「其方のユニークスキルは【メスガキ絶頂エリクサー】であります」
これが新年第一作とか。
CASE-01:またしても何も知らされてなさそうな中年男性の場合
気づいたら異世界にいた。
多分異世界だ。
少なくともベトナムでもヨーロッパでも北海道でもない。
病院に行っても保険診療を受けるのは難しいだろう。痔の薬が手に入ると良いのだが。
「其方のユニークスキルは【メスガキ絶頂エリクサー】であります」
「……【メスガキ絶頂エリクサー】ですか?」
「はい、いかにも【メスガキ絶頂エリクサー】です」
促されるまま水晶玉に触れたところ、いかにも役人面した神経質そうな中年男が困惑気味に水晶玉の表面に浮かんだ文字を読み上げた。
ざわつく室内。
ミュージカルや映画の類でしか目にする機会のない、時代がかった洋装風の集団が此方を十重二十重に、しかし迂闊に接近しないよう遠巻きに見ている。敵味方の識別というよりも、自分という異物に対する適切な接し方を模索しているかのようだ。
アレだ。
マイナージャンルの著名人に出会ってしまった一般人のような反応。たとえばゲームに興味の薄い老人が、自分の甥がeスポーツ世界大会で8強入りしたと聞かされた時のような。海外出張と聞かされて内容を確認したらスーパーカブに乗ってベトナム縦断を強いられた過去に比べれば幾分かマシかもしれないが、場違い感は否めない。
そもそもエリクサーとは。
記憶に間違いがなければ、昔どこかの動画サイトで牛か馬のマスクをかぶった誰某が健康飲料に怪しげな錠剤だの生薬だのをぶち込んで煮込んで作っていた劇物ドリンクではなかったか。凄まじいばかりの異臭を放ち人類の許容量を遥かに超えた種々の薬効成分は、動画越しとはいえ恐怖を感じえなかった。
それが自分の特殊能力であると。
いや、ふざけんな。
己が毒飲料人間だと言われて誰が喜ぶ。
しかもメスガキ。
北海道の秘境、アカン湖にのみ生息する淡水生の牡蠣じゃないか。その獰猛さはアカンマリーモに比肩し、冬眠に失敗した羆すら湖に引きずり込んで捕食する、いわば北海道の裏番長。そんな恐ろしい生物を原料にしたエリクサーだって? オイオイオイ、こいつら終わったよ。こんな能力を自分に与えて、異世界は何をやろうというのかねえ。
▽▽▽
CASE-02:召喚ガチャに立ち会った異世界人対応内政官の場合
異世界人召喚。
字面だけで判断するならば体のいい拉致である。基本的に一方通行で、下手に有害な能力者だった場合には監禁や処分という運命まで待ち受けている。一応召喚の条件として「死が確定した者」「生者の場合は本人ではなく人格を複製したもの」という縛りがあるが、実際に呼び出された者の人格身分を配慮したものではなく、対外的な批判を回避するための名分に過ぎない。
口の悪いものは召喚儀式をこんな風に呼ぶ。
異世界人ガチャ。
富くじ玩具を語源とし、射幸性を煽り数多の破産者を生み出した悪魔の如き遊戯と聞く。
なるほどガチャとは言いえて妙だ。
召喚される異世界人は、世界を超えて出現する際に何らかの特殊能力を得ていることが多い。それでなくとも下級役人やギルド職員として即活躍できる程度の教育を受けている者が殆どで、現場としては余計な特殊スキルを持たない「はずれガチャ」を期待する声も少なくない。
今回の召喚儀式で現れた男性についても、一見すると朴訥とした貌でありながら清潔感と奇妙な風格があり、何らかの分野において成功を収めた一廉の人物ではないかと直感が告げた。穏やかな雰囲気と裏腹に程よく鍛えられたであろう整った体幹は、彼が節制を怠らぬ強い意志の持ち主だと教えてくれる。
「貴方に危害を加える意思はありません。その上で、こちらの水晶玉に手を当てていただくことは可能でしょうか。異世界召喚時に貴方に発現した特殊能力を解読したいのです」
「ご丁寧な説明をありがとうございます。言いたいことは山ほどありますが、まずは水晶玉に手を当ててから考えましょう」
まるで拉致監禁を幾度も経験したかのような表情で男性はこちらの説明に従ってくれる。
意外と美声。
いやこれは声質ではなく、きちんとした訓練を受けた者の喋り方だ。吟遊詩人か、舞台で歌劇を披露する役者達に特徴的な発声法。都市部などで法令や政府からの告知を市民たちの前で読み上げる必要性から、国に雇用された者は役者を招いて頻繁ではないが定期的に発声の基礎訓練を受けている。だから目の前の男性が、それを無意識で身に着けているほどの優れた役者かそれに類するものだと推測できた。
なるほど。
役者として考えると、やや眠たげで面長な顔立ちも立派な個性だ。美男美女ばかりの劇団はかえって没個性となるため、愛嬌のある実力派が脇を固めて主演を盛り立てる事こそが舞台劇の成功のカギを握っていると聞いたこともある。彼ならば異世界の劇団から引く手数多であろう。そのようなことを考えつつ、水晶玉に浮かんだ彼のユニークスキルを読み上げた。
「其方のユニークスキルは【メスガキ絶頂エリクサー】であります」
「……【メスガキ絶頂エリクサー】ですか?」
「はい、いかにも【メスガキ絶頂エリクサー】です」
あかん。
表情には出さず絶望する。
エリクサー。
御伽噺の中で幾度か登場する不可思議な薬。ある時は姫君の呪いを解き、ある時は傷つき倒れた勇士の心身を癒し、ある時は老いた者を若返らせるとともに永遠の寿命を授ける神秘の雫。どこぞの迷宮奥深くに眠っているとか、大精霊たる世界樹の化身が授けるものとか、実物を誰も見たことがないので好き勝手に想像を膨らませる秘宝でもある。
それが、それが。
目の前に立つ男性の特殊能力で生み出されるというのか?
