1−6 初配信が終わって
リリスヴェール魔法学校の第1食堂。
そこで少し遅めの昼食を摂っていたふたりの男子生徒は、食事の手を止めて呆然と視線を食堂に併設された投影水晶に向けていた。
今はもう、最近の魔法界の出来事に切り替わっている投影水晶。
しかし彼らの目には、強烈な衝撃を与えた魔法少女たちの初配信が焼きついて離れなかった。
「な、なんか凄かったな……」
「な! まさか黒りんご亭のドリンクを全種類飲み干すやつがいるなんてよ!」
お互いの会話で我を取り戻したふたりは、ようやっと食事を再開する。
フォークを刺した魚のフライは、時間経過でサクサク感が失われていた。
「でも可愛かったなぁ。口調は乱暴だったけど。えっと、ミスティちゃんだっけ?」
「俺は銀髪の子の方が好きだな。1年生のリンファちゃんね。覚えた」
似たような会話は彼らだけでなく、食堂のあちこちから聞こえた。
可愛い女の子たちがなんか変なことをしてる。
ただそれだけのことなのに、ふたりの魔法少女が始めた映像魔法は彼らの心を掴んで離さない不思議な魔力があった。
それからは会話も少なく、黙々と食事を続けるふたりだったが――。
ふと片方の生徒が何気なく声をあげる。
「なあ、来週の休みなんだけどよ」
「ああ、大丈夫。たぶん俺も同じことを言おうとしてる」
食事の手を止めたふたりはお互いの顔を見て、にやりと笑った。
「来週もこの食堂に集合な。あの子たちの配信? を見るために」
***
「ぅうう〜、リンファ。あれでよかったの?」
「はい。百点満点のリアクションでした。流石はミスティ様です」
トイレから戻ってきて、お腹を抑えたままのわたしが尋ねると、返ってきたのは優しい微笑みを浮かべたリンファからの称賛だった。
……珍しいな、こいつがこんなにわかりやすい表情をするのは。
「ミスティ様がトイレにいかれている間に第1食堂の様子を見てきましたけど、なかなかに話題になっていました。うまくいけばこのまま噂になって、たくさん注目が集まってくれるかもしれません」
「そ、そうなのか?」
つまり大成功、ということなのか?
あまり実感はないけど。
「ふふっ、やはり私の目に狂いはなかったですね。ミスティ様ならきっと1番の人気実況者になれますよ」
嬉しそうな表情を浮かべてそう断言するリンファ。
うーむ、やっぱりいつもよりテンション高いな、こいつ。
そんなに配信の成功が嬉しいのか?
「なあ、リンファ。どうしてわたしを人気実況者とやらにさせたいんだ? 別にヤバいドリンクを飲むのもゲーム実況をするのもわたしじゃなくてもできるだろ。それこそリンファが自分でやってもいいだろうし」
ふと、今まで薄々思っていたことを尋ねるとリンファがこっちを見てきた。
わたしの質問の答えを探してか、少しだけの沈黙を挟んだ後。
「……そうですね。見てもらった方が早いでしょう」
そう言って、リンファは黒りんご亭に行き何かを買ってきた。
なんだ、何を買ってきた?
リンファが手に持っているのは瓶に詰められた緑色の液体……。
えっ、まさかそれ……『沼鶏の爪の炒め油』か……?
「おいリンファ。それをどうするつもりだ?」
「こうするつもりです」
リンファはぐいっと躊躇うことなくドリンク……これをドリンクと言っていいのか微妙だが、瓶を逆さに傾けて中身を飲み始めた。
……って!
「おい、やめとけ! そんなん絶対に腹を壊すぞっ!」
慌てて声を上げるが、わたしの必死の制止もどこ吹く風。
リンファはぐいぐいっと喉を鳴らし、瓶の中身を一気飲みしてしまった。
やだっ、男らしい。惚れちゃうかも。
「って、そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃない! 早く吐き出せ! 今ならまだ――」
間に合う、と続くはずだったわたしの言葉が止まる。
ドリンクを飲み干したリンファが全然平気そうな顔をしていたから。
えっ、あれっ?
あれってめちゃくちゃ辛いやつだよね?
わたしが飲んでそこらを転げ回ったのと同じやつだよね?
そんなわたしの疑問をよそに。
ちゅぽっと音を立てて瓶から口を離したリンファは、こっちを向き直って一言。
「ふう、辛かったですね」
「反応、薄っ!?」
いつも通りの静かな声音で感想を呟いたリンファに、思わずわたしの方が大声をあげてしまった。
そんな大袈裟な反応を見せたわたしに向かってリンファは指を差して。
「そうなんです。私はどうもリアクションというものが取れない体質のようで、映像魔法のみで視聴者に面白さを提供する配信者には決定的に向いていないのです」
「リアクションって……ちょっと大袈裟に反応することだろ? 少しくらい演技を入れたっていいんじゃないか?」
「うわー、からいー、したがしびれてるー(棒)」
「……う、うん、わたしが悪かった」
抑揚のない声を出しながら喉を抑えたリンファの演技に思わず謝ってしまった。
なるほど、えっと、これは確かに、その……ひどいな。
わたしが呆れにも似た視線を向けていると、リンファは逆に羨ましがるような視線を返してくる。
「その点、ミスティ様は演技の必要なく、全てのことに全力でバカ丸出しのリアクションを取ってくれるので動画受けはいいでしょう。天然の配信者気質ですね。羨ましいです」
「今、バカって言った?」
「気のせいです」
そ知らぬ顔でストロー付きの瓶から水をちゅーちゅー吸ってるリンファが言ってくる。
ああ、よかった。ちゃんとお前も辛かったんだな。
「まあいいや。とりあえず初めての配信は成功ってことでいいんだろ? 次はどうするんだ?」
「本当だったらマジアス本番までに何かしらの配信をしたかったところですが、投影水晶の使用権を取れなかったのでそこは断念です。なので今のうちにスポンサーの募集や広報ルートの確保などをしていこうと思いますが、これは私に任せてください。……つまりミスティ様は」
「つまりわたしは?」
「暇ですね」
「暇なのっ!?」
それはなんというか……やだなぁ。
せっかくいろいろとやる気だったのに暇なのかよ。
「強いて言えばマジアスに勝つための特訓をしていて下さい。あくまで私たちが目指しているのはマジアスのゲーム実況者。本番でいい結果を残せなければ大金を稼ぐなんて目標も絵空事になってしまいますよ」
「うーむ、そうか。それは困るな」
確かにせっかく見てくれそうな人ができたのに、本番で早々に負けてしまったらガッカリさせてしまうだろう。
注目を集めるためには勝ち残らなければいけない。
勝ち残るためには強くならなければいけない。
うん、わかりやすい理屈だ。
「じゃあわたしはこの1週間、マジアスに勝つための特訓をするぞ!」
「では私はより良い動画作り……いい感じの映像魔法を作れる環境を整えるために暗躍したいと思います」
暗躍って言っちゃったよ、こいつ。
「ミスティ様。来週の本番は頑張りましょうね」
「ああ! リンファもよろしくな!」
パチっとお互いの手を叩き合う。
1週間後のマジアスの本番に向けて、わたしたちはそれぞれの行動を開始した。