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1−2 お金が欲しい!

 フィールドを駆け回ったおかげで、わたしの身体が泥だらけだった。

 というわけで、シャワーを浴びる。

 熱魔法の魔法陣を通した、あっつあつの水を顔から豪快に受け止める。


「あふぅう、生き返るぅうううううう!」


 ひとりなのをいいことに、ハイテンションでシャワーを浴びる。

 ああ、気持ちいい〜。

 汚れと一緒に体に溜まった疲労が溶けていくみたいだ。


「ふぅー、さっぱりした」


 あらかた汚れが落ちたのを確認し、わたしはシャワー室から出る。

 タオルで水気を拭き、魔法で髪を乾かし、鏡の前へ。


 そうして映ったのは、金色の髪をした小柄な女の子だ。


「うん! 今日もわたしは世界一の美少女だ!」


 お父さんとお母さんが毎日のように言ってくれた褒め言葉を宣言し、鏡の中の自分へとにっこり笑顔を届ける。

 表情筋の体操を終えると、わたしは棚から肉の塊を取り出して庭に出た。


 からっとした晴れ模様。

 爽やかな空気にたまらず深呼吸をして、新鮮な空気を肺に取り入れる。

 そんなちっちゃなことで上機嫌になる自分の心に呆れながらも、わたしは茂みに向かって大きな声を投げた。


「おぉおおおい、グリテフぅうううう! ご飯だぞぉおおおおお!!」


 呼びかけると、すぐさまそれは現れた。

 茂みがざわりと風に揺れたかと思うと、急激に伸びた巨大な影がわたしの小さな身体をすっぽりと覆う。

 影はそのまま止まることなく迫り、わたしに全力で飛び掛かってきた。


「うひゃああ!? グリテフ、そんないきなりのしかかってくるなよぉ〜!」


 顔をペロペロと舐めてくる影の正体は、巨大な白い狼。

 餓白狼グルーフという種族の魔法生物で、現代魔法界では絶滅危惧種に認定されている貴重な狼だ。

 まあわたしにとってはそんな肩書きどうでもよくて、小さい頃からずっと一緒な家族でしかないんだけどね。


「ほら、グリテフ。ご飯だよ。今日は上位までいけたからな。賞金もたくさんもらえたから奮発しちゃったぞ! 八女蜥蜴やめとかげの尻尾肉だ!」


 わたしがご機嫌に肉を放り投げると、グリテフは嬉しそうに「わおんっ!」と鳴きながら空中でそれをキャッチした。

 そのままもちゃもちゃと肉を咀嚼して、「くぅうん」とおかわりをねだってくる。


「そうかそうか、もっと欲しいか! いいぞ、今日はたくさんあるからな!」


 ぽいぽいっと肉を投げると、グリテフは嬉しそうに吠えながら食らいつく。

 うんうん、やっぱりお前もお腹いっぱい食べれる方が嬉しいよな。


「ごめんな、グリテフ。わたしがもっとお金持ちだったらいつもこれくらい食べさせてあげれるのに」


 わたしが眉を下げながら腹を撫でると、グリテフは『気にすんな!』とでもいうかのように「わおんっ!」と吠えた。

 そんな励ましのような吠え声を聞きながら、ふとわたしはその場に横たわる。

 グリテフのふかふかのお腹を枕にして見上げた空では、わたあめを千切ったかのような雲がふよふよと揺れていた。


 そんな緩やかな光景に油断してか、わたしの口からそれはもうド直球な願望がこぼれ落ちる。


「ああ〜っ、お金が欲しいぃいいいいいいい!!」


 そうして思い出すのは、今日のお昼。

『マジアス』の最中に言われた、後輩からのとある提案だった。


 ***


「ゲーム実況者とはゲームのプレイ動画を配信……こちらの世界の言葉を使うなら、映像魔法で撮った自分の行為を投影水晶に映し、その姿を多くの人に無償で提供する者のことを言います」

