに言われると、その、恥ずかしいじゃないか。
「ミスティ様は? ミスティ様は私のこと好きじゃないんですか?」
「べ、別に嫌いじゃないけどさ……」
「嫌いじゃないということは、つまり?」
「うっざいなぁ、お前っ!?」
ぐいぐいっと顔を寄せてくるリンファを押し返していると、時計は9時59分を過ぎていた。
残り1分からはカウントダウンが始まるらしい。
突如、目の前の空間に魔法文字が浮かんできて、それが59、58、57と順々に目減りしていく。
へえ、今回のマジアスからこんな仕様になったんだ。
「配信は転移が終わってからにしましょうか。フィールドで放送開始した方がよりゲーム実況っぽいですから」
「そこらへんはよくわからんから任せた。わたしは全力で勝ちに行くだけだよ」
「はい。ミスティ様はそれで構いません」
カウントダウンが30秒を切る。
わたしは腰に差した魔銃杖を撫でて心を落ち着かせていると。
「ミスティ様」
優しく、でも確かな熱の込められた声でわたしを呼んだリンファが。
「優勝しましょうね」
そう、微笑みながら言ってきた。
見惚れるほどの微笑。
静かな意志を携えた氷蒼の瞳。
それらが全てわたしにだけ向けられている。
なんていうか、嬉しかった。
大会前のこの瞬間に、それを言ってくれたことが嬉しかった。
だから――。
「ああ、絶対に勝とうな!」
わたしも笑顔を返しながら、相棒に向かって魔銃杖を掲げる。
リンファの掲げた杖とぶつかり、コンっと。
乾いた音が、暗い部屋に響いた。
カウントダウンが進む。
5。
心の中のバクバクがうるさかった。
思わず胸の上に手を置いた。
4。
いつものマジアスよりずっと緊張している。
でもこれはきっと不安だけが理由じゃない。
3。
これはワクワクだ。
いつもと違うことを始めようとしている自分が、未来に何かを期待している。
2。
きっと楽しいことばかりじゃないはずだ。
辛いことや、うまくいかないことだってたくさんあるはず。
1。
でも、そんな苦労すらも、隣にいる相棒となら楽しめるんじゃないかって。
そんな根拠もない自信を心の内に浮かべながら。
0。
わたしたちの身体は、真っ白な光に包まれていった。
その最中。
聞こえたのは、魔法人形じみたアナウンスで――。
『これより第34回マジクルアスカを開催します』