1−5 ミスティチャンネルっ!
リリスヴェール魔法学校の第1食堂。
幾つもの長机が並べられたその場所では、美食の妖精によって作られた魔法料理をつまみながら談笑に花を咲かせる魔法使いたちの姿があった。
そんな光景の一角。
頭上を飛び交う水差しに、飲み物のおかわりをしていた男子生徒のふたりがこんな会話を交わしている。
「なあ、来週の休みはなんか用事あるか?」
「いんや、暇。なに? なんかの誘い?」
「違う違う。俺も暇だからなんか面白いことねぇかなって聞いてみただけだ」
「そういうことか。そんなんあったら俺も知りてぇよ。なんかそこらに面白いこと転がってねぇかな? あ、レモンかけていい?」
受動的な願望を垂れ流しながら、怒羽魚のフライにレモンを絞る男子生徒。
それをサクサクと口に運びながら、緩やかな雑談は続いていく。
「そんなに暇ならマジアスにでも参加してみるか? ちょうど来週の休みに開催されるらしいぞ」
「んー、やめとく。最近あんま索敵魔法の調子がよくないんよ。変なことしてあそこに晒されるのは恥ずい」
そう言って、男子生徒が指差したのは食堂の正面に構えられた巨大な投影水晶。
普段は魔法界に起きた出来事を映像魔法で流しているが、マジアスが開催されている時は大会の様子がそこに中継される。
「なら、来週はここでマジアスでも観るか?」
「それでもいいけど、あんま面白くないんだよなぁ、マジアスの中継。臨場感がないっていうかなんというか……」
投影水晶に映し出されるのは、上空からの映像魔法だ。
魔法の音はほとんど拾わず、競技者たちの声も聞こえず、ただ淡々と空の上から戦いの様子を眺めるのみ。
その刺激のなさに不満を抱いている観覧者は少なくない。
「あー、なんか面白いことねぇかなー?」
何度目ともなる問いを呟きながら、魚のフライを齧る男子生徒。
向かいの生徒もその呟きに同意しながら、ただなんとなく投影水晶に垂れ流れる映像魔法に視線を向けていると――。
『ミスティイイイ〜〜ッ! チャンネルゥウウウウ〜〜ッ!!』
それは唐突に始まった。
バチッと映像魔法に乱れが生じーー。
煌びやかな光の効果と『ミスティチャンネル!』の魔法文字がデカデカと投影水晶を埋め尽くし――。
次に映ったのは、金と銀の輝きを持つふたりの魔法少女だった。
***
「なにしてんだ、リンファ?」
「編集です。この世界には録画という概念も編集ソフトもないので映像に直接加工を加えるしかありません」
そんなよくわからないことを言いながらリンファは杖を振って、光魔法で作り出した色鮮やかな輝きを散らしていく。
向かい合う魔晶レンズには空中に板書した『ミスティチャンネル!』の文字を見せつけていた。チャンネルってなんだ?
「って言うか、わたしたちはマジアスの様子を配信するんじゃないのか? 開催は来週だぞ?」
「今日はそのための布石です。本番で少しでも視聴者を増やすために、配信者としてのミスティ様の存在を事前に知ってもらいましょう。学校内で話題になってくれたりするといいのですが、こればかりは運ですのでなんとも言えませんね」
うーん、正直、あんまり意味はわからなかったが、まあいいや。
わたしはもう腹を括った。
お金を稼ぐため、ゲーム実況になることを決めたんだ。
ならわたしがすることは、リンファが言うことに精一杯取り組むだけだ。
「つまり、わたしは何をすればいいんだ?」
「企画の説明は配信内にやりますので、まずは私のあとに挨拶をお願いします」
そう言ってリンファは杖を振り、魔晶レンズに向けていた光と魔法文字を消した。
うわっ。
ということは、もう今、食堂の投影水晶にはわたしたちの姿が映ってるってことか。
なんか緊張するな……。
「皆さま、はじめまして。ミスティチャンネルへようこそ。私はリリスヴェール魔法学校の1年生リンファ=フーミンと申します。よろしくお願いしますね」
そんなわたしの緊張など知ったことかと。
リンファ少し前に出て、魔晶レンズに向かってぺこりとお辞儀をした。
いつも通りの声、いつも通りの表情。
すごいな。こいつの辞書には緊張という言葉はないのか?
