何気なく使ってたスキル【固定】がチートスキルだった件について。
俺は冒険者ギルド【紅の剣】の雑用係、トレス・レイスターだ。
3年前のギルド結成当初からいる初期メンバーだが、俺自身に戦闘能力は無いので、雑用係に甘んじている。
今日はパーティのみんなとダンジョン攻略に来ていた。
場所は発見されてから1000年も攻略された事がない、伝説の一つに数えられているダンジョン【木漏れ日の火曜日】だ。
全部で何階層あるか分からないが俺達新記録になる、76階層の攻略に挑んでいた。
俺達は無数の木の形をした魔物、トレントの群れと対峙している。
「挑発!!」
パーティの戦士のガイスターが、盾を構えたスキルを使用した。
俺のスキルは【固定】。
これ自体には攻撃力も防御力も無いが、どんなものでも固定する事ができる。
俺はガイスターの挑発の効果を【固定】した。
これで魔物の意識はガイスターに向けられて、俺達は自由に動ける。
改めて、戦況を確認しよう。
魔物の数はかなり多くて、30体を超えているが、数自体は脅威では無い。
問題は魔物の中に混ざる、マザートレントだ。
マザートレントはトレントを産み出して無限に増殖する極めて厄介な魔物だ。
早めに片付ける必要があるが、マザートレントの樹皮は硬く、普通に剣で斬ってもダメージは与えられない。
しかし突破口ならあった。
「付与 火属性!」
付与術師のキャサリンがマザートレントの弱点の火属性をパーティリーダーである、レッドの剣に付与した。
俺はすかさず【固定】を使って、付与を固定する。
これで2時間は火属性の付与が継続するはずだ。
「レッド! 今よ!!」
「行けぇ! レッド!」
「うおおお! 鳳凰一刀流 昇!!」
レッドの剣が紅く煌めき、マザートレントの硬い樹皮を切り裂いた。
炎が燃え移り、マザートレントは一気に火だるまとなった。
俺はレッドが与えたダメージを固定した。
継続ダメージで1秒毎に全く同じダメージが与えられる。
もうすぐマザートレントは倒れるだろう。
レッドもそう判断したみたいで、ヒットアンドアウェイですぐに退いてきた。
「そっちにトレントが行くぞ!」
「チィ!」
トレントの意識がこちらに向けられた。
ガイスターの挑発は、自分を敵の脅威だと認識させて意識を引きつけるだけのスキルで、トレント達はマザートレントを倒したレッドの方が脅威だと認識したのだろう。
これだけは俺がどんなに【固定】したって、ガイスターがもっと強く無いと挑発の強化は出来ない。
無数のトレントが一斉にこちらに突撃して来る。
「鬱陶しい! 一気に片付けるぞ!」
「俺にもくれ!」
「付与 嵐!」
キャサリンがレッドとガイスターに強い付与を与えた。
って、待て待て!
その付与で思い切りやったら地盤が緩んでダンジョンが崩壊するぞ!