「ああ、なんかそんな感じのことを言ってたな」


 わたしが適当に相槌を打つと、リンファはさらさらの銀髪を揺らしながら優雅に頷いた。


 こいつの名前はリンファ=フーミン。

 リリスヴェール魔法学校の1年生でわたしの後輩にあたる女の子だ。

 溶かした銀に濃色の青を1滴混ぜたかのような涼しげな銀髪。

 雪の妖精を思わせるほどの白磁の肌。

 宝石みたいな氷蒼アイスブルーの瞳。


 もしわたしがいなければ、お前こそが世界一の美少女だと認めてしまいそうな可憐な容姿だが、こいつの中身を知ってしまった今となってはそんな気持ち少しも湧かないな。


「っていうか『こちらの世界』って……お前、まだ自分のことを転生者だって言い張ってるのか?」

「言い張るも何も事実ですので」


 事もなく頷いてくるリンファの態度に、わたしは思わず呆れ顔を作る。

 そう、こいつは自分のことを異世界からやってきた転生者だと言い張るイタイやつなのだ。


「いいか、リンファ。何度も言うが、転生魔法は古代魔法暦の中で失われた伝説の魔法なんだ。古の魔王やエルフ族の始祖ならいざ知らず、お前みたいな何の変哲もない女の子に使えるような安っちい魔法じゃないんだぞ」

「ふっ、自分の中の常識こそが世界の全てだと思うのは幼稚なお子様の発想ですよ。そんなんだから今だに臆面もなく世界一の美少女だなんて自称できるんですね。ああ、恥ずかしい恥ずかしい」

「んだと、こらぁあ! お前はわたしのお母さんとお父さんが嘘つきだって言いたいのかぁああ!?」

「世界一の美少女は『んだと、こらぁあ!』なんて言いませんよ。たぶん」


 わたしより背の高いリンファを睨むように見上げるが、ふと我に帰って怒りを収める。

 いけないいけない。

 こいつと喋ってるといつもペースを崩されるんだよな。


「まあ、今は転生者うんぬんはどうでもいいや。げぇむってのは遊戯ゲームのことでいいんだよな? チェスとかリバーシとかの」

「はい。ですが今回は説明の都合上マジアスに限定させてもらいます」


 細くて綺麗な指をぴんっと立てながらリンファが言ってくる。


マジアス。

略さないで言えば、マジクルアスカ。

それは、リリスヴェール魔法学校が開催する魔法エンターテイメント。


 広いフィールドにリリスヴェールの魔法使いたちが散らばって、とにかくポイントを稼いだ人が勝ちっていうシンプルな魔法競技だ。

 ルール……というか、ポイントの取り方は開催されるマジアスによって様々で、他の魔法使いを倒したりとか、フィールドにいる魔法生物を倒したりとか、特定のアイテムを手に入れたりだとか……まあとにかく、様々だ。


 魔法業界の発展だとか、魔法使いの価値スター性を示すためだとか。

 マジアスの開催にはよくわからない事情が絡んでいるらしいが、そういう難しい話は難しい話が好きな大人たちに任せた。


 マジアスの成績上位者には賞金が出る。

 そのわかりやすい事実こそが、わたしがマジアスプレイヤーになった理由だ。


 競技は幻想結界の中……えっと、魔法で生み出された仮想世界で行われて、そこで受けた傷とかは夢の中の幻という扱いで終わるから怪我をする心配もない。

 お金が欲しいわたしにとって、参加しない理由がないわけだ。


 だけど――。


「わたしたちのマジアスの様子を映像魔法で撮って無償で提供……えっと、配信って言うのか? それをして、どうしてお金が稼げるんだ?」

「……ここからはちょっと話が難しくなりますが、ミスティ様の頭でも理解できる説明ができるか少し不安ですね」

「なんでお前は皮肉っぽい言い方しかできないんだ!」


 うがー! と唸りながら言い寄ると、リンファは「ふふっ」と優雅に微笑んだ。

 わたしの「何がおかしいんだ」という視線も、その微笑で受け止めて――。

 リンファはひとつひとつ、そのお金を生み出す魔法のような理論の説明を始めた。


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