そんな感嘆も余所に、リンファはわたしの隣に戻りこっちに視線を向けてきた。
なんだその目……いや、違う。そうか、挨拶だ。
リンファの後に挨拶をしろって言われてたんだ。
わたしは咄嗟に前を出て、魔晶レンズに向かって叫んだ。
「2年生のミスティ=ゴールドだ! お前たち感謝しろ! 世界一の美少女であるわたしがお前たちに楽しい時間を提供してやる!」
なんか緊張して、すごい高圧的な言い方になってしまった。
え、なんでわたしこんな上から目線で言ってるんだ?
口にしてから急に恥ずかしくなって、顔が赤くなるのを自覚する。
やばい。心臓がすごいバクバク言い出した。
心配になって振り返ると、リンファはなぜか満足そうな顔で親指を立てている。
え、これでいいの?
釈然としない気持ちをぶら下げながら、わたしはリンファの横に立ち位置を戻す。
「このチャンネルは主に私たちのマジアスの様子を実況する予定ですが、その他にも思い付いた企画を幾つかやる予定ですのでお時間があればご高覧いただけると嬉しいです」
慣れたようにスラスラと言葉を続けるリンファ。
なんか勝手にやることが増えてた気がするけど、まあいい。
こいつは色々と考えているみたいだし、付き合ってやろうじゃないか。
「それではさっそく今日の企画の発表です。今日やるのは――『黒りんご亭のドリンクを全部飲んでみた』です」
「……ちょっとまて」
心の中でやる気を出していたわたしだが、発表された企画内容に思わずまったをかけた。
「黒りんご亭って、あの黒りんご亭か? リリスヴェールの売店の中でも屈指のキワモノを出すっていうあの!」
「その通り。魔法学校の売店らしく、常日頃から不思議で奇怪な美味を追求するあの黒りんご亭です。ドリンクメニューの数は常に二十を超え、毎月のようにその半分は入れ替わり、更にその多くがどこに需要を求めているんだと問い詰めたくなる『攻めた』味を提供しています。今日はミスティさまにこちらのドリンクを全部飲んでもらいます」
「やだよぉおお!? 友達がこないだ黒りんご亭で買ったゼリーは黒羽虫の鱗粉味だったらしいぞ? ドリンクもそんなヤバいやつばっかなんだろ!?」
叫びながら、わたしはバッと振り返った。
そこにあったのはあらゆる異物がひきめし合う不気味な売店。
変な生き物が詰められた瓶に、昆虫の手足がぶら下がった購入窓。
コポコポと緑色の液体を煮詰めた大鍋に、しなびた花が飾られた戸棚。
魔女の工房と言われても信じてしまいそうなその場所こそが、リリスヴェール屈指のキワモノを取り扱う売店――黒りんご亭だ。
「流石です、ミスティ様。私が説明するまでもなくリアクションだけで黒りんご亭のヤバさを伝え切るとは。やはりミスティ様には配信者の才能がありますね」
「うるさいよ! どうしてこんな場所で始めたのかと思ったらこれが狙いか! 絶対イヤだよ、黒りんご亭のドリンクを全部飲むとか!」
わたしは拒絶を示すために首をぶんぶんと横に振る。
しかし、リンファは聞き分けの悪い子供を諭すかのような口調で――。
「ミスティ様が嫌と思っているのなら、同じような気持ちを抱いている生徒も多いはず。だからこその、この企画なのです」
「……どういうことだ?」
「配信を見てもらうための一番の入り口は興味です。不思議なことをしている。面白そうなことをしている。気になることをしている。そうした興味を持ってもらわなければ、どんなに面白い内容でも配信を見てはもらえません。だからこそ、みんなが嫌だと思っているけど、それでも気になっていることを私たちがするのです。私たちの配信に興味を持ってもらうために。視聴者を獲得するために」
リンファの目は真剣だった。
ふざけている様子は少しもなく、ただ淡々と事実を述べるかのように。
「それにミスティ様が昨日言っていた『人気者になる』という発言は口だけだったのですか? だとすると私はガッカリです」
「……ぐっ」
露骨な煽りを受けて、思わず喉から変な音が漏れた。
そうだ、わたしは人気者になるんだ。
そうやってたくさんのお金を稼ぐんだ。
そのための覚悟は決めたはずだ。その覚悟が嘘じゃないと今ここで証明してやる!