「くそっ、間に合え! 固定!」
「鳳凰一刀流 烈火!」
「バスタードスラッシュ!!」
瞬間、眩い閃光がダンジョンに満ちた。
俺達はダンジョン攻略を終わらせて、パーティリーダーであり、ギルドマスターでもあるレッドに呼び出しを受けた。
「トレス、お前は追放だ」
「ふざけるなよ! 何で俺が追放なんだ!」
「お前が役立たずだからだ」
「何だと!」
呼び出しを受けたと思ったら、これだ。
俺が追放だと? ふざけるな。
俺がどれだけ頑張って、このギルドに尽くして来たと思っているんだ。
「今回、我々のパーティには二人の新人を雇うことにした。魔法使いと回復役の神官だ。お前より何倍も役に立つぞ」
確かにレッドの言う通り、うちのパーティに欠けていた役割がぴったりとハマる。
魔法使いは、マザートレントみたいな魔物を一撃で倒したい時の攻撃力を持っている。
これまでポーションの効果を【固定】して持続していたが、神官が入ればさらに楽になるだろう。
「だが、俺がいたらその二人のサポートだって出来るはずだ! 俺なら、お前らの実力以上の力を発揮させてやれる!」
俺が神官の回復魔法を【固定】すれば、それこそ高かったポーション代が浮く。
魔法使いだって、例えば《炎嵐》の魔法を【固定】すれは半永久的に炎嵐が猛威を振るう事になる。
レッドも、キャサリンも、ガイスターだって、俺がいるからこそ輝けているんだ。
俺が無ければ、この冒険者ギルドの名声は地に落ちる。
「ふん。随分と自意識が高いんだな。お前にそんな力は無い。お前がいなければ、【木漏れ日の火曜日】の攻略はさらに進んでいるはず。いや、とっくに攻略しているはずだからな」
レッドのその言葉で、何かが切れる音がした。
これまで俺は、このパーティを世界一にしようと頑張って来た。
その結果がこれか?
今年で19歳になるが、寮への宿泊費だー、パーティへの迷惑料だー、と給料を引かれに引かれて、今ではたったの銀貨一枚しか貰えない。
休みはほぼ無くて、ダンジョンから帰って来ても、必要な道具を買い揃えたり、武器を武器屋に持って行って直してもらったりしていた。
考えてみたら、不当すぎる扱いだ。
こんな場所にある意味なんてもう無い。
「分かった。辞めてやるよ」
「ああ。清々するよ」
俺はその日、3年間いたパーティを辞めた。
《紅の剣》を脱退して目標を失ったが喪失感は全く無く、清々しい気持ちで俺は街を歩いていた。
貯金は銀貨3枚ーーーー3万リルしか無かったが、それでも気が楽だった。荷物は新品の服の状態を【固定】したものと、安物のロングソードを劣化しないように新品同様に状態を【固定】したものしか無かった。
これからどうするか。
冒険者としてソロで活動するなら、ゴブリンやスライムの討伐が限度だ。だが、所詮は最下級のゴブリンだ。大した稼ぎにはならないだろう。
ならば冒険者ギルドに入るのが一番いいのだが、俺みたいな攻撃手段を持たない男を雇ってくれるギルドなんて無いと思う。
こうなったら、新しくギルドを作るか、それとも…………。
「待てやゴラァ!」
「きゃああああ!」
突然、路地に絶叫が響いた。
見てみると小さな女の子が顔に傷がある大男に追われていた。明らかにカタギじゃ無いし、親兄弟って雰囲気じゃ無いな。
「よせ」
「お兄ちゃん!?」
「何だテメェ、邪魔するなぁああ!」
俺が割って入ると大男は剣を抜いた。
敵対行為だ。これで正当防衛が成立する。
「【固定】」
俺は迷う事なく、スキルを使用した。
「あ? ぎゃあああ!」
俺が固定したのは、大男自身だ。
動けなければ減速することもできず、大男はそのまま吹っ飛んで来た。
受け身も取れない大男の顔面に、俺の拳がクリーンヒットした。
さらにダメージを固定して、継続ダメージを与える。これで一件落着だ。
「何事だ!?」
「この男が女の子を追っていたんです。俺は正当防衛しただけですから」
やって来た衛兵にそう説明すると、他の通行人たちも証言してくれた。