だとすれば間違いなく国家間どころか種族間の均衡を崩しかねない劇物である。侵略戦争を行うだけの余裕などないこの世界だが、未踏の地を切り拓き国土を増やすことは否定されてはいない。現物のエリクサーにどれほどの効能があるのか定かではないが、仮にも異世界召喚された者がユニークスキルとして授かったものが半端な性能とは思えない。
監禁か。
いやいや下手に抱え込んで世界中の標的となる可能性もある。しかし野放しにするのも危険だ。
ところでメスガキとは何だろう。
なにかの魔物に対しては媚薬として作用する回復薬と解釈すべきだろうか?
▽▽▽
CASE-03:異世界人召喚に立ち会った騎士団長(30歳童貞)の場合
「其方のユニークスキルは【メスガキ絶頂エリクサー】であります」
「……【メスガキ絶頂エリクサー】ですか?」
「はい、いかにも【メスガキ絶頂エリクサー】です」
鑑定水晶球に触れた異世界人と堅物で有名な担当内政官の会話が、召喚の間に響く。
メスガキ。
メスガキ絶頂。
生意気な小娘が、本来機能しないはずの性的快楽に吞み込まれて我を失う。異世界人はハレムと称して一夫多妻を敷いたり性的目的として女性の奴隷を買いあさる傾向にあると聞いたことがあるが、この一見すると人畜無害かつ同僚や上司に騙されて無茶な仕事を押し付けられそうな中年男もまた例外ではないのか。
いかん。
いかんぞ。
我が国には誇るべき伝統がある。それは死地に赴き戦う者の魂を慰め穢れを祓うため、薄衣に身を包んだ幼い少年少女が舞や歌を披露し戦士たちの昂ぶりを鎮めるというものだ。我々騎士団もまた危険な任務に赴く前後には、神殿地下にある慰撫式典場にて英気を養っている。
蠱惑的な表情で隊員たちを翻弄するジブリルくんちゃん。
筋肉と汗の臭いが大好きで任務帰りの騎士への抱擁を厭わないミロクくんちゃん。
絶対領域をチラ見せすることで数多の騎士たちの財布と煩悩袋を空にしてきたミコトくんちゃん。
拙くも甲斐甲斐しい手つきで傷の手当てをしてくれるアキラくんちゃん。
そして傷ついて帰還するたびに泣きながら説教してくれるイシュタロテくんちゃん。
嗚呼、我が心を掴んで離さぬ魔性の天使たちよ。
それを。
それを、だ。
あの覇気の欠片もなく、押しに弱く騙されやすそうかつアドリブ苦手で逆にそこが観衆の庇護欲を刺激して人気を博しそうな、あのような男に差し出されてしまうのか。そして我らですら直の握手に至るまでに銀貨の袋を積んで喜捨せねばならなかった、あの香しき柔肌を、ただ異世界より招かれたというだけで、蹂躙させてしまうというのか。
おのれ異世界人。
おのれ召喚儀式。
せめて人畜無害な低能を招くのであればまだしも。天使たちがメス顔であの異世界人に苦塩辛いクリームパイを御馳走されてしまう未来図が脳裏より消えぬ! たとえ国賊の汚名を負おうとも我らが天使を、いやイシュタロテくんちゃんの笑顔を翳らせることなど許されぬことなのだ!