「ちくしょぉおお、やってやる! よく見とけよ、お前たちぃいいいいいっ!!」
「ふふっ、それでこそミスティ様です」
わたしが魔晶レンズを指差して宣言すると、リンファが嬉しそうに拍手をした。
そんな少しも嬉しくない声援に押され、わたしはずかずかと黒りんご亭へと足を進める。
すると顔がしわくしゃだけど目だけはギラギラと力強いお婆ちゃんが迎えてくれた。
「へっへっへ、可愛いお嬢ちゃん。何か入り用かい?」
「ここのドリンクを全種類ひとつずつもらうよ!」
「……え、本気かい、お嬢ちゃん。やめたほうがいいよ?」
「お前の店の商品だろぉお! なんでそんなもんを売ってるんだ!?」
人でも食いそうなお婆ちゃんがわたしの注文でなぜか心配そうな視線を向けてきた。
それを不本意に感じながらもどうにか注文を済ませ、20種類以上の毒々しい瓶を受け取ったわたしはリンファの元に戻る。
「買ってきたぞ! これを1本ずつ飲めばいいのか?」
「そうですね。商品の説明は私がしましょう。まずはこちらの緑のやつからいきましょうか。えっと『沼鶏の爪の炒め油』ですね」
「おい! いきなり飲み物じゃないぞっ!?」
わたしはツッコミながらもリンファから受け取った瓶のコルクを開けた。
すると生々しい刺激臭が鼻腔に流れ込む。
うっ、嫌な匂い……。
「……いくぞっ!」
わたしは覚悟を決めて瓶に口をつけ、中身を飲み干した。
――途端、凄まじい刺激が……まるで香辛料の塊を鼻から吸ったかのような痛みが喉を貫いた。
「くがぁあ!? げほっげほっ、こ、これ、絶対ドリンクじゃないぞ! 料理とかの味付けに使うやつだろ!? それもひとつの料理に1滴くらいのやつ!」
わたしが辛さに悶えてそこらに転げ回っていると、リンファは冷静に次の瓶を差し出してきて――。
「それなら今度はこの甘そうなピンクのやつにしましょう。えっとなになに……こちら『惚れ大根の絞り汁』だそうです」
「それ媚薬とかの原料になるやつだろ!?」
文句を叫びつつも、わたしはコルクを開けて瓶に口をつけ――。
そしてその強烈な味に再び床を転げ回った。
だけど、どんなに悲鳴をあげてもリンファは容赦なくて――。
結局わたしはそのまま黒りんご亭のドリンクをノンストップで制覇する羽目となった。
……………。
…………。
……。
「さてミスティ様。最後に黒りんご亭でオススメのドリンクの紹介をお願いします」
「……こ、これ。この『花コウモリの生き血と鮮血オレンジ』のカクテルは名前の割に美味しかった。他はやめとけよみんな……絶対に腹をこわす……っ!」
お腹をぎゅるぎゅる言わせながら、わたしは最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。
それを確認したリンファは魔晶レンズに向き直って。
「はい。今日はここまでです。次のミスティチャンネルは来週開催されるマジアスにて、私たちの大活躍を配信していこうと思っています。場所は第1食堂の投影水晶。興味があれば是非足を運んでください。お友達にオススメなんかしてくれると嬉しいです。それでは皆さん、さようなら」
リンファが別れの挨拶を言い切るのと同時、どうにか必死に手を振って――。
それからわたしはダッシュでトイレへと駆け込んだ。
ちくしょう、配信ってこんなに大変なのか!?