「……なるほど。協力、感謝する。彼には相応の罰を償わせることを約束するよ」
そう言い残して、衛兵は部下に命令して大男を引きずりながら去っていった。
これで脅威は無くなったはずだ。
俺は跪いて、すぐ後ろにいた女の子に視線を合わせて話しかけた。
「大丈夫だったかい?」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」
可愛い。撫で撫で。
「えへへ〜」
「それにしても、どうしてあんな男に追われていたんだ?」
「私のお姉ちゃんが狙いだったみたい。私を餌にしてお姉ちゃんを誘き寄せて襲うつもりだったんだって」
「なんだって」
「それで私も一回は捕まっちゃったんだけど、逃げて来たんだ」
「そっか。よく頑張ったな」
「うん!」
「とりあえず、君のお姉ちゃんの所に行こうか。心配してるだろうしね」
「じゃあ私が案内するよ! 着いて来て!」
「あっ、おいおい」
女の子は攫われたと言うのに、凄く元気で逞しかった。
笑顔で俺の手を引っ張って歩く事、十数分。
「ここだよ!」
「まさか……」
そこはかつてのライバルだった、冒険者ギルド【英雄が共に】のギルドホームだった。
まさかの繋がりに唖然としているとギルドホームから赤髪の女性が飛び出して来た。
「ミーナ!」
「お姉ちゃん!!」
俺の手を握っていた女の子が駆け出して、赤髪の女性と抱擁する。
俺はその赤髪の女性を見た事があった。
冒険者ギルド【英雄が共に】のギルドマスターである、冒険者最強の一人に数えられている【炎帝】アイリーン・フィル・スカーレットだった。
かつては公爵令嬢だったが家を飛び出し、僅か2年で冒険者ギルドとして世界で5位に入る勢いを見せる、天才女傑だ。
「あのお兄ちゃんが助けてくれたんだよ!」
「君がミーナを助けてくれたんだね、ありがとう。私はアイリーン・フィル・スカーレットだ」
「当然のことをしただけなので、気にしないでください。俺はトレス・レイスターです」
「トレスか。ぜひ、お礼をしたいからホームに来てくれないか?」
そう言われたら、断りにくい。
ギルドに入って最初に驚いたのが、ギルドホームの清潔さだった。
まるでどこかのホテルのロビーの様だ。
冒険者達も酒を飲んでも暴れてないし、食べ物を食い散らかしてないし、本当に同じ冒険者ギルドなんだろうか。
それから俺はアイリーンの案内でギルドマスターの部屋に案内された。
ギルドマスターの部屋もまた、綺麗に掃除がされていた。
机の上には書類など一切無く、レッドが如何に仕事をサボっていたかわかる。
「さて、改めてミーナを救ってくれてありがとう。何かお礼をさせてくれないか?」
「なら、俺をここで雇ってくれませんか?」
「ふむ。流石に何の試験もやらないまま、ギルドに入らせるわけにはいかない。だが、これから私はミーナを攫ったクズどもを抹殺するつもりだ」
アイリーンが何が言いたいか分かった。
君はどうする?とその瞳が言っている。
「行かせてください!」
俺は迷う事なく、そう言った。
ミーナを襲った組織のアジトは、スラム街の一角にあった。
見張りも立てていない。よっぽどバレる心配をしていないんだろう。
「さて、作戦はどうしようか」
「俺自身はそんなに強く無いので、アイリーンさんのサポートに回ります」
「なるほど。了解した。なら、正面から入ろう」
アイリーンを先頭にして、俺達はアジトの扉を通った。
そこには地下に続く階段があって、灯りは松明で照らされているだけだった。
念の為に脱出ルートを塞ぐために、扉も【固定】しておこう。
「何だ、お前らは!」
階段を下まで行くと二人の見張りがいた。
まあ、ここに見張りをおかないほど馬鹿じゃ無いか。
「《火焔》」
アイリーンが軽く手を振るうと凄まじい炎熱が二人を焼き尽くした。
これがアイリーンが【炎帝】と呼ばれる所以だ。
