1−3 教えて、リンファ先生!
リンファはどこからかメガネを取り出して、スチャッと装着。
どうやら教師の真似事らしい。
メガネ=頭がいい、みたいな思考はバカっぽいが……こいつ、顔がいいから様になるんだよなぁ。
「時にミスティ様は、冒険者ブレイン=パーカーはご存じですか?」
「なんだいきなり? もちろん知ってるけど」
突拍子もないリンファの問いに、わたしは首を傾げながらも頷いた。
冒険者ブレインは数年前に、7大魔獣が1体、冥獣シャナークを討伐したことで名を馳せた世界最高の冒険者のひとりだ。
たぶんこの世界で知らない人の方が貴重だと思う英雄の確認。
だけど、どうしてそんなことを?
今はゲーム実況者がお金を稼ぐ手段の説明だったはずだけど……。
「シャナークを討伐したことによりブレインは魔法界全体に名を知られる英雄となりました。それに伴って市場……特に冒険者の装備を取り扱う武具店には大きな影響が起こります。どんな影響かミスティ様はおわかりですか?」
「武具店に影響? 冒険者に憧れる人が増えて売り上げが伸びたとか?」
「違います……いえ、少なからずそのようなことが起きたとは思いますが、ブレインが英雄になったことに直結する変化ではありません」
むー、なんかよくわからなくなってきたぞ。
頭を使うのは苦手なんだ。さっさと正解を教えてくれ。
「正解は『ブレインが使用していた武具の売り上げが激的に伸びた』です」
急かすような視線を受けて、リンファは微笑みながら答えを口にした。
あー、なるほど。それなら何となくわかるぞ。
「ブレインに憧れた人が同じ装備を求めるようになったってことだな」
「そうですね。それに憧れていなくとも、親が子供に買い与えたりとか武具の知識に疎い初心者が何となくで選ぶことも多かったと思います。『ブレインが使っていたものなら間違いはないだろう』と」
リンファの説明に、わたしは2度頷いた。
うんうん、大丈夫、ここまでならわたしでもわかるぞ。
「これこそが、ゲーム実況者がお金を稼ぐための手段です」
よし、さっぱりわからん。
リンファの微笑に、わたしは穿ったような視線を向けた。
「急に結論に飛び過ぎだろ。え? わたしの理解力のせいか?」
「そうです……と言いたいところですが、確かに唐突でしたね。補足します。ゲーム実況の目的は、ミスティ様をブレインと同じ立場――同等の影響力を持つ人物にまで繰り上げることです」
「む、むぅぅう……?」
わたしの口から思わず難しい唸りが漏れた。
えーと、わかるようなわからないような……?
「人気のゲーム実況者というものは大きな影響力を有します。熱烈なファン……その実況者が特別に好きな人たちならば、ブレインに憧れた冒険者と同じような行動に走るでしょう。その実況者が着ていた服、飲んでいたもの、食べていたもの、それらを買ってみたい。同じようなものを着て、飲んで、食べてみたいと」
「んー、そういうものなのか?」
「そういうものです。つまり人気の実況者というのは、大袈裟な言い方をすれば市場を動かすほどの影響力を持っているのです」
……確かにちょっと大袈裟な気もするけど、リンファの目は真剣だった。
まるで実際にそのような世界を見てきたかのように。
「……とりあえず、ゲーム実況者が影響力を持つってのはわかった。なんとなくだけど。で、それでどこからお金が湧いてくるんだ?」
「お店の方に出資……商品の広告塔になる代わりにお金を貰います」
「広告塔……?」
「――『あなたのお店の商品を宣伝してあげるからお金をください』と要求するわけです。先ほどの例で言えば、そのお店の服を着たり飲み物を飲んだり食べ物を食べたりするわけですね。飲食物なら『これは美味しい!』とアピールしてあげることも大事です」
お金をもらって商品を宣伝する。
う、うーん、いいのか、そんなことして?
つまり、場合によっては好きではないものを好きって言ったり、好みじゃないものを美味しいって言わなきゃいけないってことだよな。
なんか、いろんな人を騙している気がするが……。
「そんなに難しく考えなくてもいいですよ。商品が売れるからお店側は儲かって、わたしたちもお金がもらえて、ファンの人たちも好きな人と同じ趣向を共有できて嬉しい。つまり誰もが得をするお金稼ぎです。そこに少しの嘘が混じっていたとしても」
わたしの不安な心を察してか、リンファがそう付け加える。
みんなが得をする……それならまあ、いいのかな?
「本当なら広告収入や投げ銭なども欲しいところですが、映像魔法ではそこまで再現できませんからね。現状ではこれがゲーム実況でお金を稼ぐ唯一の手段になるかと」
なんだかよくわからないことを付け加えて、リンファがそう締めくくった。
なんとなくだけどゲーム実況者とお金稼ぎの関係はわかった……と思う。
思うけど、そもそもの前提がわたしには疑問だった。
「なあ、リンファ。それってつまりゲーム実況とやらで人気者にならないとダメってことだよな? そんなにうまくいくものなのか?」
わたしのその問いに、リンファはなぜか自信満々だった。
得意げに胸を張り、不安に揺れるわたしの目を見返しながら――。
「そこは心配していません。ミスティ様が配信者になれば間違いなく人気が出るはずです」
「……それは、わたしが世界一の美少女だからか?」
「世界一かどうかはさておき、ミスティ様が可愛いことも理由のひとつですが……1番の理由は別のところにあります」
リンファはそこで、少しだけ遠くのものを見るような視線を向けて――。
「ミスティ様は見ていて面白いですから。配信者としてこれ以上の強みはありません」
静かな、それでいて熱のこもった声。
乾いた地面に水滴を垂らしたかのような、染み渡るような声色。
まるで何かに憧れるかのような視線を残して、リンファはそう締めくくった。