▽▽▽
CASE-04:異世界人召喚の儀式が成功したとの報告を受けて駆け付けた国王陛下(48歳)の場合
我が国には他にない幾つかの特徴的な風習がある。
異世界人召喚もまたその一つであり、組織だった宗派を持つことを禁じられた神々が民草の信仰を少しでも集めるという目的で始めた人材派遣業が原型である。
元の世界に未練がない者、死が確定して覆す予定のない者、容易に帰還可能な者。
これらの条件をいずれか満たした者が召喚の対象となる。
現世への直接関与が難しい神々にとっては民草に周知できる神威であるからして、基本的に善人ないし世界のあり方を善き方向に変え得る人格者が現れることが多い。国としても王家転覆など考えぬ限りは召喚された異世界人を厚遇する姿勢であるし、万が一に暴れたとしても神々が責任をとって対処している。
故に油断していたとも言える。
「其方のユニークスキルは【メスガキ絶頂エリクサー】であります」
「……【メスガキ絶頂エリクサー】ですか?」
「はい、いかにも【メスガキ絶頂エリクサー】です」
異世界人の特殊能力を内政官が読み上げた瞬間、召喚儀式の間に到着した我々の間に動揺が走った。
メスガキ。
それは神々が我が国そして我が国の上層部に課した特徴的な風習の一つでもある。
今でこそ神々の恩寵や魔法の力にて傷病への備えは充実していたが、児童の命は恐ろしいほど容易く喪われていた。故にこれを嘆いた我らが父祖は神々へと訴え、今ほど力を蓄えていなかった神々は一つの案を示された。
巫覡。
男でも女でもない状態に置かれた児童は強く神の影響下に置かれる。自立し一個の生命として独り立ちできるようになれば男女を確立し人として生きる。そういう解決策であった。今では民草の間ではごく一部の旧家の間でのみ続けられているが、王族をはじめとする高位貴族たちの間では一種の伝統儀式として未成年男子に女装を強いている。神事に基づく伝統であり、伝統を守るのも貴族の務めである。
務めであるのだが。
幼少時より女児として育てられた者が、ある日実は男であったと教えられて混乱せぬ筈がない。
身体の作りの変化により自己性別を受け入れるものが大半であっても、全てではないのだ。心の内に乙女を宿したまま生きていく高位貴族……そして王族。
我らはプリティである。
プリティを追い求める権利がある。
一部神々や魔導士など多くの賛同者を得た我らは日常を「善き恋人」「善き父」「善き上司」「善き国王」として務めを果たしつつも、1ステージ90分の非日常の中に乙女であることを実感している。会員制の地下クラブ、数限られた客のみを相手として舞と歌唱を披露する魔性のメスガキ。それが我らの正体。
それを。
それを。
それを、だ。
召喚された異世界人は問答無用で絶頂させるというのか。神々に与えられし権能をもって、国父たる我が身が一匹のメスガキに過ぎぬと分からせられてしまうのか。
足しげく通う騎士団長の前で。
二言目には『俺のモノになれよ』と壁ドンしてくるSクラス冒険者の前で。
過去に異世界から召喚されたという画家志望で菜食主義者で演説の得意な青年の前で。
来年には長子である王太子に位を譲ることで二十四時間メスガキとして生きていくことを決意していた我を、屈服でも分からせでもなく絶頂させてしまうというのか異世界召喚者よ。
負けぬ。
負けるわけにはいかぬ。
決して異世界人のユニークスキルには負けたりはしないのだ!(ビクンビクンッ)
▽▽▽
CASE-05:■■■の場合
……
……
よし分かった。
この世界を滅ぼそう。
【登場人物紹介】
・主人公
よく騙される人。偉い人に頼まれると基本的に断れない。大晦日にスーパーロボットに乗って戦うくらいの公開羞恥プレイは割と日常茶飯事。演劇とか映画とか歴史ものは好きだがそれ以外のジャンルは一般常識程度しか知らず、その場の勢いとホラ話で乗り切ることが多い。塩辛いパイをお見舞いすることは得意だがメスガキにクリームパイを御馳走する趣味はない。
・内政官
苦労人。メスガキと聞いて女性型グールの方言かと思っている。
・騎士団長
地下アイドル(男の娘)ガチ勢。この任務が終わったらイシュタロテくんちゃんに告白するんだとパインサラダとステーキ定食を注文した。
・国王陛下
源氏名イシュタロテくんちゃん。王妃との仲は良い。息子(王太子)に趣味はバレていない。豪華な装束の下にメスガキランジェリーを常時着用し、いかなる時においても緊張感を保ち続けることで国民には名君と慕われている。
・■■■
異世界召喚担当の神様に不具合報告を受けて回収しに来た。カレー粉の匂いが香ばしい少年。仕事後、騎士団長とイシュタロテくんちゃんのラブロマンスがどうなったか同僚に訊かれても沈黙を守った。
・ユニークスキル【メスガキ絶頂エリクサー】
異世界担当の神様が誤って作成したスキル。
本来はメタ・エリクサー(通常生物以外の人工生命体などにも作用する回復薬精製能力)とするはずが、変換ミスで【メスガキ絶頂】が付与された。迂闊に使う前に回収された模様。実際の効能は不明。