この世でアイリーンよりも炎魔法が扱える人間はいない。
すなわち、アイリーンは炎の帝なのだ。
だが、派手過ぎる。騒ぎになるぞ。
「何だ!?」
「侵入者だ!」
「全員集めろ!」
「寝ている奴は叩き起こせ!」
「女がいるぞ!」
「ギャハハ! とっ捕まえて、お楽しみといこうぜ!」
数は50人前後ぐらいが集まって来たが、質は悪そうだな。
この数を相手にするには、流石の【炎帝】でも魔力が持たなそうだ。
魔力量を【固定】した。
これでアイリーンがどんなに魔法を使っても、魔力が減ることはないだろう。
「《炎槍》」
アイリーンの周囲に無数の炎の槍が出現し、一気に放った。
所詮は雑兵がほとんどで、一方的にアイリーンに蹂躙されていた。
「む?」
何か違和感があったのか、一瞬だけ訝しがる目で俺を見た。しかしすぐに視線を戻して、残り敵と対峙する。
流石に強者もいるみたいで、筋骨隆々の大剣使いが残った。
「イフリート!」
アイリーンは腰に差した紅の剣を抜いた。
魔剣イフリート。持ち主が魔力を与える限り、際限なく力を発揮する業物で、【炎帝】であるアイリーンにピッタリの武器だ。
だが、やはりイフリートに魔力を持っていかれすぎている。
あれじゃあ、イフリートを持っている間に他の魔法が使えないじゃないか。
俺はアイリーンが一度、込めた魔力を固定して、アイリーンがイフリートに魔力を送らなくていいようにした。
「っ!? 《火焔》!」
次の瞬間、灼熱の炎が男を焼き、怯ませた。
アイリーンはその好機を見逃さず、イフリートで男を両断した。
一息つける、そう思って気を楽にしているとアイリーンが凄まじい形相でこちらにやって来た。
「アレは君がやったのか?」
アレとは何だろう。
まさか、魔力量が減らない様にする時間が短いとか? もしかするとそれに気づいて、その事実を伝えなかった事に怒ったのかもしれない。
「ご、ごめんなさい! 魔力量もイフリートに込めた魔力も、2時間経てば無くなってしまいます! でも、掛け直せば問題なく使えるので大丈夫です!」
「2時間? 掛け直し? …………ぷっ、はははは!」
慌てて言い訳をすると、アイリーンはポカンとした表情をした後、お腹を抱えて大笑いし出した。
「あはははは! 君、もう合格だよ!」
「え? ええっ!?」
「だって君、強過ぎるよ! 最高のサポーターじゃないか!」
えっと、何を言っているんだ?
「つまり君は私がイフリートを使いながら、炎魔法も使えるようにしたと。【炎帝】がより強力になったんだぞ? 凄まじいよ、チートものだ! 君はぜひ、うちに来てくれ! 絶対に幸せにするぞ!」
そう言って、アイリーンが俺の手を両手で包み込んで、懇願した。
こんなに可愛らしい人に、ここまで言われるなんてびっくりだ。
「おっと、お取り込み中だったかい?」
その時、声が響いた。
俺とアイリーンはすぐに、声がした方向を見た。
そこから現れたのは、ちょんまげの和服を見に纏った男だった。
「まさか、イゾウがお出ましとはな」
「へははっ。天下の炎帝様に認知されてたなんて、光栄だね」
イゾウ。
東の国では人斬りと呼ばれ、世界指名手配犯だ。
斬った数は軽く200を超えるとか。
危険な相手だ。
「だが、如何に炎帝でも、俺の神速の剣は避けられまい?」
イゾウは東洋の剣ーーーー名を刀を鞘に入れたまま、腰を深く引いて構えた。
あの構えは知らないが、俺の前じゃ無防備すぎるだろ。
「【固定】」
俺はイゾウの刀と鞘を固定した。
「抜刀! ……あれ、抜けない?」
イゾウが困惑しているその間にも、疾走していたアイリーンがイゾウの前で剣を振り下ろそうとしていた。
「ま、待てーーーー」
「《炎斬》」
一切の容赦無く、アイリーンはイフリートでイゾウを袈裟斬りにした。
その後、冒険者ギルド【英雄と共に】に正式加入した俺は、実はチートスキルだった【固定】を駆使して、真の仲間達と英雄への道を駆け上がる事になるのだが、それはまだ少し先の話だ。